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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話
旅情編 その
やって来ました北海道!


北海道の風景(1) 富良野のラベンダー畑
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2学期が始まって、2年生はもう学年全体がなんだか浮き足立ってるっていう雰囲気。
だって、9月の11日から、いよいよ、待ちに待った、修学旅行なんだもの。
今年は、一体どこに行くのかな?
あ、説明するね。きらめき高校の修学旅行はちょっと変わってて、北海道、沖縄、京都・奈良の3コースの中から、修学旅行に行く生徒自身、つまり2年生の投票で目的地が決まる仕組みになってるの。
その投票自体は6月にあったんだけど、それで決まったはずの行先はずっと秘密になってたのよ。
なにしろ、あの早乙女くんやひなちゃんでさえ、探りだせなくて悔しいって言ってたくらいだったんだ。
その目的地がついに発表されたのが、9月1日、つまり2学期の始業式の時だったの。
校長先生のお話が終わって、始業式が終わったあと、2年生だけ体育館に残されたの。
もう、みんな何で残されたのかは判ってるから、行く先の予想なんてしあっておしゃべりしてた。
「やっぱ沖縄だろ?」
「何言ってるんだ。修学旅行と言えば、京都奈良の基本コース!」
「お前、遅れてるぞ。やっぱり崩壊、じゃない、北海道に決まってるだろうが!」
やっぱり、京都・奈良は人気ないみたいで、北海道か沖縄かどちらかって雰囲気だったの。
「お、来たぞ!」
誰かが声を上げて、体育館がたちまち静まり返る。
その中をステージに上がったのは、やっぱりというかなんというか、館林先生だったの。お祭り好きだものねぇ。
先生はマイクを取ると、くるっとあたし達を見回すと、大声で叫んだ。
「修学旅行に、行きたいかぁぁ〜〜!!」
「おおおおおおーーーーーーー!!!」
みんなが一斉に叫ぶ。
満足げにうなずくと、先生は胸ポケットから紙を出したの。
また、静まりかえった体育館。その静寂の中、先生は静かに話し始めた。
「今年の修学旅行の行先の選定、それは大変厳しい作業でした。沖縄でリゾートを満喫するか、北海道の爽やかな大地で遊ぶか、はてまた京都・奈良で舞妓さんと戯れるか。どれも魅力ある行先です。ですが、青春は一度、修学旅行もまた一度です。……留年しなければね」
その言葉に、体育館の雰囲気がちょっと和らいだ。
先生は、紙に目を落としたの。
「それじゃ、投票結果を下から発表します。投票総数312。うち、無効票が26票ありまして、有効票総数は286票でした」
そこで一端言葉を切ると、先生は静かに言った。
「第3位、京都・奈良、32票」
おおっとどよめくみんな。それを軽く手を振って制すると、先生は言ったの。
「続きまして、第1位」
え? 第2位は?
「沖縄、127票。北海道、127票。同票でした」
その途端、さっきとは較べものにならないどよめきが広がる。
先生はそれをもう一度手を振って鎮めると、マイクに向かって言ったの。
「というわけで、今から決選投票を行います。有権者は、ここにおられる引率の先生方です。全部で11人いますから、決着はつくわ」
投票方法は、ステージの上のみんなから見えないところに2つ籠を置いて、先生が行きたい方にボールを入れていくというシンプルな方法になったの。
先生方の投票が終わって、館林先生がマイクを取ったの。
「それじゃ、発表します。きらめき高校、今年度の修学旅行の行く先は……」
ドキドキドキ
先生は、叫んだ。
「北海道に決定しました!」
「おおおおおおーーーーーーー!!!」
それから、あっという間に1週間たって、もう修学旅行前の日曜日の夜。
「もう明日なんだね」
お弁当を食べ終わった主人くんが、あたしの注いだ烏龍茶を飲みながら言ったの。
「そうね」
相づちを打つあたし。
主人くんはいつもの夜練で、あたしはそのお付き合い。
こんな日でも休まないところが主人くんらしいよね。
「それにしてもさ、北海道へ行く、なんて言っても、札幌よりも東には行かないなんて、なんだか詐偽っぽいと思わない?」
「うーん」
あたしは苦笑した。そう言われるとそうかもしれないんだけど、でもあたしとしては、ゆっくりのんびり出来る方がいいなぁ、って思うんだけどな。
ちなみに、修学旅行の日程は……。
9月11日(月) |
きらめき高校(集合)〜空港−−−−函館空港〜松前城(昼食)〜青函トンネル(吉岡海底駅)〜函館(泊)(〜オプショナルツアー1) |
9月12日(火) |
(オプショナルツアー2〜)函館(発)〜五稜郭〜元町地区散策〜〜〜洞爺湖(昼食)〜〜〜札幌(泊)(〜オプショナルツアー3) |
9月13日(水) |
札幌(発)〜(自由行動)〜札幌(泊)(〜オプショナルツアー4) |
9月14日(木) |
札幌(発)〜小樽運河散策(昼食)〜札幌(泊)(〜オプショナルツアー5) |
9月15日(金) |
札幌(発)〜(自由行動)〜札幌(大宴会)(泊) |
9月16日(土) |
札幌(発)〜新千歳空港−−−−空港〜きらめき高校(解散) |
ちなみに、“オプショナルツアー”っていうのは、一応学校で用意するけど、参加してもしなくてもいいっていう部分なの。何処で何をするかは、直前になってから教えてくれるんだって。ちょっぴりわくわくしちゃうよね。
「晴れるといいなぁ」
夜空を見上げる主人くん。
「うん……」
あたしは、主人くんの横顔をちらっと見た。
修学旅行の日程は、11日から16日までの5泊6日。
その3日目と5日目は、札幌で自由行動が出来ることになってるのよね。
自由時間……できれば主人くんと一緒に、札幌を見て回りたいな。
……なんちゃって、やだやだ、もうあたしったらぁ。
「……どうしたの? 虹野さん。なんだか顔赤いよ」
「え? あ、うん、大丈夫」
あたしは慌ててほっぺたを押さえた。
「そ、それより、まだ練習するの?」
「そうだね。あとちょっとだけやってから、終わりにするよ」
そう言うと、主人くんは立ち上がったの。
「お弁当、ありがと」
「あ、うん」
あたしはうなずいて、駆け出す主人くんの背中を見送ったの。
そして、翌朝。
あたしは玄関で葉澄ちゃんの見送りを受けてた。
「お姉さま、ご無事でぇ〜」
「大丈夫だってば。おみやげ買ってくるわね。何がいい?」
「そんな。お姉さまがご無事なだけで……。でも、せっかくだからクランクインのテレカ」
「……は?」
あたしが聞き返すと、葉澄ちゃんは手を振った。
「冗談ですよ、お姉さま」
チュ
「きゃん!」
一瞬の隙をついてあたしのほっぺたにキスをすると、葉澄ちゃんはぺろっと唇をなめて笑ったの。
「バター飴、買ってきてくださいね」
「あ、うん。それじゃ、行って来るわね!」
「はぁい、いってらっしゃぁい!」
ひぃーん、葉澄ちゃんが引き留めるもんだから、遅くなっちゃったよぉ。
急がなくっちゃ!
あたしは腕時計を見ながら、通学路を走ってた。
「あれ、沙希じゃん」
「え? あ、ひなちゃん」
振り返ると、ひなちゃんがやっぱりばたばた走ってる。
「今日は遅刻したら、さすがにやばいっしょ?」
そう言って、ぺろっと舌を出すと、ひなちゃんはあたしに尋ねた。
「でさ、もう公くんは誘ったん?」
ドキッ
「な、なんで?」
「いやぁ、誘ってないんなら、あたしが誘っちゃおっかな〜と思ってさぁ」
「だめ!」
思わず叫んでから、慌てて手を振る。
「あ、ダメってこともないんだけど、その、ね」
「ふぅーん。その様子じゃ、まだ誘ってない、と。バッチグーじゃん。公くんの性格からして、早い者勝ちっぽいし、さくっと誘ってみよっかなぁ」
「あーん、ダメだってばぁ!」
「聞っかないよぉーだ。んじゃ、お先」
そう言い残して、スピード上げるひなちゃん。ああ見えて、ひなちゃんすっごく足が速いのよねぇ。
……なんて言ってる場合じゃない!
急がないと、主人くん誘われちゃうよ!
あたしも必死にひなちゃんの後ろ姿を追いかけた。
おかげで学校には遅れずに着いたんだけど、汗びっしょりになっちゃった。
はぁはぁはぁ……ふぅーっと。
「おはよう、虹野さん」
「え? あ、藤崎さん。おはよう」
校門に手をついて息を整えてたら、ちょうど藤崎さんが通りかかったの。
「いよいよね。もう公くんは誘ったの?」
あーん。どうしてみんなそう言うのよぉ?
「ま、まだだけど……」
「まだ、ってことは、誘うつもりではいるんだ。ふぅーん」
う。
ゆ、誘導尋問?
「藤崎さぁん……」
あたしが情けない声を上げると、藤崎さんはくすっと笑った。
「ごめんなさい。ま、公くんも楽しみにしてるみたいだから……」
「虹野せんぱぁい!」
不意に声がしたかと思うと、みのりちゃんが飛びついてきたの。
「これから1週間、先輩がいないなんてぇ……すんすん」
「大丈夫だってば。ちゃんとおみやげ買ってくるから」
「あ、気にしないでください。不肖秋穂みのり、先輩の留守はしっかり守って見せますぅ」
みのりちゃんは、あたしから離れると、どんと胸を叩いた。
「お願いね。あ、そろそろ時間かな?」
「そうね」
藤崎さんもうなずくと、みのりちゃんに軽く頭を下げて、グラウンドに走っていったの。
みのりちゃんはその後ろ姿をほぉーっと見送ってる。
「藤崎詩織先輩、やっぱり綺麗ですねぇ」
「え?」
思わず聞き返すあたしに、みのりちゃんはにこにこしてうなずいたの。
「安心してください、虹野先輩。私は虹野先輩一筋ですから」
……いや、それはそれで問題ありそうだけど……。
というわけで、まずは10台のバスを連ねて、あたし達は一路空港へ。
飛行機なんてほとんど乗ったこと無いから、なんだか見るもの全部珍しくて、ついついはしゃいじゃう。
「わぁ、歩道が動くぅ! わぁ、本物のスチュワーデスさんだぁ! わぁ、キンコン鳴ったぁ!」
「はい、こっちに来て下さい。何か金属のものを持ってませんか?」
「え? ええっ?」
「沙希ってば、何引っかかってんのぉ? 超ダサァ」
ちょうど通りかかったひなちゃんに笑われちゃった。
……しくしく。
「いくら何でも、包丁は拙いわよ、包丁は」
館林先生は、苦笑いしながらあたしに言ったの。
「確かに北海道といえば新鮮な海産物だけどね。だからって包丁持っていくことはないでしょ?」
「……ごめんなさい」
あたし、がっかり。だって、せっかく新鮮な海の幸があるんだから、お料理してみたかったんだもん。ねぇ?
結局、あたしの包丁は係の人が持って行っちゃった。向こうで返してくれるとは言ってたけど、でもやっぱりあたしの包丁、ひなちゃん風に言えばマイ包丁だから、自分で持ってないと安心できないのよねぇ。
飛行機に乗って、ちょっとうとうとしてたら、もう到着。なんとなく実感ないけど、あたしたちきらめき高校ご一行様は、函館空港に降り立ったのでした。
それから、10台のバスに分乗。あたし達E組は5号車。これから5日の間、お世話になるのよね。
あたし達が乗り込んで、バスが走り始めると、青い制服を着たバスガイドさんがマイクを片手にして、話し始めたの。
「きらめき高校2年E組のみなさん、こんにちわ。今日から5日間お世話になります」
「お世話になるのは私達ですって」
館林先生のツッコミに、そのガイドさん、慌ててペコペコ頭を下げたの。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「いいからいいから、自己紹介続けてちょうだいな」
「あ、はい。私は伊集院観光の浅黄真由と申します。それから、運転手さんは同じく伊集院観光の……ええっと、お名前、なんでしたっけ?」
運転手さんにマイクを向けるガイドさん。
「……不動明だ」
「あ、はい。不動さんです。それでは、皆さん、5日間よろしくお願いします」
なんだか頼りないガイドさん……。大丈夫かなぁ?
「ええっと、まずこれから小樽に……」
「松前」
また突っ込む先生。
「ああっ、小樽は4日目でした! ど、どうしましょう?」
「今日はまず、松前城を見学、そこでお昼ご飯を食べます。それから、青函トンネルの吉岡海底駅を見学、函館に戻ってホテルにチェックインします」
「あ、はい、そうです」
流れるように説明する先生に、こくこくうなずくガイドさん。
……本当に大丈夫かなぁ。
そんなことを考えるあたしを乗せて、バスは一路西へ向かって走っていったの。
松前城と海底トンネルを見学して、3時過ぎにはもう函館のホテルに着いたの。
まずは、ホテルの駐車場に整列して点呼を取る。
全員無事揃ってる事を確認してから、いよいよ、今夜のオプショナルツアーの発表なのだ!
「それでは、今夜のオプショナルツアーの発表でぇす。はい注目注目ぅ〜」
パンパンと手を叩く館林先生。なんだか、こういうイベントになると、ほんと活き活きしてるよね。
おしゃべりしてたみんなが、一斉に静まり返る。
「それじゃあ、発表しまぁす。今夜のオプショナルツアーは、じゃぁーん。ナポリ、香港と並ぶ世界三大夜景と唱われる、函館の夜景を今宵あなたに! 函館山展望台へ行きましょう。彼女や彼氏のいる君はぜひ! 躁でない人にも是非! はい、それじゃオプショナルツアーに申し込む人はこちらへ!」
先生がそう叫ぶと、みんなわらわらとそっちに向かっていく。
でも、函館の夜景かぁ。ロマンチックだなぁ。
一緒に行ってみたいな。
あたしも申し込みに行かなくちゃ。……っと、その前に、主人くんはどうするのかな?
一人で行っても仕方ないもんね。まずは、A組の方に行ってみなくちゃ!
《続く》

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