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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言

旅情編 その じんぎすか〜ん

札幌時計台
北海道の風景(4)
札幌時計台
 ジュージュー
 目の前のジンギスカン鍋から、美味しそうな香りが立ちのぼってる。
「ワァオ、美味しそうねぇ!」
 彩ちゃんが歓声を上げる。

 函館を10時過ぎに出たあたし達、きらめき高校修学旅行生を乗せたバスは、一路まっすぐ札幌に向かったの。本当の予定だと、途中で洞爺湖に寄って、そこでお昼ご飯を食べるはずだったんだけど、なんでも予定よりも遅れたとかでパス。その代わりに、長万部だったかな? そこでカニ飯弁当を仕入れて、バスの中で食べたの。
 せっかくお昼は主人くんと食べようかなって計画立ててたのに、それがおじゃんになっちゃって、ちょっと残念だったな。でも、カニ飯は美味しかったし、いいか。
 5時過ぎに札幌についたあたし達は、そのまま、今日から最終日までお世話になる『札幌プリンセスホテル』に直行したの。
 自分の部屋(なんと、個室なの!)に荷物を置いて、全員が入れるくらい大きな宴会場に、みんなが集まった。
 そのみんなの前で、例によって館林先生がマイク片手に進み出る。
「さぁて、それじゃ今夜のオプショナルツアー第3弾の発表だぁ!」
「おおーっ!」
 バスに一日中乗りつづけた疲れもなんのその、みんな手を挙げて先生の声に答えてる。ホント、元気よねぇ。
 なんて、あたしも手を挙げてるんだけど。あは。
「今日は、これだぁ!」
 先生はばっと、持っていたプラカードを上げた。
 きらめき高校修学旅行in北海道
 オプショナルツアー第3弾

  札幌ビール園ジンギスカン食い放題!
「わぁーーっ!」
 歓声を上げるみんな。
 先生はにっと笑った。
「ただし、みんなは未成年だから、ビールはダメよ」
「ちぇーっ」
「ぶーぶーぶー」
 なぜか広がるブーイング。
「まぁまぁ。それじゃ、希望者は5時に駐車場のバスの前にGO! あ、ちなみにマトンがだめという人にはプリンセスホテルの豪華ディナーショーがありますから御心配なく」
 ……豪華ディナー“ショー”?
 ま、まぁ、いいよね。ジンギスカンをみんなでわいわい食べる方が……って、どうしてここで主人くんの顔がぁ?
「んじゃ、せっかくだから解散!」
 先生の声で、みんなわいわい話しながら宴会場を出て行きはじめたの。
 どうしようかな? 今朝一緒にお食事したばっかりだし、また誘ったりして変に思われないかな?
 でも、やっぱり一緒に……いたいな。
 よしっ。
 あたしはうんとうなずくと、顔を上げた。
 !!!
 あたしのすぐ前に、主人くんがいたの。……いたんだけど……。
「ねーねー、ジンギスカン、公くんも行くっしょ?」
「え? あ、俺は……」
「その様子だと、まだ誰とも約束ないね。そうでしょ?」
「ま、まぁ、そうだけど……」
「超ラッキー! んじゃさ、あたしと一緒に行こ! ね、ね!」
 主人くんの腕にしがみつくようにしてるのは、ひなちゃん。
「えっと……」
「んもう。おっとこのこでしょ! さっさと決める」
「わ、わかったよ」
「ホント?_ 超ラッキー。んじゃさ、ロビーで待ち合わせしよっ! じゃ、あたし用意してくんね〜っ!」
 そのまま、ひなちゃんはばたばたっと走っていったの。
 主人くんは苦笑して、何げなく振り向いた。
「あ、虹野さん……」
「……」
 一瞬、何を言っていいかわかんなくて、あたしは黙って主人くんを見つめてた。
「あ、あの、……」
「ぬ、主人くん、ひなちゃんと楽しんで来てね」
 主人くんが何か言いかけたとき、あたしは、やっとそれだけ言うと、身を翻した。
 そのままだったら、何か変な事を言っちゃいそうで。

 ……ひなちゃんと行かないで、って……。
 はぁ、はぁ、はぁ。
 廊下の壁に手をついて、あたしは息を整えながら振り返った。
 誰の姿もない。
 ……あはは。主人くん、呆れちゃったな、きっと。
 あたしは、ふかふかの絨毯が敷いてある廊下に、ぺたりと座りこんだ。壁を背にして、天井を見上げる。
 ……やだな。何で泣くんだろう。あたし……。
 ぽろっと、涙がこぼれ落ちた。
「沙希? ワッツ、ハペン?」
 急に声をかけられて、あたしは慌てて袖で涙を拭いながらそっちをみた。
「あ、彩ちゃん?」
「どうしたの? そんなところに座りこんで」
 そう言いながら、彩ちゃんはあたしが立ち上がるのに手を貸してくれた。
「うん、ちょっと疲れちゃったのかな?」
「それならこんな所で座ってないで、部屋に戻りなさいよ」
「うん。ごめんね」
 彩ちゃんはそれ以上何も言わないで、あたしをじっと見た。
「な、何?」
「……別に。それよりも、今夜はどうするの?」
「あたし、ホテルに残ろうかと思うの。疲れちゃったし、それに……」
 主人くんと一緒じゃないもの。
 その言葉は、胸の奥に仕舞ったまま、あたしは聞き返した。
「彩ちゃんは?」
「オフコース、もちろん行くわよ。でも、他に一緒に行こうって人が、ノットイエット、いないのよねぇ……」
 彩ちゃんは額に指を当てて“困った”ってポーズを取った。それから、不意にあたしを見る。
「沙希も行かない?」
「あたし? でも……」
「ホテルに残って寂しくディナーなんて、ダメよ。あ、そうそう。望も誘っちゃおうっと」
「清川さん?」
 あたしも知らなかったんだけど、彩ちゃんと清川さんって仲がいいんだって。なんでも、こないだ絵のモデルをしてもらったんだって、彩ちゃんが言ってた。
 でも、清川さんは、服部くんと行くんじゃないかな?
 あたしの表情を読みとったのか、彩ちゃんは肩をすくめた。
「もちろん、服部くんもコール、呼ぶわよ」
「そうなんだ。でも……」
「そうと決まれば、レッツゴー、誘いに行くわよ!」
 彩ちゃんはあたしの腕をがっしと掴んで歩きだした。
「あ、彩ちゃん? あたし……」
「ドントウォーリィ、気にしないで大丈夫よ」
 というわけで、札幌ビール園でジンギスカンを囲んでるあたし達なんだけど……。
「アイハブアクエスチョン。どうしてあなたがここにいるの?」
「そりゃないだろ、片桐」
 戎谷くんは、左手にジュースの缶を持って、片手で器用にお肉をジンギスカン鍋に乗せながら言ったの。
「片桐に虹野さんみたいな可愛い娘に同席させてもらうのは、俺の義務じゃないか」
「何をバカ言ってるんだよ、戎谷は」
 苦笑しながら焼けたお肉を皿に取ってるのは芹澤くん。
「あ、こら勝馬。それはまだ焼けてないわよ。こっちにしなさいって」
 その隣に座った鞠川さんが、お皿からお肉をジンギスカン鍋の上に戻す。
「あ、こら。奈津江、俺の肉を勝手に戻すなって!」
「そんな言い方ないでしょう? 人が親切にやってあげてるのに」
「小さな親切大きなお世話ってな」
「あー、そういう事を言うわけ? 第一あんたが毎日遅刻しないで起きられるのは誰のおかげだと思ってるのよ?」
「別に起こしてくれなんて言ってないぜ。お前が毎日勝手に起こしにきてるんじゃねぇか」
 鍋を間にして言い合いをする鞠川さんと芹澤くんを見て、ぼそっと言う服部くん。
「んじゃ、芹澤は毎日鞠川に起こしてもらってるのか?」
「……!」
「……!」
 二人は同時に服部くんを睨んだ。さっと服部くんは視線を逸らすと、自分の前の肉をつついてる。
 それを見てから、また口喧嘩を再開する二人。
 なんだかすごく仲がいいなぁ。……ちょっと、うらやましいかも。
「沙希、さっきからお箸が進んでないわよ」
「え? そ、そんなことないよ。あ〜!」
 ふと鍋の上を見て、思わず声を上げるあたし。
 だって、キャベツが真っ黒に焦げちゃってるんだもの。
「だから、お肉ばっかり食べないで野菜も食べなくちゃダメだってば! あ、戎谷くんも、そんなにお肉乗せないでってば。芹澤くん、そこの野菜乗せて! ちがうの、そこじゃなくて! あー、もう貸して! あたしがやるからっ!!」
「……虹野さんって、料理になると、人格変わるのね……」
 そんなこんなで、ジンギスカンパーティーも終わって、あたし達はプリンセスホテルに戻るバスに乗り込んだ。
 そういえば。
 あたしは、隣の席で満足げに鼻歌を歌ってた彩ちゃんに尋ねた。
「ねぇ、どうしてあたしを誘ったの?」
 別に、あたしに鍋奉行をして欲しかったわけじゃないよね?
 彩ちゃんはウィンクした。
「ワイワイ騒いだ方が、モアハピー、楽しいじゃない?」
 もしかして、彩ちゃん、ひなちゃんが主人くんを誘っちゃった事を知ってて、それで……?
「……ありがと、彩ちゃん」
 あたしは、胸が一杯になっちゃって、それだけしか言えなかった。
 バスは、夜道を一路、プリンセスホテルに向かって走っていったの。
 翌朝。
 すっきりと目が覚めて、あたしは体を起こした。
 枕元の時計を見ると、6時5分過ぎ。
 修学旅行も3日目。今日は札幌市内で自由行動なのよね。
 別にどこに行くとも決めてないんだけど。
 うーん、どうしよう?
 とりあえず、朝ご飯食べてから、考えようっと。
 朝ご飯は、カフェテリア方式って言うのかな? 食堂の真ん中にいろんなお料理が置いてあって、好きなものをトレイの上に取って食べるっていうやつ。
 どれも美味しそうで、どれを取るか迷っちゃうな。
 朝早いせいか、まだそんなに人の数もいないみたいで、お料理だけがテーブルに溢れんばかりに乗ってるの。
 とりあえず、パンと紅茶と……あとサラダをお皿に盛って、フルーツもいいかな? あ、ハムと卵焼きがある。それじゃ、こっちのフランスパンを使ってハムサンドにしちゃおうっと。
 そんなこんなで、7時前にはもう朝ご飯食べ終わっちゃった。
 さて、どうしようかな?
 部屋に閉じこもっててもしょうがないから、あたしはロビーのソファに座って、そこに置いてあった札幌のガイドブックをぱらぱらめくってた。
 そっかぁ、時計台って修理中なんだ。ちょっと残念だなぁ。
 丸山動物園で熊を見るっていうのもいいかも……。
 と、その時、後ろの方から声が聞こえたの。
「なんだよ、公。今日の予定、何も決まってないのか?」
「ああ。まぁ、適当に潰すわ。好雄は?」
 早乙女くんと主人くん?
 あたし、とっさにソファの影に隠れて二人の様子を伺った。
 二人とも、こっちには背中を向けてる。ちょうど食堂に向かうところみたい。
 早乙女くんが答えてる。
「そっか。それじゃ、俺と一緒に木刀買いに行こうぜ」
「なぜ木刀? 京都に行ったわけじゃあるまいし」
「いやぁ、優美が買って来いって言うもんだからさぁ。どうだ?」
「……遠慮するよ」
 そう言いながら、二人は食堂の方に歩いて行っちゃった。
 ……ということは、主人くん、今日の予定は何もないんだ。
 誘って……みようかな?
 うん、当たって砕けろ。誘うだけ誘ってみようっと。

《続く》

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