喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く

沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第

話
帰ってきた虹野沙希

「ふぅ〜〜」
校門の前に来て、大きくのび。
なんだか、久しぶりみたいな気がする。たった1週間、来なかっただけなのにね。
「さぁて、と」
あたしは1つ息を吸い込んで、校内に入っていったの。
と。
「虹野先輩!!」
「きゃん!」
いきなりしがみつかれて、あたし、バランスを崩して倒れちゃった。
「み、みのりちゃん?」
「はい。お久しぶりですっ!」
みのりちゃんは、笑顔になった。あの、ちょっとあたしの上からどいてくれないかなぁ?
「先輩、私、寂しかったです。また逢えて嬉しいです!」
「そんな大げさなぁ。たかだか1週間じゃない?」
「そうなんですけど、虹野先輩をお見送りしたのって、なんだか2ヶ月くらい前のような気がして……ぐすん」
ぎくっ
「そ、そ、そんなことないわよ、ええ」
「あれ? 虹野先輩、何を焦ってるんですか?」
「焦ってなんて……。あ、そうだ。みのりちゃんにおみやげ買ってきたの」
「ホントですか? みのり、嬉しいですぅ!」
みのりちゃん、両手をあわせてうるうる。でも、いい加減に上からどいて欲しいんだけどな。
お昼休み、あたしがお弁当を提げて廊下を歩いてたら、後ろからひなちゃんがあたしの肩を叩いた。
「沙希、元気?」
「まぁね。……な、なに?」
ひなちゃんが、上から下までしげしげとあたしを見たの。思わず半歩引くあたし。
「いやぁ、噂がねぇ」
「噂って?」
「なんでも、沙希と後輩のマネージャーの……」
「みのりちゃん?」
「そそ、秋穂みのり。その二人が朝から校門で抱き合ってたって」
くらぁ。
「そ、それは、その……」
「お? 否定しないってコトは事実ってコトなの?」
ニヤニヤ笑いながらあたしの顔を覗き込むひなちゃん。あたしはかぁっと赤くなった。ちょ、ちょっと、なんであたしが赤くならなくちゃならないのよぉ?
「だから、それはね!」
両手を振り回してたところに、不意に後ろから声がかけられた。
「あ、沙希さん」
「え? あ、未緒ちゃん。どうしたの?」
振り返ると、未緒ちゃんが本を抱えて立っていたの。
「あ、いえ。私が用事があるわけではないんですが……。それ、振り回してもいいんですか?」
「?」
未緒ちゃんは、あたしの手にしてたものを指した。……って、ああーーっ、お弁当がぁっ!!
「ひ〜な〜ちゃ〜ん」
「あ、あたしは知らないもん。んじゃねぇ〜」
そう言って、ひなちゃんはばたばたっと廊下を走っていった。
「あ、こら、待てっ!」
「まったねぇ〜」
声が小さくなる。
あたしは、お弁当の包みを見て、ため息ひとつ。ソースがお弁当箱から漏れだしたみたいで、ナプキンに染みがついてる。
こりゃ、中身もぐちゃぐちゃだなぁ、きっと。はふぅ。
こんなお弁当、主人くんに出せるわけないし。今日はわけを言って謝ろう。
「未緒ちゃん、それじゃ〜ね」
「沙希さん、大丈夫ですか?」
「うん。精神的なダメージを受けてるだけだから」
あたしは、とぼとぼとA組に向かったの。
「ごめんね。そんなわけだから、今日のお弁当はなしってことで」
あたしが両手をあわせると、後ろから早乙女くんが主人くんに声をかける。
「残念だったな、公。ま、心配するな。俺が食ってやるから」
「え?」
「持って帰って捨てちゃうんだろ? そんな勿体ないことするなら、俺にくれよ。な、いいだろ?」
「でも、中身めちゃめちゃよ」
「めちゃめちゃったって、腹の中に入ってしまえばおんなじよ。それに、優美の弁当と違って喰えないってわけじゃねぇし、なぁ」
「……」
主人くん、顔が引きつってる。どうしたのかな?
あたしも主人くんの見てる方を見て、ぎょっとした。
「あれっ? 公も虹野さんも、どした?」
「お〜に〜い〜ちゃ〜ん〜」
早乙女くんの後ろから、妙なオーラを漂わせながら登場したのは、早乙女くんの妹の優美ちゃん。
「げ!? ゆ、ゆ、優美さん、一体どうしたのであらせられるのでしょうか?」
慌てた早乙女くん、座ってた机から転がり落ちながら慌てて声をかける。
「優美のお弁当が、どうしたんだってぇ?」
「いや、優美の弁当は最高だなって話をだな……、よ、よせ、やめろ!!」
「優〜美〜ボンバー!!」
どっかぁん
……早乙女くんに時々優美ちゃんのこと聞いてたけど、ホントだったのねぇ。
あたしは妙な感心をしながら、早乙女くんの腕を締め上げる優美ちゃんを見ていた。
「ぎょぇぇ。ゆ、優美、ギブアップ、ギブアップ!」
「ノーノー。ギブアップは、認めない、もん!」
さらに力を込める優美ちゃん。早乙女くんの顔色が、わぁ、青くなっていくよ。
これは流石に危ないんじゃないかな?
えっと、どうしたら……。
そうだ!
「主人くん、優美ちゃんにあげる北海道のおみやげ、今持ってる?」
「あ、ああ」
主人くんもどうしていいかわからないであたふたしてたけど、あたしの言葉に肯いて、鞄から箱を取りだす。
あたしがその箱を開けると、その中からは牛の首につけるカウベルが出てくる。
「これこれ。せぇの!」
あたしは、思いきりそのカウベルを叩いた。
カン・カン・カン
「……はっ!?」
優美ちゃんがハッと気付いて辺りを見回す。
「あれ? お兄ちゃん、なにしてるの?」
「あのな……ガクッ」
そのまま早乙女くんは気絶しちゃった。
「なるほど、そういうわけね。まぁ、寝かせておけばすぐに気がつくと思うけど」
高橋先生は、ベッドで寝てる早乙女くんを見て、苦笑した。
「それにしても、元気ねぇ」
「すみません」
小さくなってる優美ちゃん。
その頭をポンポンと叩くと、高橋先生は言ったの。
「腕ひしぎ十字固め、なかなか綺麗に決まってたようね」
「え?」
ぱっと顔を上げる優美ちゃん。
「先生、判るんれすか?」
「ちょっと昔かじったことがあってね」
そう言って微笑む先生。って、プロレスしたことあるの?
「あ、もちろん私がやってたってわけじゃないんだけど。私の大学の時の知り合いに、プロレスラーになっちゃった人がいるのよ」
「そうなんれすか?」
あ。優美ちゃん、目をキラキラさせてる。
「ええ。早乙女さんは知ってるかもしれないけど、超日本のコンバット越前っていう……」
「知ってます! へぇ〜、先生、コンバット越前の知り合いなんだぁ。ねぇねぇ、今度、優美、逢ってみたいなぁ」
「そう? それなら、今度連絡してみようかな。でも、面白い人でねぇ。私が知り合ったころは、まだリングネームもなくって本名の越前耕介で出ててねぇ……」
話に夢中になってる優美ちゃんと高橋先生(と早乙女くん)を置いて、あたし達は保健室を出たの。
それから腕時計を見て、主人くんは苦笑したの。
「この時間じゃ、今から食堂に行ってもろくなもの残ってないなぁ」
「え?」
言われてあたしも腕時計を見てみた。あ、もう昼休み半分終わっちゃってる。
「どうする? 主人くん」
「虹野さん、さっきの好雄じゃないけど、その弁当、よかったらくれない?」
「え? でも、中身が……」
「問題は中身じゃないよ。虹野さんがせっかく作ってきてくれたんだもの。ね?」
そう言って笑う主人くん。
あたしもなんだか嬉しくなって、笑っちゃった。
「それなら、いいよ。主人くん、食べてね」
天気もよかったから、あたし達は中庭でお弁当を食べたの。
「ごちそうさま。やっぱり美味しかったよ」
「そう? なら、よかった」
お弁当は振り回したおかげでソースがご飯についちゃったり、片方に寄っちゃったりしてたけど、思ったほどはひどくなくて、あたしはほっと胸をなで下ろしてた。
「あ、お茶どうぞ」
「ありがと。……そういえば」
お茶を飲みながら、主人くんはふと気付いたようにあたしに言ったの。
「なぁに?」
あたしもお茶を飲みながら答える。
「秋穂さんと抱き合ってたって、ホント?」
ブゥーッ
思わずお茶を吹き出しちゃって、咳き込むあたし。
ケホケホケホッ
「だ、大丈夫?」
「ゴホ、だ、だい……ゴホゴホッ」
「ほらほら、しっかりして」
主人くんに背中をさすってもらって、やっと落ちつくあたし。
「あー、びっくりした。あのね、みのりちゃんとはそんな関係じゃありません」
あたしがキッパリ言うと、主人くんも肯いたの。
「俺もそう思うんだけど、なんだかすごい噂になってるからさぁ」
う〜、ひなちゃんめぇ、あとで見てなさいよ。
と、そこにそのひなちゃんが走ってきた。
「あ、いたいたぁ! 公くぅん!」
「ひなちゃん!」
あたしがすくっと立ち上がると、ひなちゃんは片手を上げた。
「沙希の言いたいことはよくわかる。だが、ここはあえて退け!」
……なにかの真似かな?
あたしはとりあえず黙ってることにした。ひなちゃんは主人くんに訊ねる。
「しおりんがいよいよアイドルデビューするってマジ?」
「ええっ!?」
「さぁ?」
肩をすくめる主人くん。
「俺だって、隣に住んでるだけだし……。確かに昨日、なんだか隣が騒がしかったみたいだけど、そこまでは……。朝日奈さんの方こそ、何か知ってるのか?」
「うーん。ま、いっかぁ。他ならぬ主人くんと沙希だし」
腕を組んで少し考えてから、ひなちゃんは言ったの。
「なんでも、しおりん、今日休学届を出したらしいのよ」
「休学届? 学校辞めちゃうの?」
「しぃっ、声がでかい、沙希」
「ご、ごめん」
あたしは慌てて口に手を当てた。
ひなちゃんは声を潜めた。
「第一、退学届とは言ってないっしょ! 休学届だってば。あたしも職員室でちらっと聞いただけなんだけど……」
さては、ひなちゃん、またお説教されてたのね。
「なんでも、しばらく学業に専念できなくなるのでって事らしいんだけど、しおりんの場合は成績もいいし、欠席日数ぎりぎりまでは大目に見ますから、ってことで、とりあえず休学届は引っこめたみたいなんだけど……」
そう言ってから、あたしと主人くんの顔を見回すひなちゃん。
「これって、マジにアイドルデビューするっぽいじゃん?」
「うーん」
あたしと主人くんは声を揃えてうなったの。だって、今まで同じ学校で、そりゃ成績は大分違うにしても、一緒に勉強してきた人が、テレビの向こうのアイドルになっちゃうって、何となく想像できなくって。
主人くんにしてみればなおさらよね。藤崎さんとはお隣同士の幼なじみで、ずっと一緒の学校だったんだもの。
と、
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴ったの。
「あ、やば。予鈴じゃん。んじゃ、あたしはこれで!」
そう言って、ダッシュしていくひなちゃん。
あたしもあたふたとお弁当箱を重ねて袋に押し込んだ。
「主人くん、あたし達も急がなくちゃ!」
「そうだね!」
あたし達も駆け出した。
放課後になると、藤崎さんの噂で学校中もちきり。おかげであたしとみのりちゃんの変な噂はどこかに消えちゃったみたいで、それはそれで嬉しいんだけど……。
「こんなことなら、サインもらっておけばよかったなぁ」
「馬鹿か、お前。アイドルは厳しいんだぞ。そんなに有名になれるもんか」
部室でも、その噂が飛び交っていたの。
あたしがたまりかねて言う前に、みのりちゃんが立ち上がってた。
「もう練習始める時間ですよっ!」
「あ、そっか。すまんな、秋穂」
「練習、練習っと」
そう言いながら出ていくみんなを見送って、みのりちゃんがぷっと膨れた。
「ホントに、みんなして、そういう話題好きなんだから」
「みのりちゃんは嫌いなの?」
あたしが訊ねると、みのりちゃんはペロッと舌を出した。
「ホントは、好きですけどね。でも、今回はちょっとなぁ。せっかく私と虹野先輩の仲が学校公認になるチャンスだって思ったのにぃ」
……聞かなかったことにしようっと。
「みっ、みのりちゃん、そろそろボール出さないと。みんな柔軟体操終わった頃じゃないかな?」
「そうですね。それじゃ、私が出しておきます」
そう言うと、みのりちゃんはボール籠を押して部室から出ていったの。
あたしはほっとひとつため息。
……悪い娘じゃないのよね。むしろ、いい娘なんだけど……なぁ……。
外から、主人くんの声が聞こえてきた。
「そこ、もっとパスを早く!!」
主人くん、頑張ってるな。あたしも頑張らなくちゃ。
あたしはこつんと自分の頭を叩くと、ノートを広げた。予算編成とかスケジュールとか、デスクワークがいっぱいあって大変なのよねぇ。あたし、苦手なんだ、これ。みのりちゃんも得意じゃないし。誰かもう一人、マネージャー来てくれないかなぁ?
いけない、いけない。
現実逃避しそうになって、あたしはもう一度頭をこづくと、ノートを睨み付けた。
そして、季節は移り、10月に入った……。
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く