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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんの虹色の青春 その


 もうすぐGW。って言っても、あたし達サッカー部は、あんまり浮かれてもいられなくなっちゃったの。
 というのも、昨日、末賀高校から、練習試合の申込みがあったの。
 末賀高校っていえば、ここ数年、大門高校に代わって地区予選で毎回優勝して、全国大会の常連にもなってる強豪校。そこから申込みがあったってことは、きらめき高校の名前もそれなりに知られるようになってきたってことなのよね。うんうん。
 その練習試合は、5月の4日にすることになって、そして、今日はそのメンバーの発表日というわけ。

「あ、虹野さん」
 マネージャー着に着替えてグラウンドに出たところで、バッタリ主人くんに逢ったの。
「主人くん、こんにちわ」
 あたしが笑って言うと、主人くんはうんとうなずく。
 あれ? ちょっといつもと感じが違うな。いつもはもっとはつらつって感じなのに。
「どうしたの、主人くん。あ、もしかして、メンバー発表が気になるんだ?」
「そりゃ気になるさ」
「でも、主人くん外すなんてこと、有り得ないじゃない」
「なら、いいんだけどね……」
 うーん、なんか元気ないのね。
 あたしは、ガッツポーズをして見せた。
「ほら、主人くんも、がんばる、がんばる」
「ああ、そうだね。ありがと、虹野さん」
 主人くんは微笑んだ。と、
「虹野せんぱぁ〜〜い!」
「あら、みのりちゃん?」
 みのりちゃんが駆け寄ってきたの。こないだのみのりちゃんの誕生日以来、なんだかすっかりなつかれちゃった。悪い気分じゃないんだけど。
「何してるんですか? もうみんな集合してますよ」
 あたしの腕を取って引っ張るようにしながら、みのりちゃんが言う。あ、もうそんな時間なの?
「主人くん、行きましょう」
「あ、ああ。そうだね」
「もう、早く早くぅ」
 ああん、みのりちゃん、そんなに引っ張らないでよぉ!
 全員が整列して、監督の前に並んでる。練習を始める前に、いよいよメンバー発表なの。
 あたしは、主人くんの隣に立って、みんなの様子を見回した。うーん、流石にみんな緊張してるみたいね。
 監督はノートをめくって名前を読み上げていく。
「ゴールキーパー、森」
「うぃっす!」
「ディフェンダー、江藤、大山、渡辺、前田」
「はい!」
 ディフェンダー、2年生で固めるんだ。
「次、ミッドフィルダー、田仲、中山、吉田、服部、山内」
「はい」
 ええと、もう10人呼んだよね。ってことは、残りは一人。ワントップ制に戻したんだ。
「フォワード、沢渡。以上だ」
 ……え?
 あたし、反射的に主人くんを見てた。
 スタメン落ち……しちゃったの? どうして?
 確かに、ここのところ、主人くん、試合でゴール決めてないけど、でも、だからってそんなの……。
「よし、練習を始めるぞ!」
「はいっ」
 みんな元気よく返事して、さっと散っていく。
 そんな中、主人くんは一人、じっと立ちつくしてた。
「主人、どうした?」
「あ、はい……」
 監督に声をかけられて、一瞬何か言いたそうにしてから、主人くんは首を振った。
「なんでもありません」
「なら、さっさと行け!」
「は、はい」
 元気なくそう言うと、主人くんはグラウンドに走っていったの。
 でも、どうして……?
「先輩! 虹野先輩!」
「え? あ、みのりちゃん」
「どうしたんですか? ぼうっとして?」
 みのりちゃんがあたしの顔をのぞき込んで、目を丸くしたの。
「大丈夫ですか、虹野先輩? 顔色、悪いですよ」
「そ、そうかな? うん、大丈夫。さ、行きましょう」
 あたしは、みのりちゃんと部室に駆け戻りながら、一度振り返った。
 主人くんは、やっぱりフィールドの外で、じっと立ちつくしてた……。
「先輩!」
「きゃ! え、な、なに?」
 不意に耳元で大声を出されて、あたしはハッと我に返ったの。
 みのりちゃんが、腰に手を当てて、あたしを見おろしてる。
「んもう。何をぼうっとしてるんですか?」
「え?」
 聞き返すあたしに、みのりちゃんは黙ってあたしの手元を指した。あれ? きゃあ! 収支表が穴だらけになってるぅ! どうしてぇ?
「ずっとシャーペンでツンツンつついてるからですよ」
「あたし、そんなことしてた?」
「はい。ずっと」
 やだ、もう。
 あたしは、その収支表を丸めてゴミ箱に放り込んで、ため息。
 今度は心配そうな顔になって、みのりちゃんはあたしの顔をのぞき込む。
「本当に大丈夫ですか? 気分が悪いんなら、あとはあたしに任せて帰ってもいいですよ」
「ううん、本当に大丈夫なんだってば。ほら、元気元気」
「そうですかぁ? なら、いいんですけど」
 そう言いながらも、みのりちゃんはまだ心配そう。
 みのりちゃんに心配かけちゃいけないよね。うん。
 あたしは立ち上がったの。
「そろそろ練習終わりね。後片づけの用意をしましょう」
「はい、わかりましたぁ」
 うなずいて、みのりちゃんはたたっと部室から出ていったの。
 主人くん、随分落ち込んでたみたいだけど、大丈夫かな?
 でも、あたしに何が出来るの? 同情なんて欲しくないだろうし。
 だけど、このまま何もしないなんて……。
 そうだ、とりあえず一緒に帰って、色々話をしてみよう。うん。
 ……でも、迷惑かもしれないな。
 どうしよう?
「虹野先輩!」
 あたしが着替えながら考え込んでると、後ろからみのりちゃんが話しかけてきたの。
「あ、どうしたの?」
「虹野先輩、一緒に帰りませんか?」
「え? あ、えっとね……」
「あ、何か用事があるんですか? なら、いいんですけど……」
 そう言いながら、寂しそうな顔しないでよぉ。もう、仕方ないよね。
「いいわよ、帰りましょう」
「やったぁ」
 小さくガッツポーズをすると、みのりちゃんはあたしに笑顔を向けた。
「それじゃ、帰りにこの間行った喫茶店に寄って行きませんか? 私、おごっちゃいますから」
「『Mute』に? そうね、いいわよ」
 そうだ。舞お姉さんや館林先生がいたら、相談してみるのもいいかもしれないな。
 そう思いながら、制服のスカーフを直してたら、みのりちゃんが不意に声を上げたの。
「あれ? あれぇ?」
「ん? どうしたの?」
「あ、すみません。財布がないんです」
「財布が?」
「はい。多分、部室だと思うんで、ちょっと取ってきますね」
「あ、ならあたしも一緒に行くわ」
 あたしは鞄を持って立ち上がった。
「え? いいですよ、そんなぁ……」
「遠慮しないの。ね?」
 ウィンク。近ごろだいぶ、上手くなったんだ。うん。
「虹野先輩、優しいから好きです」
「やだなぁ、もう」
 カチャ
 もう部活が終わってだいぶたつし、誰もいないと思った部室のドアが、ノブを回すと開いたから、ちょっとびっくりしちゃった。
「んもう。終わったら鍵かけてって言ってるのにぃ」
「ホントに、男の人ってがさつで、ダメですよねぇ」
 そう言って、みのりちゃんはあははっと笑う。
 あたしも笑いながらドアを開いて、その場で立ち止まった。
「あ……」
 部室の中、誰もいないと思ってたのに……。
「や、やぁ」
 ベンチに座って、ボールを磨いてた主人くんが、ぎこちない笑みを浮かべて、軽く手を挙げた。
「主人くん……」
「あ、主人先輩、まだいたんですか?」
 みのりちゃんがあたしの肩ごしに主人くんに声をかける。
「まぁね。虹野さんはどうしたの?」
「あ、えっと、その……」
 口ごもるあたしの前に、みのりちゃんがずいと出ると、主人くんに言う。
「あたしが忘れ物して、虹野先輩はついてきてくれたんです」
「み、みのりちゃん……」
「それだけですから」
 そう言って、みのりちゃんは部室の奧の方に、財布を捜しに行ったの。
 な、何を言っていいのか、わかんない……。
「あ、あの……」
「何?」
 主人くん、またボールを磨き始めた。あたしに背中を向けて……。
 それだけでも、主人くんの受けてるショックがわかるような気がした。だって、今まであたしと話すときは、必ずあたしの方を見て話をしてくれてたのに。
「残念だったね、その、スタメンのこと……」
 言ってから、あたし慌てて口を押さえた。
「ご、ごめんなさい」
「虹野さんの謝ることじゃないよ。沢渡の方が俺より実力があるんだから。監督の判断は……正しいよ」
 あたしの方を見ようともしないで、主人くんは、いつもよりも小さな声で呟いたの。そう、半分自分に言い聞かせるみたいに。
「でも……」
「あっ! あったあった!」
 部屋の隅で、みのりちゃんが声を上げたの。そして駆け寄ってくる。
「先輩、ありました。さ、帰りましょ!」
「え? ええ……」
 そう言いながら、でも、あたしはその場から動けなかった。
 何もできないけど、でも、でも……。
 あたしが主人くんの背中を見つめてると、不意にぐいっと腕が引っ張られたの。
「きゃ」
「もう、先輩! 何やってるんですか? 早く帰りましょうよ! それじゃ、主人先輩、お先に!」
「ああ……」
「あ、あの……」
「ほら、行きますよ!」
 そのまま、みのりちゃんはあたしの腕を引っ張って、部室から出ていったの。
 あたしの目に最後に映ったのは、背中を丸めてボールを磨いてる、主人くんの姿だった……。
 パクパクパクパク
「あー、このラズベリータルト、美味しいですよぉ」
「そう? なら、こっちのクランベリータルトも試食してもらおうかな?」
「はいはぁい! もう、どんどん試食しちゃいますぅ!」
 みのりちゃんは、マスターが小さく切って出してくれるタルトをむしゃむしゃ食べてる。
 あたしは、マスターが出してくれたコーヒーカップを両手で挟んで、考えてた。
 どうすればいいんだろ、あたし……。
「沙希ちゃん、悩みがあれば、まず担任に相談してくれなくちゃ」
 上から声がして、あたしは顔をあげたの。
「館林先生……」

《続く》

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