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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんの虹色の青春 その


 翌朝、通学路を歩いていたら、後ろから走ってくる足音が聞こえたの。
 振り返ると、みのりちゃんだったの。
「あ、みのりちゃん。おはよう」
「虹野先輩、おはようございまぁす! すみません、ちょっと急いでるんで!」
 あたしの前で足踏みしながらそれだけ言うと、みのりちゃんはまた走って行っちゃった。元気いいなぁ。
 あ、あれ?
 みのりちゃん、くるっと回って戻ってきたの。どうしたのかな?
「虹野先輩、どうしたんですか? 今朝は随分機嫌良いみたいですけど」
「え? どうして?」
「だって、朝からにこにこしてるんですもの」
「そ、そう?」
 あたし、慌てて両手でほっぺたを押さえた。
「はい。でも、虹野先輩がにこにこしてると、なんだか周りまで明るくなっていいですよ。それじゃ!」
 そう言って、みのりちゃんはたたっと走って行ったの。

 お昼休みになって、あたしは図書室に行ったの。
「あ、未緒ちゃん! いたいたぁ」
「沙希さん」
 貸出し机の前に座ってる未緒ちゃんが、慌てて唇に指を当てる。あ、そうだよね、静かにしなくちゃ。
「ご、ごめんなさい」
「で、どうしたんですか?」
 未緒ちゃんは訊ねたの。
「うん。ちょっと確かめたいことがあって。主人くんが未緒ちゃんに本を借りたって本当?」
「ええ。『サッカーの上達法』っていう本ですよ」
「あ、知ってる。確かブラジルの天才サッカープレイヤーだった人が書いた本だよね。へぇ、図書館にあったんだ」
「意外な本があったりしますからね。図書館は知識の宝庫ですよ」
 にっこり笑う未緒ちゃん。うーん、図書館侮りがたし。
 なんて思ってると、未緒ちゃんが不意にあたしの顔をのぞき込んできたの。
「ところで、もう誘ったんですか?」
「え?」
「ほら、この間話していたじゃないですか。日曜にデパートに行くって」
「あ、うん。まだ主人くんには話してないんだけど……」
 そう言ってから、ハッと気付いたあたし。
「ちょ、ちょっと未緒ちゃん! 誘導尋問なんてずるいよぉ」
「うふふ、ごめんなさいね」
 少し笑うと、未緒ちゃんは真面目な顔になったの。
「それにしても、主人さん、毎日頑張っていますね」
「うん」
 なんだか自分が誉められたみたいに嬉しかった。
「でも……」
「え?」
「あ、いえ、ごめんなさい。なんでもないんです。きっと取り越し苦労だと思いますから」
 未緒ちゃんはそう言うと、あたしの背中をポンと叩いたの。
「とにかく、早く誘ってあげた方がいいと思いますよ。でないと、他の人が誘ってしまうかもしれませんし」
「そ、そうなの?」
「さぁ」
 未緒ちゃんは肩をすくめて笑う。うう〜、未緒ちゃんって意外と策士かも。
 A組の前までは来たんだけど、何となく入り辛くて、ドアからそっと中をのぞき込む。
 あ、主人くんがいた。こっちには背中を向けて、早乙女くんと何か話してる。
 何を話してるんだろう?
「虹野さん、何をしてるの?」
「きゃぁ!」
 いきなり後ろから話しかけられて、あたし心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
 慌てて振り返ると、藤崎さんがきょとんとして立っていたの。
「ふ、ふ、ふ、ふ、藤崎さん!?」
「どうしたの、虹野さん。もう、びっくりしちゃった」
「あ、いえ、その、えっと、なんといいますかぁ……」
 慌てふためくあたしを見て、藤崎さんはくすっと笑うと、A組の中に声をかけたの。
「公くん! ちょっと!」
「なんだ、詩織?」
 公くんはこっちを見て、あたしに気付いた。軽く手を挙げると、こっちに駆け寄ってくる。
「どうしたの、虹野さん」
「あ、えっと、その、ね……」
 ひぃーん。なんだか昨日の指切り思い出しちゃって、まともに顔が見られないよぉ。
 あたしがもじもじしてると、後ろから藤崎さんが言ったの。
「あのね、公くん。ちょっとお願いがあるんだけど、日曜日は暇?」
 ゑ゛?
「日曜か? 今の所は暇だけど」
 主人くんが答えると、藤崎さんは嬉しそうにパンと手を打ったの。
「よかったぁ。それじゃ、ちょっと付き合って欲しいんだけど……」
「だ、だめ!」
 あたし、とっさに叫んでた。
「え?」
 怪訝そうな顔の主人くん。あたし、はっと我に返る。
「えっと、あのぉ、そうじゃなくて、あは、あははは」
 頭を掻いて笑ってるあたしに、藤崎さんが笑みを浮かべて言ったの。
「よかったね、虹野さん。公くん、暇ですって」
「は?」
「公くん、虹野さんがね、デパートに買い物に行くから付き合って欲しいんですって」
「虹野さんが? ああ、いいけど」
 うなずく主人くん。
 その瞬間、あたしは悟っていた。
 はめられた……。
「ふ、藤崎さん!」
 思わず叫んだあたしの耳に囁く藤崎さん。
「どうせ、誘うつもりだったんでしょ? 前から言ってるじゃない。公くん鈍いから、ハッキリ言わないと判ってくれないわよって」
「う……」
「それじゃ、私は次の授業の準備があるから、お先に」
 藤崎さんは軽やかに身を翻すと、A組に入って行っちゃった。
 なんだか、あの人には勝てない気がする……。
「あの、虹野さん?」
 主人くんの声に我に返ったあたし、慌てて言ったの。
「あのね、実は日曜日にサッカー部の備品で足りなくなったものを買いに行こうと思うの。で、もし良かったらでいいんだけど、一緒に来てくれないかなと思ったの」
「そうだったんだ。男手が欲しいってやつね。ああ、別に構わないよ」
「よかった。それじゃ、10時にきらめき駅の前で待ち合わせ、でいい?」
「ああ」
 主人くんがうなずいたとき、予鈴が鳴りだしたの。
 きーんこーんかーんこーん
「あ、チャイムだわ。もう行かなくちゃ。それじゃ!」
「そうだね。じゃ、また部活の時間に」
 そう言って、主人くんはA組に戻っていったの。
 あたしは胸を押さえた。あ〜、まだドキドキしてる。
 ホントに、みんなお節介なんだからぁ!
 ジュージュー
 あたしがベーコンのアスパラ巻きを作ってると、葉澄ちゃんが台所に入ってきたの。
「いい匂いだと思ったら、やっぱりお姉さまでしたかぁ。夕御飯のお手伝いですかぁ?」
「えっと、まぁそんなところかな」
「そうですか。あれ? それじゃどうしてこんなところにお弁当箱が出てるんですか? 片づけときましょうか?」
「あ、いいのいいの、そのままにして置いて」
「でも……」
「いいからいいから、あ、もうそろそろいつも見てる番組始まるわよ!」
 あたしは菜箸で時計を指した。葉澄ちゃんはそれを見て、慌てて台所を飛びだしていく。
「きゃぁ、始まっちゃうぅぅ〜!」
 ふぅ。
 ため息をひとつ。よく考えてみると、別に秘密にしておくこともないんだけど、何となく、ね。
 さて、続き続き、っと。
 ゆで卵、出来たかなっ♪
「あ、今日もやってるね!」
 あたしが神社の裏にやってくると、ちょうど主人くんはお堂に腰掛けて休んでるところだったの。
「やぁ、虹野さん。そっちこそ、毎晩来てるけど、いいの?」
「うん、あたしは暇だから。あ、あのね、今日は、ね」
「?」
 主人くん、怪訝そうな顔してる。あたしはその前に、持ってきたお弁当箱を差しだした。
「差入れ、作ってきたんだけど……」
「もらっていいの?」
「もちろん」
 あたしはうなずいた。主人くんは、お弁当箱を開ける。
「おおー。サンキュー」
「ほ、ほら、昨日言ってたじゃない。練習終わって家に帰ったら、カップラーメンだって。そんなんじゃ栄養片寄っちゃうでしょ? だから……」
 主人くんの好みと栄養を考えて、作ってみたんだけど……。
「うん、美味しいよ、さすがは虹弁」
「え? 虹弁って?」
「うん、好雄が言ってたんだよ。虹野さんのお弁当、略して虹弁。なんでも、詩織のヘアバンド、鏡さんのイヤリングと並ぶ三大レアアイテムだって」
 主人くんはそう言うと、笑った。
「まぁ、好雄の言うことだから大げさだとは思うけどね」
「そ、そうだよね。あは、あはは」
 あたしも思わず笑っちゃった。だって、お弁当だよ? 誰にだって作れるんだから、それがレアアイテム、なんて言われても、ピンと来ないよね。
 それより、あたしは、食べてくれる人が美味しいって言ってくれた方が、嬉しいな……。
「ふぅ、ごちそうさま。美味しかったよ」
「あ、うん」
 絶妙のタイミングって、こういうのを言うのかな? あたしがそう思った時、主人くんが言ったの。
 なんだか、すごく嬉しかった。
「ありがとう! あ、烏龍茶もあるよ。飲む?」
「お、気が利くねぇ、さすが虹野さん。いいお嫁さんになるよ」
「やだぁ、もう。おだてたって、これ以上何にも出ませんよぉ〜だ」
 そう言って、あたし達は顔を見合わせて笑ったの。
 土曜日の夜。最近すっかり日課になっちゃった、主人くんへの差入れを持って行って、家に帰ってきてから、あたしは悩んでいた。
 ええと、このワンピースはちょっと派手かなぁ?
 それじゃ、こっちのブレザーは……、ちょっとかしこまってるって感じだなぁ。
 うーん、どうしよっかなぁ?
「お姉さまっ!」
「うわぁ、びっくりしたぁ! は、葉澄ちゃん?」
 はっと気付くと、葉澄ちゃんが椅子に腰掛けてぷぅっと膨れていたの。
 い、いつの間に?
「いつの間に、じゃないです! もう30分前からここにいます!」
「は?」
「お姉さま、そんなに服を広げて、どうするんですか?」
「え、えっと……」
 言われてみると、ベッドの上や、床にまで服がいっぱい広げてあるの。
 あたし、そんなに服は持ってないと思ってたんだけど、こうしてみると、けっこうあるのね。あは♪
「あは、じゃないです。冬物まで出してどうする気なんですか?」
 思いっ切り冷たい葉澄ちゃんの声。う、言われてみると、確かに冬物のコートまで並べてるわ。
「えっと、これは、そのね、虫に喰われてないかなぁ〜って。あはは」
「どこで待ち合わせですか?」
「10時にきらめき駅……はっ」
「やっぱり、デートなんですかぁっ!!」
「ちょ、ちょっとまって、落ちついて、ね、葉澄ちゃん!!」
「うきゃぁぁ〜〜〜!!」

 あたし、明日無事にお買物できるのかしら……。とっても不安だなぁ……。

《続く》

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