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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言

旅情編 その 大団円と後始末


「ゆ、ゆ、ゆーふぉー!?」
 あたし達−あたしと紐緒さん−の頭上には、ゴールポストくらいの大きさの、メタリックに光を反射する円盤がふわふわと浮かんでいたの。
 紐緒さんは腕を組んで、その円盤を見上げた。
「とうとう姿を現したわね。
「とうとうって、とうとっとっとっと」
「落ちつきなさい、虹野」
 腕を解いて、呆れたように言う紐緒さん。そ、そんな事言ったって……。
 と、その円盤が音もなく動きだしたの。こっちに……向かって来るぅ!!」
「ひっ、ひもっさん!」
「あーもう、煩い」
 思わず紐緒さんにすがりつくあたしと、それを振り払おうとする紐緒さん。
 もみあいになってると、円盤がふぃっと止まったの。かと思うと、その底から青い光が地面に向かって伸びていって、そしてみたこともないような奇妙な生き物がその光りの中を降りてきたの。
 って、あれって、もしかして宇宙人、なの?
「来たわね」
 呟くと、紐緒さんはそのへんな生き物を睨んだ。あたしはその紐緒さんの影からこわごわと覗き込んだ。
 テレビの特別番組なんかで時々やってるUFO特集に出てくる宇宙人にそっくり。えっと、大きな、毛のない頭に黒い大きな目、ひょろっとした体、全体が灰色で……、うわぁ、どうしよう!
 と、その宇宙人(よね?)が片手を上げたの。挨拶、かな?
「あ、どうも……」
「馬鹿っ!」
 思わず挨拶を返しかけたあたしを突き飛ばす紐緒さん。と同時にその宇宙人の手が光ったの。
 ピルルル〜
 妙な音を立てて、光線があたしと紐緒さんの間をすり抜けて、反対側の地面に当たって爆発した。
「ひっ!」
 あたし、腰を抜かしてその場にへなへなと座りこんじゃった。無理ないって思うよね?
 そんなあたしを見て舌打ちすると、紐緒さんはその宇宙人と、まだ空に浮かんでる円盤を交互に見た。
「主人はあの中、か」
 え?
「ひ、紐緒さん、今なんて?」
「さっき、主人が連れ去られたのよ。たぶん今はあの中にいるはず」
 さらっと言う紐緒さん。
「ちょ、ちょっと、どうして主人くんが!?」
「それについては、私のミスを認めざるを得ないわ。だから、救出してやろうって思ってるのよ」
「思ってるのよって、相手は宇宙人なんでしょ!」
 あーん、腰が抜けたままで立てないよぉ。
 紐緒さんは、ちらっと宇宙人を見て、あたしが背負って来たリュックに向かって叫ぶ。
「HMX−12、システムスタート!」
 それに答えるように、リュックの中からなにかガチャガチャっていう音がしたの。かと思うと、リュックがモゾモゾと動きだした。
「ひ、紐緒さん!? あれ何なのぉ!?」
 と、宇宙人が指をリュックに向けた。あたしは慌ててその近くからいざって逃げる。みっともないけど、そんな事言ってる場合じゃないもん。
 紐緒さんが叫ぶ。
「起動!」
 同時に、宇宙人がピルル〜光線をリュックに向けてはなった。リュックがボワッと炎を上げて燃える。
「わあ、紐緒さんが燃えちゃった!」
「錯乱するんじゃないわよ」
 呆れたように言う紐緒さん。ちょ、ちょっと間違えただけじゃないのぉ。
 と、燃える炎の中から何か出てくる。あれ、ロボット?
「ひ、ひもっ!?」
「うるさいわね。説明してあげるから落ちつきなさい」
 紐緒さんは、腕を組んで胸を張った。
「あれが、私の開発した戦闘ロボのプロトタイプ、HMX−12よ」
 言われて、もう一度見てみる。昔、SF映画で見たような、オレンジ色のロボットみたいな。
「HMX−12、世界征服ビーム!!」
 紐緒さんの声に従って、ロボットの胸の青いレンズが光ったの。ホントにアニメみたいにビームが延びて、宇宙人に命中して爆発する。
「やったわ!」
 思わず声を上げるあたし。あ、でも、やっつけちゃってよかったのかな?
 と、頭上の円盤から青い光が、宇宙人のいたところに延びてきたの。そして、宇宙人がふわっと吸い上げられる。
 きゃぁ! 宇宙人から緑の液体が……。あれって血なのかな?
 紐緒さんはその円盤を睨み付けると、叫んだ。
「独裁パンチ!!」
 ロボットは左腕を上げた。あ、今気がついたけど、左腕はドリルになってるんだ。ちなみに、右手はマニピュレータっていうのかな? あのコの字型になってて両側から挟むやつ。あれになってるんだ。
 いきなりその左腕が煙を噴いたと思うと、ドリルの部分が火を噴いて飛んでいったの。円盤に向かって。
「ひゃぁ!」
 あたし、びっくりしてまた尻餅。
 ゴウッ
 飛んでいったドリルが、上の円盤の左のほうに命中して、爆発。って、あの中には主人くんがいるんでしょ!?
 と、円盤がふらりと傾いた。そのまま、落ちはじめる。
「主人くん!」
 あたし、今まで腰を抜かしてたことも忘れて、そっちに向かって駆け出してた。
「虹野、待ちなさい!」
 後ろで紐緒さんの声がしたけど、あたしはそれを無視して、腰の高さまである小麦の中を掻き分けて走る。
 でも、あたしの足なんかよりもずっと早く、円盤は向こうの方に落ちていく。
 そして……。
 ズズーン
 爆発した。

「あ、ああっ」
 目の前で、小麦畑が炎を上げてた。
 速く逃げないと、あたしのいるところもすぐに炎に包まれちゃう。
 頭では判ってた。でも……それがどうしたのって言ってる誰かが、あたしの中にいる。
 あたしは、小麦畑の真ん中に座りこんで、ぼう然としてた。
 不意に風向きが変わって、煙がこっちに流れてきた。
 それを吸い込んじゃって、咳き込むあたし。
「ゴホ、ゴホッ」
 と、そのあたしの肩が掴まれた。
「虹野、何してるの? 速く逃げなさい」
「紐緒……さん?」
 あたしはのろのろと振り返った。
 紐緒さんが、あたしをじっと見つめている。
「主人くん……は?」
「……」
 答えない紐緒さん。
 あたしは、その手を掴んだ。
「……返して」
「虹野……」
「主人くんを、返してよぉ!!」
 あたしの叫び声が、燃え上がる小麦畑に響いた。
 と。
「俺が、どうしたって?」
「え?」
 振り返ると、燃え上がる炎をバックにして、学生服姿の主人くんがいたの。
「……主人くん……」
「あつっ」
 顔をしかめて振り返ると、主人くんはあたし達に言ったの。
「とにかく、ここは危ない。早く逃げようぜ!」
「その意見には賛成だわ」
 うなずくと、紐緒さんは、まだ紐緒さんの腕を掴んだままのあたしの手を、さらにその上から掴んだ。
「とりあえず、放しなさい」
「あ、うん」
 あたしが肯いて手を離すと、紐緒さんは辺りを見回して舌打ちした。
「思ったよりも火の周りが早いわね」
「まずいぞ。囲まれたみたいだ」
 主人くんは腰を低くして、小麦に埋もれるような格好で辺りを見回した。
 あたしは立ち上がりかけて、慌ててまたしゃがみ込む。だって、もう小麦のすぐ上辺りまで、煙がもうもうと立ちこめてたんだもの。
 火事の時に一番怖いのは煙を吸い込んじゃうことだって言ってたものね。
 そうだ。
「主人くん、これ使って!」
 あたしはポケットからハンカチを出した。
「ありがと。でも、虹野さんは?」
「あたしは、ほら、これがあるから」
 あたしは、いつもはお弁当を包んでるナプキンを出すと、口を覆った。
「んじゃ、借りるよ。さて、どうするかな?」
「とりあえず、突破口を作るしかないわね」
 紐緒さんはそう言うと、大声で怒鳴った。
「HMX−12、自爆!」
「え?」
「二人とも、伏せなさい」
 そう言う紐緒さん。あたし達は慌てて伏せた。と同時に……。
 ドッカーン
 爆発音と共に、すごい風が吹いた。
「行くわよ!」
 紐緒さんが叫ぶ。
「え?」
 と、ぐいっとあたしの手が引っ張られた。
「行こう、虹野さん!」
 主人くん!
「う、うんっ!」
 あたしは肯いて、主人くんと駆け出した。
 炎が、あたし達の走る方向だけ消えてる。さっきの爆発と関係あるんだろうな、きっと。
「見えた!」
 紐緒さんが叫ぶ。あたしも、そっちに青い光が見えてきた。
 ここに来るときに使った……紐緒さんはゲートって言ってた……ドア。
 で、でも!
「あれ、燃えてる!」
「光ってるってことは、まだ稼働してるっていうことよ。どのみちこのままでは火に包まれて焼け死ぬのがオチね。生存確率はこちらが高いわ」
 平然と言う紐緒さん。
「高いって、どれくらい高いんだよ?」
「5%ほど」
 主人くんの質問に答えると、そのまま青い光の中に身を躍らせる紐緒さん。その姿が、光に溶けるように、すぅっと消えた。
 主人くんは、あたしをじっと見た。
「虹野さん……」
「……うん、行こ!」
「そうだね」
 あたし達は、青い光に飛び込んだ。
 ワァーッ
 パチパチパチパチ
 え?
 突然の拍手と歓声に包まれて、あたしは目を開けた。そしてもう一度びっくり。
 だって、目の前にはきらめき高校のみんながいて、拍手してるんだもん。
 ここは……、プリンセスホテルの宴会場のステージ?
 え? ええ? な、なにがどうなってるの?
 あたしは、主人くんを見たんだけど、主人くんもぽかんとしてるみたい。
 と、
「はい、ごくろうさまでした。紐緒さんのマジックショーでしたぁ。それでは、しばらくお待ち下さい」
 早乙女くんの声と一緒に、ステージに幕が下りたの。
 ひなちゃんが駆け寄ってきた。
「沙希ってば、超演技上手いのねぇ。おねーさんは見直したぞ。うんうん」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 一体何がどうなってるの?」
「俺も説明して欲しいんだけどな、紐緒さん」
 主人くんが、紐緒さんに訊ねる。
「見ての通り、マジックショーとかいうくだらない見せ物よ」
 肩をすくめる紐緒さん。でも口調のわりにはまんざらでもない顔してるように見えるのは、気のせい?
「こら、そこ! 出番が終わったらさっさとどいてくれ! 次の出し物があるんだぞ!」
 早乙女くんに怒鳴られて、あたし達は慌ててステージを降りたの。紐緒さんが早乙女くんを睨んで何かぶつぶつ言ってたのがちょっと気になったけど。大丈夫よね?
「やぁやぁ、ごくろーさま。さすが紐緒さんってところね」
 ステージから宴会場に降りたあたし達を出迎えたのは、浴衣姿の館林先生。上機嫌だと思ったら、片手に缶ビールをぶら下げてる。
「特に、宇宙人との決戦とか、最後の瞬間移動なんて、ホント手に汗握っちゃったわ」
「?」
 それって、さっき、本当にあったことじゃないの?
 そう聞こうと思って紐緒さんを見ると、紐緒さんは肩をすくめた。
「少なくとも、あなた達にとっては本当にあったこと、と言ってもいいわね」
「え?」
「催眠術!?」
「そうよ」
 口を揃えて叫んだあたし達を前にして、紐緒さんは鮪の刺身をつまみ上げた。
「なかなかいけるわね、これ」
「あたしは鯛の方が……じゃなくて、どういうこと?」
「さっきのは、あなた達を軽い催眠状態にしてやったのよ。その方が迫真の演技になるでしょう?」
 要するに、紐緒さんのマジックショー(ひなちゃん曰くアトラクションだったそうだけど)にあたしと主人くんが出演してたってことらしいの。
「でも、だからって……」
「いやぁ、最後の沙希ちゃんが泣きながら「主人くんを返して!」って叫ぶところなんて、私もじーんときちゃったわ」
 と館林先生が言って、あたしは真っ赤になった。
「あ、それはその、ホントだって思って……、その……」
「まー、照れちゃって、このぉ。かわういんだから」
 先生は、あたしの頭をグリグリし始めた。
「せ、先生……」
「それと、その前の主人くんのも良かったなぁ。UFOに掴まったときに、「俺は……」」
「まぁまぁ、飲んで飲んで!」
 慌てて主人くんが、先生のコップにビールをつぐ。
「あら、悪いわねぇ」
「ねぇ、主人くん、何て言ったの?」
「いや、だから、それはだねぇ」
 あら。主人くん赤くなってる。なにかすごいこと言ったのかな?
「あ、詩織じゃないか」
「え?」
 主人くんの声にステージの方を見ると、藤崎さんが出てた。わぁ、歌うんだ。
「そういえば、主人くん。藤崎さんの噂って本当なの?」
「ああ、詩織が歌手になるってやつですか?」
 ええ? そんなの初めて聞いたよ。
 あたしが驚いてると、向かいにいたひなちゃんがそんなあたしを見て笑った。
「相変わらず、沙希は噂にうといんだから。夏休み前から情報は流れてるんだぞ」
「ほっといてよ、もう」
 でも、確かに歌上手いし、美人だけど……ホントなの?
「俺もはっきりは知らないんですけどね。でも、最近帰りが遅いみたいだし、それもタクシーで帰ってくることも時々ありますしね」
 主人くんはそう言うと、肩をすくめた。
「ま、それ以上はノーコメントってことにして下さい」
「いずれ判ることだしね」
 そう言って、先生はステージで歌う藤崎さんを、コップのビールの泡ごしに見つめてた。

 ♪夏に 未だ少し早い季節
  心がときめく そして
  恋が 始まるの〜
 こうして、修学旅行は終わったの。
 なんだか、すごく思い出深い修学旅行だったな。
 ね、主人くん。

《続く》

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