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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんのお弁当大作戦

「うーん、お姉さまぁ……。むにゃ、むにゃ……。すぅすぅ」
寝言を呟きながら、あたしの枕を抱きしめてすりすりしてる葉澄ちゃんを起こさないように、あたしはそっと着替えて、大きく伸び。
さぁて、今日はいよいよ、大門高校との練習試合の日だもんね。
今日も一日がんばらなくちゃ!
よしっ。
自分に気合いを入れて、そっと部屋から出ると、静かにドアを閉める。
……なんか、間違ってるような気もしないでもないけど。
葉澄ちゃんが朝起きると一緒に寝てたりするのにも、最近すっかり慣れちゃったなぁ。
冬の間はそれなりにあったかくてよかったんだけど……って、あたし何考えてるんだろ? ま、まさか、段々環境に慣らされてるんじゃ?
……気をつけようっと。だってあたしはノーマルなんだもの。うん、きっとそう!
だけど、最近みのりちゃんなんか見てると、可愛いなって思ったりしてる……。
そ、それは後輩としてであって、別に女の子としても可愛いんだけど、それとこれとはまた違う次元の話で……。
「あら、沙希。廊下でなに百面相してるの?」
「え? あ、お母さん、おはよう」
ひゃぁ。お母さんに笑われちゃった。
とりあえず、顔洗って来ようっと。
キィッ
自転車を自転車置き場に止めると、あたしはまず職員室に、部室の鍵を取りに行ったの。
日曜のこんな朝早くからも、当番の先生はちゃんと来てるのよね。当たり前って言えば当たり前なんだけど、すごいなって思うの。
ドアをノック。
トントン
「サッカー部ですが、部室の鍵を取りに来ましたぁ」
ドアを開けてそう言うと、当番の先生が鍵を持ってきてくれるんだけど……。
「さすがサッカー部の敏腕マネージャー。早いのねぇ。感心感心」
「館林先生?」
笑いながら、鍵を持ってきてくれたのは館林先生だったの。
「普通の教務担当になると、いろいろ忙しいのねぇ。ホントに」
そう言いながら、館林先生はあたしに鍵を渡してくれたの。
あ、そうだ。館林先生なら頼みやすいな。
「あの、お願いがあるんですけど……」
「あら、沙希ちゃんのお願いならなんでも聞いちゃうわよ」
そう言ってウィンクする館林先生。
「何かしら? 変な男につきまとわれて困るとか、下級生からラブレターもらって悩んでるとか?」
「違いますよ、もう。あたしにそんなこと起きるわけないじゃないですか」
そんなに人気があるわけないもんね。藤崎さんじゃあるまいし。
「そっか。それもそうよね。虹野さんにはちゃんとナイトがいることだし、うんうん」
館林先生は腕を組んでうなずいたの。んもう、妙な勘違いしないでくれないかなぁ。あたしと主人くんはそんなんじゃないのに。
……って、どうしてここで主人くんが出て来ちゃうの? やだ、もう、あたしったら……。
「沙希ちゃん、おーい、もしもし?」
「はっ? あ、えっと、その、なんでもないです、はい」
先生に声をかけられて、あたしはハッと我に返ったの。
と、
「あ、虹野先輩! 時間になっても来ないから、捜しましたよ」
後ろから声をかけられて、あたしは振り返ったの。
「みのりちゃん?」
「虹野先輩? 顔赤いですよ。どうしたんですか?」
「え? あ、えっと、そのね……」
あたしがあたふたしてると、あたしの後ろから先生がのぞき込んできたの。
「あら、可愛い娘じゃない。どなた?」
「1年A組の秋穂みのりです。サッカー部のマネージャーやってます」
みのりちゃんはぺこっと頭を下げたの。先生はにこっと微笑んだ。
「そっか、虹野さんの後輩ってわけね。私は館林晴海。ここにいる虹野さんのクラスの担任なの」
「そうですか。よろしくお願いします」
そう言うと、みのりちゃんはあたしに視線を向けたの。
「虹野先輩、それより早く部室開けて欲しいんですけど……」
「あ、そうね、うん」
あたしはそれで用事を思いだして、先生の方に向き直ったの。
「先生、家庭科室使いたいんですけど、いいですか?」
「家庭科室?」
「ええ。今日サッカー部の練習試合があるので、お弁当作ろうと思うんです」
「あら、そうなの? 別に構わないけど。ちょっと待っててね。鍵取ってくるわ」
そう言って、先生は職員室の中に戻っていったの。
あたしが待ってると、みのりちゃんが囁いた。
「虹野先輩。本当に作るんですか?」
「うん、そうよ」
「あたしは手伝いませんよ」
みのりちゃんはキッパリ言ったの。
「うん。あたしが好きでやってることだし、マネージャーの仕事じゃないもんね。気にしないでいいのよ」
ちょっと残念だけど、仕方ないよね。みのりちゃん、前から「手伝わない」って宣言してたし、あたしも一人でやる覚悟はしてたし。
「それより、虹野先輩。さっきグラウンド見に行ってきたんですけど、ゴールネットが破れちゃってるみたいなんですけど、どうしましょう?」
「ゴールネットが?」
いけない。本当なら、そっちを先に確認しておかないといけなかったのに……。
「わかったわ。体育用具室に予備のネットがあるから、すぐに張り替えましょう」
「沙希ちゃん、家庭科室の鍵持ってきたわよ」
戻ってきた先生に、あたしはぺこりと頭を下げた。
「すいません、体育用具室の鍵を貸してほしいんですけど。ゴールネットが破れてるらしくて……」
「色々大変ねぇ。ちょっと待ってて」
先生、三度戻っていったの。ごめんなさい、先生。
「みのりちゃん、そっち押さえててね!」
「はぁい! これでいいですかぁ?」
「うん」
きゅっとロープを引っ張って、結んで、と。
「これでよし。ありがとう、みのりちゃん。手伝ってくれて助かったわ」
「これは、マネージャーの仕事ですから。でも、本当に大変だったですね」
「まだよ。今度は破れちゃったほうのネットを用具室に運ばなくちゃ」
「あ、はい」
あたしとみのりちゃんは、砂埃で汚れたゴールネットを抱え上げたの。
「きゃ、やだぁ、服が汚れちゃうよぉ」
「がまん、がまん、よ」
そう言いながら、あたし達はネットを用具室に運び込んだの。予備のネットが置いてあったところに、ドサッと落とす。
「これでよし、と。みのりちゃん、ごくろうさま」
「はい。あ、もう9時半ですよ」
時計を見て、みのりちゃんが言ったの。え? もうそんな時間になっちゃったの?
「みのりちゃん、あとお願いできるかな? あたしは家庭科室にいるから」
「え? あとってどうすればいいんですか?」
「あとはね、部室を一通り軽く掃除して、みんなが来たら点呼とって監督に報告して、あとは監督の指示に従ってくれればいいの。判らないことがあったら、聞きに来てくれればいいし」
「わかりました。それじゃ、虹野先輩はがんばってくださいね」
みのりちゃんは、服をポンポンとはたきながら、用具室を出ていったの。
あたしは更衣室にダッシュ。お料理するには、まず着替えないと、ね。
家庭科室の大きな炊飯器、一度にご飯が10升は炊けるのよね。しかも最新の電子式。これ一つ欲しいなって言ったら、ひなちゃんに大笑いされちゃったんだけど。
取りあえず、お米をざぁっと洗っては入れ、洗っては入れ。
それから、えっと、じゃがいもをゆでて、人参を短冊に切って、と。
大豆はこっちで良いんだよね? うん、そうそう。
あれ? 缶切りはどこ、缶切り……っと、あったあった。
あ、このカンヅメ、缶切りなくてもよかったんだ……。ま、いいかぁ。
フライパン4つ並べて、一気に点火っと。中華なべに油を敷いて、火にかけて……。
ピィーッ
炊飯器が湯気を噴きだして、いい匂いが家庭科室に立ちこめて来たんだけど、あたしは焦りまくり。
『料理の鉄人』で、ラスト10分になったときのシェフの気分がよくわかるなぁ。なんて考えてる場合じゃないよぉ!
おかずの大部分は、スーパーで買ってきた御惣菜を取り分けるだけだからいいとしても、メインのカツレツと五目ご飯は、やっぱり自分でなんとかしようと思ってやってたんだけど、わぁん、このままじゃ試合が始まっちゃうよぉ。
もうひなちゃんでも誰でもいいから、手伝ってくれないかなぁ。……なんて、甘えても、だめか。
ほら、沙希。考えてるより先に手を動かす!
自分を叱って、あたしは……えっと、次はどれを、わぁ、向こうのお鍋が4つとも吹きだしたぁ!
カチャカチャカチャカチャ
あたしが、壁の反対側にあるガスコンロに駆け寄るよりも早く、ガスコンロの火が止められたの。
あたしは、家庭科室の真ん中で立ち止まった。
「みのりちゃん……」
「監督が、あとはいいから虹野を手伝ってこいって言ったから……」
ガスコンロを手際よく止めたのは、みのりちゃんだったの。
「でも……、これってマネージャーの仕事じゃないし、みのりちゃん、嫌なら……」
「あー、もう! 時間がないですよ、虹野先輩!」
時計を指して声を上げるみのりちゃん。あたしもはっとして、一つうなずく。
手伝ってくれるっていうなら、手伝ってもらおうかな。
「みのりちゃん、お料理はしたことある?」
「一通りはやってますから」
そうみたいね。さっきのコンロの消し方見ても、慣れてるみたいだし。
「それじゃ、そのお鍋のアスパラ、ざるにあけて、さっと水で洗ってくれる? それから、そっちのお惣菜のポテトサラダ、一度全部そのボウルに入れて、上からそこのバルサミコを少しかけて、あえておいて」
「はぁい」
そう言って、みのりちゃんはお鍋を抱え上げた。
それから20分。みのりちゃんが手伝ってくれて、どうやら先行き見えてきたの。
「こっちはできましたよ」
アスパラガスを切り終わったみのりちゃんが声を上げる。あたしは炊飯器から五目ご飯をボウルに移しながら、ちょっと考えて、お願いしたの。
「じゃあ、……お弁当詰めるの手伝ってくれる?」
「いいですよ。どれから詰めますか?」
家庭科室の大きな机4つの上一杯に、お弁当の箱が並んでるの。壮観よね、なんて言ってる場合じゃないわ。
「そこの金平牛蒡(きんぴらごぼう)つめてくれる?」
「えっと、どれくらい入れればいいんでしょうか?」
きんぴらの入ったボウルを抱えて、みのりちゃんが質問してくる。あたしは少し考えて答えたの。
「そうね、5本くらいかな。あ、お弁当箱に番号ついてるでしょ? その2番目と8番目には少し多めに入れて、それから4番目と19番目には入れないでね」
「……なんですか、それは?」
「サッカー部のみんなって、結構好き嫌いあるから。大門高校のみんなの好き嫌いはわかんないから、全部同じにしちゃうけどね」
「ええ? もしかして、そこまで考えてやってるんですか?」
「そうだけど、変かな?」
五目ご飯を詰めながら、聞き返すあたし。あ、服部くんはシイタケ好きじゃないって言ってたから、より分けて、と。
「あたしなら、嫌いなら食べなくて結構です、って言っちゃいますよ」
みのりちゃん、ぶ然としてる。でも……。
「やっぱり、同じことなら喜んで欲しいもの」
「虹野先輩って……」
「え?」
「……いえ、なんでもないです」
「そう?」
あ、主人くんはタケノコ嫌いだったよね。……少しは食べなきゃだめだよ。もう。ちょっと入れちゃえ。えへ。
なんとか詰め終わったのは、試合が始まる10分前。慌てて用意して置いた付箋紙を一つ一つ貼って、大型冷蔵庫に入れておく。
これで、よし。
「お疲れ様、みのりちゃん。ありがと」
「いえ……」
みのりちゃんは、大型冷蔵庫の扉をバタンと閉めると、あたしを見たの。
「何?」
結局、さんざん手伝わせちゃったもんね。悪いことしちゃったなぁ。
そうだ。
「みのりちゃん、試合が終わってから、時間ある?」
「え? はい、ありますけど」
「それじゃ、後で街に買い物に行こうと思うんだけど、付き合ってくれない? 今日のお礼もしたいし」
「そ、そんなぁ、いいですよ、別に」
「そんな事言わないで、ね」
「それじゃ、はい、わかりました。おつき合いします」
そう言って、にこっと笑うみのりちゃん。うん、可愛いよね。
試合の方は、結局4対0で、きらめき高校の圧勝。沢渡くんは、去年の主人くんのデビュー戦以上の成績、つまり一人で4点全部をあげたの。
主人くんはノーゴール。って言っても、あれじゃ仕方ないよね。大門高校のみんな、主人くんをマークしてたんだもん。スコアシート見ても、『沢渡ゴール、主人アシスト』ばっかり並んでるし。
でも、その試合見て、監督が何かしきりにうなずいてたのが、ちょっと気になるんだけど……。きっと気のせいよね、気のせい。
で、試合が終わってから、みんなにお弁当食べてもらったの。みんな喜んでくれて、嬉しかったな。
大門高校の人も、向こうの監督さんに「これから、きらめき高校との練習試合をもっと組みましょう」なんて言ってるし。うふふ。
で、全部終わってから、あたしとみのりちゃんは約束通りショッピング。
「へぇ、みのりちゃん編み物なんかするんだ」
「そうです。こう見えても、なかなか上手いんですよ」
みのりちゃん、なんだかとっても機嫌いいみたいで、あたしとおしゃべりしながら、店をのぞき込んではしゃいでる。
少なくとも、怒ってはないみたい。よかった。
「あ、先輩、ここ入りましょうよ」
「え?」
みのりちゃんが手招きしてるのは、アクセサリーのお店かな? あ、そうそう。前にひなちゃんに引っ張ってこられた店だわ。
あたしが少し遅れて入ると、みのりちゃんは熱心にディスプレイしてあるのをのぞき込んでる。
あ、そうだ。
「みのりちゃん。何か買ってあげようか?」
「え? そんな、悪いですよ」
「いいから……。あ、これどう?」
あたしは、草色の髪留めを見つけて、みのりちゃんに見せたの。今みのりちゃんがしてるのと同じような形だけど。
……実を言えば、自分のセンスって、ひなちゃん曰くあまり良くないそうだから、全然違う形のはまずいかなって、勧めなかったんだけど。あはは。
でも、草色の髪留め、似合ってると思うんだ。うん。
「うん。似合ってると思うよ」
「そうですか? じゃあ、それ買います」
みのりちゃんはにこっと笑ったの。
カランカラン
「あ、沙希ちゃん、いらっしゃい。おや、そちらはニューフェイスだね」
「こんにちわ、マスター。こちらは、あたしの後輩で、秋穂みのりちゃん。みのりちゃん、この人が、ここのマスターなの」
「秋穂です」
ぺこっと頭を下げると、みのりちゃんは『Mute』の中を見回したの。
「へぇ。結構いい感じですね」
「でしょ?」
そう言いながら、奥のボックス席に座ると、みのりちゃんはポシェットから、さっきの髪飾りが入った紙袋を出したの。
「これ、ありがとうございました」
「気に入ってくれたらいいんだけど」
「はい、とっても。最高のバースデープレゼントです」
そう言って、にこっと笑うみのりちゃん。
「え? バースデー?」
「はい。実は、私4月16日生まれの牡羊座なんですよ」
「そうだったんだ。言ってくれたら、もっと立派なプレゼントあげたのに」
「いえ、これでいいんです」
みのりちゃんは、紙袋をきゅっと抱きしめて、幸せそうに笑ったの。
なんだかよくわかんないけど、喜んでくれたんなら、よかった。
そうだ。
「マスター!」
「聞いてるよ。ちょっと待ってな、すぐにいいもの出してあげるから」
そう言って、カウンターの中でごそごそしてたマスター、しばらくしてお皿を持って出てきたの。
「はい、今日はサービスだよ。紅茶のケーキ」
「ありがとう、マスター。みのりちゃん、どうぞ。ここのケーキって、意外と美味しいんだから」
「意外と、はひどいなぁ」
苦笑するマスター。
みのりちゃんは、ケーキをフォークで切ると、一口食べて目を閉じる。
「みのりちゃん?」
「うーん。甘さの中にも紅茶の微かな渋みが絶妙な味わいを醸しだしてる。しかも、その中に微かに香るハーブ……キャラウェイかな?」
「ほほう、判るかね?」
みのりちゃんの言葉に嬉しそうに笑うマスター。
「はい、私、ケーキの食べ歩きをよくするんですよ。でも、ここのケーキも美味しいです。うん、気に入りました」
そう言って、みのりちゃんは笑ったの。
「すっかり遅くなっちゃったね。引き留めてごめんなさい」
『Mute』を出ると、もう夕方になっちゃってたの。
「今日はありがとうございました」
みのりちゃんはペコリと頭を下げると、『Mute』の駐車場に停めておいた自転車にまたがったの。
「虹野先輩、私、きらめき高校に来てよかったって思ってます」
「え?」
「だって、虹野先輩に逢えたんだもの。……先輩」
みのりちゃんは、キラキラした目で言ったの。
「私も、一生懸命な人が好きになりました」
「うん、いいよね。一生懸命な人って」
あたしはうなずいた。
みのりちゃんはクスッと笑うと、あたしをじっと見つめた。
「え?」
「虹野先輩、明日からも頑張りましょうね!」
「うん! 頑張ろうね!」
「それじゃ!」
そのまま、みのりちゃんは自転車をこいで、走っていったの。
さて、あたしも帰ろうかな?
そう思って、振り返った途端。
「お〜ね〜え〜さ〜ま〜」
「うひゃぁ! は、葉澄ちゃん?」
葉澄ちゃんが、夕陽を背にして、腰に手を当てて立ってたの。
「ど、どうしてこんな所にいるの?」
「買い物です。それよりお姉さま、さっきの人は誰ですか?」
「さっきのって、みのりちゃん? クラブの後輩だけど……」
「お姉さまには私がいるじゃないですかぁ! どうしてあんな娘を引っかけて来るんですかぁ?」
そう言いながら、ひしとすがりつく葉澄ちゃん。ちょ、ちょっと、どうしてそういう話になるのよ?
結局、葉澄ちゃんをなだめるために、『Mute』のクランベリーパイをおごる羽目になっちゃった。はふぅ。
《続く》

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