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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんの虹色の青春 その

いよいよ、末賀高校との練習試合まで、あと1週間しかないの。
練習試合っていっても、実はかなり重要な試合。この勝敗がユース大会の参考資料にされたりもするし、やっぱり、ここは勝って今シーズン、弾みをつけたいところなのよね。
だけど、主人くんはその重要な試合で、レギュラーから外されちゃったの。
一見、いつもと変わりない様子だけど、やっぱりどこか沈んでるって感じがする。
だけど、あたしなんかが何か言うのも変だし……。それに慰めになんかなりそうにもないんだけど。それは判ってるんだけど、やっぱり何かしてあげたいなって、そう思う。
「えっと、ここにグラウンドのスケジュールを……っと。どうなってましたっけ?」
部活が終わってから、あたしとみのりちゃんはちょっと事務。来月のグラウンド使用の申請書を書かなくちゃならないのよね。
「うん、ここに、16時30分から19時までって書くの」
「あ、ここですね」
みのりちゃんはボールペンを走らせる。その手首に、綺麗な紐が結んであるのに気がついた。
「あら? みのりちゃん、それってミサンガ?」
「はい、そうなんです」
にこにこしながらみのりちゃん。
「何か願い事?」
「え? ええ、まぁ、そんなところです」
「そうなんだ……。あ、もしかして、みのりちゃんの手作り?」
「よくぞ気づいてくれました。さすがは虹野先輩ですね!」
「そ、そんなことないけど……。でも、いいなぁ、そういうのを作れるのって」
「簡単ですよ」
いともあっさり言うと、みのりちゃんは不意にポンと手を打ったの。
「そうだ! 虹野先輩にも教えてあげますよ」
「え? で、でも……、あたし不器用だから……」
実を言うと、ちょっとだけ興味はあったんだけど……。でも、前に編み物で挫折しちゃったことあったし……。
「そんなことありませんよ。そうだ! 善は急げって言うし、これが終わったら、私の家に来ませんか? 手取り足取り教えてあげますから!」
身を乗り出して言うみのりちゃん。あたしは半分身を引きながら、うなずいたの。
「う、うん、それじゃ、お願いしようかな?」
「はいっ! ドンと任せてください!」
みのりちゃんはドンと胸を叩いたの。……なんだか必要以上に力入ってるような気がするけど、気のせいよね? あはは。
「どうぞ、虹野先輩! 散らかっちゃってますけど」
「お邪魔します」
あたしは、案内されてみのりちゃんのお部屋に入ったの。
「楽にしててくださいね。今ジュース持ってきますから!」
そう言って、みのりちゃんはバタバタと部屋を出ていったの。
「あ、おかまいなく」
「い〜え! 虹野先輩にわざわざ来てもらったんですもの! ちゃんとおもてなししなくちゃばちが当たりますよ」
声だけ聞こえる。あたしは、取りあえず部屋を見回したの。
暖色系の色でまとめられた部屋のすみにある本棚には、わぁ、お料理の本と編み物の本がぎっしり。すごいなぁ、勉強したんだろうなぁ……。
「あ、虹野先輩」
「みのりちゃん、すごいんだ……」
あたしは振り返った。
みのりちゃんは、肩をすくめて、ジュースの乗ったお盆を机の上に置いたの。
「それほどのものじゃないですよ。お料理なんてとても虹野先輩にはかないませんし」
「やだなぁ、みのりちゃんったら、冗談ばっかり」
「そんなことないです」
そう言うと、みのりちゃんはベッドに腰掛けた。
「あ、先輩もどうぞ」
「うん、ありがとう」
みのりちゃんに勧められるままに、あたしもベッドに腰掛けると、ジュースを飲みながら、もう一度訊ねたの。
「それで、ミサンガの編み方って本当に簡単なの?」
「ええ、ちょっと待ってくださいね。えっと、確かこの辺りに……」
本棚の前できょろきょろと背表紙を見てたみのりちゃんは、一冊の本を抜きだしてきたの。
「それじゃ、お邪魔しました」
「また来てくださいね、虹野先輩!」
みのりちゃんに色々教えてもらっているうちに、もう外は暗くなっちゃってたの。
「あ、もう暗いですねぇ。虹野先輩、自転車貸しましょうか?」
「ええ? いいわよ、そんな……」
「だって、荷物だって増えちゃったじゃないですか」
そうなの。みのりちゃんに本を借りたりしちゃったし。でも、悪いよねぇ。
「でも……」
「あ、返すのはいつでもいいですから、乗っていっちゃってください。ね!」
結局、押し切られちゃった。
今度、お礼代わりにクッキーでも焼いてあげようかな。
シャーッ
自転車をこいで、夜道を走る。
何だかんだ言っても、やっぱりちょっと怖いな。みのりちゃんに自転車借りて、本当はよかったかも。
そんなことを考えながら走ってると、不意に音が聞こえたの。
バィン
「!?」
キィーッ
反射的に自転車を止めて、辺りを見回す。
今の、ボールが跳ねる音よね?
辺りは住宅街の一角で、小さな神社の前。
人通りもまったくなくて、街灯が寒々とした光を放ってるだけ。
バィン
「ひっ!」
また、音がしたの。
何なの? こんなところで……。
今の音、神社の方、よね?
行ってみようかな? やめとこうかな?
何となく気になるし……。
ええい、行ってみよっと!
あたしは、自転車からおりて押しながら、神社の境内に入っていったの。
バィン、ザァッ
近づくにつれて、音がハッキリ聞こえるようになってくる。
建物の裏手から聞こえてくるみたい。
自転車のスタンドを立てると、音がしないようにそっと、建物を回り込んでいく。
小さな公園みたいになってる神社の裏手。ジャングルジムや滑り台やブランコなんかがあるんだけど、最近は小さな子もあまり遊びに来なくなっちゃったみたいで、すっかり錆びついてるの。
でも、昔から備えつけられてる水銀灯は、辺りを明るく照らしてる。
そして……。
あっ!
あたしは心の中で小さく叫んでたの。
2本の古びた大きな木の間にネットが張ってあったの。そう、ちょうどゴールポストと同じくらいの大きさに。
その正面、ちょうどPKの距離くらい離れて、主人くんが立っていたの。その足下には、いくつかの古いサッカーボールが転がってる。
まさか、主人くん、一人で練習してたの?
こんなに一生懸命になって……。
やだ。
あたし、慌ててほっぺたをこすった。何故だか、涙があふれてきたから。
バシィン
主人くんがボールを蹴る。そのボールは、綺麗な弧を描いて、ネットを揺らした。
「ふぅ」
一息ついた主人くんが振り返って、あたしに気付く。
「あ、虹野さん……」
「主人くん、……あの、えっと、練習してたんだ……」
あたし、一瞬何を言っていいのかわかんなかったけど、とりあえず声をかけた。主人くんは、タオルで汗を拭きながら苦笑いしたの。
「よりによって虹野さんかぁ」
「あ、ごめんなさい」
反射的にあたしが謝ると、主人くんは慌てて手を振ったの。
「あ、違う違う。なんでもないって」
「え?」
あたしと主人くんは、お堂の縁に並んで腰掛けた。
「それじゃ、ずっと前から練習してたの?」
主人くんの言葉を聞いて、あたしはびっくりしちゃった。スタメン落ちしちゃってから始めた練習じゃないんだ……。
「まぁね。ほら、俺って高校に入ってからサッカー始めたじゃない。それくらいしないと、みんなには追い付けないと思って」
「それじゃ、毎日やってるの?」
あたしが訊ねると、主人くんは肩をすくめた。
「でも、その結果は見ての通り、だけどね」
「……それでも、続けてるんだ。練習は」
「うーん、まぁ、日課になってるし、ね」
やっぱり、主人くん、心の底では諦めてないんだよね。きっと、そうだよね。
「すごいんだ」
「そんなことないって。さぁて、と。もう少しやるかな」
「そう……。あ、見てても、いい?」
「別にかまわないよ。面白くもなんともないと思うけど……」
そう言うと、主人くんは首にかけてたタオルを欄干にかけて、戻っていったの。
あたしは、そこからじっと主人くんの練習する姿を見つめてた……。
「遅いっ!」
「ひゃぁ! は、葉澄ちゃん!?」
玄関を開けたら、葉澄ちゃんが腕を組んで仁王立ちしてたの。
「お姉さま、今何時だと思ってるんですか!? 10時ですよ、じゅうじ!」
時計をぴっと指して言う葉澄ちゃん。その迫力に押されて、思わず謝っちゃった。
「ご、ごめんなさい」
「ま、さ、か、あの女といたんじゃぁ、ないですよね!?」
「みのりちゃん? えっと、その、あの……」
今までいたわけじゃないんだけど、行ったことには違いないのよね。でも、そう言ってもまずいと思うし……。
あたしが口ごもってると、葉澄ちゃんはずんずんと近づいてくる。あぁーん、怖いよぉ。
「ご、ごめんなさい、葉澄ちゃん! 以後気を付けますっ!」
思わず手を合わせて葉澄ちゃんを拝むと、葉澄ちゃんは機嫌を直したらしく、にこっと笑ったの。
「判ってくれればいいんです。さぁ、お姉さま。お風呂にしますか? それともお食事ですかぁ? それとも、……うふふふふ」
あ、あの、なんだか目つきがあやしいんですけど……。
翌日の昼休み。
「沙希も大変ねぇ。あ、それとももしかしてちょっと嬉しかったりして」
食堂でお昼ご飯を食べながら、ひなちゃんに、みのりちゃんと葉澄ちゃんのことを相談したら、ひなちゃんはそう言って笑うの。
「そんなことないってばぁ!」
「ま、そーだろーとは思うけどさ。でも、みのりちゃんって1年でも人気出てるからねぇ」
「そうなの?」
「そそ」
キウイサンドをくわえたまま、こくこくとうなずくひなちゃん。
「でもまぁ、本人が虹野先輩一筋だからねぇ」
「ちょ、ちょっとやめてよぉ。あたしはそういうんじゃないんだってば」
「ま、沙希は主人くん一筋だもんね」
「ひっ、ひなちゃん!!」
「ほらほら、大声出さない。みんな見てるぞ」
「あう……」
思わず立ち上がってたあたし、慌てて辺りを見回す。ひぃ〜ん、みんなこっち見てるよぉ。
真っ赤になって座りなおしたあたしの肩をひなちゃんが叩く。
「まぁ、親友のよしみで、二人のことはこの朝日奈夕子がなんとかしてあげよぉ。というわけで、放課後二人を『Mute』に呼んでちょうだいね」
「う、うん……」
かなり、すっごく不安だなぁ。
そう思いながら、あたしはお弁当を片づけたの。
あ、そういえば……。
「ね、ひなちゃん。日曜は暇?」
「なんかあんの?」
「うん。部活の備品が足りないから、ちょっとデパートに行こうと思って。ひなちゃんも一緒に行く?」
「うん……って言いたいとこだけど、日曜は酒乱Qのコンサートなのだ。へっへぇ〜」
嬉しそうに笑うひなちゃん。その様子だと、アリーナ席をゲットってところかな?
と、ひなちゃんはポンと手を打ったの。
「そーだ。どうせだから、主人くん誘ったら?」
「えっ!? あ、それは、その、えっとね……」
や、やだ、急に何を言いだすのよぉ。
「おうおう、赤くなって。初々しいのぉ。未緒っちもそう思うっしょ?」
「そうですね」
え? 未緒ちゃん?
顔をあげると、ひなちゃんの横から未緒ちゃんが顔を出していたの。
「未緒ちゃん?」
「あ、沙希さん。この間はすみませんでした。私がちゃんと伝えなかったせいで、変な噂になってしまったみたいで……」
ぺこりと頭を下げる未緒ちゃん。ひなちゃんがその頭を撫でる。
「いーのいーの。未緒っぺが気にしなくても。あれはヨッシーのせいなんだから。んじゃ、あたしはこれにてバイビー!」
陽気に手を振りながら食堂を出ていくひなちゃん。それを見送りながら、未緒ちゃんは苦笑する。
「元気な方ですね、朝日奈さんは」
「うん。ま、ときどき行き過ぎなんだけど……」
あたしも苦笑してから、向き直る。
「それで、どうしたの?」
「いえ、別に用事と言うほどのことじゃないんですけど……」
そう言いながら、ひなちゃんの座っていた席に座ると、未緒ちゃんは頬杖をついてあたしをじっと見た。
「な、何?」
「先ほどA組の前を通ったんですけど、主人さん、ちょっと元気そうでしたよ」
「よかった。……って、どうして? も、もう、未緒ちゃんまでからかうんだから……」
あたしは真っ赤になって俯いた。ほんとうに、もう!
カランカラン
「お姉さま、用って何ですかぁ……あ」
スキップしながら『Mute』に入ってきた葉澄ちゃんが、固まる。
「なっ、なんであんたが!?」
あたしの隣に座っていたみのりちゃんが、叫んで立ち上がる。その声で、葉澄ちゃんも我に返ったみたいで、ずかずかっとみのりちゃんの前までやってくる。
「私は、お姉さまに呼ばれたの。あんたはお呼びじゃないの」
そう言って、つんとみのりちゃんの胸を突く葉澄ちゃん。
「きゃ! な、なにするのよ!」
「ふんだ」
「まぁまぁ二人とも押さえて押さえて。ブレイク、ブレイク」
あたしの困った視線を受けて、ひなちゃんが割って入る。
ホントに大丈夫なの? ひなちゃん……。
《続く》

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