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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんのとまどい

バシィン
「よしっ!」
ゴールを決めてガッツポーズする沢渡くん。
とれなくて、がくっと膝をつく森くん。
「くぅ〜っ」
ピピーッ
あたしは笛を吹いて、さっと手を挙げたの。
「ゴール、紅組!」
今日は、サッカー部の紅白戦。そうなの、紅白戦なのよ!
え? 何を浮かれてるんだって? だって、つまりね、紅白戦が出来るって事はね。
うふふ。ついに、我がサッカー部は22人超えたの!
フルメンバー揃って紅白戦やれたの、あたしが去年サッカー部に入ってから、初めてなんだもの。
今日の紅白戦は、新入部員の力を見るっていうことがポイントなの。だから、1、2年が入ってて、田仲キャプテンを始めとした3年の先輩達は、フィールドの外から部員達をチェックしてるんだけど……。
「やっぱり、沢渡の動きは光ってるなぁ」
「そうだな。もうハットトリックだろ?」
先輩達はうなずき合いながら、フィールドを見てるの。
そう、やっぱり今日の主役は沢渡くん。
でも……。
あたし達サッカー部のフォーメーションは、ずっとワントップ、つまりフォワード一人でやってきたの。そのポジションは、ずっと主人くんがやっていたのよね。
そこに沢渡くんが入ってきて、初めて主人くん、フォワードを争うって立場になったのよ。
だけど……。
「それに較べると、やっぱり主人はちょっと見劣りしちゃうかな」
眼鏡を直しながら、呟くキャプテン。
今日の主人くんは、まだノーゴール。
「虹野さん!」
「あ、え?」
キャプテンの声に、我に返ったあたし。
キャプテンは、腕時計を指してる。あ、時間!
あたし、慌てて時計を見て、笛を吹いたの。
ピーッ、ピーーーッ
タイムアップ。沢渡くん3ゴール、主人くんはノーゴール……。
「沢渡くん、中学の時もずっとフォワードでしたから」
ここのところ、毎日練習が終わってから、部室で秋穂さん……みのりちゃんにマネージャーの仕事を教えてるの。
今日も教えながらそれとなく沢渡くんのことを聞くと、みのりちゃんはあたしの質問に答えてくれたの。
「そうなんだ……」
もし、中学の時のポジションが違うんなら……って思ったんだけど、やっぱりそうもいかないかぁ。
そう思ってから、あたしは自分の頭をぽかぽか叩いた。
違うでしょ! 何を考えてるのよ、あたしはぁ!
「何してるんですか? 虹野先輩」
みのりちゃんの声に、あたしははっと我に返った。
「あ、ううんなんでもないのよ、なんでも。あははは」
「……ま、いいですけど」
あーん、みのりちゃんにも呆れられちゃったよぉ。
「それより、ここはどう書くんですか?」
「え? あ、グラウンドの使用許可申請書? それはね……」
あたしが申請書を書いてあげると、みのりちゃんは大きく息をついた。
「虹野先輩には悪いですけど、やっぱり私、こういうの向いてないですよ」
「こういうのって、マネージャーのこと?」
「はい……」
そう言うと、みのりちゃんは申請書をクリップに挟みながら言ったの。
「とりあえず、約束ですから1週間はやりますけど」
1週間かぁ……。
あ、そういえば、16日に練習試合があるのよね。相手は大門高校。
「みのりちゃん、16日は予定ある?」
「来週の日曜ですか? ……特に予定はしてませんけど」
「よかった。あのね、16日にサッカー部の練習試合があるの」
「聞いてます。試合は11時から。その30分前に部室集合、ですよね?」
「ううん」
あたしは首を振った。
「それは部員のみんな。マネージャーは8時半集合」
「え? そんなに早く行って何をするんですか?」
「炊きだしするのよ」
「炊きだし? って、もしかして部員のためにお昼ご飯でも作るつもりですか?」
「違うわよ」
あたしは苦笑して言ったの。みのりちゃん、肩をすくめる。
「そうですよね。冗談はやめてくださいよ」
「大門高校の選手のみんなと、あと先生方の分も作るから、大体50人分くらいかな」
「……」
たっぷり30秒、みのりちゃんは大きな目であたしをじっと見てた。それから、引きつった笑い顔になる。
「虹野先輩、よく聞こえなかったんですけど、何人分作るって言いました?」
「50人分」
「……冗談、ですよね?」
「本気よ」
「……」
また、ちょっと静かになる。
みのりちゃんは、いきなり立ち上がった。
「虹野先輩、なんでそんなことするんですか?」
「なんでって……、だって……」
「それ、監督か誰かにやれって言われてるんですか?」
「え? ううん、そうじゃないけど……」
「私だったらやりませんよ、そんなこと」
キッパリ言うと、みのりちゃんはドアに手を掛けた。
「もう上がっていいですか?」
「あ、うん。いいけど……」
「それじゃ、お先に失礼します」
そう言い残して、みのりちゃんは部室のドアを閉めた。
パタン
あたしは、閉じたドアを、しばらくじっと見つめてた。
翌日の部活の始まる前。みんな整列して、監督の言葉を待ってる。
そう、日曜の練習試合のメンバー発表なの。
監督が、ノートを片手にみんなの前に出ると、みんなさっと緊張するのが判る。
ノートを開くと、監督はまず言ったの。
「今回は、試験的に主人と沢渡のツートップのフォーメーションで行ってみる」
2、3年生を中心にざわめきが広がる。
ツートップ、つまりフォワードが二人っていうフォーメーション。
これまで……と言っても、あたし達が入ってからだけど、きらめき高校サッカー部のフォーメーションは、主人くんを攻撃の軸にしたワントップでずっとやって来たの。
それをツートップにするってことは、フォワードが一人増えて、ディフェンダーが一人減るっていうこと。……単純に言えば、だけど。
「疋田と志水は今回は交代で入ってもらう」
「はい」
残念そうな疋田先輩と志水先輩。でも、しょうがないよね。
「それじゃ、練習に入れ。解散」
「はい!」
そう言って、みんなそれぞれの練習に散っていく。
あたしも、仕事しなくっちゃ。
「虹野先輩」
部室に戻ろうとしたとき、不意に声を掛けられて、あたしは振り返ったの。
「あら、沢渡くん。早く練習に行かなくちゃだめだよ」
「ええ、でもその前にちょっと……」
そう言って、ちらっと部室の方を見る沢渡くん。
あ、そういうことなんだ。
あたしはクリップボードを抱えて、うなずいた。
「みのりちゃんのこと?」
「ええ。秋穂さん、厭がってませんか? 結果的には無理矢理マネージャーさせてるみたいで、その……」
そう言って、頭を掻く沢渡くん。
どう言おうかな? うーん。……よし。
「大丈夫よ、きっと。秋穂さん、ちゃんとやってくれてるし」
「そうですか? ならよかった。それじゃ、俺練習に行って来ます」
沢渡くんはそのまま走って行ったの。
「沢渡くんがそんなこと言ってたんですか?」
並んでユニフォームの洗濯しながら、みのりちゃんに沢渡くんが言ってたことを伝えたら、みのりちゃんはやれやれって感じで苦笑したの。
「沢渡くんとは仲いいの?」
「私とですか? そうですね、仲のいい友達ってところですよ」
「でも、沢渡くんの方はそうでもないみたいに見えるんだけど……」
「やめてくださいよ、そういうの。第一、私、沢渡くんみたいな人、タイプじゃないんです」
あらら。
「そうなんだ。ごめんね、変なこと言って」
「別に、かまいませんよ」
そう言って、洗濯機からユニフォームを出して籠に入れると、みのりちゃんはあたしに訊ねた。
「一つだけ、聞いても良いですか?」
「うん、いいけど……」
「先輩、なんのためにマネージャーやってるんですか?」
みのりちゃんは、じっとあたしの目を覗き込むようにしてる。
あたしは、洗濯機のスイッチを切りながら、答えたの。
「別に、なにか望みがあってやってるわけじゃないわ。自分がやりたいから、やってるだけよ」
「自分が……やりたいから、ですか?」
「うん」
洗濯したユニフォームを乾燥機に入れながら、あたしは言ったの。
「あたしは、なんでも一生懸命やってる人が好き。そういう人を見ると、その人のためになにか力になってあげられないかなって、すごく思う。……あたしにはそれくらいしかできないんだけどね」
そう言ってから、自分で苦笑して、乾燥機のスイッチを入れたの。
「偉そうね、あたしって」
みのりちゃんは、うつむいて、なにか考え込んでるみたい。
……偉そうなこと言っちゃって、気に障ったのかな?
でも、あたしはそう思って、マネージャーしてるんだもの。
ピィーッ
乾燥機のブザーが鳴ったの。あたしは蓋を開けて、乾いたユニフォームを別の籠に入れながら、みのりちゃんに声をかけた。
「みのりちゃん、そっちの籠の、乾燥機の中に入れてくれるかな?」
「あ、はい」
顔をあげると、みのりちゃんは籠の中のユニフォームを、乾燥機に入れ始めたの。
全部いれて、蓋をバタンと閉めると、みのりちゃんは顔をあげた。
「あの、虹野先輩」
「え?」
「私、来週もマネージャーして、いいですか?」
来週……? それって……!
「みのりちゃん……。もちろん!」
あたしはこくこくとうなずいたの。
みのりちゃんは、ちょっと照れ臭そうにえへっと笑った。
あたしは、みのりちゃんの本当の笑顔を初めて見た、そんな気がしたの。
夕陽が、全てを赤く染めてる。校舎も、グラウンドも、伝説の樹も……。
あたしは、校門の柱にもたれて、待ってた。
あ、来た。
「主人くん、今帰り?」
「あ、虹野さん。まぁ、ね。でも、どうしたの? みんなとっくに帰ったと思ってたのに」
「えっと、その、ちょっと用事があって」
主人くんが練習してたのを、じっと見てたから、なんて言えなくて、あたしは慌てて言ったの。
「そうなんだ」
「ええ。で、主人くんが来るのが見えたから、待ってたの。よかったら、一緒に帰らない?」
「ああ、いいけど」
主人くんはうなずくと、鞄をかつぎ上げたの。
「それじゃ、帰ろうか」
「沢渡くん、すごいよね」
あたしが言うと、主人くんは苦笑したの。
「そうだね。俺みたいに高校から始めたんじゃなくて、生え抜きだもんなぁ。そりゃ違うよ」
……主人くん……。
「で、でも、今回はツートップでしょ? その辺りの、何て言ったかな、協力みたいな、その……」
「セットプレー?」
「そうそう、セットプレーの練習とかはやってる?」
「基本的なところはね。もっとも、俺の方が教えてもらってる状態だけどさ」
そう言って、力なく笑う主人くん。
主人くん、高校に入って、いきなりフォワード、それもワントップで、そういう、チームプレイの勉強っていうのかな、ちゃんとはやってないのよね。
カツン
主人くんは、足下の小石を蹴ったの。そして、顔をあげた。
「あ、俺こっちだから」
「え?」
「じゃ、また」
そう言って、主人くんは走っていったの。
あたし、かける言葉もなくって、ただその後ろ姿を見送ってた……。
《続く》

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