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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃん第二次夏合宿 その

最終日の夜は、毎年恒例の各部対抗肝試し大会。
去年は確か2日目の夜だったんだけど、今年は最終日の夜。つまり、これが終わって解散ってことになってるの。
なぜ今年は最終日になったのかっていうと、去年の肝試しのせいなのよね。
あの時は失神者が続出して、次の日部活にならなかった部もあったんだって。だから、今年は各部の申し入れで、最終日になったの。
……とは言っても、サッカー部は明日対抗試合なんだけどなぁ……。
でも、みんなは大丈夫よね、きっと。
それに、今年はひなちゃんと早乙女くん、去年ほど張り切っては無いだろうし、そんなに怖くはなんないと思う……。
……んだけど。
あたしは、真っ暗な校舎を見上げた。
怖くない、怖くない、怖くない……っと。
「沙希ぃ、元気ぃ?」
「ひょわぁぁっ!」
いきなり後ろから話しかけられて、あたし30センチは飛び上がっちゃった。
「ひひひ、ひなちゃん!?」
「やっほぉ」
快活そうに手を挙げるひなちゃん。その後ろに早乙女くん。
「あ、う、うん」
あたしはこくこくとうなずいた。それを見て、にまぁっと笑うひなちゃん。
「そっかそっか。よーし。それじゃ、ヨッシー。今年も腕によりをかけますか?」
「オッケー任せとけって。この愛の伝道士、もとい、今日だけは恐怖の伝道士、早乙女好雄プロデュースの肝試し、今年も目標は全員脱落だぜ!」
ぴっと親指を立てる早乙女くん。
……え? なんだか二人とも雰囲気良いよ。
思わず二人を見比べるあたしに気付いて、ひなちゃんと早乙女くんは顔を見合わせた。
「沙希、自分の心配した方がいいわよぉ」
「え?」
「そそ。俺達、こと遊びに関しては、妥協しねぇからなぁ」
「そーゆーこと」
パァンと手を打ち合わせる二人。
ううっ、そういえばそうだった。
と、ひなちゃんが腕時計を見る。
「やっばぁ! あんま遊んでられないよ、ヨッシー」
「お、そうか。それじゃ、虹野さん、今度は中でね。ひっひっひっ」
「くっくっくっ」
二人は不気味に笑うと、そのまま校舎の中に駆け込んでいった。
あたしは、へなへなとその場に尻餅をついてた。
あーん、怖かったよぉぉ。
「ええーっ? どうして男女ペアなんですかぁ? 私は虹野先輩と組もうと思ってたのにぃ〜」
みのりちゃんが駄々をこねてるけど、これは昔から決まってるのよね。
肝試しは、2人一組の男女ペア、ただし決め方は自由って。
確か、去年はそれで大騒ぎになったのよ……ね……?
「あ! 虹野さんだ!」
「まだ相手はいないらしいぞ!」
「すいません、俺と一緒に……」
「何を言うか! 貴様ごときに虹野さんの相手がつとまるか!」
わきゃぁぁぁ!
な、なに、何なの!?
何処からともなく、津波みたいに男子生徒達がわらわらっとあたしの回りに集まってきたの。
3年生の人もいるし、1年生の人も。わぁん、なんだか怖いよぉ。
「虹野さん! 俺と!」
「横からはいるな!」
「えー、チケット余ってたら高く買うよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、一体……」
ああーん。誰か助けてぇ!
「君たち、見苦しい真似はやめたまえ!」
そこに、不意に甲高い声が聞こえたの。男子生徒達が一斉に動きを止めて、そっちの方を見る。
あたしはというと、その場にへなへなとしゃがみ込んじゃった。
「た、助かったぁ……」
「大丈夫かね、虹野くん」
「え?」
その声に顔を上げてみて、あたしびっくりしちゃった。
「い、伊集院くん?」
そこにいたのは、伊集院くんだったの。
「どうやら無事なようだね」
伊集院くんはうなずくと、立ち上がったの。それから、辺りの男子生徒達をぐるっと見回して言う。
「それにしても、君たちも、もう少し礼節というものを弁えたまえ。婦女子を誘うときは、あくまでもエレガントにしなければならないのだ」
うーん。去年も同じこと言ってたけど、やっぱり、ちょっとなぁ。
今年も苦笑しちゃった。
助けられたあたしが苦笑いしてるくらいだから、他の男子生徒達もぶつぶつ言ってるけど、さすがに直接面と向かって文句を言う人はいなかったの。
と、不意に伊集院くんはあたしの方に振り向いたの。
「ところで、虹野くん」
「あ、はい!」
「去年の約束、覚えていてもらっているだろうね?」
「え? えーっと、えーっと」
あたしは、ちょっと考え込んだ。去年の約束? あっ!!
「虹野くん」
「あ、はい」
「今年はパートナーがついているようなので、これで失礼しよう。その代わり、来年のパートナーの席は予約をして置くからね」
「あの、去年の約束って、肝試しのパートナーの、ことですか?」
おそるおそる聞いてみると、伊集院くんは満足そうにうなずいたの。
「そうとも。というわけだ、庶民の諸君。僕は虹野くんとは1年前から約束してある。よもや異論はあるまいな?」
って、セリフの後ろ半分は回りの男子生徒達に向かって言ったのね。
え? ちょ、ちょっと待って、それって……。
「あ、あの、伊集院くん。去年も言ったけど、私設部の人と行った方がいいんじゃ……」
あ、私設部って、伊集院くんのファンクラブのことなの。あまりに人数が多いし、伊集院くんの、ってことで、学校側が特例として部の扱いをするってことになったのよね。
あたしがそう言うと、伊集院くんは肩をすくめたの。
「去年も答えた通りだよ。彼女たちと行った方が角が立つことになる。相手は一人しか選べないからねぇ」
そう言われれば、確かにそうなのよね。私設部の誰か一人だけと一緒に行ったりしたら、選ばれなかった娘が可哀想だし……って、だからってあたしじゃなくてもいいと思うんだけど。他にももっと美人の人はいっぱいいるでしょう?
「それでは、行こうか」
伊集院くんはあたしの手を取った。
と。
「伊集院、待て!」
いきなり声が聞こえたの。その声、主人くん!?
伊集院くん、眉をしかめて主人くんの方を見たの。
「誰かと思えば庶民か」
そういえば、伊集院くんもA組で、主人くんと一緒のクラスだったよね。
主人くんは、人波をかき分けて、あたし達の前にやってきた。
「どうした庶民? 僕は虹野くんと1年前から約束していた。確かその場に庶民もいたはずだが」
「ああ、覚えてるさ。だけどな、その時に俺が言ったことも覚えてるか?」
「何か言ったかな?」
ふんって感じで肩をそびやかす伊集院くん。
主人くんは、急にぐいっとあたしの肩を抱き寄せた。
周りで見てた人がどよめく。
え? ええっ!?
「言ったさ。そんなのキャンセルだってな」
あたしを抱き寄せたまま、主人くんが言う。
ちょ、ちょっと主人くん……。
あ、なんだか力が抜けちゃう。
と。
「私の虹野先輩に何してるんですかぁっ!!」
ドカァッ!
「わぁっ、俺は関係ないのにぃぃ!」
いきなりみのりちゃんが回し蹴りしたんだけど、主人くん、とっさにそれをよけて、周りで見てた人が巻き添えくっちゃったみたい。
「みっ、みのりちゃん!?」
「うっきゃぁーっ、どいつもこいつもぉぉぉ!」
わ、わぁぁ、みのりちゃんが切れてるぅぅ。
みのりちゃんは、いつもつけてるばってんの髪留めを外した。そのまま投げつける。
「みのりカッター!」
「うわぁ!」
「に、逃げろぉぉ!!」
「逃がすもんかぁ! そこになおれぇぇ」
雪崩を打って逃げ出す男子生徒達を追いかけるみのりちゃん。
ど、どうしよう! とにかく止めなくちゃ……。でも、みのりちゃん怖いよぉ。
「あらあら、派手にやってるわねぇ」
のんびりした声が聞こえたのは、その時だったの。
あたしは振り返った。
「館林先生!?」
「今年も沙希ちゃん争奪戦やってるなら、止めなくちゃと思って来たんだけど、思わぬ展開ね」
「先生、見苦しくてかないませんから、騒ぎを止めてはくれませんかね?」
伊集院くんが髪をかき上げながら言う。
先生はうなずいた。
「オッケイ。んじゃ、止めますか」
あ、まさか……?
あたしがハッと気付いたとき、先生は大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「犬がいぬ! 猫が寝込んだ! ぶたれた豚がぶった豚をぶった!」
カチーン
グラウンドの仮設テントの下は、臨時の保健室に早変わりして、高橋先生と館林先生が二人掛かりで男子生徒達の治療をしてたの。
結局、パニックになった男子生徒達が将棋倒しになったせいで、ちょっとした怪我をした人が大量に出ちゃったのよね。
「すみません、館林先生。手伝ってもらって」
「いいのいいの、高橋センセ。私の出番があるとは思ってたから。もっとも、肝試しの始まる前にとは、さすがに予想外だったけどね。はい、終わり」
館林先生は、男子生徒の腕にくるくるっと包帯を巻くと、パンと叩いた。
「はい、おしまい」
「さすが、手際良いですねぇ」
感心したみたいに高橋先生が言うと、館林先生は苦笑した。
「本職の人にそう言われると、私も困っちゃうけどね」
「それにしても、秋穂さん、どうしたのかしら? 元気のいい娘なのは知ってたけど、男の子相手に喧嘩するとは思わなかったわ。虹野さん、何か知ってる?」
「えっと、それはそのぉ……」
返事に困って頭を掻くあたし。
と、
「せんせー! 肝試しどーすんのぉ?」
ひなちゃんが仮設テントに駆け寄ってきたの。
「このまま中止とか言わないっしょ?」
「もちろんよ」
キッパリというと、館林先生は立ち上がった。そのままマイクを握って言う。
「あーあー。もしもし、館林です。またぶつかあいてっ」
「しょうもない事言わないでっ!!」
いつ来てたのか、見晴ちゃんがそこにいたの。また髪留めの球を先生にぶつけたみたいで、片方の輪っかが解けかけてる。
「あれ? 君は……」
あたしの隣にいた主人くんが、見晴ちゃんを見て何か言いかける。見晴ちゃん、そこで初めて主人くんに気が付いたみたい。
「あ、えっと、ごめんなさい人違いでしたそれじゃ!」
早口でそれだけ言うと、ぴゅーっと走って行っちゃった。
「……なんなんだ、ありゃ? どこかで見たような覚えはあるんだけどなぁ?」
首をひねる主人くん。あたしに訊ねる。
「虹野さんは、さっきの娘、知ってる?」
「さ、さぁ?」
あたしは肩をすくめて見せた。
館林先生は頭をさすりながら立ち上がったの。
「いてて。ったく、あの娘ってば」
「せんせー、どーすんのよぉ?」
「わかってますって」
うなずくと、先生はマイクを握っていったの。
「ども、職員室のアイドル、館林晴海ちゃんでぇす。えー、今日の肝試しですが、予定外のアクシデントが発生しましたので、予定を30分くり下げて行います。それによって、門限に間に合わない等の不都合がある皆さんは、各部の代表にその旨を連絡して、お帰りになってください。それ以外の方は、万障お繰り合わせのうえ、ご参加ください。以上でぇす」
マイクのスイッチを切ると、先生はあたしを見て、にまっと笑ったの。
「ま、沙希ちゃんのパートナーも決まったようだし」
「え? あっ……」
あたし、思わず真っ赤になっちゃった。
「まぁ、今回は庶民に花を持たせてやるとするか。はっはっはっはっは。では、失敬」
そう言うと、伊集院くんはテントの下から出ていったの。でも、なんだか寂しそう。悪いことしちゃったかな?
結局、この年も全員脱落。去年よりももっと怖かったんだもん。
あたし? ……入り口で気を失っちゃった。あはは。
でも、主人くんに抱いて連れて帰ってもらっちゃったから、ちょっと役得、かな?
こうして、夏合宿も終わったの。
翌日の対校試合も勝って、そのまま夏休みも終わり。
9月に入ると、高校生活の中でも最大級のイベント、修学旅行がすぐ目前に迫ってきていた……。
《続く》

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