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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんの虹色の青春 その
日曜日の朝。
きらめき駅の改札前。あたしは柱にもたれて改札口の方を見てた。
今日はちょっとおしゃれに、ひなちゃんにこないだ選んでもらったワンピース。
主人くん、どう思うかなぁ……。
……じゃなくて! 今日はただ、サッカー部の備品を買いに行くだけなんだから、デートとかそういうんじゃないんだってば。
デート……。
やだ、そんなぁ、あたしは別に主人くんのことは、ただのお友だちなんだってば。うんうん。
「おはよう、虹野さん。待たせてごめん」
「きゃ! あ、主人くん?」
不意に声をかけられて、はっと我に返ると、主人くんが目の前に立ってた。
「や、やだ、いつからそこに?」
「いつって、今来たところだけど……」
「そ、そう? あ、今日もいい天気だね」
「そうだね」
そう言って、眩しそうに空を見上げる主人くん。
ふぅ、なんとかなったかな? それとも、変に思われちゃったかな?
「それじゃ、そろそろ行きましょうか!」
「了解」
おどけて敬礼する主人くん。ほ。別に変には思ってないみたい。
あたし達は、肩を並べて駅前の道をデパートに向かって歩きだした。
ん?
あたし、後ろから見られてるような気がして振り返った。
……誰も、いないよね?
「どうしたの?」
先に行きかけた主人くんが立ち止まる。
「ううん、気のせいみたい」
あたしは首を振ると、主人くんに駆け寄っていったの。
きらめきデパートのスポーツ用品売場。
えっと、これと、これと……。うーん、これはちょっと高価いなぁ……。でも、部員のみんなのため、思い切って買っちゃえ。
あ、でもそうするとこっちが買えなくなっちゃうなぁ……。
えっと、予算が……。あう、オーバーしちゃうなぁ。でも……、末賀高校戦もあるし……。
えーい、思い切って自腹切っちゃえ。この粉末スポーツドリンクの素をお徳用100パック、と。
これで、いいかな? うん。
メモ用紙を見て、買い忘れがないか確認して……と。よし。
あたしは籠をレジに持っていって、清算してもらう。
「あ、すいません。領収書切ってください。えっと、きらめき高校サッカー部で」
「わかりました」
レジのお姉さんが領収書を書いてくれている間、あたしは振り返った。
主人くん、待たせちゃったな。
あれ? 何してるんだろう?
主人くんは、スポーツシューズのところでキョロキョロしてる。何か捜してるのかな?
「はい、出来ましたよ」
「あ、はい。ありがとう」
あたしは領収書を受け取って、お金を払うと、ビニール袋を持ち上げた。
ううー、ち、ちょっと重いかな?
根性よっ!
心の中でかけ声かけて、袋を持ち上げると、あたしは主人くんに駆け寄ったの。
「お待たせ! 何か捜してるの?」
「ああ、終わったの? あ、持つよ」
そう言うと、主人くんはあたしの持っていたビニール袋を軽々と持ち上げたの。さすがぁ。
「ありがとう。ね、シューズ捜してるの?」
そういえば、主人くんのサッカーシューズ、随分痛んでたよね。買い替えの時期かな?
「まぁね。でも、ここにはないみたいだ」
「ここにはって?」
「ああ、俺さ、今のシューズが気に入ってるんだけど、そのシューズメーカー、あまり置いてないんだよね」
「今のシューズって?」
「ストライカーズマックス。知ってる?」
ストライカーズマックス、かぁ。うーん。
「ご、ごめんなさい。ちょっと知らない」
「まぁ、シューズの種類までは知らないかぁ。あ、すいません!」
通りかかった店員さんを呼び止めて、主人くんは訊ねてる。
「ストライカーズマックスは置いてないんですか?」
「ストライカーズマックスはねぇ、ちょっとうちじゃ扱ってないんだよ」
「そうですか」
主人くん、ちょっとがっかりしてるみたい。なんとかしてあげたいな。
そうだ! 日頃お世話になってるから、思い切ってプレゼントしちゃおうかな? うふふ。
主人くんのサイズは、確か25.5よね? うん。
「虹野さん、俺の用事は済んだけど、これからどうする?」
「え? あ、うん、あたしの用事も終わったんだけど……」
あたし達、顔を見合わせてうなずいたの。
「せっかくだから、ぶらぶらしよっか?」
「うん、そうね」
そんなわけで、やって来ましたブティック……。って、どうしてブティックなのよぉ?
ううっ、あたしファッションセンスには、全然まったくこれっぽっちも、自信無いのにぃ……。
「虹野さんは服って余り買わないの?」
「う、うん。あたし、着るものには無頓着な方だから」
「ふーん」
あうぅ。なんだか敗北感……。
あっ。
その時、あたしはショーケースに飾ってあるものに気がついたの。
真っ白な、ウェディングドレス。
「綺麗……」
「ウェディングドレスかぁ。やっぱり、こういうのって憧れ?」
「うん。やっぱり、女の子にとっては、ね」
あたしは、ショーケースの前で、じっとウェディングドレスを見つめてたの。
やっぱり、ため息出ちゃうよね。
その時、あたしの後ろから主人くんがとんでも無いこと言ったの。
「そうだ、試着させてもらえば?」
「……え?」
あたしが聞き返したときには、もう主人くん、店員さんをつかまえて話しかけてたの。
「あの、すみません。このドレスって試着できるんですか?」
「え? ああ、このウェディングドレスですか? 申しわけございませんが、こちらはデザイナーブランドの展示品となっておりまして、試着は御遠慮させていただいております」
やっぱり、そうよね。うん。
でも、そうなると何となく残念だなぁ……。
「あら、いいじゃないの。こちらのお嬢さんなら、可愛らしいし、私のイメージにも合うわ」
「え?」
その声に振り返ると、上品そうなおばさまがあたしをじっと見てたの。
怪訝そうな店員。
「そう言われましても……」
「でもね、一つ条件があるわ」
そのおばさま、店員さんを無視して、あたし達に話しかけてきたの。
「私のファッションセンスを理解してくれる人でないと、私のデザインしたドレスを着てもらう、ってわけにはいかないの。というわけで、テストさせてもらうわ。このテストに合格したら、ウェディングドレスの試着はOK、でどうかしら?」
「あ、あの……」
「やります! やらせてください!」
あたしがとまどってると、脇から主人くんが身を乗り出したの。
「ぬ、主人くん!?」
「で、どんなテストですか?」
あたしを無視しておばさまに訊ねる主人くん。
おばさまはくすっと笑うと、脇に下げていた袋からスケッチブックを出して、ページを開いたの。
「ここに、次の発表会に出すつもりのデザインがあるんだけど、ここに色を付けて欲しいの。それが私の思っている色ならよし、そうでなければ、はい残念でしたということで、どう?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて店員さんが割り込んでくる。
「何度も申し上げましたとおり、このドレスはデザイナーブランドの展示品でございまして……」
「あ、忘れてたわ。あなた、これを店長に渡しておいてくださる?」
そのおばさまは、すっと胸から名刺を出して、店員さんに渡したの。
「は? え、ええっ!? あなたは!?」
「文句無いわね?」
「は、はいっ!」
そのまますすーっと引き下がる店員さん。そのおばさまは、あたし達の視線に気がついて、クスッと笑ったの。
「そうそう、あなたたちにも渡しておきましょうか。あなた達にも渡しておくわね」
「あ、はい、ありがとうございます」
「どうもすみません」
あたし達はお礼を言って、名刺を受け取ったの。あたしは、その名前を見てみた。
……絶句。
「あ、あなた、もしかして……」
「ほらほら、彼氏一人じゃ難しいかもよ」
そう言って、その人はころころ笑ったの。
あたし、慌てて難しい顔をしてスケッチブックを睨んでる主人くんに駆け寄った。
「こうかな? いや、違うなぁ、きっと……」
「こう……じゃないよね?」
あたし達、色々考えてみたんだけど……。あたしは、その、そういうセンスないし、主人くんは意外と器用と言っても、やっぱり難しいみたいで、結局あたし達はうなりっぱなし。
おばさまはちらっと時計をみて、笑ったの。
「ごめんなさいね、私も予定があるから、あと5分でなんとか決めてちょうだいね」
「ええっ!? あ、はい。ええーっと、ええーっと」
頭をひねる主人くん。
あーん、こんな時に、彩ちゃんがいればなぁ。
「ハァイ、沙希。ワッツハペン、何してるの?」
何て話しかけてくれるんだ、け、ど……。
って、彩ちゃん!!
彩ちゃんは、画材店の袋を下げて、あたし達の後ろからスケッチブックをのぞき込んでた。
「ワァオ、ナイスなデザインなのね」
「あ、片桐さん。実はかくかくしかじかで……」
主人くんが説明すると、彩ちゃんはくすっと笑ったの。
「オッケイ。そういうことならお任せ」
「援軍良いですか?」
主人くんがおばさまに訊ねると、おばさまはにこっと笑ってうなずいた。
「構わないわよ」
「むぅ~~~ん、と。来た来た、イッツカミング、こうよっ!」
彩ちゃんはマーカーを取ると、ぱぱっと色を付けたの。
主人くんは勇んでそれをおばさまに見せる。
「どうです!?」
「すごいセンスねぇ。これはパリコレでも通用するわ。でも、残念ながら、私のカラーじゃないわね」
おばさまは肩をすくめる。がっくりする主人くん。
「無念……」
「せっかくだから、もう一度チャンスをあげるわよ」
あんまり主人くんががっかりしてたせいか、おばさまは笑って言ったの。
「本当ですか! よっしゃぁ、今度こそ!」
「それじゃ、今度はこうよ!」
なんだか、主人くんと彩ちゃんの方が、あたしより盛り上がってるのは気のせい?
結局、なかなか正解出なくて、もう9回もやり直してるの。おばさまも随分根気よく付き合ってくれてるし。
「これで、どうです?」
10回目のデザイン画を見て、おばさまはにこっと笑ってうなずいた。
「そう、これなのよね。私のカラーは」
「やったぁ!」
「オッケイ!」
主人くんと彩ちゃんは、手をパンと打ち合わせたの。それから、彩ちゃんは腕時計を見て、慌てて言った。
「ソーリィ、もう行かなくちゃ。それじゃ、沙希、主人くん、ハヴァグッタイム、バイバ~イ」
手を振ると、走っていく彩ちゃん。
「あ、ありがとう、片桐さん!」
「彩ちゃん、ありがと!」
あたし達の声に一度立ち止まって手を振ると、彩ちゃんは人混みの中に消えて行っちゃったの。
「さぁて、それじゃ約束通り、試着させてあげるわね」
おばさまはそう言うと、店員さんに声をかけたの。
「ショーケースを開けてくれるかしら?」
「ほ、ほんとに、いいんですか?」
「ええ、もちろん。あ、着つけは私がやってあげるから、心配しなくてもいいわよ。そうねぇ、そこの彼氏、15分くらい待っててね」
「あ、はい」
うなずく主人くん。
「で、でも……」
「はいはい、こっちへいらっしゃい」
あたしはそのおばさまに引っ張られて、試着室に入ったの。
「うん、これでよし。さぁ、行ってらっしゃい」
「で、でも、ちょっと、恥ずかしい、な」
「何言ってるのよ。そんなんじゃ、本番はどうするのよ?」
「ほ、本番って!」
あたしが狼狽えた隙をついて、おばさまはあたしの背中をトンと押したの。
思わずよろめいて、あたしはカーテンから出ちゃったの。
主人くんが、正面で目をぱちくり。
やっぱり、なにかおかしいのかな?
「ぬ、主人くん、ど、どう?」
あたしが声をかけると、主人くんは目をぱちぱちさせた。
「虹野さん、その、すごく……」
「え?」
「……綺麗だよ」
や、やだぁ。
あたし、持たされたブーケで顔を隠しちゃった。だって、真っ赤になってるのが恥ずかしかったんだもん。
「お似合いよ、お嬢さん」
おばさまが、後ろからあたしの肩をポンと叩いたの。そして、手にしたポラロイドカメラを振ってみせる。
「それじゃ、記念撮影と行きましょうか」
「え? や、やだ、ちょっとそんなぁ……」
パシャッ!
「……というわけで、これがその時の写真」
「ほぉ、どれどれ?」
「あーん、やめてやめてぇ」
帰り道、『Mute』に寄ったあたし達は、マスター相手に今日の話をしてたの。
マスターは、ポラロイドを見てうんうんとうなずいた。
「こりゃべっぴんさんだなぁ」
「もう、マスターもからかわないでくださいよぉ」
「冗談抜きに可愛いわよ。うん。舞もそう思うわよね」
横からのぞき込んだ館林先生もうなずく。……でも、館林先生って、あたしがいつここにきてもだべってる気がするけど、気のせい?
「本当、いいわねぇ、ウェディングドレス姿って。やっぱり女の子の憧れだものねぇ」
うっとりする舞お姉さん。
と、カランカランとカウベルを鳴らして、ひなちゃんが入ってきたの。
「こんちわぁ~! 沙希がドレス着たってマジ?」
情報早いんだからぁ。もう。
「ほんとほんと、これ見てみなさいよ」
館林先生が手招きする。ひなちゃんはポラロイドを見て目を丸くしたの。
「うっそぉ! これって、きらめきデパートに飾ってあった、あのドレスじゃん! よく着させてもらえたね~」
「ひなちゃん、これ信じる?」
あたしは、ひなちゃんに、おばさまからもらった名刺を渡したの。
「何? ……マジ?」
「うん……」
あたしは、カウンターに突っ伏した。そして、別れ際のおばさまの言葉を思い出してた。
『実際に着るときには呼んでちょうだいね。その時には、あなたにピッタリのウェディングドレスを作ってあげるから』
「うふ、うふ、うふふふっ」
「あによぉ、沙希ってば、思い出し笑いなんかしてぇ」
《続く》

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