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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんの虹色の青春 その


 ピィーッ
 ホイッスルが鳴らされて、後半のスタート。末賀高校のキックオフから。
 あっ!
 また、末賀高校の平賀キャプテンが何か仕草した! あのパスワークが来る!!
 思った通り、末賀高校の選手がすごいスピードのパスを通し始めた。また、きらめき高校の選手の間を抜いて、ゴールに迫っていく。
 最後のパスが、ゴール前で待ってる末賀高校のフォワード、増田くんに……。
 バシッ
 ……通らなかった。
 抜群のタイミングで飛びだしてきた江藤くんが、ボールをカットしたの。そのまま、一気にボールを中盤に蹴り戻す。
「よしっ」
 そのボールを受けとめた主人くんは、そのまま大きく右前に向かってドリブルで上がっていく。
 末賀高校のディフェンダー達が、2人3人と主人くんに向かって集まっていく。
 それを見て、主人くん、かかとで真後ろにボールを蹴る。ヒールパス。
 そこに来ていた服部くんが、ダイレクトに前に蹴る。同時にダッシュして、ディフェンダーの後ろに出ていた主人くんがそれを受け取って、さらに走る。
 そして、大きく左に蹴り上げる。フィールドの中央に上がったボール。
 ちょうどそこに、沢渡くんがいた。
 ハーフエラインとペナルティエリアのまん中辺り。
 ええっ!?
 沢渡くんは、主人くんのボールをそのまま、思いきり左脚で蹴り抜いた。超ロングシュート!
 みんな、まさかそんなところからシュートするとは思ってなかったみたいで、一瞬反応が遅れる。そんなディフェンダーの間隙を縫って、ゴールマウスに向かって飛ぶボール。
 でも、キーパー正面!
 バチィン
 大きな音が響いた。そして、一瞬置いて揺れるゴールネット。
 す、すごい……。
 尻餅をつく末賀高校のゴールキーパー、佐伯くん。自分の手を、信じられないっていうように見つめてる。
 わぁぁぁーーーーっ
 応援席の方から、歓声が上がった。
 ピッチの上では、主人くん達が沢渡くんを囲んで喜んでる。
「わぁ、すごいすごぉい!」
 隣で、みのりちゃんが拍手してる。
 あたしも、なんだか嬉しくなっちゃった。
 沢渡くんって、こうして改めて見ると、すごいんだ。

 末賀高校からのリスタート。あ、また平賀キャプテンが手を上げてる。
 すごい勢いのパス。あっという間に、またゴール前まで……。
 あ、今度は、ラストパスを、間に割り込んだ前田くんがヘディングで落とした! そのまま、大きく前に蹴りだす。
 すごい! 完全にコースを読んでないと、出来ないよ。あんなことは。
「どうやら、読んだみたいだな」
 隣で、田仲キャプテンが呟く。
「どういうことなんですか?」
「末賀高校のパスの正体を、さ」
「パスの正体?」
「ああ。末賀高校に一方的にやられてたのは、きらめき高校のディフェンダーが、末賀高校の攻撃の速さに対応できなかったからだ。じゃあ、どうして末賀高校の攻撃が速いのか、わかる?」
「ええっと、ほとんど自分で持ってませんでしたよね。ボールが来たらすぐに蹴って……」
「そう。ほとんどワントラップかダイレクトに蹴り返してた。だから、あっという間にうちのディフェンスが突破されてたんだ」
 そうかぁ。
 あれ? でも、そんなこと、出来るの? だって、選手ってみんな移動してるんだよ。ワントラップはまだしも、ダイレクトにパスを出すには、その選手の位置を完全に把握してないと、できないんじゃないのかな?
 あたしの表情を見て、田仲キャプテンは言った。
「無理じゃないさ。いつも、同じルートを使うなら」
「同じルートって、それじゃパスコースが決まってるって事ですか?」
「ああ。だから、あれだけ高速のパスワークが出来るってことだ。俺の見た所、パスコースの種類は4つ。そして、どれを使うかを指示してるのが、キャプテンのあの仕草だ」
「そうなんだ……。あ、でも、それを止めたって事は……?」
「読んだんだよ、それを。主人が」
「主人くんが?」
「ああ。パスコースさえ判っていれば、ディフェンダー一人でも逆に止めることは出来る。主人は、江藤と前田にその指示を出してるんだ」
 そう言うと、田仲キャプテンは主人くんを指した。
「見てみろよ。また出るぜ。あいつのフラッシュパス破りが」
 あ。また末賀高校がボールを持ってる。
 平賀キャプテンは、それを見てちょっと仕草をした。そして、それをみて平賀高校の選手達がいっせいにきらめき陣内につっこんでくる。
 その時、主人くんが江藤くんを指して、大きく手を回したの。
 うなずくと、江藤くんが右に大きく駆け出す。あれ? かと思ったら、駆け戻ってきた。
 わぁ、江藤くんが走っているところに、本当にパスが飛んできた! もちろん、楽々カットして、大きく前線に蹴りだす江藤くん。
 左ウィングの服部くんがそれを受け取ると、そのままドリブルで駆け上がる。わぁ、いつも思うんだけど、服部くんのドリブルってすごく速いよね。
 あっという間にゴールの右スペースまで走ると、そのままセンタリングを……あ、だめ。末賀高校のディフェンスがいる。
 服部くんはちらっと辺りを見回して、強引に突破しようとボールを蹴る……ふりをして、ちょんと後ろに蹴る。そこに走ってきたのは、主人くん。
 シュートを打つの?
「でやぁぁ!」
 バァン
 主人くんはそのボールを高く蹴り上げた。センタリングだぁ!!
 そのボールに向かっていっせいに駆け寄る敵味方。ジャンプしてヘディング!
 あっ、ボールがこぼれた。キーパーがそれを取ろうと飛びだしてくる。
 沢渡くんがそのボールを、ちょんと蹴った。フワリと浮き上がったボールは、ジャンプするキーパーの指先をかすめて、そのままゴールに飛び込んだ。
 すごい! ループシュートよね、今の!
 ピピーーッ
「きゃぁ、虹野先輩! これで5点目ですよ! もうすぐ追いついちゃいます!!」
 みのりちゃんが興奮して叫んだ。
「う、うん。そうだよね!!」
 あたしがそう言ってる間にも、末賀高校のキックオフからリスタート。
 わぁっ! いきなり主人くんがスライディングタックルでボールを取っちゃった!
 こぼれたボールを、江藤くんが取って、そのまま一気に上がる。
 でも、末賀高校は、さすがに沢渡くんを警戒してる。ディフェンダーが2人もついてて、あれじゃシュート打てないよ。
 一気に上がった江藤くんだけど、誰もボールを渡せないうちに、囲まれちゃった。あーん、だからいつも、一人で上がるなって監督に言われてるじゃないのぉ!
 苦し紛れに、江藤くんはボールを高く蹴り上げる。
 えっ?
 そこにノーマークで駆け込んできたのは、主人くん? でも、さっきゴール前にいたんじゃ……?
 そのまま、シュート……って、随分距離、あるよぉ!
 思った通り、そのシュートはディフェンダーに弾かれて、変な方向に飛んだ……。
 違う! 変な方向じゃないんだ!!
 主人くんがシュートを打った瞬間、沢渡くんへのマークが外れたの。その隙を見て、ゴール左に走る沢渡くん。
 そして、弾かれたボールは、左サイドで待ってたディフェンシブハーフの山内くんのところに転がってた。山内くんから沢渡くんまでは、パスコースが開いてる。
「沢渡!!」
 山内くんが、低いパスを出す。沢渡くんはそのボールをそのままゴールに蹴り込んだ。
 インステップボレーシュート!
 あ、でもキーパーも反応してて、そのボールをパンチングで弾く。ディフェンダーがそのボールを大きく蹴り出す。
 ううん、まだ!
 主人くんの体が、宙に飛んでいたの。高く上がったボールを、オーバーヘッドキック!
 バィン
 地面にたたき付けられたボールは、ゴールバーに当たって跳ね返った。惜しいっ……。
 ううん、まだっ!
 そこに、ディフェンダーを振り切って突っ込んできた沢渡くんが、ボールごとゴールの中に飛び込んだ。押し込んだって感じ。
「やったぁ! どうてぇん!」
 みのりちゃんが歓声を上げる。
 あっ!!
 主人くんが、ピッチに倒れたまま、起き上がらない。選手のみんなが心配そうに駆け寄る。
 あたしは、ベンチの下に置いてあったやかんを持って、ピッチに駆け込んでた。
「主人くん! 主人くんってば!!」
 あたしの声に、主人くんはうっすらと目を開けた。
「あ……。に、虹野さん?」
「よかったぁ」
 じわっ
 涙がにじんだ。あたしはそれを手の甲で拭くと、話しかけた。
「大丈夫?」
「う、うん……。あっ!」
 飛び起きると、主人くんは後頭部を押さえて顔をしかめた。
「いたた」
「ほ、ほんとに大丈夫なの?」
「ああ。それより、試合は?」
 辺りを見回す主人くん。
 あたしたちは、ピッチサイドにいた。取りあえず、主人くんを運びだしてから、試合は再開されてた。つまり、きらめき高校は今9人で試合をしてるの。
「あれから、どれくらいたってるの?」
「ほんの1分くらい。まだあれから試合は動いてないよ」
 末賀高校のキックオフから、試合は再開されてたけど、平賀キャプテンは大きくサイドにボールを蹴りだしたの。主人くんが戻るのを待ってるのね。
「よし」
 主人くんは、体を起こすと、あたしに視線を向けた。
「な、なに?」
「膝枕ありがとう。楽になったよ」
「や、やだな、もう。がんばってね!」
「おう!」
 そう言って、主人くんは駆け戻っていった。
 あたしがその背中を見つめてると、後ろから声が聞こえた。
「見せつけてくれるのぉ。衆人環視の中で膝枕とはぁ」
「きゃ! ひ、ひなちゃん!?」
「やっほぉー」
 観覧席からひなちゃんがあたしの方を見下ろしてた。
「後でいろいろと聞いてあげるからねぇ〜」
 ううっ、やだなぁ。
「あ、ほれほれ!」
 ひなちゃんがフィールドの方を指して声を上げたの。あたしは反射的に振り返る。
 バァン
 沢渡くんのミドルシュートが、末賀高校のゴールを揺らしてた。
「わぁ、同点だ!」
「やりぃ!」
 ひなちゃんも飛び上がって歓声を上げる。そして振り返ると、観客のみんなに向かって声をかける。
「ここで一発コールしましょー! そぉれ、あと1点! あと1点!」
 あっという間に、観客席から「あと1点」コールが巻き起こる。ひなちゃん、コンサートで慣れてるから、こういうの得意だもんねぇ。
 あたしはひなちゃんに「あとでね」と合図して、ベンチに駆け戻った。
 サッカーグラウンド全体が、「あと1点」コールで、本当に揺れてる感じがした。
 それが、どよめきに変わる。
「あっ!」
 あたしも声を上げてた。
 江藤くんが不用意に出したパスがカットされたの。そのまま、いっせいに末賀高校が攻め寄せる。
 今度は、ドリブルも使う、普通のやり方で。
「フラッシュを捨てたか。まずいな。そうなると、個人技ではうちがやや劣るぞ」
 田仲先輩が呟く。
 その言葉通り、ディフェンスが突破される。
 森くんが、一瞬ちらっと観客席を見て、片手を上げた。
 あたしもその視線を追って、観客席を見た。
 そこに、栗色の髪の女の子が居た。確か、美樹原さん?
 美樹原さんは、手を合わせてじっと森くんを見つめてた。
 あたしは、ゴールに視線を戻した。
 ああっ!
 末賀高校の平賀キャプテンが上がってきてる。ミドルシュートを打つの!?
 バシュッ
 すごい音がして、一直線にシュートが飛んだ。ゴール右上に向けて。
 入った!?
 森くんは、そのボールに飛びついていた。
 ガァン
 すごい音がした。森くんとゴールポストがぶつかった音。
「も、森くん!」
 あたしが飛びだしかけたとき、森くんがよろよろと立ち上がる。
 その額を、つぅっと血が流れ落ちた。でも、森くんは気にしないように、ボールを高々と上げてみせる。
 わぁーーっ
 観客席から歓声が上がる。
 防いだんだ!
 あたしは、反射的に時計を見た。あと3分。
 森くんは、ボールを大きく蹴って前線に送ると、そのままゴールにうずくまった。あたしは慌てて、救急箱を持ってゴールに駆け寄る。
「森くん、大丈夫?」
「大丈夫っす。まだ試合中っす」
 そう言うと、森くんはゴールの前に立って、じっとフィールドを見てる。
 あたしも、ゴールの後ろから、フィールドを見つめた。
 主人くんが大きく縦パス。右からオーバーラップした江藤くんがそれを持ってドリブルして、一気に末賀高校陣内に切り込んでいく。
 ディフェンダーがそれを阻む。
 江藤くんはそれを見て、後ろにいた服部くんにパス。
 あっ!
 服部くんはそれをダイレクトに、主人くんに向けて蹴った。主人くんもそれをまたダイレクトにゴール前に上げたの。
 そして、ゴール前にいたのは……、沢渡くん!
 バァン  思いっ切り沢渡くんはボールを蹴った。そのボールは弓なりに曲がりながら、末賀高校のゴールネットに突き刺さった。 「やったぁ!」  あたし、思わずパチパチと手を叩いてた。観客席からは大歓声。
 審判が時計を見ると、長くホイッスルを吹く。
 ピィーッ、ピィーッ、ピィーーーーーッ
 それと同時に、あたしは救急箱を片手に森くんに駆け寄ったの。
「森くん、大丈夫? すぐ手当するね」
「悪いっすね、マネージャー。あいたたた」
「ホントに大丈夫?」
「大丈夫っすよ」
 あたしは、森くんの頭の怪我を見てみた。うん、ちょっと切れただけみたい。
 消毒して、ガーゼを当てて、包帯巻いて、と。これでよし。
「ちょっと、大げさっすよ」
「そんなことないってば。それより、あとでちゃんと病院に行って検査しないとだめよ。頭なんだから」
「わかったっすよ。どうもっす」
 そう言って、森くんはセンターサークルの方に走っていった。
 あたしは、ほっと一息ついて、ベンチに戻ったの。
 末賀高校と挨拶して、みんなが戻ってくる。
「お疲れ様!」
「ご苦労様でしたぁ」
 出迎えるあたしとみのりちゃんに挨拶してから、みんなはベンチ前に整列して、田仲先輩に一礼したの。
「ありがとうございました!」
 田仲先輩は笑うと、うなずいた。
「それじゃ、俺はこれで帰るよ。みんなも、がんばれよ。……主人」
「はい」
 返事をした主人くんの前に、田仲先輩は立ち上がると、肩をぽんと叩いたの。
「頼んだぞ」
「わかりました」
 主人くんはうなずくと、腕のキャプテンマークを改めて見つめてた……。
 パタン
 ロッカールームのドアが開いて、最後に主人くんが出てきたの。
「主人くん」
「あれ? 虹野さん。待っててくれたの?」
「うん。ひなちゃんや早乙女くん達が、『Mute』で祝勝会してくれるって。……一緒に、行こ?」
 思い切って言ってみる。
 主人くんは、微笑んだ。
「ああ、いいよ」
 よかった。
 あたしはほっとして、それから慌てて歩きだした。
 だって、ほっぺたが真っ赤になってたんだから。
 と、不意に主人くんがあたしの耳に囁いた。
「これからも、よろしく……頼んでもいいかな?」
「……いいわよ。キャプテンさん」
 あたし達は、顔を見合わせて、笑ったの。

《続く》

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