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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんの虹色の青春 その


「……というわけなんです」
「なるほどねぇ」
 頬杖をついてあたしの話を聞いてくれていた館林先生は、話が終わると体を起こしたの。
「一般論で言えば、いくらでもある話だけど、本人にとってみればそうも言ってられる事態じゃないわよね」
「そんな……」
「残酷なようだけどね、こればっかりは本人にしかどうしようもないことよ。そう、前に沙希ちゃんに言ったでしょ? まわりであーだこーだ言うことは出来る。でも実際に決めるのは本人だって」
「でも……」
「それにしても……。私はサッカーに詳しいわけじゃないけど、どうして主人くんをスタメンから外したのか、の方が気になるわね」
 先生は顎に手を当てて考え込んだの。
「その新人さん、沢渡くんだっけ? 1試合フル出場できないほどスタミナが無いってわけでもないでしょ?」
「ええ。沢渡くん、紅白戦でも、大門高校との練習試合でもフル出場してましたし……」
「守りをかためる必要性っていうのもないし……。あ、でも待てよ……」
「何か気付いたことでもあるんですか?」
 訊ねるあたしをよそに、先生は振り返って、カウンターの中で洗い物をしていた舞さんに話しかけた。
「舞、賀茂先生って策士だったよね?」
「何よ、突然」
 きゅっと水道を止めて、手を拭きながら顔をあげる舞さん。
「確かに、色々とお考えになる人だと思うけど、策士っていうのは言い過ぎじゃない?」
「まぁ、いいじゃない。そうすると……」
「先生?」
「うーん。やっぱり賀茂先生に直接聞いてみた方がいいと思うわ」
 そう言ってから、不意に悪戯っぽい顔をする館林先生。
「沙希ちゃんが、どうしても気になるっていうのなら、ね」
「え? あ、えっと、その……」
 やだ、先生ってば。別にそんなのじゃないんだけど……。
 あたしがもじもじしてると、横からみのりちゃんが割り込んできたの。
「館林先生、虹野先輩をいじめないでください」
「あら、秋穂ちゃん。私はいじめてるんじゃなくて、カウンセリングしてるのよ」
「そうは見えません!」
 あの、みのりちゃん。力説してくれるのはいいけど、右手のタルトをなんとかして欲しいな。
 と。
 カランカラン
「あ、お姉さま、いたぁ!」
「え? あ、葉澄ちゃん!」
 いつもみたいにたたっと駆け寄ってきた葉澄ちゃんが、ぴたっと止まる。
「あなた、誰?」
「え?」
 葉澄ちゃんは、半分あたしに抱きついてたみのりちゃんをじろぉっと見てる。
 みのりちゃんはゆっくりと体を起こすと、まず右手のフォークに刺さったままのタルトをぱくっと食べた。それから、そのフォークをおもむろに葉澄ちゃんに向けて言ったの。
「先輩、この小生意気な中学生のお知り合いですか?」
「あの、みのりちゃん、ちょっと……」
「お姉さまこそ、こんな変なのと付き合ってはいけませんよ」
 そう言いながら、葉澄ちゃんはあたしとみのりちゃんの間に割り込んで来たの。
「何よ、この中学生!」
「うっさいわね! 私とお姉さまの間には、誰も割り込むことは許されないの。わ・か・る?」
 とんとみのりちゃんの胸を突く葉澄ちゃん。
 みのりちゃんはその手をばっと払いのけると、キッパリと言った。
「あんたがどこの誰だか知らないけど、私と虹野先輩は、同じサッカー部のマネージャーよ。つ〜ま〜り〜、私が一番虹野先輩に近いの。おわかり?」
「へぇーんだ。私なんて毎日お姉さまと一緒に寝てるもん!」
「!!」
 みんな、一斉にあたしを見る。
「虹野先輩、こいつの言うこと、ホントなんですか!?」
「へぇ、沙希ちゃんやるぅ」
「沙希ちゃん……。やっぱり女の子同士なんてよくないと、私は思うんだけど……」
「ち、違いますっ!!
 あたし、大あわてで両手を振り回しながら言ったの。
「葉澄ちゃんとは、そんな仲じゃありませんっ!!」
「お、お姉さま……、そんなぁ……」
 ああっ、葉澄ちゃんがうるうるしてるぅぅ。
 逆に勝ち誇ったみたいにみのりちゃんがあたしの腕を抱いて、葉澄ちゃんにあっかんべぇとする。
「そ〜ら、みなさい! 虹野先輩は私のなんだからぁ」
 そ、それも違うような……。
「まぁまぁ、二人とも、ここは私に免じて押さえて、押さえて」
 館林先生が間に入ってくれて、取りあえず二人はにらみ合いながらも、あたしから少し離れた。あたしはへなへなとソファにへたりこんじゃう。
 それにしても、なんだか猫の喧嘩みたい。
 みのりちゃんと葉澄ちゃんを見て、なんだか場違いな感想が頭に浮かぶ。
「沙希ちゃん」
「は、はい!」
 急に呼びかけられて、あたし反射的に起立しちゃった。
 それを見て、くすくす笑うみんな。あ〜ん、もう、恥ずかしいよぉ。
「元気があってよろしい。ま、それはともかく」
 館林先生は、あたしの鼻をつんとつついた。
「取りあえず、まずは主人くんを気分転換させてあげるのがいいんじゃないかしら?」
「気分転換、ですか?」
「そ。サッカーとは関係ないところで、ぱぁっと気晴らしさせてあげるのよ。そうねぇ……」
 少し考えて、先生はくすっと笑った。
「デートしなさい、デート」
「なぁっ!!」
あたしよりも早く、にらみ合ってた葉澄ちゃんとみのりちゃんが同時に先生に詰め寄る。
「なんですか、それは!!」
「いくら晴海お姉さまの言葉でも、納得できませんっ!!」
「まぁまぁ、一つの方法よ。例えば、って話。ね?」
 さすがに二人に詰め寄られて、タジタジとなる先生。
「ならいいですけど」
「第一、虹野先輩がどうして誰かとデートしなくちゃいけないんですか? 虹野先輩には、ちゃんと私がいるじゃないですか」
「違いますっ! お姉さまとデートするのは、私ですっ!」
「う〜〜〜〜」
「ふぅぅ〜〜〜」
 また、睨み合いを始めちゃうみのりちゃんと葉澄ちゃん。ホントに猫の喧嘩ね、これじゃ。
 と、館林先生が、そんな二人を横目で見ながら囁いたの。
「二人とも、相手が主人くんだっていうことには気づいてなかったみたいね。これ幸い、デートしちゃいなさい」
「ダメですよ。あたし相手じゃ、気が晴れるわけないじゃないですか!」
 と、あたしも小声で言い返す。
 そうよね。あたしみたいなのとデートしたって、余計落ち込んじゃうだけよね。くすん。
「うーん。確かに、マネージャー相手にしてサッカー部の事を忘れるのも無理な話よねぇ。それならぁ……」
 ちょっと宙を仰いで考えてた先生、ポンと手を打ったの。
「よしよし、いいこと思いついちゃった。舞、ちょっと電話借りるわよぉ」
「いいけど、ちゃんと電話代払いなさいよ」
「いいじゃん。携帯にかけるわけじゃなし」
 そう言いながら、先生は舞さんからコードレスホンを受け取ると、何も見ないで番号をぱぱっと打ったの。それから受話器を耳に当てる。
「あ、もしもし、早乙女さんのおたくですか? 私、きらめき高校の館林晴海ともうしますが……。あ、いえいえ、こちらこそお世話になっております。あ、いえ、そうじゃないんですが、ちょっと連絡事項がありまして。好雄さんはいらっしゃいますでしょうか? ……え?  あ、はい。そうですか? それでは、後ほどまたお電話さしあげます。……いえ、お構いなく。いえ、そんな事じゃないんですよ。……はい、失礼いたします」
「早乙女くんに、ですか?」
「そうそう。まぁ、お任せあれってところかな」
 そう言ってウィンクする館林先生。
 ふ、不安だなぁ……。

 翌日の朝。
 憔悴しきったあたしがのろのろとE組のドアを開けたところで、不意に後ろから声がかけられたの。
「あの、沙希さん、少々よろしいしょうか?」
「ふへ?」
 振り向いてみると、未緒ちゃんがいたの。あたしの顔見て、口に手を当てて小さく叫ぶ。
「沙希さん! どうしたんですか? 目の下に隈が出来てますよ」
「うん、ちょっとね」
 あたし、やっとのことで笑って見せたの。
 昨日の夜、葉澄ちゃんがなかなか寝かせてくれなかったのよね。「あの女は何なんですか!」とか「あんな女とは別れるべきです!」とか、挙げ句の果てには「お姉さまはきらめき高校を辞めるべきです!」まで言いだしちゃって、もう大変だったんだから。
「それより、何?」
「あの、実は……」
 言いかけて、未緒ちゃんはちらっと時計を見たの。
「すみません。時間がありませんから、放課後、よろしいでしょうか?」
「放課後? うん、部活が始まる前ならいいよ」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
 頭を静かに下げて、未緒ちゃんは歩いていったの。確か、未緒ちゃんってB組だよね?
 キーンコーンカーンコーン
 あ、いけない。鐘が鳴っちゃった。
 あたしは慌てて教室に飛び込んだ。
 放課後。
 今日はさすがにお弁当持っていけなかったなぁ。はふぅ。
 いつものくせでつい作っちゃったけど、渡せなかったお弁当を前にあたしがため息をついてると、人の気配。
「ひなちゃん?」
 訊ねながら顔をあげると、未緒ちゃんだったの。
「あ、ごめんなさい」
「いいえ。それより、よろしいですか?」
 あ、そうか。放課後に話があるって言ってたよね。
 ちらっと時計を見上げる。まだ30分はあるから、大丈夫よね。
 それに、今日はちょっと主人くんと顔を合わせ辛いし……。
「うん。いいわよ」
「それでは……、ここでは、ちょっと……」
 言いかけて、未緒ちゃん、辺りを見回したの。
 放課後になって、みんな思い思いにおしゃべりしてて、騒がしい。
 そうね。未緒ちゃんの雰囲気じゃないよね。
「それじゃ、どこに行こうか? 図書室でいい?」
「ええ、それで構いませんよ」
 未緒ちゃんはうなずいたの。
「それで、話ってなにかしら?」
 あたし達は、図書室の本を読むところ(閲覧室っていうんだって。あたし、知らなかったな。あはは)で、大きなテーブルの前に並んで腰掛けて、小声で話してた。
「ええ。あの、沙希さんは、早乙女さんと親しいですよね?」
「早乙女くんと? うん。中学から同じ学校だったし……」
 一瞬頭の中でひなちゃんを思い浮かべて、あたしは慌ててうち消した。
 そうよ、もう早乙女くんとひなちゃんは、関係ないんだよね。
「沙希さんから見て、早乙女さんはどんな方ですか?」
「どんなって……、まぁ、見たとおりの……」
 と言いかけて、あたしは慌てて首を振った。
「でも、そんなに悪い人じゃないのよ。ああ見えても律儀だし、優しいし……」
「そうですか」
 うなずく未緒ちゃん。
「でも、どうして早乙女くんのことを?」
 あたしが訊ねると、未緒ちゃんは少し赤くなって答えたの。
「はい。早乙女さんから、日曜にディスティニーランドへ行かないか、と誘われたんです」
「未緒ちゃんが?」
 ちょっとびっくり。だって、ねぇ。
「お断りしようと思ったんですが、早乙女さんが、沙希さんも一緒に行くとおっしゃったものですから」
「あたしが? ううん、聞いてないけど……」
 と、
「あ、いたいた、捜したよ〜ん」
 その早乙女くんの声がしたの。あたしは振り返った。
 未緒ちゃんが、唇に指を当てて言ったの。
「早乙女さん。図書室では、お静かに」
「ごめんごめん。それより、虹野さん。ちょっといいかな?」
「え? 構わないけど……」
 時計を見上げる。うん。もうちょっと時間あるね。
「如月さんも、聞いてくれないか? 昨日はちゃんと話してなかったし」
「ええ、いいですよ」
 未緒ちゃんはうなずいたの。
「ダブルデート、ですか?」
「そそ、ダブルデート」
 早乙女くんはうなずいたの。
「主人のやつ、落ち込みまくってさぁ。まさにスパイラルラビリンス状態ってやつさ。で、なんとか元気付けてやろうと思って、不肖私、早乙女好雄が企画したわけ。デートでもすりゃ、気が晴れるんじゃないかなってね」
「そうかもしれませんけど、でも、それならどうしてダブルデートなんですか?」
 訊ねる未緒ちゃん。早乙女くんはずいっと身を乗り出したの。
「よくぞ聞いてくれました。あいつの性格からいって、単にデートをお膳立ててやっても、素直に受けるとは思えないんだよ。その点、ダブルデートなら、あいつも受けやすいだろうと思ってね」
「そうですか?」
「そうそう」
 こくこくうなずくと、早乙女くんはあたしに視線を向けたの。
「虹野さんだってそう思うだろ?」
「え? ええ、まぁ……」
「ほらほら。というわけで、如月さんに虹野さん、頼む、俺を男にしてくれ!」
 そう言って、早乙女くんはがばっと頭を下げたの。
 あたし達は顔を見合わせた。
「沙希さん、どうします?」
「あたしは……、主人くんが落ち込んでるのは確かだし、元気付けてあげたいな、とは思ってるけど……」
「そうですか。……わかりました」
 未緒ちゃんは、早乙女くんに向き直ると、うなずいたの。
「いいですよ。日曜日には特に予定もなかったですし」
「ありがとう!」
「きゃ!」
 早乙女くん、未緒ちゃんの手をきゅっと握ったの。そして、ポケットからチケットを出す。
「はい、これチケット」
「用意がいいんですね、早乙女さん」
「まぁね。あ、それから虹野さん」
「何?」
「虹野さんの分のチケットは公に渡してるから、あいつから受け取ってくれる?」
「うん……ええーっ!?」
 主人くんから? でも、だって、ねぇ。
「あ、沙希さん」
 未緒ちゃんが時計を指さす。あたしも時計を見て、慌てて立ち上がった。
「こんな時間! 急いで行かなくちゃ!」
「んじゃ、公によろしく!」
 あたしに手を振ると、早乙女くんは未緒ちゃんと何か話しはじめたの。
 あたしは、走って図書室から出たの。
 着替えてグラウンドに出ると、ばったり主人くんに逢っちゃった。
「あ、主人くん……」
 元気? なんて聞くわけにも行かないで、口ごもっちゃったあたしの前に、主人くんが紙切れを出した。あ、チケット?
「これ、好雄から……」
「あ、うん。楽しみね」
 あたしはチケットを受け取ったの。
「でも、本当にいいの? 好雄のやつ、強引に誘ったんじゃないのか?」
 強引も何も、ついさっきなんだけどね。
 でも、主人くんの気がまぎれるんなら、いいよ。
「ううん、そんなことないよ。あたしも暇だったし」
 あたしはこくんとうなずいたの。それから、財布を出す。
「えっと、幾らなの?」
「いや、いらないよ」
 手を振る主人くん。優しいんだね。でも……。
「ダメだよ。それじゃ、楽しめないよ」
「そう? それじゃ、仕方ないね。えっと……1000円だよ」
 嘘ばっかり。ディスティニーランドの1日パスポートチケットって、2000円なのに。
 でも……。
「それじゃ、はい、1000円」
 あたしは、1000円札を主人くんに渡したの。
 あとの1000円分、主人くんを楽しませてあげなくちゃ。そう、心に決めながら。
「虹野せんぱぁい!」
 みのりちゃんが駆け寄ってきたの。また、何か言われちゃいそう。
「それじゃ、俺はこれで」
 主人くんもそう思ったのかな。軽く手を振って、走っていったの。
 みのりちゃんは、あたしの腕にしがみついて言ったの。
「主人先輩と何を話してたんですかぁ?」
「ううん、大したことじゃないのよ」
「そうなんですか? あ、それより虹野先輩! 昨日のあの娘はなんなんですか? 先輩に対する態度がなっちゃないですよね!」
 あ〜あ、始まっちゃったぁ。
 あたしは、隣で叫ぶみのりちゃんから視線を逸らして、主人くんの方を見たの。
 主人くんは、フィールドの外で、新入部員と一緒になってボールを拾ってる。
 ついこの間までは、フィールドの中でボールを蹴ってたのに……。
「……ぱい、虹野先輩!!」
 みのりちゃんの声に、我に返る。
「え? な、なに?」
「何じゃないですよ。私の話、聞いてます?」
「う、うん。あ、仕事しなくっちゃ、仕事仕事っと」
 あたしは部室に向かって走ったの。
 なぜか、頬を涙が一筋、流れた。

「虹野先輩! 何が悲しいんですか!? 私、なぐさめてあげますっ!」
「何でもないってば。目にゴミが入っただけよ」

《続く》

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