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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話
旅情編 その
第一種接近遭遇

羊ヶ丘公園のレストハウスで、あたしと主人くん、そしてあたし達を助けてくれた、沢渡くんそっくりな男の子とその連れらしい女の子はテーブルを挟んで座った。
「とりあえず、自己紹介からしようか。俺は主人公。きらめき市から修学旅行でここに来たんだ」
主人くんが口を開いた。それから、ちらっとあたしを見る。
あたしは慌てて立ち上がってお辞儀する。
「あ、虹野沙希です。主人くんと同じ学校です」
「……虹野さん、立ち上がらなくてもいいよ」
「あ」
慌てて座るあたし。ひゃぁ、恥ずかしいな、もう。
男の子は自己紹介した。
「俺は北海高校2年の沢渡雄二っていうんだ。で、こちらは俺の従姉で……」
「沢渡涼子です」
女の子が頭を下げた。あたしはもう一度頭を下げると、沢渡くんをじっと見つめた。
やっぱり、サッカー部の沢渡くんにそっくり。
主人くんも同じ事を考えてたみたい。沢渡くんに質問した。
「あのさ、妙なこと聞くようだけど、本当に沢渡っていうの?」
「ああ。うちは先祖伝来……かどうかは知らないけど、少なくとも俺の知ってる限りはずっと沢渡だよ。そっちこそ、俺のこと知ってるのか?」
「雄ちゃん、有名だから」
「姉ちゃん、雄ちゃんはやめてくれよ」
涼子さんの言葉に苦笑いする沢渡くん。
涼子さんは言った。
「だって、北海の氷壁って有名じゃない」
「北海の氷壁?」
「うん。雄ちゃんってちょっとした有名人なのよね」
「やめろってば。全国大会に出てから、そういうことは言ってくれよ……」
そう言いかけて、不意にあたし達をみる沢渡くん。
「きらめき市から来たって言ったよな? もしかして、きらめき高校?」
「ああ。この通り」
主人くんは、胸の校章を沢渡くんに見せた。沢渡くんはポンと手を打った。
「そっか。孝郎を知ってるんだ」
あたし達は顔を見合わせた。それから、主人くんが訊ねる。
「もしかして、親戚か何か?」
「当たり。孝郎は俺達の従弟なんだよ」
そう言って、沢渡くんは笑ったの。
「それじゃ、君もサッカーやってるんだ。道理で、さっきのキックはすごかったなぁ」
「まぁね。ちぇ。あんたがサッカー部って知ってたら、見せなかったのにな」
沢渡くんと主人くんはすっかりうちとけておしゃべりしてる。
沢渡くんは、ボールを入れたバッグを片手で叩くと、にっと笑った。
「ま、今度逢うときは全国大会だな。その時は、存分に味わせてやるさ。必殺の“クラークボール”を」
「“クラークボール”? さっきのシュートか?」
「そ。たった今完成したばっかりだけどな」
「じゃ、さっきのってぶっつけ本番か?」
「まぁな。でも成功したからいいじゃないか」
そう言って笑う沢渡くん。
主人くんはレストハウスの窓越しにクラーク像の方を見て苦笑した。
「クラーク像の前で完成したから、“クラークボール”か? センス悪いな」
「ほっとけ。それにクラークボールって実在するんだからな」
「マジか?」
「地元民の言うことを信じろって」
そんな二人を、涼子さんはにこにこしながら見てた。
「あ、あの」
「え?」
あたしが話しかけると、涼子さんは我に返ったようにあたしの方を見る。
「ごめんなさい。なにかしら?」
「あ、いえ。さっき、沢渡くんのこと、“北海の氷壁”って言ったじゃないですか。それってどういうことなんですか?」
「ああ、そのことね」
涼子さんは、くすっと笑うと、心もち小さな声で言ったの。
「彼のニックネームよ。これ以上は、教えてあげない」
「?」
「だって、ライバルになるかも知れないでしょ?」
そう言って、くすっと笑うと、涼子さんは時計を見て慌てた声を出した。
「大変! 雄ちゃん、もうこんな時間!」
「え? わ、やべ。じゃあ、主人!」
慌てて立ち上がると、沢渡くんは右手を出した。
主人くんも立ち上がると、その手をガッチリ握った。
「今度逢うときは、全国大会といきたいな」
「お互いにな」
笑みを交わす二人。うん、青春してていいなぁ。
あたしが二人を見てじぃーんと感動してると、涼子さんが後ろで言った。
「それじゃ、虹野さん。またね」
「あ、はい、ありがとうございました」
あたしがぺこりとお辞儀すると、二人は手を振って、レストハウスから出ていったの。
その背中を見送ってると、後ろで主人くんの呟く声が聞こえた。
「俺も、まだまだってことか」
「主人くん?」
振り返ると、主人くんはさっきまでの笑顔はどこへやら、深刻な顔をして俯いてた。
「あいつのシュート、とんでもない破壊力だった。あんなのがゴロゴロしてるのが、全国区ってやつなのか……」
「主人くん……」
どうしよう? 主人くん、落ち込んじゃったかな?
ええっと、こういうときは明るくいった方がいいかな?
あたしはわざと明るい声で言ったの。
「大丈夫よ。根性さえあれば、なんとかなるわ」
「……そうだね。それに、虹野さんがいるし」
「うんうん……って、ええっ?」
「さぁて、と。そろそろ俺達も出ようか?」
主人くんはレシートを掴んで立ち上がった。
「あ、ちょっと待って、主人くんってばぁ!!」
その夜。修学旅行最後の夜ということで、みんなはプリンセスホテルの大宴会場に集まっていたの。
そう、今からきらめき高校修学旅行恒例の“大宴会”が開かれるんだって。
だけど……。
「あ、沙希ぃ!」
宴会場の入り口できょろきょろしていたら、ひなちゃんが駆け寄ってきた。あ、ひなちゃんなら知ってるかな?
「ねぇ、公くんは?」
「……え?」
あたしは自分が聞こうとしてたことをひなちゃんに聞かれて思わず固まっちゃった。
それを見て、ひなちゃんは肩をすくめる。
「その様子だと、沙希も知らないかぁ。ちぇ〜、主人くんとしっぽりと飲み明かそうと思ってたのにな〜」
「飲み明かそうって、お酒飲む訳じゃないでしょうが。それより、ひなちゃんも、主人くん、知らないの?」
「そ」
肩をすくめると、ひなちゃんはそこに通りかかった藤崎さんを呼び止めた。
「あ、ちょうどいいとこにいたぁ。しおりんしおりん」
しおりん?
藤崎さんは振り返ってあたし達を見ると、にこっと笑った。
「朝日奈さんに虹野さんじゃない。二人揃って公くんでも捜してるの?」
「そーなのよ。しおりんは知らない?」
聞かれて藤崎さんは考え込んだ。
「確かさっきロビーで見かけたと思うんだけど」
「ロビー?」
「ええ。紐緒さんとなにか話してたみたい」
「紐緒さん?」
あたしとひなちゃんは顔を見合わせた。
そんなに親しいわけじゃないけど、名前くらいは知ってる。紐緒さんといえば、科学部でいつも怪しい実験をしてるって有名だもの。
あ、そういえば、函館山で……。
あたしは、そんな中、腕を組んでじっとその光を見つめてる人に気がついた。確か、化学部の紐緒さん、だったよね?
紐緒さんは、あたしが見てるのにも気付かない様子で、ぽつりと呟いた。
「宣戦布告のつもりかしら?」
「宣戦布告?」
あたしが聞き返して、紐緒さんは初めてあたしに気付いたみたい。ちらっと見ると、そのまますたすたと歩いて行っちゃった。
でも、紐緒さんが主人くんと知り合いとは思わなかったな。
「なんか、いやぁ〜な予感がするぅ」
ひなちゃんはこめかみを押さえた。そしてあたしの手をぐいっと引っ張る。
「沙希、行くよ!」
「え? ええっ?」
「しおりん、先生達にはよろしく言っておいて!」
そう言い残して、あたしの手を引っ張って駆け出すひなちゃん。
「ちょ、ちょっと待ってよ! どこに行くのよ?」
「公くんの居場所を知ってる人の所よ!」
「で、どうして私なのよ?」
腕を組む見晴ちゃん。
あたしとひなちゃんは、ホテル中を走り回って、やっとロビーで見晴ちゃんを見つけたってわけ。
「公くんといえば見晴じゃない。いまさらばっくれてもだめだってば」
笑いながらその肩を叩くと、ひなちゃんは一転真面目な顔になって訊ねる。
「で、どこ?」
「私だって四六時中主人くんを見つめてるわけじゃないわよ」
ぷっと膨れて言うと、見晴ちゃんは深刻そうに俯いた。
「しかし、紐緒さんとは、盲点だったわ」
「見晴も知らないとなると、超ヤバって感じ」
「ヤバって、なにか危ないの?」
「あたりまえっしょ? 考えてみぃ。あの紐緒結奈なのよ!」
拳を握って力説するひなちゃん。
あ。
「紐緒結奈がどうしたんですって?」
「どうもこうも……って、紐緒結奈っ!?」
「未来の世界の支配者を呼び捨てとは、いい度胸ね」
思わず飛び退いたひなちゃんの後ろに、腕を組んだ紐緒さんが立ってたの。いつもの、セーラー服の上に白衣を羽織った姿で。
「あれ? 紐緒さんは宴会には行かないの?」
あたしがたずねると、紐緒さんは肩をすくめた。
「はん。ばかばかしい。そんなことに費やすような無駄な時間は私にはないの」
そう言うと、紐緒さんはあたし達をくるっと見回した。
「ちょうどいいわ。人手が足りないの。手伝いなさい」
「ちょ、ちょっと待てぃ。勝手に決めるな!」
叫ぶひなちゃん。
紐緒さんは振り返ると、笑みを浮かべて言った。
「主人は快く手伝ってくれるって言ったわよ」
「!!」
あたし達は顔を見合わせた。
「もしかして、公くん洗濯されたのかな?」
「それを言うなら洗脳」
見晴ちゃんが突っ込む。ひなちゃんは肩を小さくすくめた。
「そうとも言うね」
「そうとしか言わない」
さらに突っ込む見晴ちゃんに、ひなちゃんはうんとうなずいた。
「よく言った見晴! 紐緒さん、この見晴が手伝いたいって」
「や、やだっ、ちょっと待ってよ!!」
慌てて手を振り回す見晴ちゃん。
あたしは、ともかく紐緒さんに訊ねた。
「何を手伝えっていうの?」
「昼のうちに、ちょっと興味深い研究対象を見つけたから、調査をしたいんだけど、機材を運ぶのが大変なのよ」
さらっと言う紐緒さん。そんなの、科学部の男子に手伝ってもらえばいいんじゃないのかな?
あたしがそう言おうとすると、不意に紐緒さんがあたしの顔をのぞき込んだ。思わず半歩引くあたし。
「な、なんですか?」
「ふ。興味深いわね」
「?」
「決まり。あなた、来なさい」
紐緒さんはきっぱり言った。……って、あたしぃ!?
慌てて振り返ると、ひなちゃんと見晴ちゃんはぷいっと視線を逸らす。……あのねぇ。
向き直ると、あたしは紐緒さんに言った。
「ちょっと待ってよ。あたしにもいろいろ都合があるし、それに、その……ちょっと怖いし」
「ごちゃごちゃ言ってないで来なさい」
そう言うと、すたすたとホテルの玄関に向かう紐緒さん。
「ちょ、ちょっと……」
「沙希、頑張ってね。根性よ」
そんなあたしの手をぎゅっと握ると、ひなちゃんはあたしの口調を真似して言った。
「ひなちゃん!」
「沙希ちゃん、短い付き合いだったね。公くんのことは心配しなくてもいいよ」
「見晴ちゃんまで! あのね、二人とも……」
「虹野、さっさと来なさい!」
ホテルの外から、紐緒さんの怒った声が聞こえた。もう、しょうがないなぁ。
「はぁい」
あたしは、とりあえず思いっ切りひなちゃんと見晴ちゃんをにらみ付けてから、ホテルを飛びだした。
……ここ、どこ?
あたしは、見渡す限りの小麦畑の中に立っていたの。
札幌って100万都市よね? あたし、ついさっきまでそこにいたのよね?
もう辺りは薄暗くなってる。その明かりを頼りに辺りを見回すけど、見渡す限り山ひとつ見えない。ホントに地平線の向こうまで小麦畑。
よいしょ。
紐緒さんに背負わされた重いリュックサックを担ぎ直すと、あたしは隣で怪しげな針金を前に突きだしてる紐緒さんに訊ねた。
「あの……」
「黙りなさい」
そう言って、紐緒さんは手元の機械をのぞき込んでる。
あーん、どうすればいいのよぉ。
「やつら、この近くに潜んでるわ」
そう呟く紐緒さん。もう、何のことでしょ?
と、不意に紐緒さんはあたしの方を見た。
「リュックサックを降ろしなさい」
「は、はい」
あたしは重いリュックをその場に置いてから、気がついた。
あたし達のいる場所だけ、小麦が倒れているの。それもあたし達を中心に渦を巻くように、ちょうど円形に。
これって、もしかしてミステリーサークルっていうものなの?
「紐緒さん、これって……」
「……そこ!」
不意に紐緒さんが叫ぶと同時に、その持っていた針金が光ったの。
カアッ
その光に照らしだされるように……、あ、あれって……!
えっと、ゴールポストよりも大きな、金属で出来てる、お皿をひっくり返したような形をしてる……って!
「そ、空飛ぶ円盤っ!?」
紐緒さんは、厳しい顔で腕を組んでその円盤をにらみ付けた。
「さっきは逃がしたけど、もう逃がさないわよ」
カァッ
その紐緒さんの言葉に応えるように、その空飛ぶ円盤が眩しく光りはじめたの。
いったい、どうなっちゃうの?
《続く》

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