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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言

旅情編 その 決戦、函館山展望台

函館の夜景
北海道の風景(2)
函館の夜景
 きらめき高校の今年の修学旅行は、北海道。初日の9月11日、あたし達は函館に来ているの。
 昼の間の一通りの見学が終わったところで、この修学旅行の目玉、オプショナルツアーその1の行先が発表されたの。
 かの有名な、ナポリ、香港と並ぶ世界三大夜景の一つ、函館の夜景を楽しめる、函館山展望台に行こうツアー、なんだって。
 でも、さすがに一人で見に行くのも淋しいなって思ったあたし、A組の人達の集まってるところにやってきたの。
 えーっと、主人くん、どこかな?
「あら、虹野さん?」
「藤崎さん!」
 藤崎さんが、人混みの中で手を振ってる。あたしが駆け寄ると、その隣にいた美樹原さんが、ペコリとおじぎをした。
「あ、あの、こんにちわ」
「あら、美樹原さん。お久しぶり。もう森くんは誘ったの?」
「え? あっ、あのっ、あのっ……。し、詩織ちゃぁん」
 美樹原さんは真っ赤になると、藤崎さんの背中に隠れちゃった。あは、可愛いな。
 なんて思ってると、いきなり藤崎さんから反撃されたの。
「そう言う虹野さんは、公くんを探しに来たんでしょ?」
「え? あ、あの、それは、その、ね」
「虹野さん、どうしたの?」
「わっきゃぁ!」
 いきなり後ろから声をかけられて、あたし思わず飛び上がっちゃった。慌てて振り返る。
「ぬ、主人くん!」
「?」
 小首を傾げる主人くん。はっと気付いて振り返ると、藤崎さんがクスクス笑ってる。んもう!
 あたしは主人くんに向き直った。とにかく、誘わなくっちゃ。
「あ、あのね、その、今日のオプショニャッ!」
 いたた、舌噛んじゃった。
「虹野さん?」
 不思議そうにあたしを見る主人くん。やぁ、恥ずかしいよぉ。
 くすくす笑いながら、藤崎さんが後ろから言ったの。
「公くん、オプショナルツアーの予約取れたの?」
「え? ああ、詩織の言うとおり、取ってきたぜ」
 うなずく主人くん。
 ……なんだ。主人くん、藤崎さんと行くんだ。
 かくんと張りつめてたものが抜けて、あたしはふぅとため息。
 そんなあたしに気付かずに、主人くんは藤崎さんに訊ねたの。
「だけど、言われたとおりに5人分の予約取ったけど、誰が行くんだ? 俺と、詩織、美樹原さん、森で4人だろ?」
「決まってるじゃない。ねぇ、虹野さん」
 そう言って、後ろからあたしの肩を叩く藤崎さん。
 え? それって……。
 あたしは慌てて振り向いた。そのあたしの唇にぴたりと人指し指を当てて、藤崎さんはにこっと笑う。
「それとも、虹野さんには先約あるの?」
 無言でぶんぶんと首を振るあたし。
「なら、問題なしね」
 藤崎さんは艶やかに笑った。その笑顔を見て、あたしは何となく勝てないなって思ったの。

 結局、オプショナルツアーには、ほぼ全員が参加することになったの。別に彼氏や彼女がいなくても、ホテルに残ってぼけーっとみんなの帰りを待つよりはいいってことみたい。
 で、自由参加になってるから、クラス関係なしに自由に組んで行動することになってるのよね。
 というわけで、あたし達5人−あたし、主人くん、藤崎さん、森くん、美樹原さん−は一緒にロープウェイに乗って、函館山山頂の展望台に向かっていたの。
 ゆっくり登るロープウェイ。木が邪魔で、景色は余りよく見えない。
 美樹原さん、怖いのかな。森くんにピッタリ寄り添ってる。なんだか微笑ましいっていうか、羨ましいっていうか……。
 その森くんと主人くんってばね。
「……で、やっぱりスリーバックよりフォーバックの方がキーパーは安心できるのかな?」
「いやぁ、そうとも限らないっすよ。あんまりディフェンダーが多いとボールが見えなくなったりして、お前ら邪魔だぁっていうこともあるっすから」
「ふぅむ。とすると……」
 ……なにも、こんな所まで来てサッカーの話しなくてもいいじゃないのぉ。
 と、不意にあたしは、藤崎さんがじっとあたしの顔を見てるのに気付いた。
「な、なに?」
「ううん、なんでもないの」
 藤崎さんは小さく肩をすくめたの。
「ただ、楽しそうだなって」
「え?」
「お、もうすぐ着きそうだな」
 その主人くんの声で、あたしはロープウェイの進む方向を見たの。暗くてハッキリは見えないけど、だんだん建物らしいものが近づいてくる。
「うわぁ〜」
 ロープウェイの駅から降りて、函館の市街を見おろしたとき、あたし達は同時に声を上げてた。
 あたし達の眼下には、光の海が広がってた。
 うん、ホントにそんな感じ。
 あたしは、展望台の端まで行くと、手すりを掴んで、下の方を眺めてた。
 きらきらとまたたく、いろんな色の光。
「綺麗……」
「本当に……」
 あたしの隣で夜景を見つめてた藤崎さんがうなずいた。
 どれくらい見てたのかな? はっと気付いてみると、主人くんがいない。
「あら? ねぇ、藤崎さん。主人くんは?」
「え? あら、いないわ」
 藤崎さんも気付かなかったみたい。
 森くんと美樹原さんは、あたし達とはちょっと離れて夜景を見ながら何か話してる。
 ……二人の邪魔しちゃ悪いよね。
 あたしは、藤崎さんに小声で訊ねた。
「売店に行ったのかな?」
「うん。きっと売店で何か買ってるのよ。もう、公くんったら。彼女が景色に感動してる間くらい待ってあげればいいのに。ホントにもう!」
 ぷんすかと怒って腕を組むと、藤崎さんはあたしに言ったの。
「私は売店の方を捜してみるから、ちょっとここで待ってて」
「うん」
 あたしはうなずいた。藤崎さんは身を翻すと、そのまま売店の方に走っていった。
 ふわりと、何かいい香りがした。……藤崎さん、コロンでもつけてるのかな?
 あたしもつけてくればよかったかな? でも、主人くん、そういうの気付いてくれないし……。
 ……あれ?
 手すりにもたれかかって辺りを見るともなく見回したあたしの目に、見慣れた詰め襟姿の主人くんが飛び込んできたの。
 なんだ、双眼鏡見てたんだ。
 あたしは、主人くんに駆け寄った。
「主人くん」
「あ、虹野さん」
 あたしが声をかけると、主人くんは双眼鏡から目を離してあたしを見た。
「双眼鏡見てたんだ」
「うん。虹野さんも見てみる?」
「ううん、あたしはいいよ」
 あたしがそう言うのと同時に、双眼鏡からカシャンという音がした。慌てて主人くんはのぞき込んで、苦笑した。
「あちゃ。時間切れかぁ」
「ご、ごめんなさい。あたしが声かけちゃったから……」
「別にいいよ」
 そう言うと、主人くんは「よっと」とかけ声をかけて、手すりに座ったの。
「ちょ、ちょっと! 危ないよ、主人くん」
「大丈夫だって。それよりも、ほら」
 主人くんは海の方を指さしたの。
 あ。
 今まで気付かなかったけど、海の上にもいくつも灯りがついてるの。
「さっき双眼鏡で見てたんだけど、あれ、小さな船に灯りがついてるんだ」
「小さな船?」
「うん。多分漁船。何かの漁をしてるのかな?」
「あ、きっとイカ穫ってるのよ」
「なるほど、イカかぁ」
 感心したように、その灯りを眺める主人くん。
 あたしは、その横顔を見つめてた。
「あっ! こんな所にいたんだぁ!」
「うわぁお!!」
「きゃぁ!! 主人くん、落ちちゃだめぇ!」
 いきなり後ろから声をかけられて、主人くんがバランスを崩す。あたしは慌ててその足にしがみついた。
「誰か助けてぇ!」
「だ、大丈夫なんだけど」
「え?」
 言われて、あたしは主人くんが手すりに座ったままなのに気付いた。ちょっとバランスを崩したけど、落ちなかったみたい。
 よかったぁ。
「虹野さん、公くんのズボンから手を離した方がいいと思うよ」
「え? あ、きゃ!」
 あたしは慌てて主人くんのズボンの裾から手を離した。
 やだぁ、周りのみんながあたし達を見てるよぉ。
 主人くんはポンと手すりから飛び降りると、藤崎さんに向かって言った。
「詩織、いきなり声かけるなよぉ!」
「あら、ごめんあそばせ。おっほっほっほ」
 藤崎さん、まるで鏡さんみたいな笑い声を上げてみせる。わざとなんだとは思うけど、なんだかそれなりに似合ってるのが怖いな。
 さすが演劇部っていうか……。
「それより、公くん達も食べる?」
 藤崎さんは、あたし達に袋を差しだした。
「何?」
「売店で売ってたの。美味しそうだったから、買って来ちゃった」
 ぺろっと舌を出す藤崎さん。
 紙袋の中には、小さなお饅頭が湯気を上げてた。
「わぁ、美味しそう」
「どうぞどうぞ」
「それじゃ遠慮なく」
 主人くんが一つ取ってムシャムシャ食べる。
「うん、熱い」
「ほんと。でも甘くて美味しい」
 あたしも一つもらって、食べながらうなずく。
「さて、それじゃそろそろ行きましょうか? だんだん冷え込んできたし」
 藤崎さんがそう言うと、主人くんもうなずく。
「確かになぁ。さすが北海道」
「それじゃ、公くんは森くん達を呼んで来て。あたし達はここで待ってるから」
「わかった」
 うなずいて走っていく主人くん。
 それを見送ってたあたしに、藤崎さんは囁いた。
「なかなかいい雰囲気だったじゃない。その調子よ」
「えっ!? み、見てたの?」
「たっぷりと」
 腕を組んでうんうんとうなずく藤崎さん。
「やっ、やだな、もう!」
 あたしは、ぷっと膨れた。……つもりだったんだけど、やっぱり真っ赤になっちゃった。
 と、不意に藤崎さんが、手すりにとびついた。そのまま伸び上がるように夜空を見上げる。
「ど、どうしたの? 藤崎さん」
「あれ、何だと思う?」
 藤崎さんは夜空を指さした。あたしもそっちをみる。
 つぅっと白い星が動いてく。……流れ星、にしては遅いし。飛行機か何かかな?
 と思った瞬間、それが二つに別れて、全然別な方向に移動していく。
 も、もしかして……。
「UFO?」
「ま、まさか、ね」
 あたしと藤崎さんは、引きつった顔を見合わせた。
 あたし達以外の人たち、きらめき高校の生徒以外にもいっぱいいたんだけど、その人達も気がついたみたいで、だんだん騒ぎが大きくなってきたの。
「なんだ、ありゃ?」
「飛行機……じゃないよな。ヘリコプターか?」
「大気の歪みのせいじゃないか?」
「プラズマだよ、プラズマ」
 みんな口々に自分の意見を言って、展望台は大騒ぎになってきたの。
 光はいくつにも増えて、あちこちに移動してる。突然方向変えたり、いきなり消えたりしてる。
 あたしは、そんな中、腕を組んでじっとその光を見つめてる人に気がついた。確か、科学部の紐緒さん、だったよね?
 紐緒さんは、あたしが見てるのにも気付かない様子で、ぽつりと呟いた。
「宣戦布告のつもりかしら?」
「宣戦布告?」
 あたしが聞き返して、紐緒さんは初めてあたしに気付いたみたい。ちらっと見ると、そのまますたすたと歩いて行っちゃった。
「あ、消えた!」
 藤崎さんの声に、夜空を見上げると、さっきまであちこち飛び回ってた光は、消えちゃってたの。
「おーい、詩織! 虹野さん!」
 主人くんが手を振りながら走ってくる。その後ろから森くんと美樹原さん。
 駆け寄ってくると、主人くんはあたし達に訊ねた。
「さっきの見た?」
「うん。何だったのかな?」
 藤崎さんは眉をひそめて考え込んだ。
「こ、怖いです」
 そう言う美樹原さん。あれ? でも、いつもよりなんだか目が輝いてるような気がする。
 森くんもそれに気付いたみたい。なんだか苦笑してる。
「美樹原さん、こういうの好きっすねぇ」
「え? でも、怖いのってなんだかわくわくしませんか?」
「メグはホラー好きだもんね」
 藤崎さんも苦笑する。へぇ、そうなんだ。あたしはやっぱり苦手だなぁ。
 辺りの騒ぎもだんだん収まってきた。
 クシュン
 あたしは、くしゃみした。気がついたら、大分寒くなってきてる。
 そんなあたしを見て、主人くんは苦笑して言ったの。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか?」
「そうね。そうしましょ」
 藤崎さんもうなずいた。あたし達も特に異論なし、で、ホテルに帰ることにしたの。
 ホテルに帰ってみると、入り口に大きな紙が貼ってあったの。

きらめき高校御一同様へ

 明日の朝行われるオプショナルツアーその2は
 「函館朝市巡り」に決定しました。
 新鮮な海産物を思う存分堪能してください。

 参加希望者は、2003号室の館林晴海ちゃんのところまで

 函館朝市!?
「館林先生、一人で張り切ってるような気がするなぁ」
 苦笑気味に言うと、主人くんはあたしに尋ねたの。
「虹野さんは……」
「行く! 絶対行くんだもん! ああっ、新鮮な海産物! カニよカニっ!」
 あたしはちょっとうっとりしちゃった。だって、ねぇ?
「でも、虹野さん、料理してる暇なんて無いと思うんだけど」
「そっかぁ……。がっかり」
 藤崎さんに言われてがっかりするあたし。持ってきた包丁が使えるかと思ったのに。
「藤崎さんはどうするの?」
「うーん。明日は結構移動するし、夜にもオプショナルツアーがあるでしょう? だから、朝のオプショナルツアーはパスさせてもらうわ。メグと森くんは?」
 二人は顔を見合わせて苦笑した。ってことは、パスかな?
 あ。
「主人くんは、どうするの?」
「俺? 別に予定もないし、行ってもいいかな。それに朝市って面白そうだし」
 よかった。
「それじゃ、早く参加申し込みに行った方がいいわよ」
 藤崎さんに言われて、あたしはこくっとうなずいたの。
「うん。ありがと。それじゃ、主人くんの分もまとめて申し込んでくるね!」

《続く》

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