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ときめきファンタジー
第
章 精霊魔術と黒魔術
その
まだ見ぬ君への愛の詩

翌日の朝。
「う、うーん」
うめき声を上げ、サキはうっすらと目を開けた。
まだぼんやりとした視界に、黒髪の少年が飛び込んでくる。
「コ、コウくん?」
「サキ、気がついたのか……」
コウは、何処となくぼんやりとした様子で答えた。
サキは上体を起こし、辺りを見回した。
「あたし、どうして……。そういえば、野盗達の一人に魔法使いがいて……、あたしとユミちゃんが魔法にかかって……」
「おっ、目が覚めたな」
ヨシオがやってくると、サキに言った。
「ユミとノゾミさんは先に目を覚まして、あっちで朝飯食ってるよ。サキちゃんも来なよ」
「その前に、なにがあったのか……」
「それは、飯でも食いながら。コウも来いよ」
「う、うん」
コウはのろのろと立ち上がった。サキは、そんなコウに気遣わしげな視線を向けたが、何も言わずにヨシオに続いた。
焚き火の傍らまで来ると、既にユミが焼いたパンをがつがつ食べていた。
本を読んでいたミオが顔を上げて微笑する。
「サキさん、おはようございます」
「おはよう。一体何がどうなったの?」
「サキさん達は、野盗の魔法使いに、『眠り』の魔法をかけられたんです。この魔法をかけられると、自然に目が覚めるまではどんなことをしても目が覚めないんです」
「ど、どんなことをしても!?」
サキは反射的にヨシオを見た。彼ははっと気がつくと、パチンと指を鳴らした。
「しまった! ってことは、いろんな事をやり放題だったんじゃないか!」
「ほふへへぇ(どすけべぇ)!!」
パンをほおばったまま、ヨシオの後頭部にユミが回し蹴りを叩き込む。
「……何もなかったみたいね。よかったぁ。お嫁に行けない身体になっちゃったかと思ったじゃない」
サキが冗談めかして言い、焚き火の周りは笑いに包まれた。
それが一段落してから、ミオが昨日のことを説明した。ただし、コウが死にかけたことは、サキやユミが大騒ぎするかもしれないことを配慮して省いた。当然、メグミがここに来たことも隠している。
「……というわけで、その魔法使いが野盗達を追い払ってくれたんです」
「へぇ、そうだったんだぁ。それにしても……、殺しちゃった、のね」
サキはそう呟き、地面が黒く焦げているところに視線をやると、口の中で小さく祈りの言葉を呟いた。
「あの人がそうしてくれなかったら、私たちの方が……」
言いかけたミオをサキは遮る。
「うん、判ってる。でも……、いつか、争い事もなく、みんなが平和に暮らせるようになったらいいのにね」
「そうですね」
ミオは本を閉じながら頷いた。
朝食後、一同は再びチュオウの村に向かって歩き始めた。
そして昼頃。
「うわぁー!」
先頭を切って丘を登っていたユミが歓声を上げた。
それに続いて、皆も思わず声を上げた。
丘の上からは、美しい澄んだ湖と、そのほとりの村が見える。
ミオが地図を見ながら説明した。
「あの湖がチュオウ湖。そして、あれがチュオウの村です」
「やっと、ついたなぁ」
ヨシオが大きく伸びをしながら言う。
「コウくん、さぁ、魔法使いに会いに行きましょう!」
サキが明るく言ったが、コウが乗ってこないので眉をひそめた。
「コウくん?」
「え? あ、ああ。そうだね」
コウは、ずっとメグミのことを考えていたせいで、今日は何を言われても上の空な状態だった。
「コウくん、今日何だか変ね」
「そ、そんなことはないよ」
「……そう。ならいいけど」
サキは眉をひそめたまま、頷いた。
チュオウの村に入った一同は、湖畔にあった、この村唯一の宿屋に早速宿を取った。
まだ昼過ぎなので、宿屋は閑散としているが、夕方になれば村人達の社交場になるのだろう。ちなみに、村人たちは半農半漁で生計を立てているようだ。
ヨシオが宿の主人に話しかける。
「ところでさぁ、チュオウの村の魔女って聞いたことある?」
純朴そうな宿の主人は、それを聞いた瞬間辺りを見回した。そして小声でヨシオに言う。
「悪いことは言わねぇ。ユイナ様にはかかわらねぇほうがいいだぞ」
「ユイナ様? それが魔女の名前なの?」
ノゾミが会話に加わる。
宿の主人は、恐ろしそうに首を振るだけだった。
ヨシオはやれやれと肩をすくめ、ノゾミに言った。
「そうだな、俺達も命が惜しいもんなぁ」
その頃、コウとサキは湖畔を歩いていた。
サキが訊ねる。
「昨日、あたし達が魔法をかけられてから何があったの? ヨシオくんもミオさんも何も言わないけど……」
「何もなかったよ。俺が気絶しちゃった後、別の魔法使いが現れて、野盗達を追い払ってくれたんだよ。サキだって見たじゃないか、あの焼けこげた地面」
「うん。でもね、それだけじゃなかったんでしょ?」
サキは、湖を見つめて言った。
「コウくん、昨日から悩んでるもの。それが何かは知らないけど。でも……」
彼女はくるっと振り向き、コウの瞳を見つめた。
「ねぇ、あたしじゃあなたの力になれないのかな?」
「サキ……」
湖の畔で見つめあう二人。
と。
「コウさ〜ん! ほら、こっちにお魚さんがいっぱいいるよぉ!!」
ユミが湖面を覗き込みながら、コウを呼ぶ。
「あ、ユミちゃん? ごめん、サキ」
これ幸いと、コウはユミの所に駆け寄った。
サキは、そっとため息をついた。
その夜。
コウ達には、男1部屋女2部屋が割り当てられていた。
ちなみに「女の子と一緒がいい」と言ったヨシオがユミにストマッククローをかけられたのは言うまでもないことなのであえて書かない。
一同はコウ達の部屋に集まって、善後策を練っていた。
「とにかく、魔女とやらに会わなきゃ始まらないよなぁ」
ノゾミがため息をつく。
「いっそのこと、大声で悪口言ったらすっ飛んで来るんじゃないか?」
「遠くから火の玉を投げつけられるだけかも知れませんよ」
ヨシオの軽口にミオが真面目な顔をして応対する。
と、
トントン
ノックの音がして、宿の主人が顔を出した。
「失礼しますだ」
「何の用だい?」
ノゾミが訊ねる。その手は、こっそりと腰の剣に伸ばされていた。
それには気づかない様子で、宿の主人は両手を振った。
「いえいえ。お客さん方、ユイナ様の事を知りたいとおっしゃいましたので、教えて差し上げようか、と思いまして。ここならば、誰も聞いておりませんでしょうし」
「なるほど。昼間は誰が聞いているか判らなかったしな」
ノゾミは納得して頷いた。ヨシオがにっと笑う。
「俺が言ったとおりにして良かったろ?」
「そうですね」
ミオが頷いた。
ヨシオは財布を預かってるミオに、夕飯代を多めに払わせたのだった。どうやらそれが宿の主人の口の滑りをなめらかにしたようだ。
宿の主人は、ブレイドと名乗った。
「ユイナ様は、お年は判りませんが、3年ほど前にふらりとこの村にやってこられました。風光明媚なこの村がたいそう気に入られたらしく、村長と交渉し、野盗どもから村を守るのと引き替えに、湖畔の古い砦を譲って貰い、そこでいつも何やらやっております」
「村を守るのはキラメキ騎士団のつとめでは?」
と訊ねるノゾミに、彼は答えた。
「騎士団の方々は、こんな小さな村までは守ってはくれませんで。自警団を作っても、わしらは作物の作り方や魚の取り方しか知りませんから、野盗どもには対抗できません」
「……そうか」
キラメキ騎士団員のノゾミは、おし黙った。それに代わって、サキが訊ねた。
「湖畔の古い砦?」
ブレイドに代わってミオが応じる。
「キラメキ王国の内乱時に建てられた砦です。内乱が終わると不要になったので、武器を総て外した上で村長に下げ渡されたと聞いてますよ」
「そうです。よくご存じですな」
ブレイドはミオを感嘆の目で見ると、言葉を継いだ。
「我々のような者は、ほとんどユイナ様のお姿を拝見することはないのです。私も昔、一度だけ拝見したことがありますが、なんと言いますか、お嬢様方もお美しいですが、また別の美しさを持った方ですね」
「えぇ? そんなことないですよぉ」
美しいと言われて照れるサキ。
ヨシオが、いつの間にかメモ帳を片手にして訊ねる。
「ってことは、いわゆるクールビューティー、氷の美しさってやつっすね?」
「そうです」
ブレイドは頷いた。
ヨシオは立ち上がった。
「よし、早速明日にでも、その砦に行ってみようぜ!!」
特に異論を挟む者はいなかった。
ブレイドが「それでは失礼します」と言って戻り、一同が解散してそれぞれの部屋に戻った後、コウは窓から外を眺めていた。
大きな白い月が、湖を照らしている。
(あの月が赤くなる前に、シオリを助けないと……。でも……)
何故か、その白い月を見ていると、メグミの泣き顔が目に浮かんでくる。
コウは頭を振った。
「どうしちまったんだ、俺は……」
「メグミちゃんのことか?」
ベッドに横になったまま、ヨシオが言った。
コウは思わず振り向いた。
「まだ、起きてたのか?」
「ああ。まだ寝るわけにはいかなくてな。それより、悩んでるみたいだな」
「……どうしてそれを?」
「何年お前と付き合ってると思ってんだ? まったく、お前って女の子のことになるとホントに鈍いんだからなぁ」
ヨシオはため息混じりに言った。
「悪いかよ」
ちょっとむっとするコウ。
ヨシオは上半身をベッドから起こして、「別に」と肩をすくめた。
「悩んだって解決はしねぇよ。忘れちまえ」
「だけど……」
「だってそうだろう? もう、彼女がお前の前に現れることはないだろうしな」
「う、うん」
コウは頷いて、窓際から離れた。それからヨシオに訊ねる。
「ところで、何でお前は寝ないんだ?」
「まぁ、男のロマンってやつだな」
「? ……まぁ、いいや。俺は寝るぞ」
コウは毛布をひっかぶった。
翌朝。何故かヨシオは窓の下で簀巻きになっている所をコウに発見された。
《続く》

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