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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言

 鉄人と助手 前編


「で、対戦相手ってまだわかんないの?」
「うん。伊集院くんは、その場になればわかるって言うだけだし……」
 翌日の放課後。部活が終わってから、あたしとひなちゃんは『Mute』でだべってたの。
「にしても、鉄人虹野かぁ、かっこいーじゃん」
「そんなことないってば」
「食材もやっぱりわからないの?」
 舞お姉さんが、あたしの前にコーヒーを置きながら訊ねたの。
「うん。でも、今まで使ったこともないようなものは出さない、とは言ってたけど……」
「ま、沙希なら誰にも負けないって」
 そう言ってあたしの背中をポンポン叩くひなちゃん。

 今年の文化祭は、去年までと較べると1日延びたの。
 その1日分で大きな催しをするってことで、今年の出し物は「きらめき高校 料理の鉄人」に決まって、あたしがその鉄人に選ばれちゃったの。
 で、いろいろあって、結局あたし、その鉄人を引き受けることにして、今日伊集院くんにそれを伝えたっていうわけ。
 カランカラン
「お、いたいた、鉄人沙希ちゃん」
 館林先生が、入ってくるなり、あたしに声を掛けたの。
「先生、どうして知ってるんですか?」
 あたし、驚いて立ち上がる。だって、伊集院くんに出るって伝えたの、今日の昼なのに……。
 舞お姉さんがじろっと先生を見る。
「さては、晴海。沙希ちゃんを推薦したの、あなたね?」
「ええっ? そうなんですか?」
 思わず立ち上がるあたし。
「さぁ、なんのことでしょう?」
 先生はあさっての方を見て口笛吹いてる。あたしは確信した。間違いなく先生の推薦なんだ。……もしかして、この企画自体、先生が考えたんじゃ……?
「ときに、朝日奈夕子ちゃん!」
 いきなりひなちゃんに向き直る先生。ワッフルを食べてたひなちゃんは、きょとんとしてる。
「ふぁふぁひ?(あたし?)」
「そ。鉄人の実況アナウンサーをお願いしたいんだけど、どう?」
「あたしが? でも、放送部の人とかいろいろいるっしょ?」
「ダメなのよねぇ、それが」
 肩をすくめる先生。
「普通の野球の実況ならこなせる人は多いけど、こと料理の実況となるとねぇ、これがいないんだ」
「?」
「つまり、実況ってことは、それなりにいろいろ知ってないとだめでしょ? 料理のことまで知ってるような放送部員がいないんだこれが」
 館林先生は、そう言って嘆く。
「いっそ、沙希ちゃんに実況もやって欲しいくらいなんだけど、さすがにそれは無理でしょ?」
「そっかぁ……って、あたしもそんなに詳しくないよ」
「ま、放送部員よりは流行にも詳しいし。いろんなとこに食べに行ってるでしょ? それなりにグルメと見たけど、違う?」
「まぁ、ねぇ〜」
 ひなちゃん、にまっとすると、大きくうなずいた。
「ん、了解。その代わり、先生、現国の点、負けて。お願い!」
「司法取引ってやつね」
 真面目な顔でうなずく先生。
『それって違う』
 あたしと舞お姉さんの声がはもった。
 家に帰ってから、あたしはベッドに寝ころんだ。
 練習しようっていったって、何が食材に出てくるのかわかんないから、練習のしようがないのよねぇ。
 今まで使ったことの無いようなものは出さないっていっても、今まで使ったことがある食材だけでもとんでも無い種類あるんだし……。
 でも、このままぼうっとしててもいけないのよね。
 どうしよう……。あーん、なんだか焦って来ちゃう。
 何をすればいいんだろ?
 と、
 その瞬間。あたしの頭の中に、1つの風景が浮かんだ。
 神社で、木の間に張ったネットに向かってサッカーボールを蹴る主人くん。
「いけない!」
 あたしはベッドから飛び起きた。
 キィッ
 神社の前で自転車を止めて、耳を澄ます。
 バィン、ザッ
 ボールを蹴る音と、木が揺れる音。
 やっぱり、今日もやってたんだ。
 あたしは、自転車のかごからディバッグを取ると、神社の境内に入っていった。
 社を回って裏手に出ると、思った通り。
 主人くんがそこにいた。
「いつも悪いね。そんなに気を使うことないのに」
「そんなことないってば。どんどん食べてね」
 あたしはそう言って、お弁当を主人くんに差しだしたの。
 主人くんが毎日やってる夜練。毎日じゃ邪魔かなって思って、最近は顔を出すのを2日に1回くらいにしよう、とは思ってるんだけど、やっぱり毎日顔出しちゃう。えへ。
「うん。相変わらずいい仕事してるねぇ」
「やだ。誉めたって何も出ませんよ〜だ」
 そう言って笑いながら、お茶をついで渡してあげる。
「お、サンキュ。あれ? そういえば、何時からホットになってたっけ?」
「修学旅行が終わったくらいから。寒くなってきたら、お腹を冷やすといけないと思って」
「へぇ、ありがとう。気を使ってくれて」
「どういたしまして」
 ホントは、お茶の温度まで考えて、だんだん熱くしてるんだけどね。
 主人くんはお茶を飲み干すと、立ち上がった。
「さぁて、続きをするかな」
「ねぇ、主人くん」
 思わず声を掛けてから、あたしは慌てた。声を掛けるつもりなかったのに。
「え? 何?」
「あ、えっと、練習って、どうすればいいのかな?」
「練習?」
 わきゃ! 思わず今考えてたこと、そのまま言っちゃった。
「ごめん、忘れて! 今のなし!」
「練習ねぇ……。俺は応用は基本の上に成り立つって思ってるから、まず基本を身体にしみ込ませることだって思うよ。繰り返しやって、頭でやろうと思わなくても体が勝手に動いてる、くらいになるまで続けることじゃないかな?」
 主人くんは、軽くリフティングしながら言ったの。
「基本を……?」
「まぁ、俺がそう思ってるだけ、なんだけどね」
 そう言うと、ポンとボールを高く上げて、落ちてきたところをボレーシュート。
 バシィッ
 ボールは、置いてあった障害物をすり抜けてネットを揺らしたの。
「すごい!」
「ま、俺もまだその域には達してないから、練習を続けてるんだけどね」
 微笑むと、主人くんはぽんとあたしの頭に手を置いたの。
「あ」
「虹野さん、頑張れよ。これくらいしか出来ないけど、俺、応援してるからさ」
「うん……ありがとう」
 そう言ってから、あたしはくすっと笑った。
「なんだか、いつもと逆だね」
「そうだなぁ。いつもは虹野さんに応援してもらってるもんな」
 そう言って、主人くんも笑ったの。
 帰ってきてから、あたしは手を洗って台所に入る。
「あら、沙希、どうしたの?」
 ちょうど、お魚をおろそうとしていたお母さんが振り返る。
「お母さん、ちょうどよかった。それ、やらせてくれない?」
「え? ええ、いいけど。それじゃこの鰆、五枚におろしてちょうだい」
「わかったわ」
 うなずいて、あたしは包丁をお母さんから受け取った。
「助手、ですか?」
 翌日のお昼休み。
 あたしは生徒会室で伊集院くんの説明を受けてたの。
「そう。虹野くん一人では何かと大変だろう? 実際の番組でも助手がいるではないか。というわけで、虹野くんにも助手をつけようと思うのだ。無論、君と戦う挑戦者も条件は同じだがね」
 そう言うと、伊集院くんは笑みを浮かべたの。
「そこで相談なのだが、君としては助手はどちらがいい? 一流シェフと、同級生と」
「どういうことですか?」
「同級生なら、君の好きな者を2名選んでもらっていい。一流シェフなら、僕が我が伊集院家専属シェフの中から適当な者を2名選んでつけてやろうと思う。虹野くん、君はどちらを選ぶ?」
「えっと、それは……」
「気心の知れた友と、腕は確かな一流シェフと、どちらだね?」
 机の向こうで、伊集院くんは手を組んでそのうえに顎を乗せて、あたしをじっと見た。
「この場で決めないと、いけないんですか?」
「無論、そんなことはないが、一流シェフの場合はスケジュールを押さえねばならんし、君の友人にしても都合があるだろうから、早いに越したことは無いぞ」
「……」
 あたしは考え込んだ。
 確かに一流シェフのひとが手伝ってくれるのはすごいと思うけど、でもやっぱり……。
「そういえば、挑戦者の方は友人に頼むと言っていたな」
 不意に独り言のように言う伊集院くん。
 ひとつうなずいて、あたしは顔をあげた。
「あたしも、友達に頼みます」
「そうか、わかった。話はそれだけだよ。さがってくれていい」
「はい。それじゃ、失礼します」
 あたしは立ち上がって頭をペコッと下げた。
「助手、かぁ」
 A組に戻ると、主人くんと早乙女くんだけじゃなくて、ひなちゃんも来てたの。
 早速どういう話があったかって聞かれたから、そのまま答えると、ひなちゃんが腕を組んで呟いたの。
「沙希は、当てがあんの?」
「えっと……」
 言われて、はたと気付いた。誰にすればいいんだろ?
「ひなちゃん、どうしよう?」
「やれやれ」
 肩をすくめるひなちゃん。
「あたしは実況だから手伝えないかんね」
「そりゃわかってるよぉ」
 でも、どうしよう?
 あたしが考え込んでると、不意にひなちゃんがポンと手を打った。
「そだ! ゆかりはどう?」
「ゆかりって、古式さん?」
「そそ。あの娘、あー見えて結構器用だし、日本料理は出来るって言ってたし」
 そういえば、夏合宿の時に、古式さん器用に鮪のお刺身作ってたよね。それに、兼定の包丁なんて業物も持ってたし。
「よし、ここは沙希のために一肌脱いであげよー」
 ドンと胸を叩くひなちゃんに、早乙女くんががばっと顔をあげる。
「何? 脱ぐ?」
「ぼけぇ!」
 ドゴォ
「べっ」
 早乙女くんの頭を机の上にたたき付けて、ひなちゃんはA組を飛びだしていったの。
「んじゃ、ゆかり呼んで来るねー」
 廊下から声だけ聞こえてくる。
「いてて、ったく朝日奈のやろー」
 早乙女くんが顔を起こした。あらら、机にぶつけた鼻が赤くなってる。
「好雄、いい言葉を教えてやろうか? 自業自得っていうんだ」
「あのなあ、公……」
 早乙女くんと主人くんのやりとりを聞きながら、あたしは考え込んでた。
 助手は2人必要なのよね。1人は古式さんにお願いできたとしても、もう1人……どうしよう?
「そう言うことでございましたら、義を見てせざるは勇なきなり、とも申しますし、よろしいですよ。お手伝いいたしましょう」
 にこっと笑って古式さんはうなずいたの。
 あたしはぎゅっとその手を握ってブンブンと振った。
「ありがとう、古式さん!」
「何処までお役に立てるか解りませんが」
「そんなことないって。ゆかりの腕は沙希と負けず劣らずってあたしは見てるんだからさぁ」
 その古式さんの後ろから、ひなちゃんが笑いながら言ったの。
「まあ、夕子さんったら」
「それよかさぁ、沙希、もう1人はどーすんの?」
「どうしようか?」
「ん〜」
 腕を組んで考え込んだひなちゃんが、不意に時計を見上げたの。
「あ、もうこんな時間じゃん。もうすぐ予鈴が鳴っちゃうぞ」
「それじゃ、あとは放課後になってから、考えようか」
 主人くんが言って、あたしは立ち上がった。
「そうね。それじゃ、あたしはE組に戻るね!」
「助手、助手、もう1人の助手っと」
 腕を組んでブツブツ呟きながら、廊下を歩いてると、不意に声をかけられたの。
「虹野先輩、どうしたんですか?」
「え? あ、みのりちゃん? どうしてこんな所に?」
「それはこっちのセリフですよ。もうすぐ5時間目始まりますよ」
 言われて辺りを見回してみると、2年の教室のある所だったの。
「あれ?」
 考えながら歩いてたから、いつのまにかこんな所まで来ちゃったのね。
「もしかして、私に逢いに来て下さったんですか? みのり、嬉しいです!」
 手を組んでうるうるするみのりちゃん。
 そうだ!
「みのりちゃん、お願いがあるんだけど……」
 こうして、あたしは2人目の助手を頼むことが出来たの。

《続く》

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