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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんの虹色の青春 その


館林晴海の愛車4代目
ミニクーパー・ケンジントン “たてばー号”
 ジュージュー
 ふんふんふ~ん。
 早起きして、鼻歌を歌いながら、イカフライを揚げてると、お母さんが台所に入ってきたの。
「あら、おはよう、沙希。今日も早起きね」
「おはよう、お母さん」
 お母さん、机の上のお弁当箱の数を見てあたしに訊ねたの。
「今日はまたたくさんね。泊まりなの?」
「な、何でそう言う話になるのよ!」
 急にそんな事言われて、あたし危なくお箸をお鍋に落としそうになっちゃった。
「あたしは、別に主人くんとそういう仲でも何でもないんだって、前から言ってるじゃないの!」
「あ~ら、私は別に誰とも言ってませんけど」
「あう……」
 真っ赤になって絶句したあたしを見て、お母さんは呆れたように言ったの。
「まぁ、とにかくお箸のフライは食べられないわよ。回収しなさい」
 お鍋の中では、イカフライの間で菜箸がジュージューいっていた。

「まぁ、今日はみんなで遊びに行くのね?」
「そうなのよ。だから、別に何もないの!」
 そう言いながら、あたしはお弁当を取り分けてた。未緒ちゃん、脂っこいものはダメだから、こっちにして、と。
「それじゃ、頑張ってね」
「何を?」
「ま、色々よ」
 そう言って笑うお母さん。なんだか最近、あたしをからかって遊んでる気がするのは、あたしの気のせいかしら?
 はぁはぁ
 ちょ、ちょっと、遅れちゃったかな?
 あたしは、ディバッグを揺すりあげて、駅からダッシュしてたの。
 時計を見ると、10時ちょうど。わぁっ、遅刻遅刻ぅ!!
 ばたばたと走ってると、遊園地の入り口で立ってる主人くんが見えてきたの。
「あ、虹野さん」
「ご、ごめんなさい、遅れちゃって」
「いや、俺も今来たところだから」
 主人くんはかすかに微笑んだの。うーん、やっぱりいつもの主人くんと、どことなく違うなぁ。
「今日は楽しみね。思いっ切り遊ぼうね」
「そうだね」
「……」
「……」
 あうあう~。会話が続かないよぉ。
「き、今日はいい天気でよかったね」
「そうだね」
「……」
「……」
 あーん、どうしようどうしよう。
 と。
「おはようございます。遅れてしまってすみません」
 後ろから未緒ちゃんの声がしたの。
「あ、未緒ちゃん、おはよう!」
 あたし、ほとんど藁をもすがるって感じで、振り返った。
 後ろから主人くんの声が聞こえる。
「如月さん、おはよう」
「お二人とも早いんですね」
「え?」
 あたしは、自分の腕時計を見た。10時11分。
 集合、10時だったよね?
「まだ5分前かぁ」
 主人くんが、遊園地のゲートについてる時計を見上げて呟く。……え? 5分前?
 慌てて、あたしもその時計を見上げる。9時55分。
 も、もしかして、あたしの時計が進んでたのぉ? うひゃぁ、恥ずかしいな、もう。
 と、未緒ちゃんが主人くんの方に向き直ったの。
「改めまして、如月未緒です」
「あ、どうも。主人公です」
 そういえば、二人って、去年の文化祭の時に、ちょっと顔を合わせたことがあるだけなんだよね?
 確かに、未緒ちゃんといえば図書室っていうくらい、ずっと図書室にいる未緒ちゃんと、図書室には行かない主人くんじゃ、接点ないもんね。
「そういえば、虹野さんと如月さんって親しいの?」
「そうですね。私、図書室に籠もりがちなので、友達も少ないんですけれど、沙希さんはそんな私でも親しくしてくれていますから」
 未緒ちゃんは微笑んで言ったの。
「そんなことないってば。未緒ちゃんって頭いいし、いろんな事よく知ってるし、あたし尊敬しちゃうな」
 そう、未緒ちゃんってとっても頭いいんだよね。今まで気を付けて見てなかったんだけど、テストの成績もすごくいいし。国語とか日本史とか世界史とかは、あの藤崎さんよりも成績いいんだって。
「やだ、沙希さんったら。そんなことありませんよ」
 ちょっと赤くなって未緒ちゃんがはにかむ。あ、なんだか可愛いな。
 そんなことを話してる間に、10時はとっくに過ぎちゃった。
 主人くんも、大分いつもの調子に戻ってきたみたい。未緒ちゃんやあたしと雑談して笑ってるの。
 よかった。
 と。
「おーい、ごめんごめん」
 早乙女くんが走ってきたの。
「何やってたんだよ、好雄! もう15分過ぎてるじゃないか!」
 主人くんが時計を指しながら怒鳴ると、早乙女くんは頭を掻いたの。
「いやぁ、悪い悪い。それがさ……」
「言い訳するな」
「……はい、ごめんなさい」
 そのやりとりを見て、あたし思わずぷっと吹き出しちゃった。未緒ちゃんも、後ろを向いて肩を震わせて、笑いをこらえてる。
 なんていうか、早乙女くんって、ひなちゃんと同じで、ムードメーカーなんだよね。うん。
「それじゃ、取りあえず入ろうぜ」
「誰のせいで待たされたと思ってるんだ?」
「□\(--;)...ハンセイ
「まずは、ジェットコースターだ!!」
 ぴっと指さす早乙女くん。
「いいけど……、未緒ちゃんはどうする?」
「私は……、ちょっと」
 未緒ちゃん、高いジェットコースターのレールを見上げて、首を振ったの。
「こういうのは……」
「でも、一人でぼけっと待ってるのもなんだし、どうせだから、みんなで乗ろうぜ」
 早乙女くんが誘う。
「ですが……」
「好雄! 如月さん、いやがってるぞ」
 主人くんが割って入る。
「それじゃ公、お前は如月さんを一人で放っておけって言うのか? ああ、なんて嘆かわしい」
 わざとらしくため息をつく早乙女くん。
「俺達がジェットコースターに乗ってる間に、如月さんに何かあったらどうする気だ?」
「ジェットコースターに乗せて何かあったらどうする気だ?」
「あ、あの……」
 未緒ちゃんが、ちょっと赤くなって、遠慮がちに言う。
「主人さん、早乙女さん、まわり……」
「あ」
 二人とも、まわりの人の注目を浴びてたの。どちらからともなく咳払いして、言う。
「それじゃ、これだな」
「そうだな……。じゃんけん、ポン!!」
 二人は突然じゃんけんしたの。主人くんがチョキで、早乙女くんがパー。
「ああーっ、このパーが、パーが!」
「パーはお前だ」
「公、それは言ってはならんことだろうが。それはともかく、選択権はお前だ」
「おう、それじゃ、虹野さん」
「えっ!?」
 急に呼ばれてちょっとびっくり。
 主人くんは笑って言ったの。
「一緒にジェットコースター乗ろうか?」
「え? あたし?」
 思わず自分を指して聞き返しちゃった。主人くんはうなずく。
「そ。あ、それとも虹野さんもジェットコースターはダメなの?」
「ううん、そんなことないけど……。うん、いいよ」
「それじゃ、俺は如月さんと待ってるから」
「早乙女さん、そんな、私のためなんかに……」
「いいのいいの。じゃ、いってらっさ~い」
 ひらひらと手を振る早乙女くんと未緒ちゃんに見送られて、あたし達はジェットコースターの前に並んだの。
 お昼ご飯を食べて、あたし達はお化け屋敷の前に来たの。 「ここ、入るの?」 「無論。なぁ、公」 「俺は、別に……。いや、行こう」  あ、早乙女くんが主人くんの足を踏んでる。 「私は……」  少し思案して、未緒ちゃんは思い切ったみたいにうなずいた。 「いいですよ。行きましょう」
 順路は薄暗くて、何が出てくるのかわかんない。
 きゃぁーーーーーっ!!
「ひゃぁ!」
 どこからともなく悲鳴が聞こえてくるたびに、あたしびくっとしてたの。
 く、暗いから、誰にも見られてないよね?
「相変わらずここのお化け屋敷は迫力あるなぁ。よぉし、チェックだチェック!」
「お前、何をチェックしてるんだよ」
 やっぱり、主人くんと早乙女くんは余裕あるみたい。
 ……未緒ちゃん! 未緒ちゃんは!?
「さ、沙希さん……」
「未緒ちゃん! 大丈夫?」
「は、はい」
 未緒ちゃんはあたしの肩に掴まって……って、えっと、右肩に手が二つ、左肩に手が二つって、誰よぉぉ!!
 慌てて振り返ったあたしの目の前に、青白い顔をした女の人が……。
「うみゃぁ!」
「沙希さん、一体……、ひぃっ」
 未緒ちゃんもあたしの見ている方を見て、息を飲んだかと思うと、そのままヘナヘナと崩れ落ちる。
「きゃぁ、未緒ちゃん!! しっかり、傷は浅いわよ!!」
「さ、沙希さん、私、もうダメです……。先に行ってください」
「何言ってるのよ! ちょっと、主人くん、早乙女くん!」
「どうしたの、虹野さん」
「なんだなんだ?」
 先に行ってた二人が駆け戻ってきた、ちょうどその時、いきなりぱっと真っ暗になったの。
「わきゃぁ!」
 あたし、わけがわかんなくなって、近くにいた誰かにしがみついてた。
 時間にしてみれば、ほんの数秒だったんだと思う。だけど、その時にはなんだかすごく長いように思えた。
 パッと電気がついて、って言っても相変わらず薄暗いんだけど、とにかく灯りがついてあたしは我に返ったの。
「あ……」
「虹野さん、大丈夫?」
「え? あ、主人くん? きゃぁ!」
 小さく悲鳴を上げて、あたしは飛び起きたの。だって、だって……。
「ご、ごめん」
 主人くんもあたふたと起きあがると、ズボンをパンパンと叩いてほこりを落としてる。
「え、えっと、あ、未緒ちゃんは!?」
「さ、沙希さん……」
 か細い声がして振り返ると、未緒ちゃんがへたり込んでいたの。でも、あれ? 何か違うような……。
 あっ! 眼鏡がないんだ!
 あたしは近くに落ちていた眼鏡を拾って、未緒ちゃんに駆け寄ったの。
「大丈夫? はい、眼鏡」
「あ、ありがとうございます」
 眼鏡をかけると、未緒ちゃんはほっとして辺りを見回したの。
「ごめんなさい。私、眼鏡がないと何も見えないので……」
「そうなんだ。あれ? そういえば早乙女くんは?」
「いやぁ、なかなか迫力あるなぁ」
 ちょうどその時、そんなことを言いながら、早乙女くんが戻ってきたの。
「お、みんないるな。それじゃ行こうぜ」
「お、おう」
「あれ? 公、お前なに赤くなってるんだよ。まさか暗闇を利用して、虹野さんや如月さんに何かしたのか?」
「ば、ばかな事言うなよ」
 むっとして言い返す主人くん。早乙女くんは肩をすくめたの。
「そりゃそうだ。そこで手を出せるような甲斐性はないか」
 むー。その通りなんだけど、なんかバカにされてるみたい。って、あたしが怒ってどうするのよ!
「と、とにかく、早く出ましょう!」
 あたしは、先頭に立ってズンズン歩いていったの。
 相変わらず薄暗かったけど、ちょうどよかった。真っ赤になってるところ、見られなくて済んだから。
 一番最後に、あたし達は観覧車に乗ることになったの。っていうのも、早乙女くんが「遊園地の最後の締め括りは観覧車でなければならな~い!」って妙に力説するんだもん。
 ゆっくり回る観覧車。それをあたしが見上げてると、早乙女くんが不意に言ったの。
「それじゃ、お先に。乗ろうぜ、如月さん」
「え? でも……」
 ためらう未緒ちゃんに、早乙女くんが何ごとか囁いた。
「……だろ?」
 え?
 未緒ちゃんは、ちらっとあたし達を見て、クスッと笑うとうなずいたの。
「それもそうですね。いいですよ」
「よっしゃぁ! んじゃ、公、虹野さん、お先にぃ~!」
「お先に失礼します」
 スキップ踏みながら早乙女くんがゴンドラに乗り込み、続いて未緒ちゃんが静かに乗り込む。そしてパタンとドアが閉められて……って、ちょっと待って! それじゃ、あたしと主人くんの二人で?
 なんて思う間もなく、次のゴンドラが来て、係の人がドアを開ける。
「お先にどうぞ」
 主人くんが言って、あたしはこくんとうなずいて、ゴンドラに乗り込んだ。
「3度目に、なるのかな? 主人くんと観覧車に乗るのって……」
「そうだよね、確か」
 そう言うと、主人くんは手すりにもたれて窓の外を見おろしてる。
 どうしよう。こんなところに二人っきりなんて、間が持たないよぉ。
 えーと、えーと、えーと……。
 頭の中がすっかりパニックのあたし。意味もなく服の裾をいじりながら、ちらっと主人くんを見る。
 うわぁ! 主人くんってばこっち見てる! 視線が合っちゃったよぉ!
 どうしよう?
 そ、そうだ!
「主人くん、ちょっとは気晴らしになった?」
「え? うん、そうだね」
 主人くんは苦笑したの。
「確かに、落ち込んでたんだな、俺。でも、取りあえずは大丈夫」
「本当?」
「ああ」
 うなずくと、主人くんは静かに言ったの。
「俺、頑張ってみるよ」
「うん、そうだよね。あたし、応援するね!」
 あたしは、その時嬉しかった。なぜかわかんないけど、嬉しかった。

《続く》

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