喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く

沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんの虹色の青春 その

あたしは、ぐっと拳を握りしめて、フィールドを見つめてた。
5月4日。きらめき高校対末賀高校、対校試合。
今日の勝敗は、今後のインターハイにも直接関係してくる、いつもの練習試合じゃない、いわゆる公式戦。
でも、あたしはそんなことよりも……。
「あれ? 沢渡のやつ何処に行った? もうすぐ試合、始まっちまうぞ」
辺りを見回しながら、前田くんが言った。
沢渡くんが?
あたしも辺りを見回して、みのりちゃんもいないのに気がついた。
どうしたのかな?
「あたし、ちょっとその辺り探してくるね」
「頼むよ、虹野さん」
あたしが声をかけると、主人くんはうなずいてから、みんなとの打ち合わせに戻った。
その右腕に巻かれている黄色いキャプテンマークが、すごく似合ってるよ。
「……どうしたの、虹野さん?」
不意に顔をあげて、主人くんがあたしに訊ねた。
「な、なんでもないっ!」
あたしは慌てて、その場から駆け出した。
あーん、変に思われちゃったかなぁ?
と、とにかく、二人を捜さなくちゃ。
タッタッタッタッ
校舎の裏を走りながら、中庭を見回す。ここにもいないなぁ。
とすると、あとは校庭の方かな?
そのまま、校舎の横を抜けたところで、急ブレーキ。
噴水のところに、人影が見えたの。みのりちゃんと沢渡くん。
何か話してるみたい。
「やーよぉ。なんであたしがそんなコトしなくちゃいけないわけぇ?」
みのりちゃんが腕を組んで口をへの字に結んだまま、沢渡くんに言う。
「そりゃ、その、えっと、ほら……」
なんだか要領を得ない沢渡くん。
みのりちゃんはさらに言おうとして、不意ににまぁっと笑った。
「ん、わかった」
「え!?」
一転、嬉しそうな顔になる沢渡くんに、ぴっと指を突きつけるみのりちゃん。
「その代わり、出来なかったら、ディスティニーランドのペアチケット!」
「え? ……う、うん」
ちょっと考えて、うなずく沢渡くん。
「いいよ、それで」
「よし、賭けは成立っと。あ、早く戻らないと!!」
「やばい。それじゃ、俺先に戻ってるから!」
そう言って、沢渡くんはみのりちゃんを置いて駆け戻っていったの。
あたしは、それを見送ってから、みのりちゃんに駆け寄ったの。
「みのりちゃん!」
「きゃぁ! に、虹野先輩!? も、もしかして、見てました?」
「しっかり」
腕を組んでうなずくあたし。って、何だか、ひなちゃんの真似だなぁ。
「やだなぁ、もう。私は先輩一筋なんですけどね、沢渡くんってば、ああでも言わないと引き下がらないし。あ、ペアチケットもらったら、一緒に行きましょうね!」
みのりちゃんは、あたしの腕にぶら下がった。
「きゃん。も、もう。でも、賭けって?」
「沢渡くんったら、ダブルハットトリックするんですって。いくら何でも無理ですよねぇ」
「ダブルハットトリックって、一人で6点取るってこと? そりゃいくら沢渡くんでも、無理じゃないかなぁ? 相手は末賀高校だし……」
「先輩もそう思いますよね。やったぁ、これでペアチケットはもらったも同然よぉ!」
盛り上がるみのりちゃん。あたしは、校舎の壁に掛かってる大きな時計を見上げた。
「いけない! もう試合、始まっちゃうわ! みのりちゃん、戻りましょう!」
「はい、虹野先輩! えへへ」
あの、腕を抱え込まれると、走りにくいんだけどなぁ……。
あたし達が戻ってきたとき、もうきらめき高校の選手も末賀高校の選手もピッチに散っていたの。中央では、末賀高校のキャプテンの平賀さんと主人くんがコイントスをしてるところだった。
平賀さんって、それにしても大きな人よねぇ。2メートル近くあるんじゃないかな。
「虹野先輩、末賀高校の選手で気をつけないといけないのはどれですか?」
みのりちゃんがスコアブックを片手に、あたしに訊ねた。
“どれ”は拙いんじゃないかな、と思いながら、あたしはうなずいた。
「まず、キャプテンの平賀さん。ミッドフィルダーなんだけど、中段から飛びだしてきて打つミドルシュートはすごい威力を持ってるわ。それから、背番号10のフォワードの増田くん。空中戦では強いからセンタリングに上がったときは注意、かな?」
「ディフェンダーはどうなんですか?」
「うん。両サイドバックの田町くんと青葉くんは、どっちも俊足だから要注意。そもそも、末賀高校は選手自体のレベルがすごく高いから、どの選手も何をしてくるかわかんないんだけどね」
あたし達がそんな話をしてる間にも、コイントスが終わったの。その結果、キックオフはきらめき高校から。
センターサークルのまん中に、主人くんがボールをしっかりと、置く。
ピィーッ
ホイッスルが鳴らされた。
主人くんが、軽くボールを蹴りだす。と同時に、沢渡くんがダッシュして、末賀高校の陣内につっこんでいく。
「いっけぇ!」
ベンチの隣に座ってるみのりちゃんが、拳を振り上げる。
あっ!
末賀高校のディフェンダー田町くん、スライディングでパスをカット。そのまま、大きく前方にパス。
と同時に、平賀キャプテンが軽く右手を上げて、指を1本立てたのが、ちらっと見えた。何?
その時、末賀高校の選手が同時に走りだしたの。それも、ボールの方向じゃなくて、バラバラな方向に。
前方でボールを受け取った、末賀高校の選手が、それをちらっと見てから、パスを出す。
え? ええっ?
あたし、思わず目を疑ってた。
パスを出された選手が、そのままボールを別の方向に蹴る。そしたら、そこにもちゃんと末賀高校の別の選手がいて、さらに別の方向に蹴りだす。
アッという間に、パスがくり返されて、ディフェンスラインは突破されて……。
ああっ、ゴール前に!
バシィッ
上がったボールを、増田くんが頭で押し込んだ。森くん、ジャンプしたけど、届かない。
「ああーっ!」
みのりちゃんが悲鳴みたいな声を上げた。
開始3分、先取点は末賀高校だった……。
「フラッシュ・パスか」
あたしの隣で試合をじっと見ていた田仲キャプテン……ううん、田仲先輩が、顎に手を当てて呟いたの。
「え?」
「太田め、きらめき高校相手に使ってくるとは……。もう完成させてたのか」
腕を組んだまま、監督が唸る。
太田って、末賀高校の監督さんの名前よね。賀茂監督、知ってるのかな?
それより、そのフラッシュなんとかって、何?
「に、虹野先輩!!」
「え? ああっ!」
みのりちゃんの声に振り向くと、また末賀高校のフォワードの増田くんがシュートしてたところだったの。
そんな! きらめき高校のキックオフから、じゃなかったの?
バシッ
森くんが、パンチングでボールを弾いて、なんとかゴールにはならなかったけど、コーナーキックから再開。
あ、主人くんが服部くんを呼んで、何か言ってる。
どうするんだろう?
ピィー
ホイッスルが吹かれて、コーナーキック。
ゴール前へのセンタリング?
ふわっと浮いたボールに敵味方が入り交じって飛びつく。
バィン
跳ねたボールを、前田くんが大きく前方に蹴りだした。ほっとして、腰を下ろすあたしとみのりちゃん。
「もう、はらはらさせるんだからぁ」
ぷっと膨れて文句を言うみのりちゃん。
あたしは、じっと主人くんを見つめてた……。
ピィーッ
前半が終わって、ハーフタイム。
あたしとみのりちゃんは、スポーツドリンクのポットを持って、引き上げてくるみんなに手渡していく。
「お疲れ様! はい、ドリンク」
「サンキュー」
最後に戻ってきた主人くんにドリンクを渡して、訊ねる。
「どう?」
「見ての通り。くそっ」
主人くんは、悔しそうにポットを握りしめながら、スコアボードの方を振り向いた。
6対1。きらめき高校は、末賀高校の反則からのPKでやっと1点取っただけで、あとは一方的に攻撃され続けてたの。
キーパーの森くんが一生懸命防いでくれたんだけど、それも限界。
「面目ないっす」
うなだれる森くん。
その肩を叩いて、前田くんがぼそっと言う。
「お前のせいじゃない。オレ達ディフェンダーがザルなんだよ」
「まったくだ。全然止められないんだもんなぁ」
江藤くんがため息をつく。
ダメなの?
あたしは、出来るだけ明るく聞こえるように言った。
「ほらほら、みんな! まだ半分終わっただけよ! 後半、がんばろうね!」
「……」
やっぱり、ショック大きいのかなぁ。今までだったら、ここで「おー!」って言ってくれるのに……。
主人くんが、ベンチに駆け寄る。
「キャプテン、指示をお願いします」
「主人」
田仲先輩は、座ったまま主人くんを見上げた。そして、その右腕を指した。
「それは、何だ?」
「え?」
自分の腕を見る主人くん。その腕には、黄色いキャプテンマーク。
「で、でも……」
「ピッチに入ったら、自分で考え、行動する。それが出来るようにならないと、全国は狙えないぞ。それが、俺のアドバイスだ」
「……」
主人くんは、末賀高校のベンチの方に視線を向けた。
ちょうど、末賀高校の平賀キャプテンが監督から何か指示を受けてるところだった。
そういえば……。
あたしは、不意に思い出した。
末賀高校の、あのすごいスピードのパスワーク。あれが始まるとき、必ずあの平賀キャプテンが何か仕草してた。
「主人くん」
「え?」
「参考になるかどうかわかんないけど……」
あたしは、自分の見たことを主人くんに伝えたの。
主人くんはあたしの話を聞くと、聞き返した。
「必ず?」
「うん。見てたから、間違いないと思う」
「そうか……。ありがとう、虹野さん」
ちらっと時計を見上げる主人くん。ハーフタイムの残りは、あと5分。
軽くうなずくと、主人くんは声をかけた。
「前田、江藤!」
「何だよ?」
「どうした?」
両サイドバックの二人を呼んで、何か主人くんは話しはじめた。目が、さっきまでと違う。何か、見つけたみたい。
あたしは、ほっとして辺りを見回した。
あれ? みのりちゃんがいない。それに、沢渡くんも……。
どうしたのかな?
校舎の角を曲がったところで、あたしは足を止めた。
噴水の前に二人がいたの。
沢渡くんの声が聞こえてきた。
「秋穂さん、ごめん。大きな口叩いて、こんなことになっちゃって」
「何言ってるのよ。まだ前半終わっただけじゃない」
みのりちゃんはそう言うと、肩をすくめた。
「まぁ、あたしが賭けに勝つのはいいとしても、サッカー部が負けるのはいやなんだからね!」
「でも、もう5点差だし……」
「ん~~~、もうっ!!」
みのりちゃんは拳を振り上げた。そのまま沢渡くんに食ってかかる。
「いつものあんたはどこへ行っちゃったのよぉ! 嫌みなくらい自信過剰で、大口叩いて笑ってみせてるあんたはっ!!」
「……ごめん」
うなだれる沢渡くん。
そんな沢渡くんを前にして、みのりちゃんは腕組みして膨れてた。
「……ったく。よし!」
「え?」
不意に、みのりちゃんは背伸びすると、沢渡くんのほっぺたにキスをした。
「あ、秋穂さん!?」
ほっぺたを押さえて、戸惑った表情をする沢渡くん。
「前払いよ。賭けの!」
ちょっと赤くなって、みのりちゃんは照れ隠しかな? 大声で言ったの。
「もう支払っちゃったんだからね! これで、負けたら承知しないんだからね!」
「秋穂さん……。うん」
沢渡くんはうなずいた。
ふふ。みのりちゃんも、やるなぁ。
あたしは、そこまで見とどけて、こっそり戻っていったの。なんだか、邪魔しちゃ悪い気がして……。
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く