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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんの虹色の青春 その


チュン、チュン
雀の囀りの声で目が覚めた。
もう、朝になってる……。
あたしは、ベッドから出ると、大きく伸びをした。
「ふわぁ〜っ」
「お姉さま、大丈夫なんですか?」
「え?」
振り返ると、葉澄ちゃんが眠そうな顔をしながらベッドから顔を出してる。……って、あたしのベッドにどうして葉澄ちゃんがいるのよぉ!
と、葉澄ちゃんは起きあがると、あたしの額にぺたっと自分の額をくっつけた。そしてにまぁっと笑う。
「よかったぁ。熱、下がりましたね」
「え? 熱? ……あっ」
その時、あたしは昨日のことを思い出した。
主人くんに隣についててもらって、そのまま寝ちゃってたんだ。
「ま、熱のことはともかくとして、ですね」
葉澄ちゃんの声が冷たい。
「な、なに?」
「あの主人とかいう男とは、サッカー部の部員とマネージャーってだけの関係じゃなかったんですか?」
ぎっくぅ!
「あ、あのね、それはね、そのね」
「どうして、びしょ濡れで気を失ってるお姉さまを、あの男が背負って来るんですか? 納得いく説明をしてください」
「あっと、それはね、そのぉ……」
あーん、困ったなぁ。どうしよう?
と、不意に葉澄ちゃんはくすっと笑った。
「え?」
「でも、あの主人って人、なかなか格好いいじゃないですか。ちょっと見直しました。私、アタックしてみようかな?」
「ダメ! あ、それはその、ね」
反射的に言ってから、慌てるあたしを、葉澄ちゃんはじろっとねめつけた。
「お姉さまぁ〜」
「あ、そ、そうだ、今日はサッカー部の対校試合があるから、早く行かなくちゃ」
あたしは、葉澄ちゃんから逃げて、廊下に出たの。
ちょっと落ちついたところで、昨日のことを改めて思い出してみる。
かぁ〜〜
ほっぺたが赤くなっちゃった。
半分意識がもうろうとしてた、とはいっても、なんだかすごいことになってたような覚えは、あるんだもん。
「虹野さんが俺のこと応援してくれるのって、その……、俺ががんばってるから……っていうか、その……、だから……だから、単に気にかけてくれてただけなのかな……?」
あたしは、首を振った。
「そんなんじゃないよ。そんなんじゃ……」
「……じゃあ?」
主人くんは顔をあげて、あたしの目をじっと覗き込むように見つめた。
あたし、頭がぽーっとしてたけど、それでも一生懸命に言ったの。
「だって、あたしは……あなたのこと……」
「……」
好き。
そう言う代わりに、あたしは布団から手を出した。何も言わなくても、主人くんはその手を握ってくれた。ひんやりして、気持ちいい……。
「もう少しだけ……このまま、そばにいて、くれる?」
「……ああ」
ひゃぁぁぁぁ〜〜〜。
ど、どうしよう。主人くんにどんな顔して逢えばいいのよぉ。
あたし、その場にしゃがみ込んで、ほっぺたを押さえた。
あ、こんな事してる場合じゃなかったぁ!
慌てて部屋のドアを開けて、あたしは部屋に戻った。
「あ、お姉さま、私のところに戻ってきてくれたんですね!」
手を組んで、あたしをうるうると見つめる葉澄ちゃん。うーん、違うんだけどな。
あたしは、机の一番下の抽斗を開けて、紙袋を取りだした。中から、編み上げたミサンガを出して並べてみる。
ひの、ふの、みの……っと。うん、数は足りてるな。
「わぁ、ミサンガですねぇ。お姉さまが作ったんですか?」
後ろからのぞき込んで、葉澄ちゃんがあたしに聞いたの。
「うん。ちょっと出来は悪いけど……」
「お姉さまが作ったミサンガに出来不出来なんて関係ないですよぉ」
キッパリ言うと、葉澄ちゃんは山になってるミサンガを見て、あたしに視線を向ける。
「この数ってことは、サッカー部に、でしょ?」
「うん」
「教会でお祈りしてもらいました?」
「……は?」
きょとんとしたあたしに、葉澄ちゃんが説明してくれたの。
「ミサンガって、教会で願掛けしてから、手とか足とかに結ばないと、意味がないんだって、聞いたことがありますよ」
「そ、そんなぁ!」
どうしよう? 今から教会なんて行ってる暇ないし……。
あ、そうだ! 教会がダメなら、神社なら近くだし、そこでミサンガに願掛けしようっと。
あたしは紙袋を抱えた。
「ちょっと、出かけてくるね!」
タッタッタッ
昨日の雨が嘘みたいに晴れてる。まだ、朝日が昇ったばかりで、濡れた草にたまった露が、その光を反射してきらきらと光ってる。
そんな中を、あたしは神社に向かって駆けていた。
前の方に、神社が見えて来る。
と。
あたしは、足を止めた。そして、耳を澄ます。
バシィッ
お馴染みになった音が、聞こえた。
あたしは、境内に駆け込んだ。
やっぱり、主人くんはそこにいた。
バシィッ
ボールをネットに蹴り込む主人くん。
あたしは、その背中を、じっと見てた。
なんとなく、声をかけるのが、恥ずかしくて。
「集合ーーっ!」
あたしが声をかけて、ユニフォームに着替えたみんながグラウンドに集合する。
監督が、集まったみんなをぐるっと見回して、静かに言ったの。
「一つ、みんなに知らせて置かなければならないことがある」
ザワッ
ざわめきが広がる。監督はさっと手を振ってそれを納めると、言葉を継いだの。
「田仲が、今日から試合に出られなくなった」
「ええーっ!?」
さっきとは較べものにならない騒ぎ。あたしもびっくりして、隣のみのりちゃんと顔を見合わせた。。
田仲キャプテンが、今日から試合に出られないって、どういうことなの?
あれ? でも、3年の先輩達は騒いでないみたいだけど……。
いつもと変わらない様子の田仲キャプテンが、監督の隣に進み出ると、頭を下げた。
「すまん。1,2年のみんなには、まだ知らせなかったんだが、親の都合で転校する事になったんだ」
「転校? どこへです?」
前田くんの質問に、先輩はひとつうなずいた。
「札幌の高校だ」
「札幌って北海道の札幌?」
「ほかに札幌はないだろうが」
服部くんは、江藤くんの頭を叩くと、監督に向き直ったの。
「でも、急すぎますよ」
「田仲の意志でな」
監督は、キャプテンの肩をポンと叩いたの。
キャプテンは頭を下げた。
「大事な時期に抜けることになって、本当にすまないと思ってる」
「いつ、行くんですか?」
「実は、もう行ってないといけないんだ。転校届は、木曜の日付になってる。つまり、もう俺はきらめき高校の生徒じゃない。このユニフォームを着て、試合に出る権利はもう無いんだ」
そう言うと、キャプテンはあたし達をくるっと見回した。
「だからって、どうして秘密にしてたんすか?」
「後継者の問題があってな」
ニヤッと笑う田仲キャプテン。そういえば、去年卒業した元キャプテンの明石先輩が、田仲キャプテンのことを、よく策士だって言ってたよね。
「後継者?」
そっかぁ。キャプテンが不在ってわけにはいかないもんね。でも、誰がやるんだろ? 3年の誰かだとは思うんだけど……。
キャプテンは、腕に巻いていたキャプテンマークを取ると、静かに言ったの。
「主人、お前に任せる」
「!!」
みんな、一斉に主人くんを見たの。あたしも、そう。
「お、俺、ですか?」
びっくりした様子で、自分を指す主人くん。
「そうだ」
きっぱりうなずくキャプテン。
「でも、レギュラーからも外されるような俺が……、キャプテンなんてやれるはずないですよ」
「主人、お前もしかして、自分が下手だからレギュラーから外されたと思ってたのか?」
そう言うと、キャプテンは苦笑した。
「監督とも話し合ったんだけどな、俺は、主人が一番向いてるのはフォワードじゃないと思った。だから、監督にお願いして、あえて今回はフォワードから外してもらったんだ」
「フォワードじゃ、ない?」
「今までほかにフォワードが出来るヤツがなかなかいなかったから、主人をフォワードから外すことができなかった。だけど、今回沢渡が入ってきて、トップは任せられるようになった。だから、主人、お前には本来のポジションに戻ってもらう」
キッパリと言うキャプテン。
「俺の、本来のポジション?」
「そう。俺のポジションだった、ミッドフィルダー。主人はそこのほうがフォワードより向いていると、これは俺だけじゃない、監督の意見でもある」
田仲キャプテンの言葉に、腕を組んで、深々とうなずく監督。
主人くんは、呟いた。
「俺が……、ミッドフィルダー?」
試合を左右する、ある意味フォワードよりもずっと重要なポジション。それがミッドフィルダー。
中央の司令塔、試合の組立役と呼ばれる、攻撃にも防御にも要となる重要なポジションなのよね。
そのポジションに、主人くんが……?
少し考えてた主人くんが、ちらっとあたしを見た。
あたしは、うなずく。
主人くんなら、できるよ。絶対!
主人くんは、監督とキャプテンの方に向き直った。
「わかりました。やります」
「よし。それじゃ、これはお前に任せる」
田仲キャプテンは、キャプテンマークを主人くんに渡して、ポンと肩を叩いたの。
「頼んだぞ。フォーメーションなんかは、ずっとフィールドの外で見ていたから、大体判ってるだろ?」
「はい」
主人くんはうなずいた。
タイミング良く、みのりちゃんが声を上げる。
「はいは〜い、ここで、虹野先輩からみなさんにプレゼントですよぉ」
やだな、もう。恥ずかしいんだから。
あたしは、紙袋を出した。
「えっと、あまり上手くできなかったんですけど、ミサンガを作ってみました。ホントは教会でお祈りするらしいんだけど、その代わりに神社でお祈りしてきましたから、きっと効果はあると思います。みんなの分あるから、順番に取ってください」
「おおーっ!?」
「なんと、マネージャーの手作りか?」
「すげぇ! きらめき神宮のお守りよりも霊験あらたかだぜ!」
「こら、2夲取るな!!」
あっという間に大騒ぎ。
「きゃ! もう、みんなのぶん、ちゃんとあるってば!」
「なんだ、虹野先輩。ちゃんと出来てるじゃないですか」
みのりちゃんも1本とってしげしげと見ながら誉めてくれた。
「さんざん、才能無いのかなとか言ってたくせにぃ」
「え?」
主人くんが、なぜかあたしの顔を見る。
「それって、ミサンガのことだったの?」
「は?」
「あ、いや、なんでもない」
頭を掻く主人くん。なんだろう?
あ、そうだ。
あたしは、一本のミサンガを取った。
「はい、主人くんにも。結んであげるね」
「あ、ありがとう」
あたしは、主人くんの手首にミサンガを結びながら、足下に目を落とす。
「あ、ストライカーズマックス。履いてくれてるんだ。でも、いきなり新品のシューズで、大丈夫?」
「ああ。朝、馴らしてきたから」
そっか。それで、朝、神社で練習してたんだね。
あたしが納得してると、主人くんが不意に聞いたの。
「あの、その、虹野さん」
「何?」
「その、昨日言いかけたことだけど……」
あたしは悪戯っぽく、微笑んだ。
「何のこと?」
「え? 覚えてないの?」
「うん」
うなずいてみせると、主人くん、がっかりした顔になる。そこに、小声でそっと。
「ウ・ソ」
「え? それって、もしかして……」
「ああーっ! ちょっと、二人で何をコソコソ話してるんですかぁ!」
そこにみのりちゃんが、膨れながら割り込んできたの。強引にあたしの腕を引っ張って、主人くんにべぇっーっと舌を出してる。
「ちょ、ちょっとみのりちゃん」
「この際だから言っておきますけど、主人先輩!」
「は、はい」
思わず気を付けをしちゃった主人くんに、みのりちゃんは笑顔で言ったの。
「虹野先輩を悲しませたりしたら、承知しませんからねっ!」
《続く》

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