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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃん第二次夏合宿 その


 夕方の買い物客でごった返す駅前商店街。
「確か、こっちの方に行くって言ってたんだけどなぁ」
 見晴ちゃんはきょろきょろと辺りを見回す。
「見晴ちゃん、本当に?」
「間違いないってばぁ……」
 そう言った見晴ちゃんに、不意に声がかけられた。
「見晴姉ぇ、こんな所で何してるの?」
「ひょぉ!」
 変な声を上げて飛び上がる見晴ちゃん。慌てて振り返った。
「その声は、千晴!?」
「そうだけど」
 そこには、緑の髪をおかっぱにした女の子がいたの。どことなく見晴ちゃんや館林先生に似てる感じがする。
「見晴ちゃん、もしかして、妹さん?」
「うん、そうなのよ。千晴っていうの」
「館林千春っていいます。虹野さん、ですよね?」
 千晴ちゃんはあたしを見て、ぺこっと頭を下げてから言ったの。
「うん。あれ? どうして私のこと、知ってるの?」
「よく聞いてますから」
 千晴ちゃんは苦笑しながら答えてくれた。
「よく聞いてる?」
「ええ。よく、「私のお姉さまは、世界一ぃぃぃ」って叫んでる人がいますから」
 ひょっとして……。
「葉澄ちゃんのこと、知ってるの?」
「同じクラブの先輩ですから」
 にこっと笑ってうなずく千晴ちゃん。
 あたしは頭をかかえて、その場に座りこんだ。葉澄ちゃんったら、もう!
「とと、こんな所で無駄話してる場合じゃなかった。お姉ちゃん、主人さんなら、ちょっとレイヤーかかった赤いショートカットの人と、そっちの店に入っていったよ」
「サンキュー……って、どうしてそれをっ!?」
「お姉ちゃんがそんな格好してキョロキョロしてるときは、主人さん捜してるに決まってるもの」
 ちなみに、見晴ちゃんは円いサングラスにパーカーという、ちょっと変な格好。
「ち、千晴っ!」
 真っ赤になって叫ぶ見晴ちゃん。千晴ちゃんは肩をすくめた。
「お姉ちゃんもそんな寂しいことばかりしてない方がいいよ。それじゃ、私は塾があるから」
「あ、あのねっ!」
 見晴ちゃんが叫ぼうとしたときには、もう千晴ちゃんは雑踏に紛れちゃった後だったの。
「ほんとにもう、オトナをからかうんだから」
 ぶつぶつ言いながら、見晴ちゃんはそっちの店の方に向かったの。あたしも慌ててその後を追いかけた。
 それにしても、見晴ちゃんって姉妹が多いのね。館林先生に、1年生の美鈴ちゃんに、さっきの千晴ちゃん、かぁ。あたし一人っ子だから、なんとなく憧れちゃうなぁ。
 ……そうでした。いまは葉澄ちゃんがいるんでした。
「あっ!」
 出し抜けに見晴ちゃんが小さく叫ぶと、あたしの頭をぎゅっと押さえた。
「な、なに?」
「しぃっ!」
 言われて気がついた。向こうのショーケースの前に、ひなちゃんと主人くんが並んで立っているの。
 あたしも慌てて電柱の後ろに隠れた。
 雑踏のざわめきに紛れて、微かに声が聞こえてくる。
「これなんて、超いいっしょ?」
「うん。……それはいいけど、俺、そろそろ……」
「あによぉ。まだいいっしょ?」
「だけど、そろそろ夕食の時間だしさぁ」
「あ、そうだ! 公くん、あたしが夕食、驕ったげる。だから、もうちょっと、ね」
「うーん」
「おねがぁ~い、付き合ってぇ~ん」
「わかった、わかったから、その変な声はやめろって」
「やったぁ! 超ラッキー! んじゃ、こっち行こ、こっち!」
 そのまま主人くんの腕を引っ張るひなちゃん。
「……」
 あたしは、そこにいるのが、なんだか知らない二人みたいな気がしてた。
 あたしの知らないひなちゃんと、あたしの知らない主人くん……。
「ちぃっ。思った通り、ひなめ、積極的だなぁ。このままじゃまずいぞぉ……」
 見晴ちゃんは、顎に手を当ててしばらく考え込んでたけど、不意にポンと手を打った。
「あの手で行こう!」
「え?」
「あたしの見たところ、主人くんはそんなにひなに乗り気じゃないみたいだから、何かあれば帰ると思うのよ。帰って来さえすれば、今夜は合宿。そう、私と主人くんは一つ屋根のし・た。ああっ、甘美なこの響き!」
 あの、見晴ちゃん? 第一、男子と女子は、宿泊棟は別棟だから、一つ屋根の下じゃないと思うんだけど。
「その為にも、ひな、あなたの計画は阻止させてもらうわっ!」
 そう言うと、見晴ちゃんは髪留めを外したの。
「え?」
「虹野さん、ちょっと手伝って」
 そう言いながら、見晴ちゃんはポーチからブラシを出すと、あたしに渡したの。
「ちょっと髪を解いてくれる?」
「う、うん……」
 言われるままに、解いた髪にブラシをかけるあたし。
 見晴ちゃんは正面のショーウィンドウを鏡代わりにして、おろした髪を手際よく結わえ上げた。
「女の子はね、髪型変えちゃえば、誰だかわかんなくなるのよ。うん、これでよし、と」
 そう言うと、ポーチから口紅やらアイシャドウやら出して、今度はお化粧始めちゃった。

 3分ほどして。
「どう?」
 あたしの前でくるっと回ってみせる見晴ちゃん。
 ホントにすごい。誰だかわかんなくなっちゃったよ。
「んじゃ」
 そう言うと、パーカーをばっと脱ぐ見晴ちゃん。その下には、きらめき高校の制服。
「……見晴ちゃん、暑くなかった?」
「ちょっとね」
 そう言うと、見晴ちゃんはそのパーカーとポーチをあたしに渡してから、駆け出した。
 ひなちゃんと主人くんは、別のショーウィンドーの前で何かしゃべってる。
 見晴ちゃんは、そんな主人くんに駆け寄った。
「せんぱぁい!」
「え?」
 驚いて振り返る主人くん。
 見晴ちゃんは、そんな主人くんに向かって叫んだの。
「大変ですぅ! 虹野先輩が倒れましたぁ! すぐに戻ってください!!」
 ……おいおい。
「何だって? 虹野さんが?」
「沙希が? マジ?」
 ひなちゃんも驚いてるみたい。
 主人くんは、ひなちゃんに手を合わせた。
「ごめん、俺すぐに戻らなきゃ」
「あ、あたしも行く」
「ええっ?」
 と、これは見晴ちゃん。
「それじゃ、君、えっと、名前は?」
「え? あ、えっと、菊池っていいます!」
 慌てて言う見晴ちゃん。菊池って、見晴ちゃんのペンネームじゃなかったっけ?
「そう? それじゃ、菊池さん、案内して!」
「あ、えっと、その……、あ、私他の人にも知らせないといけないから! 虹野先輩は保健室にいますから。それじゃ!」
 そう言って、駆け去る見晴ちゃん。
「あ、ちょっと! ……行っちゃった。どうする、公くん?」
「とにかく、学校に行かないと。行こう!」
 そう言って駆け出す主人くん。
「ちょ、ちょっと待ってよ、公くんってばぁ!」
 ひなちゃんもその後を追いかけて走りだす。
 それを見送ってから、あたしははっと気がついた。
 見晴ちゃん、どう収拾付ける気なのよ!
 ちょっと辺りを捜してみたんだけど、見晴ちゃんは見つからなかったの。しょうがないから、あたしは一人で学校に戻ったんだけど……。
 校門を通った途端、校舎の方から叫び声が聞こえたの。
「いたぞ! 校門だ!!」
「おぉぉっ!!」
「な、なに?」
 あたし、目を丸くしちゃった。だって、いきなり校舎から大勢の人が飛びだして来るんだもの。
「虹野さん、無事かぁ!」
「よかった、よかったなぁ」
「おう、まったくだ!」
 あっという間に、あたしはみんなにもみくちゃにされてた。周りのみんな、口々に「よかった」「よかった」って言ってるんだけど……。
「あ、虹野さん、無事だったのね」
 その声に、みんなが静かになったの。
 声の方を見ると、そこには高橋先生がいたの。
 高橋えつ子先生は、館林先生のあとを継いで、今年から保健の先生としてきらめき高校に来た先生なの。館林先生とも仲が良くて、よく保健室で一緒にお茶を飲んでるのよね。それに、腕も確かなの。優美ちゃんが骨折したときは、高橋先生の初期処置がよかったから、すぐに治ったんだって、後で館林先生が言ってたもの。
「た、高橋先生……」
 あたしは、みんなの間から抜けだすと、高橋先生の前に立ったの。
 高橋先生は、あたしの頭をぽんぽんと叩くと、うんとうなずいた。
「異常なし、と。別に健康そのものに見えるわよ」
「それじゃ、虹野さんが倒れたっていう話は?」
「俺は盲腸だって聞いたぞ」
「交通事故じゃなかったの?」
 みんなが口々にしゃべりはじめて、また辺りは騒がしくなったの。
 高橋先生は、パンパンと手を叩いたの。
「はいはい、おしゃべりはそこまで。とにかく、変な流言飛語に惑わされないようにしなさいね。虹野さん、あなたも、合宿は集団生活の場でもあるんですから、勝手な行動は慎んでくださいね」
「はい、ごめんなさい」
 あたしはぺこりと頭を下げた。高橋先生はそんなあたしの頭を撫でると、さっと手を振ったの。
「それじゃ、解散。私は今日はこれで帰りますけど、何かあったら電話してね」
「はぁい」
 みんな声を揃えて返事したの。高橋先生はにっこり笑ってうなずくと、そのまま校舎に戻っていったの。
「もう、沙希ってば、心配かけないでよ。あたしまでちょっとびびっちゃったぞ」
「きゃ! ひ、ひなちゃん?」
 後ろからひなちゃんに話しかけられて、あたしは思わず飛び上がっちゃった。
「ご、ごめんね」
「ま、いいけどさぁ。せっかく公くんといい雰囲気だったのになぁ。ま、いっか。デートの約束もできたし」
「え?」
「気になる? へっへぇ~、秘密だよぉ~ん。んじゃ、まったねぇ!」
 そう言うと、ひなちゃんは走って行っちゃった。
 そうなんだ。デートの約束、したんだ……。
 主人くんと……。
 うーん。
 あたしは寝返りをうった。
 全然寝られないよぉ。
 枕元の時計を見る。
 2:00am
 隣のベッドでは、みのりちゃんがすやすや寝てる。
「うぅ~ん、こらぁ、あたしの虹野先輩に手を出すなぁ……、むにゃむにゃ」
 あたしは苦笑いすると、起きあがって、みのりちゃんに毛布を掛け直してあげた。
 ふと、窓の方をみると、ブラインドの隙間から月が見えたの。
 ちょっと、外を歩いてみようかな。
 あたしは、カーディガンを羽織ると、みのりちゃんを起こさないように、静かに外に出たの。
 月が冴え冴えとした光を投げかけてた。
 あたしは、校舎の壁にもたれかかって、その月を見上げてた。
「あら、これは虹野さんではありませんか」
 その声に振り返ると、古式さんが微笑んでいたの。
「古式さん、どうしたの? こんな夜更けに」
「はい。月がとても綺麗でしたので、眠る前に少々愛でようと思いまして」
「そうなんだ……」
「お隣、よろしいでしょうか?」
「え? あ、うん」
 あたしはうなずいた。古式さんはあたしの隣に立つと、同じように壁にもたれかかった。
 あ、そうだ。
「今日はごめんね。夕食の準備、途中で抜けだしちゃって。あのあと、古式さんが仕切ってくれたんですって?」
「はい。ふつつかではございましたが」
 ゆっくり頭を下げると、古式さんは顔を上げた。そして、月を見つめる。
 あたしはなんとなく、その古式さんの横顔を見つめていた。
「そういえば……」
 不意に古式さんがあたしを見た。
「え?」
「本日は、ご気分がすぐれなかったのでしょうか?」
「あたしが?」
「はい。包丁に迷いがあるように見受けられましたので」
 古式さんは、あたしの目をじっと見つめた。
 深い色の瞳、なんだか吸い込まれそうな、そんな感じ。
 あたしは、無理矢理視線を外した。夜空を見上げながら、呟く。
「そんなこと、ないよ」
「そうですか? それでは、わたくしの勘違いでございました。大変失礼なことを申し上げ、誠にすみませんでした」
 深々と頭を下げる古式さん。あたしは慌てて手を振る。
「そんなことないってば」
「それでは、お先に休ませていただきます」
 そう言うと、古式さんは戻っていったの。
 あたしは、もう一度月を見上げた。
 ……あたし、どうしたら、いいの?

《続く》

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