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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんの虹色の青春 その

「うぅーっ」
「むむぅーーっ」
睨み合う葉澄ちゃんとみのりちゃん。そして……。
「あははぁ〜〜。やっぱダメだったわ」
からから笑うひなちゃん。
「ひ〜な〜ち〜ゃ〜ん〜」
「んなこと言われたってさぁ、どーしよーもないじゃん」
「そんなぁ……」
あたし、おろおろしながら、とりあえず二人に言う。
「と、とにかく、落ちついて、座って、ね?」
「お姉さまは黙っててください!」 |
「虹野先輩は黙っててください!」 |
「ごっ、ごめんなさい!」
ステレオで怒鳴られて、慌てて頭を下げるあたし。それを見てひなちゃん、一言。
「先輩の威厳まるでなし」
う、うるさいわねぇ。ちょっとだけ気にしてるのにぃ。
なんてあたしがいじけてると、二人は、猛烈な勢いで口げんか始めちゃった。
「大体ねぇ、お姉さまとは、私の方がずっと前からお付き合いしてたんだから! そりゃぁもう小さな頃からのね! い〜い? 私とお姉さまの愛の日々には、あなたなんかカオスの海のゴミクズよ! その存在意義なんてないの! だから、あなたが入り込む余地なんてないの。ぺぺぺのぺーよ!」
|
「私と虹野先輩は、純愛路線を貫いてるんですからね! あなたみたいに不純じゃないの! それに私も虹野先輩も同じサッカー部の為に働いてるんですからね、同じ目的に向かう同志なのよ同志、わかるぅ? この崇高な響き。だから、虹野先輩にあなたみたいなのがくっついてると邪魔なのよっ!」
|
「ちょ、ちょっと二人とも……」
「こりゃだめだぁ。舞姉ぇさん、レモンスカッシュちょうだい。沙希は何にする?」
「あたしはオレンジペコ……じゃなくて、ひなちゃん! 二人をなんとかしなくっちゃ!」
「こりゃ止めても止まるもんじゃないっしょ」
そう言って、ソファに深々ともたれて観戦モードのひなちゃん。
もう、こうなったらあたしが止めるしかないわ!
「みのりちゃん、葉澄ちゃん!」
あたしが声をかけると、二人は同時にあたしの方に顔を向けたの。
「お姉さまはどっちを選ぶんですか!」 |
「虹野先輩はどっちを選ぶんですか!」 |
「は、はいぃ?」
その迫力に一歩引くあたし。と、二人はずいっと顔を近づける。
ス、ステレオで迫らないで欲しいなぁ……。
「そうねぇ、二人とも捨てがたいからねぇ……。どっちかと聞かれると迷っちゃうわねぇ」
「え?」
振り返ると、あたしの後ろで館林先生がしゃがみ込んで悩んでいた。
「せ、先生?」
と、先生はしゃんと立ち上がった。
「ま、冗談はこれくらいにして……」
「冗談にみえなかったけど」
レモンスカッシュとオレンジペコをお盆に乗せてきた舞お姉さんが突っ込むと、先生はコホンと咳払い。
「冗談はこれくらいにして、と。まぁ、二人とも座りなさいよ」
「はぁい」
「わかりましたぁ」
葉澄ちゃんは先生のことは「晴海お姉さま」と慕ってるし、みのりちゃんも学校の先生には逆らえないわけで、二人とも渋々、テーブルを挟んで、向かい合って座ったの。
先生は二人を交互に見ると、一つうなずいたの。
「沙希ちゃんは誰にでも優しいから、すぐに誤解されちゃうのよねぇ」
「そんなことないですよぉ」
ううっ。二人同時に言わないで欲しいなぁ。
先生は、また睨み合う二人に、まぁまぁと言うように手を振ったの。それから、テーブルの上に身を乗り出す。
「それじゃ、君達に最新情報を公開しよう」
「な、なんですか?」
「実はね、沙希ちゃんには、好きな人がいるのだ」
「なっ!!」
ガヅゥン
あたし、思わず立ち上がろうとして、テーブルにしたたか膝をぶつけちゃった。ひんひん、痛いよぉぉ。
二人は、そんなあたしを同時に見た。
「虹野先輩!?」
「お姉さま、それって私だよね? ね?」
「残念ながら、お二人さんではないのだ」
キッパリ言うと、先生はにまぁっと笑った。
「だがしかし、君達にもまだチャンスはないわけではないぞ」
「チャンス?」
「そそ、チャンス。ただ、こんなところで二人して喧嘩してると、二人とも信頼度が下がって共倒れ、何てことになりかねないぞぉ」
その言葉に、顔を見合わせるみのりちゃんと葉澄ちゃん。
先生はさらに言葉を継ぐ。
「みのりちゃん、葉澄ちゃん。“判官贔屓”って言葉を知ってる?」
「ほうがんびいき? なんですか、それは?」
「判官というのは、九郎判官、つまり源義経のこと。御存じの通り、義経は兄の頼朝との政権抗争に敗れて、哀れ一族郎党皆殺しとなってしまうわけだけど、後の歌舞伎なんかでは、その判官の方が人気があったわけ。つまり、日本人って言うのは、負けた者にひいきしちゃうっていう特性があるのよ。これが判官贔屓」
「それが、何の関係が……」
言いかけて、みのりちゃんははっとした。
「まさか、虹野先輩……」
「そ。沙希ちゃんは優しいからねぇ、勝った方じゃなくて、負けた方に情が移っちゃうってことは有り得ると思うな」
そう言うと、先生は二人の顔を交互に見た。
「つまり、ここで二人が喧嘩して、どっちかが勝ったとしても、沙希ちゃんは負けた方についちゃうかもよってこと。お判り? これで二人が喧嘩するって事は、百害あって一利なしってことが」
「そりゃ、そうかもしれませんけど……」
みのりちゃんは、腕を組んで葉澄ちゃんを睨んだ。
「んじゃ、もう一つ。ちょっと二人とも、こっち来い、こっち」
先生はちょいちょいと指でまねくと、別の席に移ったの。葉澄ちゃんとみのりちゃんはその後に付いていく。
3人は小声でヒソヒソと何か話しはじめた。
何言ってるんだろう? 気になるなぁ……どころじゃない。
あたしはこの時、まだ膝を抱えて呻っていたの。だって、痛いんだもん。
「沙希も、苦労するねぇ。んじゃ、あたしはあっちの話を聞いてくるね」
そう言って、ひなちゃんもレモンスカッシュを持って向こうに行っちゃうし。
あたしって、いったい……。
キィッ
神社の前で、自転車のブレーキをかけると、あたしは耳を澄ましてみた。
バィン
やっぱり、今日もやってるんだ。
なんとなく嬉しくなって、あたしはお堂を回って裏に出た。
思った通り、主人くんは今日も練習してた。
バィン
主人くんがボールを蹴ると、そのボールは、ネットとの間にあるドラム缶に当たって、変な方向に飛んで行っちゃった。
「ダメかぁ」
肩を落として呟くと、主人くんは振り返った。
「あ、虹野さん……」
「こんばんわ! 今日も来ちゃった」
あたし、とっさに笑顔で言ったの。
……やっぱり、迷惑だったかな?
「ま、毎晩頑張ってるよね」
「成果がでなけりゃ、いくらやっても同じだけどね」
そう言うと、主人くんは欄干にもたれて、ぼそっと呟いた。
「才能ないのかな、俺って……」
ドキッ
胸が一つ、大きく鳴った。でも、いつも主人くんと逢ったときに感じる、あの気持ちとは、どこか違ってる。何て言うのか、そう、胸が締めつけられるような、っていうのかな。
「そんなことないよ!」
自分でもびっくりするくらい、強い調子だったの。主人くんもびっくりしたみたいに、顔をあげる。
「虹野さん……」
「ご、ごめんなさい。でも、そんなことないと思う。主人くん、才能ない、なんてこと、絶対にないよ。うん」
「……ありがとう、虹野さん」
主人くんはひとつ、うなずいた。
「虹野さんにそう言ってもらえると、なんだかホントにそうなんだって気がしてくるな」
「気がするんじゃないよ。ほんとうにそうなんだって!」
よかった。ちょっとは元気になってくれたみたいで。
「よし、それじゃもうひと練習するかな……っと。その前に……」
駆け出そうとした主人くんがくるっと振り返ったの。
「虹野さんにひとつお願いがあるんだけど……」
ドキン
「な、何?」
そ、そんな真面目な顔で、何なの? も、もしかして……。
「あのさ、俺が毎晩ここで練習してるってこと、みんなには秘密にしておいてくれないかな?」
「……は?」
あたしが、ちょっと間の抜けた顔してたせいか、主人くんは頭を掻きながら説明した。
「ほら、やっぱりコソッと隠れて練習してる、なんて噂になったら格好悪いしさぁ。頼む、この通り」
手を合わせてあたしを拝む主人くん。
それを見て、あたし思わず笑っちゃったの。そして、くるっと背を向ける。
「ふふふ。う〜ん、どうしようかなぁ?」
「そ、そんなぁ……」
「冗談、冗談。それじゃ、あたしのお願いも聞いてくれる?」
あたしは向き直ると、右手の小指を出した。
「指切りして欲しいの」
「指切り?」
「うん。レギュラーに戻れるまで、頑張るって。絶対諦めないって」
「え? ……」
「だめ、かな?」
あたしが訊ねると、主人くんは微笑んで、小指を絡ませてくれた。
「いいよ」
「それじゃ……」
ゆびきりげんまん 嘘ついたら 針千本飲〜ます 指切った!
《続く》

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