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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第

話
きらめき神宮大混戦(後編)

元旦の朝。主人くんの家でお節料理をご馳走になった後、あたしと主人くんはきらめき神宮に初詣に出かけたの。
その途中で出会った女の子。主人くんと知り合いらしいその娘は、“彩”のキーボードをやってる美咲鈴音ちゃんだったの。
“彩”(いろどり、って読むのよ)は、きらめき高校の生徒でやってるアマチュアバンドなの。去年……じゃない、もう一昨年だよね。一昨年、あたし達が入学したときに結成されたんだけど、その時のメインボーカルの人が卒業して抜けちゃって、その人に代わってこの美咲鈴音ちゃんが入って新生“彩”としてスタートしたのよね。
結構腕も良くって、きらめき市のアマチュアバンドとしては名も知られてるし。
そしてなにより、去年の文化祭のバンドコンテストの時の騒ぎ!
あたしは、例の『料理の鉄人』のおかげでてんやわんやだったんで、後でひなちゃんに聞いたんだけど、バンドコンテストの方ももの凄いことになったんだって。メンバー同士の反目とか色々あって、優勝候補筆頭だった“彩”が解散寸前になったり……。
ホントにびっくりしたんだけど、その騒ぎに彩ちゃんが関わってたっていうのよね。ううん、関わってた、どころじゃないみたい。
だって、バンドコンテストの時、“彩”のメインボーカルを担当したのが彩ちゃんだっていうんだもん。
それも、なぜか空港でライブをやったとか言うし……。
後で彩ちゃんに聞いてみても「ノンノン。もう過ぎたことよ〜」なんて言って、詳しいこと教えてくれなかったんだけど。
だけど、その鈴音ちゃん(下級生に「美咲さん」も変よね)が主人くんと知り合いなんて、知らなかったなぁ。
「それじゃ、主人さん達もきらめき神宮に行くんですか?」
「ああ。一緒に行こうか?」
「え? でも、お邪魔じゃないですか?」
あたし達を見比べて、鈴音ちゃんはちょっと遠慮するみたいに言った。慌てて手を振るあたし。
「ううん、そんなことないわ。うん」
「でも……」
「それに、あたしこう見えても“彩”のファンだし」
「そうなんですか? クリスマスのライブにも来てくださったとか……」
ポンと手を打って喜ぶ鈴音ちゃんにあたしは手を合わせた。
「ごめん。行きたかったんだけど、クリスマスにちょうど引っ越したりしてて、行けなかったの」
「あ、そうなんですか。でも、見せたかったですよ、クリスマスライブ」
「うん。ひなちゃんから話は聞いた……。あ、ごめんなさい。ひなちゃんって、あたしの友達の朝日奈夕子って……」
「ええ、知ってます」
こくりとうなずくと、鈴音ちゃんは微笑んだ。
「“彩”の方向性がちょっと変わった初めてのライブだったから、いろんな人の意見、聞きたかったんです」
「うん、それは聞いたな」
ひなちゃん、「なんか様子が変わってたよ。曲はダサくなったけど、勢いがあるよね」って言ってたなぁ。
あたしと鈴音ちゃんがすっかりうち解けて来た頃、あたしたちはきらめき神宮についたの。
きらめき市で一番大きな神社のきらめき神宮。普段は閑散としてるけど、この日ばっかりは人混みにあふれかえってるのよね。
「わぁ、毎年そうだけど、すごいねぇ〜」
「まったく。美咲さん、他の連中とどこで待ち合わせしてるの?」
「えっと、鳥居のところ、なんですけど……」
言われて、朱塗りの大鳥居を見たあたし達、顔を見合わせて力なく笑う。
「あそこで待ち合わせられる人っていないような気がする……」
「私も、そう思います……」
大鳥居の辺りって、人の混雑が一番すごいんだもん。初詣に行く人の波と、初詣が終わった人の波がちょうどあの辺りで交錯してて、あそこで立ち止まっているなんてとっても出来そうにないし。
「どうしましょう?」
「うーん」
鈴音ちゃんに聞かれて、腕組みして考え込んでる主人くん。
と。
「あっ、虹野先輩!! 主人先輩!!」
後ろから大声で呼ばれて、あたしびっくりして振り返った。
大きくぶんぶんと手を振りながら駆け寄ってきたのは、みのりちゃんだったの。
「みのりちゃん?」
「はぁはぁはぁ」
あたし達の前まで来て、しばらく膝に手をついてはぁはぁいってたみのりちゃん。いきなりぴょこんと顔を上げた。
「今から初詣なんですかっ?」
「え、ええ、そうだけど……」
「それじゃ、私も一緒に……」
と言いかけたところに、後ろから沢渡くんが顔を出す。
「ひどいじゃないか、いきなり走り出したりして。見失ったらどうす……、あ、先輩」
「うるさいわねぇ。あんた達には関係ないでしょ!」
「達って?」
あたしが訊ねると、沢渡くんが説明してくれたの。
「俺と秋穂さんと、あと茂音と谷巣さんと、それから館林さんと……」
「館林って、美鈴ちゃんね?」
「ええ、そうです」
そっかぁ。みんな仲が良くて結構結構。うんうん。
あたしが腕を組んでうなずいてると、みのりちゃんが慌てた様子で言った。
「あ、先輩、誤解しないでくださいね。沢渡くんが一人ぼっちで初詣なんて、あんまり可哀想だから、あたしは仕方なく付き合って上げてるだけなんですから」
「そ、そりゃないだろ、秋穂〜」
「べーだ。気易く呼び捨てにしないでよ」
思いっ切り舌を出してから、みのりちゃんはあたしに向き直った。
「それより、虹野先輩、茂音くんと谷巣さんって、仲悪いんですか?」
「え? どうして?」
茂音くんと瑠美ちゃんって、確か幼なじみ同士なのよね。それに、瑠美ちゃん、うちのマネージャーになる前は、よくサッカー部の練習を見に来てたくらいだから、仲が悪いってことはないと思うんだけど……。
主人くんも気になるみたい。みのりちゃんに訊ねた。
「喧嘩でもしてるの? その二人」
「そんなこと無いんですけど……、なんか言葉も交わさないし、一緒にいてもそれとなく避けあってるっていうか……」
みのりちゃんはほっぺたに指を当てて、思い出すようにしながら言った。沢渡くんが言葉を続ける。
「俺も、茂音に聞いてみたことあるんですけど、あいつなぜか知らないけど、谷巣さんの事を言うと機嫌悪くなるんですよねぇ」
「……あたしも君の事言われると機嫌悪くなるんだけどね」
ぽそっと小さな声で呟くみのりちゃん。
あたしは、まぁまぁとみのりちゃんの肩を叩きながら訊ねたの。
「それで、その3人は?」
「すぐに来ると思うんですけど……」
「この人混みだからなぁ……」
沢渡くんも、目の前を流れていく人混みを見てため息をひとつ。
……あら?
あたし、一瞬その人混みの向こうに変な物が見えたような気がして、目をこすった。
「どうしたの、虹野さん?」
「……ううん。目の錯覚みたい」
気のせい……よね。向こうのしげみの影に見晴ちゃんが見えたのって。うん。
それからしばらく待ってたけど、結局“彩”の他のメンバーも、茂音くんや瑠美ちゃんも現れなかったので、あたし達は仕方なくあたし達だけでもお参りすることにしたの。
人混みの中をぎゅうぎゅう詰めになりながら、なんとか社の前まで来て、おさい銭を投げてお参りする。
パンパン
手を打って、深く頭を下げると、あたしはお祈りした。
(えっと……、どうしよう?)
ちらっと、隣で目を閉じて手を合わせてる主人くんを見て、あたしは改めて目を閉じてお祈りした。
(どうか、主人くんが満足できる一年でありますように)
クイクイッ
後ろから、コートの裾を軽く引っ張られて、あたしは目を開けて振り返った。
「見ーつけたっ、お姉さまっ!」
「わきゃっ!」
いきなり後ろからあたしに飛びついてきたのは、葉澄ちゃんだったの。
「は、葉澄ちゃん?」
「お家に行ったらいなかったから、多分初詣に出かけたんだろうって思って、捜しに来たんですぅ! でも、こんな所で見つけちゃうなんて、これってきっと愛ですよねっ!!」
「何が『愛ですよねっ』よ! 虹野先輩から、離れなさぁい!!」
葉澄ちゃんの後ろから、みのりちゃんが猛然と引っ張る。葉澄ちゃんはきゃあきゃあ言いながら、あたしに一層しがみついた。
「お姉さまぁ、助けてぇ! みのりがいじめるぅ〜」
「人聞き悪い事を言うなぁ! このぉ、虹野先輩から、は・な・れ・な・さぁい!!」
ギュギューッ
「ちょ、ちょっと二人とも、落ちついて! わ、わきゃぁぁぁっ!!」
バランスを崩して、あたしは二人と一緒に、参拝客の殺到する真ん前に倒れちゃった。
「わぁっ、虹野さん!!」
「秋穂さん!!」
慌てて主人くんと沢渡くんがあたし達を引っ張り出してくれたんだけど、葉澄ちゃんはそのまま人波にさらわれてどこかに流されて行っちゃったみたい。遠くから声だけ聞こえてきた。
「お姉さまぁ〜〜! 後で行きますから、みのりに身体を許しちゃだめですよぉぉ〜〜!!」
「何馬鹿な事言ってるのよおっ、この野猿ぅ!! 見てなさいよぉ、そのうち泣かしちゃるからぁっ!!」
みのりちゃんが真っ赤になって中指を立てながら怒鳴ってる。
一部始終を見てた鈴音ちゃんが、目を点にして、呟いたの。
「虹野先輩って、人気があるんですね」
「……他人です、他人」
あたし達は、それぞれ明後日の方を見て、関係ない人の振りをしてたのでした。だって、ねぇ?
そんなわけで、てんやわんやになっちゃったけど、一応お参りを終わらせてから、あたし達はお神籤を引くことにしたの。
「よし! 秋穂さん、俺大吉だったぜ!」
「……それって、中吉だったあたしへの嫌がらせ?」
「え? そ、そんなことないよ、違うってば!」
慌ててバタバタしてる沢渡くんをじろっと睨んでから、みのりちゃんはあたしに尋ねた。
「虹野先輩は?」
「え? あっ」
慌てて隠そうとしたけど、見られちゃった。
大吉だったのよね、あたしも……。
「なぁんだ。虹野先輩なら、大吉で当然ですよね。よかったぁ。もし虹野先輩に大凶とか出てたら、あたしこの拝殿燃やしてやろうと思ってましたぁ」
にこにこ笑いながら物騒なことをいうみのりちゃん。あたしは苦笑して、振り返った。
「主人くんは……ど……う……」
「あはははは」
主人くん、なんだかうつろな表情であたしを見て、力なく笑った。もしかして、これって……。
「わ、先輩、大凶……」
後ろから覗き込んだ鈴音ちゃんが、口に手を当ててる。
「こ、こんなの関係ないよな。なぁ」
「そ、そうよ! 関係ないわっ」
あたしは拳を握って力説したの。主人くんはあたしに視線を向ける。
「で、虹野さんはどうだったの?」
「あ、あたしは、その……」
「虹野先輩は大吉に決まってるじゃないですか」
後ろからみのりちゃん。慌てて振り返るあたし。
「み、みのりちゃん!?」
「なんですか?」
「えっと、その、あの……、ご、ごめんなさい」
あたしは主人くんにぺこっと頭を下げた。笑う主人くん。
「謝ることはないって。たかがお神籤だし」
「でも……」
「ま、樹に結んでしまえばいいんだし、こんなものは」
笑って折り畳むと、主人くんは脇の樹にお神籤を結んだ。
「公は新年早々大凶、と。チェックだチェック」
「わぁっ!? よ、好雄、どっから湧いて出てきた!?」
いきなり早乙女くんが手帳片手に出てきて、主人くん思わずのけ反る。
早乙女くんがいるってことは……。
「やっほー、沙希ぃ。やっぱ主人くんと初詣ったぁ、やるねぇ!」
「ひなちゃん、おはよ」
やっぱり。
「あ、主人先輩、こんにちわ! あれぇ、みのりちゃんに沢渡くんもいたの?」
優美ちゃんもひなちゃんの後ろから顔を出す。それを見て、主人くんは早乙女くんの脇腹を肘でつついた。
「おうおう、お前もとうとう春が来たかぁ?」
「冗談言うなよ。俺は引っ張ってこられただけだ。大体何が哀しくて妹や朝日奈に付き合ってこんなところに来なきゃならんのだ?」
「よっしー、なんか言った?」
ひなちゃんが腕組みして振り返ると、早乙女くんは慌てて手を振る。
「なんでもない、なんでもないですはい……っと。おや、君は美咲鈴音ちゃん!」
いきなり鈴音ちゃんを見つけて、ポケットから手帳を出しながら駆け寄る早乙女くん。鈴音ちゃんびっくりして思わず答える。
「はい、なんですか?」
「今度の日曜にデートしない、デートぉわぎゃぼぉぉ〜」
「お兄ちゃん、恥ずかしい真似し・な・い・で・よ〜!!」
わぁ、優美ちゃんったら、立ったまま技掛けてる。すごいなぁ。
ひなちゃんが、目を丸くして二人を見てた鈴音ちゃんに声をかけた。
「ごめんねぇ、鈴音ちゃん」
「は、はい」
コクンとうなずく鈴音ちゃんの耳に口を寄せて、ぼそぼそと囁くひなちゃん。
「あいつ、人畜無害そうに見えて、その実は変態だから気を付けなよ〜」
「こら、朝日奈っ! 言うに事欠いて変態とは何だったぼぎゃるのぉぉぉぉ」
「お兄ちゃんは、黙っててって言ってるでしょ!!」
早乙女くん、大丈夫なのかなぁ?
……!?
あたしは振り返った。一瞬、その視界の端を何かがかすめる。
こんどこそ、いた。間違いないわ!
「どうしたの、虹野さん?」
「ごめん。ちょっとここで待ってて」
そう言い残して、あたしは境内の方に走っていったの。
境内は、お祭りの時みたいにいろんな露店が出てた。あたしは、人混みの中を走ると、前をスタスタ歩く晴れ着の人を捕まえた。
「見つけたわよ、見晴ちゃん!!」
「……誰のこと?」
振り返った顔を見て、あたしは口をあんぐり。
見晴ちゃん、どこで買ってきたのか、セルロイドのコアラのお面をかぶってたの。
「私は見晴じゃないわ。通りすがりのコアラよ。それじゃ、さよならっ!」
「こら待てい!」
あたしは、がっしと輪っかになってる髪の毛を掴んだ。
「きゃん! もう、何するのよにじの!!」
「ほぉ〜。コアラさん、どうしてあたしの名前を知ってるのかなぁ?」
「ぎく。えっと、それは……」
言い淀んでから、見晴ちゃんはばっとあたしの手を振り払ってから、向き直った。コアラのお面を外す。
「さすが我が宿命のライバル。よくぞ見破ったわね。そう、私は悲劇のヒロイン館林見晴よ!」
「……どのあたりが悲劇なの?」
思わず呆れて聞き返すあたしに、見晴ちゃんはキッパリと言った。
「あんな姉を持ったこと」
「……」
思わず納得して、あたしは見晴ちゃんの肩をポンと叩いた。
「苦労してるのね、あなたも……」
「そうなのよ……って、それはそうだけどにじのに同情されるいわれはないわ!」
見晴ちゃんは一歩下がると、あたしにぴっと指を突き付けた。
「初詣では遅れを取ったけど、今年はこれまでのようにはいかないわよ! 今年の館林見晴はひと味違うんだからね!」
「どう違うの?」
思わず聞き返すと、見晴ちゃんは「えっと」と呟いて、空を見上げた。……もしかして、考えてなかったのかな?
「……そのぉ……、そうだ! 今年はもっと気合いを入れてぶつかるわっ!」
「お願いだから、主人くんに怪我だけはさせないでよね」
「そんなのわかってるわよ。それじゃ、今日はこの辺りで許してあげるわ!」
そう言って、見晴ちゃんはまたコアラのお面をかぶると、そのままスタスタと歩いて行っちゃった。
……うーん。見晴ちゃん、今年も飛ばしてるなぁ。
みんなの所に戻ってきて、あたしは思わずその辺りをぐるっと見回してしまったの。
だって……。
「お、虹野さん戻ってきたな」
主人くんが向こうの方で手を振ってる。あたしはそっちに駆け寄ると、訊ねたの。
「どうしたの、みんな?」
だって、その辺りに集まってるのって、みんなきらめき高校の生徒だったんだもん。
主人くんは頭を掻いた。
「いや、俺もよくわからんのだけどさ、いつの間にかこうなってたんだ」
「いつの間にかって……」
「まるで伊集院か藤崎さんがリサイタルやるって雰囲気だぜ、こりゃ」
早乙女くんが、呆れたように肩をすくめてから、主人くんに言ったの。
「それじゃ、帰るか」
「そうだな」
主人くんもうなずいて、あたし達に声を掛けた。
「帰ろう」
こうして、96年は始まったの。
だけど、すぐに、思いがけないことが、あたしを待ちかまえてたなんて、その時のあたしは知る由もなかった……。
《続く》

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