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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 登場、拓美姉ぇ その


 みぃーんみぃーんみぃーん
 蝉がうるさく鳴いてる。
 この声を聞くと、本当に夏になったんだなぁって思うんだ。

 夏休みに入って、いよいよ夏も本番。
 あたし達サッカー部は、今日も部活なの。
 一応、建前上、3年の中山先輩が部長になってるけど、実質的なキャプテンは主人くんで、チームワークも取れてきたし。
 絶好調! とまでは、いかないんだけど……。でも、そこそこ強いよねっていうレベルだし。
 そんなわけで、学校に向かっていたところだったんだけど……。
 あたしは、手をかざして太陽を見上げた。
「暑いなぁ……」
 口に出すと、よけいに暑くなっちゃうんだけど、それでもつい、口を突いて出て来ちゃうのよねぇ。
「あれ? 沙希じゃない」
「え?」
 不意に呼ばれてそっちの方を見ると、彩ちゃんが手を振ってたの。
「あ、彩ちゃん」
「ハァイ、グッモーニン!」
 制服姿の彩ちゃんが、にこにこしながら駆け寄ってきた。
「どうしたの? 夏休み中なのに」
「クラブなのよ。沙希も?」
「ええ。でも午前中だけで終わるから」
「グー。それじゃ、終わったら『Mute』に行かない?」
「うん、いいわよ」
 あたしがうなずくと、彩ちゃんはあたしの肩をポンと叩いた。
「色々と聞きたいこともあるしね〜」
「な、なによぉ?」
「ノンノン、気にしない。それじゃ、グッラァック!」
 そう言って、彩ちゃんはたたっと走って行ったの。
 なんだか、相変わらずって感じよね。でも、そこが彩ちゃんのいいところなんだけど。
 ひなちゃんとはまた違った意味で、B型なのよね。
 時計を見て、あたしはホイッスルを吹いた。
 ピピィーッ
「はぁーい、今日はここまでぇ!」
 みんながばたばたと集まってくる。最後に駆け寄ってきた主人くんが、みんなを見回して声をかけた。
「それじゃ、今日の練習は終了!」
「ありがとうございました!」
 ばっとみんな一礼してから、部室の方に走ってく。
 部室では、みのりちゃんが冷たくした麦茶を用意して、みんなを待ってる。
 でも……。
 1年生の新入部員もどんどん増えてきて、それは嬉しいんだけど……。
 でも、もうあたしとみのりちゃんだけだとフォローしきれなくなってきてるのよね、実際。
 なんとか根性で切り抜けてはいるんだけど、あたしはともかくみのりちゃんの方がちょっと心配。
 もう一人、マネージャーがいればなぁ、なんて思いながら、あたしはグラウンドを見回した。
 ……あら?
 サッカーグラウンドを見おろす土手の上に、女の子が一人座ってる。ちょうど木陰になってるところなんだけど、それでもこの季節よ。暑くないはずないのに……。
 きらめき高校の制服を着てるってことは、うちの生徒だよね? 部員の誰かの彼女かな?
 でも、それならもう練習終わってるんだから、部室の方に行ってるんじゃないかな?
 うーん。
 ちょっと、行ってみようかな?
「あの……」
 あたしが後ろから話しかけると、その娘は驚いたようにこっちを振り返った。
 黒髪をおかっぱに切りそろえた、大人しそうな感じの娘。1年生みたい。
「は、はい」
「あの、サッカー部に何か用事なの? あ、あたしはサッカー部のマネージャーの虹野っていうんだけど、ずっとこっちを見てるのが気になったから……」
 その娘は慌てて立ち上がると、ぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい」
「え? あ、違うの。別に邪魔とかそう言う訳じゃなくて……」
「あ、あの、失礼します!」
 そう言って、その娘は身を翻した。
「ちょ、ちょっと待って!」
 あたしが声をかけたけど、その娘は振り返ることなく、そのまま走って行っちゃった。
「……」
 半分呆気にとられてたあたしに、声が聞こえてきた。
「虹野さん、下級生をいじめちゃいけないよ」
「主人くん?」
 振り返ると、制服に着替えた主人くんが、スポーツバックを片手に笑ってたの。
「違うのよぉ! そうじゃなくて……」
「主人、俺達のマネージャーをいじめるんじゃない」
 江藤くんが笑いながら主人くんの頭をぽこっと叩く。見てみると、2年のサッカー部員のみんなが集まってたの。
「痛い痛い。冗談だってば。それより、誰かの知り合いなのかな?」
「うーん。少なくとも俺は知らないぞ」
 みんな顔を見合わせる。
 前田くんがポンと手を打った。
「そうか、俺のファンか」
「そんなことあるかあ〜〜!!」
 ドカドカドカッ
 みんなに突っ込まれる前田くん。
「やめろぉ、こら、本気で殴るなぁ!」
 ……見てて飽きないなぁ。うふふ。
 主人くんが肩をすくめる。
「こういうとき、あいつがいれば一発で判るんだけどなぁ」
「呼んだか?」
 きゃぁ!!
 いきなり後ろから声があがって、あたし思わず飛び上がっちゃった。
「さ、早乙女くん?」
「よぉ、虹野さんあーんどサッカー部のみなさん」
 軽く手を挙げると、早乙女くんはにやぁっと笑った。
「今日は白」
「え? きゃぁ!」
 慌ててスカートを押さえるあたし。
「よぉし、チェックだチェック……って、ちょ、ちょっと待て、お前ら!」
「貴様ぁ、よくもマネージャーのぉぉ」
「俺も見たこと無いのにぃ!」
「大山、それは問題発言だぞ!」
「とにかく、天誅!!」
「ぎょぇぇぇぇぇ」
 ……本当に、飽きないよね。うん。
「ええっとだなぁ……」
 ぼろぼろになってメモをめくる早乙女くん。うーん、途中であたしが止めに入らなかったら、本当に危なかったかも。
「あったあった。耳の穴かっぽじってよく聞けよ。谷巣瑠美。1年F組33番。4月18日生まれ。内気でおとなしめ。趣味は読書。……っと、こんなもんだな」
 さすがって言うか、何て言うか……。
「へぇ。でも、そんな娘が何しに来たんだろう?」
 首を傾げる山内くん。前田くんが胸を張る。
「やっぱり俺のファンだ」
「それ以上の情報は漏らせねぇけど、ハッキリ言おう。あきらめろ」
 キッパリと言い切る早乙女くん。
「な、なんだよ、それは?」
「つまり、彼女はお前目当てに来てるわけじゃないってことだろ」
 前田くんの肩を叩いて笑う主人くん。
 ……まさか、主人くんのファン、とか……。ま、まさかねぇ?
「ハァイ、サッカーキッズ!」
 弾むような声が聞こえて、あたし達はそっちに顔を向けた。
「あ、彩ちゃん」
「ヘロゥ、沙希。迎えに来たわよぉ」
 そう言われて思い出した。そういえば、彩ちゃんと『Mute』に行く約束してたんだよね。
 あたしはみんなに頭を下げた。
「ごめんね、みんな。彩ちゃんと約束があるから、もう行くね」
「あははははは」
 『Mute』でさっきの話を彩ちゃんにしたら、彩ちゃんってば大笑い。
「なるほどぉ、それで大騒ぎしてたんだぁ。らしいって言うかなんていうか」
「もう、そんなに笑うこと無いじゃないの」
「ごめんごめん。それにしても、サッカー部のみんなって、ウィンターメンばっかりなのねぇ」
「何なの? そのウィンターメンって」
 あたしが聞き返すと、彩ちゃんはあたしを見てくすくす笑う。
「まぁ、沙希には関係ないことだけどねぇ。このスプリングガールがぁ」
「???」
 わけがわかんないよぉ。
 と、ちょうどその時。
 カランカラン
 『Mute』のドアのカウベルが大きな音を立てたの。舞お姉さんがよく通る声をかける。
「いらっしゃいませ」
 あたしもドアの方を見た。
 藍色の長い髪のお姉さんがそこに立っていたの。舞お姉さんや館林先生と同じくらいの歳みたいだけど、……どうして軍服なんだろう?
 その人は、かけていたサングラスを額に上げると、『Mute』の中を見回した。そして、大きく両手を広げて叫んだの。
「ア〜ヤ!!」
「!?」
 その声に、彩ちゃんが振り向く。
「えっ?」
 その人は、彩ちゃんにだだっと駆け寄ってくると、そのまま両腕で抱きしめたの。
「Oh,I'm glad. I want to meet you.」
「……」
 彩ちゃんは目を閉じて、その人の背中をポンポンと叩いた。そして目を閉じてにこっと微笑む。
「I think so'too.I'm happy」
 すごぉい。彩ちゃん、ちゃんと英語しゃべれるんだ。
 なんて感心してる場合じゃない。
 あたしは彩ちゃんをツンツンとつついて、訊ねた。
「ねぇねぇ、彩ちゃん。どなた?」
「知らない人」
 ……。
「It's joke! Ok?」
「あたしがせっかく帰国して一番に飛んで帰ってきてみれば、この仕打ち。よよよ〜」
 あ〜あ、かわいそうに。その人、すっかり意気消沈してるみたい。
「彩ちゃん、で、そちらの人はどちら様ですか?」
 あたしが訊ねると、その人が不意に立ち上がった。
「聞かれて名乗るもおこがましいが……」
「じゃあ、名乗るな」
「……よよよ〜。あたしはアヤコをこんな娘に育てた覚えはありませんよぉぉ〜」
 また泣き崩れるその人。
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか?」
「もうオッケイだもんねぇ〜!」
 不意にまた立ち上がるその人。
 彩ちゃんはこめかみを押さえた。
「大体、帰ってくるなんて聞いてないわよ」
「びっくりさせようと思って、コッソリ帰ってきたのよ」
 そう言って笑うお姉さん。
 ……なんとなく、館林先生に似てるような気がしないでもないわ。
「彩ちゃん、いい加減にちゃんと説明してよ」
 そう言いながら、あたしはアイスコーヒーのストローをくわえた。
 彩ちゃんは、しぶしぶって感じでうなずいた。
「オッケイ、わかったわ。この人は、あたしの姉で……」
「マイク・サウンダーズ13世でぇっす!」
 ブゥーッ
 思わずアイスコーヒーを吹き出すあたし。
「お姉ちゃん!」
「冗談、冗談。マイネームイズ、あたしの名前は、拓美。片桐拓美よ」
 あたしは、舞お姉さんが出してくれたおしぼりで顔を拭いてから、聞き返した。
「それじゃ、彩ちゃんのお姉さん、なの?」
「恥ずかしながら……」
 しぶしぶって感じでうなずく彩ちゃん。
 あたしは、渋面の彩ちゃんと、にこにこしてる拓美さんを交互に見て、一人うなずいたの。
 何となく、納得。
「あたしは、虹野沙希っていいます。彩ちゃんとは親しくさせてもらっています」
「ア〜ヤのフレンズはミーのフレンズでもあるわ。よろしくね、虹色サッキー」
「……虹野沙希、です」
「オー、ソーリーソーリー」
 そう言って笑う拓美さん。
 なんだか、すごい人だなぁ……。

《続く》

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