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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言

きらめき神宮大混戦(前編)


 あっという間に大晦日。
 今までは、毎年家族で年を越してたんだけど、今年は初めて一人っきりの年越し……。
「わーっはっはっはっは」
「お酒もってこぉい」
「きゃっほぉー」
 あたしは、額を押さえた。
 そういうわけにはいかなかったのよねぇ。
 えっと、説明するね。
 今あたしがいるのは『Mute』なの。
 昨日、ここで一人で年越しをするんだって話をしてたら、いつの間にか『Mute』でカウントダウンパーティーをしようって話になって、そしたらひなちゃんと館林先生があちこちに電話かけて、こうなっちゃったの。
 でも、残念ながら主人くんはいないの。なんでも用事があるんだとか。ちょっと残念、かも。
「沙希ってば、何、壁に向かってぶつぶつ言ってるのよぉ?」
 ひなちゃんが、後ろからもたれかかってきた。
「きゃん!」
「を。ちょっとは成長したかぁ?」
「ホントか、朝日奈? よし、チェックだチェック!」
「お兄ちゃん、みっともないことしないでよ! 優美ボンバー!!」
「ぐぇぇ」
 手帳を片手にしたまま、後ろから優美ちゃんに締め上げられてる早乙女くん。
 あたしは、ひなちゃんの手をぺしぺし叩いて胸からどけさせて、振り返った。
「大体、どういう伝え方したら、こんなに人が集まっちゃうわけ?」
 あたしがそう言うと、ひなちゃんはいきなり両手を組んでうるうるしながらあたしに詰め寄った。
「沙希! なんてこと言うのよぉっ!」
「な、何よぉ」
「沙希が一人っきりで寂しい大晦日を過ごすのは可哀想だからって、一生懸命手配した親友の心根を無にするつもりなのっ!?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「いいえ、そうよきっとそうなのよ! 沙希ったらひどいひどいひどぉい。ひなりゅん泣いちゃうりゅん」
「……あのぉ〜、もしもし?」
 もしかして、ひなちゃん酔っ払ってない?
 と。
 カランカラン
「ハァイ、グッイブニーン」
 不意にドアが開いて、彩ちゃんが入って来たの。
「あ、彩ちゃん」
「彩子! 聞いてよ沙希ってばひどいのよぉ」
 早速ひなちゃんが彩ちゃんにかけよって訴えてる。彩ちゃんは慣れっこって感じでひなちゃんの頭を撫でてる。
「アイシー、わかったわ。それよりあたし、コート脱ぎたいの」
 あたしは、ひなちゃんから解放されてほっと一息……。
「お姉さまぁ」
「虹野先輩!」
 ……つかせてもらえなかった。
 ぱたぱたと左右からみのりちゃんと葉澄ちゃんが駆け寄ってきた。

「ねぇ、先輩! 今年は全国大会には行けなかったけど、来年はきっと行けますよね! なんてったって虹野先輩がマネージャーしてるんですもの、もう全国制覇間違いなしって私信じてます。それに主人先輩だって最近どんどん力付けてますしね。あ、でも誤解しないで下さいね。私は虹野先輩一押しなんですから!」 「あーん、お姉さまおひさしぶりですぅ。ずっと逢えなくて葉澄寂しかったですぅ。でもでも、晴海お姉さまのところでご厄介になってても、お姉さまのことはずっと忘れていません。そりゃ千晴ちゃんもかわいいんだけど、やっぱりお姉さまのほうがいいなぁって思うんですよ。えへ、だってお姉さまが一番なんだもん」
「ちょ、ちょっと二人とも落ちついて、ね?」
 あたしが声をかけると、二人は顔を上げて、同時に相手に気付いたみたい。あーん逆効果ぁ。
「虹野先輩、まだこんなのに付きまとわれてたんですか? 最近噂を聞かなかったから、硼酸団子でも食べてお腹でも壊したのかと思ってたのに」 「お姉さま、まだこんなのをマネージャーにしてたんですか? 最近噂を聞かなかったから、ダイオキシンでも食べて海に浮かんでるのかと思ってたのに」
 一拍おいて……、
「なによ!?」 「なによ!?」
 あーん、もうどうしよう?
「あの、二人とも、落ちついて、ね?」
「虹野先輩がいけないんですよ! こんなのを傍に置いてるから……」
「こんなのとはなによぉ!?」
 うわぁん、二人とも、えっと、なんていったっけ? ……そうそう、一触即発だよぉ。
「はい、二人ともそこまでそこまで。大晦日になってまで喧嘩してると、沙希ちゃん怒ってどこかに行っちゃうわよぉ」
 後ろからパンパンと手を叩きながら現れたのは館林先生。
「そうそう、秋穂さん、あっちで沢渡くんが捜してたわよ」
「関係ありません!」
 ぷいっと横を向くみのりちゃん。ここぞとばかりに葉澄ちゃんがはやし立てる。
「へぇ。虹野先輩一筋じゃなかったんだぁ。みのりちゃんのうあきものぉ」
「誰が! 第一あんたにみのりちゃんなんて呼ばれる筋合いなんてないわよっ! 私をそう呼んでいいのは虹野先輩だけですっ!」
「へぇ〜、ふぅ〜ん」
 腕を組んで思いっきり莫迦にしたようにしてる葉澄ちゃんの耳元で、館林先生が囁いた。
「葉澄ちゃん、千晴にお姉さまって呼ばせてるんですってねぇ」
「え? あ、そ、それはぁ、そのぉ……」
 わぁ、珍しい。葉澄ちゃんが真っ赤になって慌ててるところなんて、初めて見たような気がする。
 館林先生はにまぁっと笑った。
「千晴ったら、葉澄ちゃんにすっかり参っちゃったみたいよぉ」
「晴海お姉さま、なにもお姉さまの前でそんなこと……」
「ふぅん、そっちもなんだか事情ありそうねぇ」
 と、今度は余裕ありげになったみのりちゃんが言いかけたところで、後ろから声がかかったの。
「みのり、さっきから沢渡くんがお呼びよぉ」
 あ、美鈴ちゃんだ。
「みーちゃん、それ以上言うなら殺すわよ」
「おー、怖わ。あーん、虹野先輩。みのりちゃんがいじめるんですよぉ」
「ちょ、ちょっとみーちゃん! あ、虹野先輩、何でもないですよ何でも」
「みのりぃ〜」
「わかった、わかったわよ。ったく、沢渡ぃ! 札幌の従姉妹のところにでも転校しちゃえ」
 ぶつぶつ言いながら、みのりちゃんと美鈴ちゃんは向こうの方に行ったの。あたしは、館林先生としゃべっている葉澄ちゃんを確認してから、ため息一つついて、ちらっと時計を見る。
 わ、もう11時過ぎてる!
「あ、沙希ちゃん、ちょっといい?」
 カウンターの向こうから舞お姉さんの声が聞こえて、あたしはカウンターに駆け寄ったの。
「はい、なんですか?」
「楽しんでるところ、ごめんね。ちょっと手伝って欲しいんだけど、いいかしら」
「ええ、いいですけど、何をするんですか?」
「これよ、これ」
 舞お姉さんは、テーブルの上に積み上げられているお蕎麦を指した。あ、年越し蕎麦かぁ。
「これだけ量があるとね。手伝ってくれる?」
「いいですよ」
 あたしは、カウンターの中に入ると、舞お姉さんにエプロンを借りた。
「いっただきまぁす!」
 みんなが声を合わせると、舞お姉さんはにこにこしながら頷いたの。
「はい、どうぞ」
 それから、あれだけ騒がしかった店内が、急にしーんとする。みんなのお蕎麦を食べる音だけが聞こえる。
 ううん、それだけじゃない。
 ゴォーーーン
 ゴォーーーン
 外から、微かに、鐘の音が聞こえてくる。
 除夜の鐘、かぁ。
 これを聞くと、ほんとに大晦日なんだなぁ、って実感しちゃうね。
 カウンターに頬杖ついて、そんなことを考えてると、不意にあたしの前に丼が置かれたの。
「はい、沙希ちゃんも」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
 あたしは舞お姉さんにお礼を言って、丼を受け取ったの。
 と。
 カランカラン
「すっかり遅くなっちゃったじゃないか」
「しょうがないでしょ? これでも急いで来たのよ」
「主人くん、藤崎さん?」
 あたし、思わず立ち上がってた。
「あ、間に合った?」
「ギリギリな」
 早乙女くんが時計を指して笑った。あたしもつられて時計を見る。
 午後11時55分。
「ほんとにギリギリだなぁ」
「しおりん、仕事じゃなかったの?」
 ひなちゃんが訊ねると、藤崎さんはにこっと笑ったの。
「今終わったところなの。ほら、まだ衣装着たままなの」
 ほんとだ。藤崎さん、コートの下は奇麗なドレス着てる。
「俺まで荷物持ちに呼ばれるんだもんなぁ」
 ぶつぶつ言ってる主人くん。用事って、このことだったのね。
 と、藤崎さんがあたしの前まで来ると、身をかがめて囁いたの。
「ごめんね、公くん使っちゃって。謹んでお返しします」
 あたし、反射的に立ち上がって頭を下げた。
「あ、はい」
「沙希、なにしてんの?」
「え。あ、えっと……」
 ひなちゃんに突っ込まれてあたふたして、あたしはまた時計を指した。
「ほ、ほら、もうすぐじゃない」
「あ、ほんと」
 藤崎さんも頷いた。時計は11時59分になってた。
 思わず、みんな静まりかえって、時計を見上げる。
 チッチッチッチッ
 ゴォーーーン
 秒針の立てる微かな音と、時々聞こえてくる除夜の鐘の音だけ。
 そして、カウントダウン。
 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0!
「あけまして、おめでとぉーっ!!」
 その瞬間、みんな歓声を上げて叫んだの。
 それから30分。
「はいはい、みんな注目〜」
 館林先生の声に、あたし達はお喋りを止めてカウンターのほうを見たの。
 みんなが見てるのを確認して、先生は言ったの。
「それじゃ、そろそろ今日はお開きにしましょ。あんまり遅いとご両親も心配されるでしょうし、それに今日は元旦なんだから」
「元旦だからなんなんですかぁ?」
 ひなちゃんが訊ねると、先生はぴっと指を立てた。
「いい娘にしてないと、お年玉の査定に響くわよ」
「わぁ、超やっばぁい!」
「お前は今さら響きようがないだろ」
「あんたに言われたくないわよ」
「がぁーん。朝日奈、おまえなぁ」
 早乙女くんとひなちゃん、やっぱりいいコンビだなぁ。
「そんなわけで、今日のところはこれにて解散」
「お疲れさまでした」
 というわけで、みんなぞろぞろ帰って行ったの。
「さて、と。あたしも疲れたし、帰るかなぁ」
 欠伸をしながら立ち上がろうとした先生の襟首を、舞お姉さんが掴んだ。
「晴海ちゃん、まさかこのまますんなりと帰ろうと思ってるわけじゃないわよねぇ?」
「あらぁ、舞ちゃんどぉしたの? そんなに怖い顔しちゃってぇ?」
「晴海ちゃん?」
「……わかったわよ、片づけを手伝えばいいんでしょ」
「まぁ、手伝ってくれるの? 嬉しいわぁ」
 ……舞お姉さんって、館林先生よりも上手なのかもしれないなぁ。
「あ、私も手伝います」
 あたしは立ち上がった。
「そんな、沙希ちゃんまで悪いわよ」
「舞、みんなが帰るまでじっと待っていた沙希ちゃんの気持ちも汲んであげなさいって」
 先生は、舞お姉さんの肩をポンポンと叩いた。あは、ばれてたんだ。
「やっぱり」
 後ろから声がして、あたしはびっくりして振り返った。
「主人くん、藤崎さん」
「言ったでしょ? 虹野さんは残ってるって」
 藤崎さんが主人くんに言った。主人くんは腕を組んでうなずいた。
「なるほどねぇ」
 その主人くんを後ろからポカリと叩く藤崎さん。
「何偉そうにしてるのよ。ごめんなさい、みなさん。よかったら私達もお手伝いしますから」
 舞さんはにこっと笑った。
「そうね。みんなに手伝って貰えば早く終わるわよね」
「それじゃ、お休みなさい」
「お休みなさい」
 あたし達は舞お姉さんに頭を下げた。それから、館林先生がポケットから鍵を出して、声をかける。
「さってと、3人さん。家まで送るわよ」
「あ、先生。虹野さんは主人くんが送るって言ってますから、よろしければ私だけ送ってもらえますか?」
「え?」
「ちょ、詩織!」
「でしょ、公くん?」
 何か言いかけた主人くん、藤崎さんの顔を見て口ごもる。
 でも、悪いよね。
「主人くん、あたしならべつに……」
 言いかけたあたしを遮るように、先生が悪戯っぽく笑った。
「それもそうね。それじゃ藤崎さん、乗って」
「詩織、ちょっと待てよ!」
「公くん、自転車でしょ? 置いて帰るわけにもいかないじゃない」
 先生のミニクーパーの助手席に乗り込みながら、笑って言う藤崎さん。そういえば、車の横にある自転車、見覚えがあるな。
「でも、それは詩織が……」
「それじゃ、公くん、虹野さん、お休みなさい」
「お休みぃ、お二人さん」
 ブロロロロー
 そのまま、走り去っていくミニクーパーを見送りながら、主人くんは悔しそうに呟いたの。
「詩織めぇ、はめやがったなぁ」
「え?」
「あいつ、わざわざ自転車で送ってくれって指定しやがったんだ。こうなるって判ってやりやがったなぁ」
「……ごめんね、主人くん。嫌なら……」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
 何となくあたし達は顔を見合わせた。そして、何となく笑顔になる。
「改めて、新年おめでとう、虹野さん」
「うん。今年もよろしくね、主人くん」
 あたし達は頭を下げあった。それから、主人くんが自転車にまたがる。
「良かったら、乗っていかない? 家まで送るよ」
「うん、ありがとう。乗せて貰うね」
 あたしは、主人くんの後ろの荷台に横坐りしたの。

《続く》

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