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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第

話
きらめき神宮大混戦(中編)

キィキィキィ
主人くんがこぐ自転車の荷台に座るあたし。
「ごめんね、重くて」
「いや、全然重くないよ。……それよりさ」
白い息を吐きながら、主人くんはあたしに訊ねた。
「今日の予定は?」
「今日? うーん。いつもなら、家族揃っておせちを食べてから、初詣して、そのあとは……お父さんやお母さんはお年始回りだけど、あたしはいつもごろごろしてたな。あは」
「でも、今年は一人だろ?」
「うん、そうなのよねぇ。一人でごろごろかなぁ?」
「それならさ、初詣に行かない?」
「え?」
それって、……もしかしてあたしを誘ってるの?
「その……、よかったら、だけどさ」
「う、うん。いいよ、あたしは。でも主人くんは……?」
「俺の方もさ、去年までは詩織達と初詣ってパターンだったけど、今年はね」
「詩織達?」
「ああ。正確に言えば、俺の家族と、詩織の家族の総出で初詣に行ってたんだ。でも、今年は詩織、正月早々から仕事とかで初詣には行けないって、さっき言ってたし。俺だけ親父達と初詣、ってのも、なんか、ね」
「そうなんだ。それで……?」
「うん。よければ、虹野さんと……と思ったんだけど……」
「……ありがとう」
主人くん、気を使ってくれてるんだ……。あたしが、一人だからって……。
あたしは、こつんと主人くんの背中に頭をつけた。
「虹野さん?」
「それじゃ、お誘いに甘えちゃおうかな?」
「ほんと? それじゃ、何時頃誘いに行けばいい?」
「えっとね……。今から帰って一眠りするとして……」
ちらっと時計を見て、あたしは言った。
「11時くらいに、あたしが誘いに行くわね」
「え? 俺の家に? でも悪いよ」
「ううん、あたしが誘ってもらったんだもん。それに、あたしの家は……」
「あ、そうか。一人暮らしの娘の家に訊ねていくっていうのもちょっとまずいかな。ごめんごめん」
……ちらかってるから、って言おうと思ったんだけど、主人くんは勝手に納得しちゃった。
「それじゃ、悪いけど、11時くらいに家に来てくれるかな?」
「うん」
あたしが頷いたとき、ちょうど自転車はマンションの前に着いたの。
キィッ
「到着、と」
あたしは、自転車の荷台から降りると、頭を下げた。
「今日は、ありがと」
「いや。それじゃ!」
そう言って、主人くんは自転車をこいで、走っていったの。
あたしは、それを見えなくなるまで見送ってから、大きな欠伸。だって、もう2時過ぎてるんだもん。
とりあえず、早く寝ようっと。
ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ
「……むにゃぁ」
あたしは寝返りをうって、目を覚ました。うるさく鳴ってる目覚まし時計をポンと叩いて止める。
えっと……10時40分……?
わきゃぁ!!
慌てて飛び起きる。寝過ごしちゃったよぉ!!
パジャマを脱ぎながら、クローゼットに駆け寄ろうとベッドから飛び降りて、……え?
わわ、パジャマが足に絡まっちゃったぁ!
ズデェン
……鼻打っちゃった。痛い。
ピンポーン
そんなこんなで、あたしが主人くんの家に来たのは、11時を10分過ぎちゃっていた。
「はぁい。あら、虹野さん。あけましておめでとう」
ドアを開けて出てきたのは、主人くんのお母さん。あたしはペコリと頭を下げた。
「あけましておめでとうございます。あの、主人くんいます?」
「ええ。ちょっと待ってね。公! 虹野さんがいらっしゃったわよ!!」
返事の代わりに、家の中でドタドタって音が聞こえた。おばさんは苦笑した。
「ごめんね、公ったらさっき起きたばかりで。あ、虹野さん」
「は、はい」
急に声をかけられてちょっとビックリしたあたしに、おばさんは笑いながら、自分の前髪をちょんと触って見せた。
「前髪。立ってるわよ」
「え? わわっ」
自分で触ってみると、ちょんと前髪が立っちゃってる。わぁ、寝ぐせついてたんだ! 慌てて家を飛び出してきたから、気がつかなかったぁ。ど、どうしよう?
あたしが前髪を触ったままおろおろしてると、おばさんはちらっと家の中を見てから、苦笑してあたしに言った。
「公の用意、もうちょっとかかるみたいだし、洗面所使う?」
「……すみません」
とりあえず、ムースを借りて跳ねてる寝ぐせを直したところで、おばさんが洗面所に顔を出した。
「虹野さん、公に聞いたんだけど、一人暮らしになったんですって?」
「あ、はい。そうです」
「それじゃ、おせちなんかもなしでしょ? よかったら、食べていかない?」
「え? で、でも……」
それは流石に悪いなって思って、あたしは首を振ろうと思ったんだけど……。
「虹野さんのお口には合わないかもしれないけど、まぁ将来の役に立つかもしれないわよ。何て言っても、公はずっとこの味で育ってきてるからねぇ」
そう言って笑うおばさん。
「そ、そうなんですか。それじゃ……」
言いかけて、あたしははたと気付いて手を振った。
「あ、でも、そういう意味じゃなくて、その、えっと……」
「まぁまぁ、いいから。こっちにいらっしゃいな」
おばさんは、にこにこしながらあたしを差し招いた。
あたしは、居間に通された。こたつの上にはおせちが並んでて、その向こうに男の人がテレビを見ながらお屠蘇を飲んでる。
その人が不意にこっちを見た。
「遅いじゃないか。お代わり早くもって来いって……、あれ?」
「あ、は、はじめましてっ!」
あたしは慌てて頭を下げた。
あたしの後ろから、おばさんが笑いながら顔を出した。
「何を言ってるんですか、この人は。あなた、こちらは公のお友だちで虹野さん。公を初詣に誘いに来て下さったのよ。虹野さん、これがうちの主人です」
「ど、ども。公の父の健です。まぁ、どうぞ座って」
頭を掻きながらおじさんはあたしに頭を下げた。
「すみません」
あたしはこたつにはいると、もう一度頭を下げた。
「そ、その……えっと」
「あなたったら、何を固まってるんですか、みっともない。はい、お代わり」
お銚子をもって、おばさんが戻ってきた。そしてまた台所に戻っていく。
「う、うるさいな。あ、えっと、虹野さん?」
「は、はい」
「その、公とはどういう……?」
「あたしは、サッカー部のマネージャーをしてるんです」
「ほら、公をサッカー部に誘った娘ってのが、この虹野さんなのよ」
おばさんが脇から言うと、あたしの前にお雑煮を出した。
「そんな大層なもんじゃないから、遠慮しないで食べていっていいのよ」
あたしは、お雑煮を覗き込んだ。これ……おすましじゃないんだ。白いってことは……。
「京風なんですね、このお雑煮」
「そうなのか?」
おじさんがおばさんに尋ねると、おばさんは苦笑した。
「今さらなんですか、あなた。そうなのよ。私が京都の外れの出身だからね」
「……でも、丸餅は使ってないんですね。切り餅?」
お箸でお餅を引っ張りながら訊ねるあたしに、おばさんは頷いた。
「ええ。最近は丸餅もあんまり手に入らなくてね。それにあたしもそんなにこだわる方じゃないから」
「なるほど……」
「虹野さん、料理に詳しいのかい?」
おじさんが訊ねると、あたしが答えるより前におばさんが答えた。
「ええ。最近じゃ公のお弁当も作ってるらしいのよ。ね?」
「え、ええ、まぁ……いろいろありまして、その」
あたし、かぁっと赤くなっちゃって、俯いた。
「……すみません」
「謝ることなんてないわよ。あたしの方としては、むしろ手間が省けていいと思ってるくらいなんだし。これからもうちの馬鹿息子をよろしくね」
「あ、はぁ……」
「お、おい、母さん、それって……」
「あなたは黙ってなさい。話がややこしくなるんだから」
ピシャッとおじさんに言うおばさん。おじさんはあたしとおばさんを交互に見て、「その、なんだ……」とか呟いて黙っちゃった。
「あの……」
「ああ、虹野さんは気にしないでいいのよ。いつものことだし。それにしても公ったら、何やってるのかしら。ちょっと見てくるわね」
そう言って、おばさんは出て行っちゃった。
残されたあたしが、仕方なく筑前煮を摘んでると、おじさんが心もち小さな声であたしに訊ねた。
「それで、本当の所はどうなんだい? 公と、その、付き合ってたりするのかな?」
「えっと、あの、そういうわけじゃないんですけど……」
……なんて説明したらいいんだろ?
「でも、公に弁当作ってるのは本当なんだろう?」
「ええ……」
それに、夜食も作ってるのよね。
「そ、それって、やっぱり君、公のことが……」
「えっと、その……」
「何馬鹿なこと聞いてるんですか、あなたは。虹野さん困ってるじゃないですか」
そう言いながら、おばさんが登場して、あたしは内心でほっとため息。
「しかしだな、やはり父親としてだな……」
「馬鹿なこと言ってないで。虹野さん、もうすぐ公来るから。あの馬鹿息子ったら……」
「誰が馬鹿なんだよ。おはよ、虹野さん」
おばさんの後ろから公くん登場。
「あなたよ。お正月早々から虹野さん待たせたりして。お年玉減額ものよ」
「げ」
「あ、おばさん、あたしが悪いんですから……」
「いや、虹野さんが悪い訳じゃなくて……」
「はいはい。それより、公。すぐに出るの?」
「え? 主人くん、朝ご飯はもう食べたの?」
あたしが訊ねると、主人くんは首を振った。
「まだだけど、初詣に行ってくるくらいは持つ……けど、虹野さんは……」
「あ……」
あたし、自分の前に並んでるお料理に、思わず赤面。
「えっと、あたし朝まだだったし、その、ね」
「公、素直に虹野さんと一緒に食べたいって言いなさい」
「お、お袋!」
主人くんが怒鳴って、あたしはさらに赤面。
「ったく……。ごめんね、虹野さん。うちの両親が色々言って」
「ううん。いい御両親ね」
あたしと主人くんは、並んできらめき神宮に向かって歩いてた。
「それに、お料理も美味しかったし」
「そうかな?」
「うん。主人くんは食べ慣れてるだろうけど……」
あたしは、きゅっと拳を握った。
「ただ者じゃないわ、主人くんのお母さんって。昔、お料理関係の仕事してたんじゃないのかな?」
「え? そんなの聞いたこと無いけどな」
「先輩!」
不意に後ろから、女の子の声がした。あたし達は振り返った。
そこには、見知らぬ女の子がいた。栗色の長い髪の、ちょっと背の低い、可愛い女の子が、主人くんに頭下げてる。
「あけましておめでとうございます」
「ああ、美咲さん。あけましておめでとう」
主人くんも頭を下げると、あたしに言った。
「あ、虹野さんは会ったこと無かったの? こちらは、美咲鈴音ちゃん。俺達の後輩、きらめき高校の1年生だよ」
「はじめまして、虹野さん。おうわさはかねがね、うかがってます」
美咲さんはあたしにも頭を下げた。
……美咲鈴音って、どこかで聞いたような……気がしたけど……。
あたしがきょとんとしてると、美咲さんは怪訝そうな顔をする。
「どうかなさったんですか?」
「あ、ううん。はじめまして。虹野沙希です」
あたしも頭を下げた。それから、主人くんに視線を向ける。
「……何?」
「何って、その……」
本人を前にして「お知り合いなの?」って聞くのもなんだか変だしなぁ。どうしよう?
悩むあたしをよそに、美咲さんと主人くんはお話ししてる。
「先輩は、今から初詣ですか?」
「うん。鈴音ちゃんも?」
「ええ、うちのメンバーで行こうってことになって。先輩達みたいに二人っきり、なんて出来ればよかったんですけどね。うふっ」
肩をすくめて笑う美咲さん。……メンバー?
ああっ!
「思い出した! “彩”の美咲鈴音さんでしょ!?」
あたしはポンと手を叩いてから、美咲さんを指さした。
「はい、そうですよ」
美咲さんはにこっと笑って頷いた。
《続く》

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