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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 登場、拓美姉ぇ その

 いよいよ、やって来ました夏休み!
 今日も今日とて、あたしたちサッカー部は、根性出して、学校で練習してるんだ。当然、あたし達マネージャーも、奮闘中!
 そんなある日、練習が終わってあたしと彩ちゃんは、『Mute』でちょっとおしゃべりしてたの。
 そこに登場した、藍色の長い髪の女の人。軍服……って言っても、迷彩の兵隊じゃなくて、えっと何て言うんだっけ……、そうそう、高級士官だっけ? とにかくその服を着た人は、聞いてびっくり。彩ちゃんのお姉さんなんですって。


「ええっ? 軍人さん、なんですかぁ?」
 あたしはびっくりして聞き返したの。
「Yes」
 マスター特製のペペロンチーノを食べていた拓美さんは、こっくりとうなずくと、脇に置いてあったベレー帽をはすに被り直して、ぴっと敬礼したの。
「合衆国海軍第七艦隊第38航空部隊所属、タクミ・カタギリ少佐です。よろしく」
「あ、はい」
 思わず居住まいを正しちゃうあたしを見て、彩ちゃんが言う。
「沙希ってば……」
 と、
 カランカラン
 いきなりドアのカウベルが鳴ったの。
 あたし達が振り返ると同時に、陽気な声が聞こえた。
「やっほぉー、皆の衆! お、沙希ちゃんに彩子ちゃんじゃない」
「あ、館林先生?」
「Who is she?」
 拓美さんが彩ちゃんに訊ねると同時に、館林先生も拓美さんに気がついて、舞お姉さんに尋ねる。
「どちら様?」
 舞お姉さんが館林先生に紹介する。
「えっと、彩子ちゃんのお姉さんなんですって」
 彩子ちゃんも説明してる。
「She is a teacher of Kirameki high school.」
「teacher?」
 顔を上げる拓美さんと、館林先生の視線が、ぶつかった。
 一瞬、緊迫した空気が流れる。
 と。
 同時に二人は右手を挙げて、パンと打ち合わせた。そのままがしっと手を握りあってる。
 な、なになに、どうしちゃったのよぉ。
 きょとんとしてるあたし、彩ちゃん、舞お姉さんの3人をよそに、二人はニンマリと笑いあってる。
 知り合いだったのかな? でも、そんな風でもなかったし……。
「へぇ、それじゃ今日は休暇なの?」
「そうなのよ、姉者」
 すっかりうち解けた感じの館林先生と拓美さんは、カウンター席で並んでおしゃべりしてる。
 ……のはいいんだけど、二人の脇には山のように食器が並んでるの。もう二人とも食べること食べること。
 うーん、あんなに食べても太らないなんて、すっごぉ〜〜く羨ましいなぁ。
 拓美さんは自分の肩をぽんぽんと叩きながら、苦笑い。
「米軍って、思ったよりもきついのよぉ。まぁ、上でいろいろあって、今までよりは日本にいられる時間が多くなったけどね」
「大変ねぇ。あ、そういえば、いいものがあるのよ。えっと……」
 不意に館林先生は、下に置いたバッグの中をゴソゴソし始めた。そして、顔を上げるとにまっと笑って、何かを机の上に広げてる。
「はい、プレゼントよ。Piaのトレカ」
「Oh! marvelous!」
 拓美さん、目を輝かせてる。なんだろ?
「You are my friend! No. My sister!」
 とうとう拓美さん、館林先生の手を握ってブンブン振り回し始めちゃった。
 あたしは、諦めた顔でレモンスカッシュのストローをくわえてる彩ちゃんに訊ねた。
「ねぇ、拓美さんって、いつもあんななの?」
「イエス、そうよ」
 彩ちゃんは眉をしかめながらうなずいた。
「まったく、もう。情けないったらありゃしない」
「彩ちゃん。お姉さんのことをそんな風に言うものじゃないわよ」
 あたしがたしなめたけど、彩ちゃん首を振るばっかり。
 と、不意に拓美さんがあたし達に近寄ってきたの。
 思わず身構える彩ちゃん。
「わぁ、なんだか身も心も臨戦態勢って感じねぇ」
「オフコース、当たり前じゃない!」
「それが姉に対する態度なのぉ? いいもんいいもん、私にはこの彩子ちゃんぬいぐるみがあるもんねぇ〜〜」
 どこから出したのか、拓美さんは彩子ちゃんそっくりの30センチくらいのぬいぐるみを抱きしめてすりすりしてる。
「ちょ、ちょっと姉さん!」
 慌ててそのぬいぐるみを取り上げる彩ちゃん。
「こ、こらぁ! 私の青春を返せぇ!」
「何が私の青春よ!」
 でも、本当によくできてるなぁ、そのぬいぐるみ。本当に彩ちゃんそっくりなんだもの。
「大体何考えてるのよ。まったくぅ……」
 プンとふくれる彩ちゃん。
「まぁまぁ、拓美さんのすることだから、大目に見てあげなさいよ」
 取りなしに入る館林先生。……でも、あまり取りなしてないような気がするなぁ。
「もらい!」
 一瞬の隙をついて、彩ちゃんからぬいぐるみを取り返すと、拓美さん再びすりすり。
「あー、気持ちいい」
「もう、勝手にしなさい」
 疲れ切ったって感じで、彩ちゃんはソファに腰を下ろして、ストローをくわえた。
「あ、怒った? Sorry」
 拓美さんは、彩ちゃんの顔をのぞき込む。彩ちゃんはぷいっと顔を逸らした。
「ア〜ヤってば、Get into a bitter mood.ね?」
「知らない」
 ぷいっとまた顔を逸らす彩ちゃん。
「ア〜ヤちゃんってば」
「ふーんだ」
 ぷいっ
「Oh! What!!」
 頭を抱えてがっくりと肩を落とす拓美さん。
「私はア〜ヤを傷つけてしまったのねぇ〜。もう私が生きていく資格なんてないのねぇ〜」
「あー、もう! 怒ってないわよ!」
 彩ちゃんは呆れたように立ち上がって言ったの。
「Really?」
「Yes...」
「Oh! My little lover!!」
 ひしと彩ちゃんを抱きしめると、拓美さんはあたし達にぺこっと頭を下げた。
「それじゃ、舞さん、姉者、それから虹色サッキー」
「……虹野沙希です」
「sorry、ア〜ヤをよろしくねぇ」
「え? もう行くの?」
 びっくりしたように訊ねる彩ちゃん。
 拓美さんはベレー帽を被りなおしながら、うなずいたの。
「今晩までに、インディペンデンスに戻らないといけないのよ」
「姉さん、そんな……」
 拓美さんはもう一度彩ちゃんを抱きしめて、そのほっぺたに軽くキスをした。
「ア〜ヤが元気そうで安心したわ。今日はそれを確かめに来ただけだから。じゃ。So long」
 そう言い残して、拓美さんは『Mute』を出ていったの。
「姉さん……」
 呟く彩ちゃん。
 あたしはその背中をポンと押したの。
「ほら、早くお別れ言って来なさいよ」
「沙希……。オッケイ」
 にこっと笑って、彩ちゃんは『Mute』を飛び出して行ったの。
 それをうんうんとうなずきながら見送る館林先生。
「仲良きことは美しきかな。それじゃ沙希ちゃん、あたし達も親睦を深めましょうか?」
「え、え?」
「その前に」
 立ち上がってあたしに近寄ろうとした館林先生の前に、舞お姉さんがぴっと白い紙を突きだした。
「何?」
「レシート。お二人で、しめて2万3600円になりまぁす」
「二人? って、もしかして拓美とあたしのこと?」
「そうでぇす♪」
 にこにこ嬉しそうな舞お姉さん。
「ガッデェム! 今度来たときは全額前払いさせてやるわ!」
「いいから、払ってくださぁい♪」
「しくしくしく」
 泣きながら、財布を出す館林先生。うーん、なんだかなぁ。
 カランカラン
 彩ちゃんが戻ってきた。
「あ、彩ちゃん。ちゃんとお別れしてきたの?」
「まぁ、お想像にお任せするわ」
 そう言って、彩ちゃんはあたしの隣に座ると、残ってたレモンスカッシュのストローをくわえながら、あたしに視線を向けた。
「そういえば、来週夏祭りじゃない」
「んー。そういえばそうね」
「主人くんは、もう誘ったの?」
 ボン
 って音がしたかと自分で思ったくらい、一気に真っ赤になっちゃった。
「ななななななななな」
 5月のあの対校試合の時以来、なまじ、あたしは主人くんのことが好きなんだって気がついちゃったせいで、この手の話題になるとどうしても真っ赤になっちゃうの。
 ひなちゃんや彩ちゃんってば、それをいいことに、ことあるごとにからかうんだもん。
「だ、だから、その、なかなか、ね?」
「ウェル、やれやれ」
 肩をすくめると、彩ちゃんはあたしに言ったの。
「沙希、やっぱりあれ、狙ってるの?」
「……う、うん」
 あたしは、ぎこちなくうなずいた。
 あれ……、伝説の樹……。
「まぁ、それはそれでいいんだけど、あんまり引きのばしてると、主人くん、誰かに取られちゃうぞ」
「だ、誰かって?」
「例えば、よ! キープユアクール! 落ちつきなさいって!」
 そう言われて、あたし初めて彩ちゃんを締め上げてたのに気がついた。慌てて手を離す。
「ご、ごめん」
「ま、ともかく……」
 襟を直しながらそう言いかけて、彩ちゃんは急に店の中を見回した。
「そういえば、こういう話になると必ず出てくる夕子はどうしたの?」
「今日は、来てないのかな?」
 あたしも店内を見回してから、舞お姉さんに視線を向ける。
「ええ、今日は来てないけど」
 舞お姉さんはそう言ってから、少し考え込んだ。
「そう言われてみると、ここしばらく来てないわね」
 うーん。なんだか、気になるな。
 でも、まぁひなちゃんにも他に用事だってあるよね。
 あたしは、そう自分に言い聞かせてた。
 だけど、胸の中に急に広がった黒い雲みたいな不安は、晴れなかった。
 その不安が、現実になるのには、あまり時間はかからなかったの……。

《続く》

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