喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次章予告く

ときめきファンタジー
章 精霊魔術と黒魔術

その 冒険者たち

 コウはパンをむしりながら、ヨシオに訊ねた。
「なんでまた簀巻きになってたんだ?」
「……騙された」
 1階の食堂で朝飯のスープを飲みながら、ヨシオはぽつっと呟いた。
 ちなみに、この手の宿屋の構造は1階が食堂や従業員の部屋で、2階に泊まり客達の部屋があるのが相場になっている。
「なんのこっちゃ」
 一晩寝て、メグミのことで悩むのをとりあえず止めたコウは、それなりにさばさばしていた。
 ヨシオは悔しそうに呟いた。
「いつの間にか部屋を交換してたんだもんなぁ。畜生、サキちゃんとミオちゃんだと思ってたら……」
「へ?」
「あ、なんでもない」
 慌てて誤魔化すヨシオであった。
 と、そこに女の子達が降りてきた。
「おはよー! コウくん、ヨシオくん!」
 サキが元気よく挨拶する。挨拶を返そうとして、コウはぎょっとした。
 ユミとノゾミが、殺気すら篭もっていそうな視線をこっちに向けている。
 正確には、コウの正面に座っている人物に。
 ヨシオは慌てて立ち上がろうとした。驚いたコウはその肩に手をかける。
「おい、ヨシオ? どうしたんだよ」
「ちょ、ちょっと、離せよ、コウ!」
 ノゾミが歩いてくると、ヨシオの隣に腰掛けた。
「朝食を一緒にさせてもらうぜ」
「ユミも」
 その反対側の隣にユミが座る。
 ヨシオはがっくりと肩を落とした。小さい声で言う。
「どうぞ、お嬢様方……」
 何となく3人を見比べてしまうコウだった。

 朝食を食べ終わると、コウは言った。
「昨日言ったとおり、まずはその砦に行ってみようと思うんだけど……」
「あ、悪い。今日はちょっとパス」
「ユミも」
 同時に二人が言い、そして左右からヨシオを見る。
「ちょっと、こいつに話があるんだ」
「ユミも」
「あ、そう?」
 なんだか異様な迫力の二人に頷くしかないコウだった。ミオとサキはそんな二人を、目をパチクリとさせて見ていた。
 サキがミオに囁く。
「どうしたのかな、あの二人」
「夕べから変でしたね。私たちと部屋を交換してくれって来てから」
 コウには何となく判ったので、ヨシオの肩を叩いた。
「じゃ、俺達は出かけるから」
「は、薄情者!」
 立ち上がりかけたヨシオの肩を、ノゾミが押さえた。
「話があるって言っただろう」
「……しくしく」
「ここか……」
 コウは砦を見上げた。
 彼の後ろには、サキとミオがいる。宿に残ったメンツの間で何が起こっているのか、コウは考えないことにしていた。
「コウくん、どうするの?」
 サキが訊ねる。
「とりあえず、叩いてみようか」
 馬車が通れそうなほど大きな木の門を、コウは叩いた。
 ドンドンドン
「すみませーん!」
 返事はなく、静寂のみが辺りを覆っていた。
「もしかして、留守かな?」
「もっと叩いてみましょうよ」
 サキが言い、自分でドンドン叩いたが、やはり返事はない。
「……どうしようか?」
「根性で叩くのよ!」
「ちょっと待って下さい」
 ミオが止めた。サキが振り向く。
「ミオさん、何かいい考えがあるの?」
「……」
 ミオは扉の上を指さした。そこには何やら文字が書いてある。
「んー」
 サキは目を細めて見ていたが、肩をすくめた。
「読めないわ。普通の文字じゃないし、神官文字でもないわね」
 ちなみに神官文字とは、教典などを書くときに使う文字だ。これを知らないと僧侶はつとまらないので、当然サキは読み書きできる。
「あれは古代文字ですね」
 あっさり言うミオ。
「読めるの?」
「はい。ええと……、『世界の支配者、ユイナ様を讃えよ』だそうです」
「え?」
 と、不意に扉が開きだした。
 とっさに身構えるコウ。それから、腰の剣を思い出して抜こうとする。
 バタン
 扉は大きく開いた。その向こうには、中庭が広がっている。
「誰もいないみたいね」
 サキが扉の中を覗き込んで言った。
 ミオは大きく息を吐いた。
「どうやら、あれが合い言葉だったみたいですね」
「古代文字を読める人だけが通れる扉ってワケね」
 サキは頷くと、中庭に入っていった。ミオもそれに続こうとして、振り返る。
「コウさん、どうなさいましたか?」
「え? あ、いやぁ。ははは」
 剣を抜こうとしたのはいいが、焦ってしまい、結局抜けなかったコウは笑って誤魔化しながらミオに続いて中庭に入った。
 と、不意に扉がまた閉まり始めた。
「やべ!」
 とっさにコウが飛びつこうとするが、それよりも早く扉は閉まった。今度は合い言葉を言っても開かない。
「別の合い言葉が必要なのかもしれませんね」
 ミオの言葉に従って辺りを捜したが、今度は何処にも文字が記されていない。
「進むしかない、か」
 コウが呟いたとき、不意に中庭の中央に旋風が起こった。そして、その中から漆黒のマントとフード、深い紺色のローブをまとった人影が現れた。
「私の砦に進入するとは、何者かしら?」
「あなたは!」
 ミオが叫んだ。サキが訊ねる。
「知ってるの?」
「ええ。あの時、野盗の魔術師を倒したひとです」
 サキとコウは思わず息を呑んだ。
「さっさと答えなさい」
「あっ、あの、あたし達、怪しい者じゃありません!」
 慌ててサキが弁解する。ミオが言葉を継いだ。
「私たちは、復活した魔王を倒すために、あなたの知恵を借りたくて、ここまで来たのです」
「復活した魔王?」
 彼女は、フードを取った。初めてその顔が光にさらされる。
 サキのそれよりも濃い蒼の髪と左の瞳。右の瞳は、長い前髪に隠されていて見えないだけなのか、ほんとうにないのかはっきりとは判らない。
 確かに、ヨシオが評したとおり、氷のような美しさを感じる。コウは思わず身震いしていた。
 ミオが訊ねる。
「その前にお聞きしたいのですが、あなたがユイナさんですね?」
「そうよ。私がユイナ・ヒモオ。いずれ全世界を支配する者よ」
 ユイナはきっぱりと言った。
「ああっ」
 不意にミオが倒れかかる。慌ててそれを支えるコウ。
「しまった! あんまり長いこと直射日光に当たってるから!」
「とにかく、日陰に運ぶのよ!」
「……」
 半分呆れ、半分面白そうに、ユイナは慌てふためく二人を見守っていた。
 十分後。
 中庭に生えている木の陰でサキの治療を受け、回復したミオはユイナに事情を説明していた。
「……というわけで、ここにいるコウさんが勇者の神託を受けたんです」
「ふぅん」
 ユイナはじろじろとコウを見た。
「で、この私の知恵を借りに来た、と」
「はい」
 ミオは頷いた。
 ユイナは肩をすくめた。
「虫のいい話ね。私にとっては何もプラスにはならないじゃない」
「……でも、コウさんが魔王を倒せないと、世界が滅んでしまうんですよ!」
「魔王ごとき、この私の敵ではないわ」
 彼女は、唇の端に笑みを浮かべた。
「ユイナさん!?」
「……といいたいところだけど、残念ながら冷静に分析すると、まだ勝つことは出来ないでしょうね。私の世界征服ゴーレムが完成していれば、勝てるのだけど」
「世界征服ゴーレム!?」
 さっきから交渉はミオに任せて話だけ聞いているサキとコウが顔を見合わせる。
 ミオは眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
「知恵を貸して下さるんですね!?」
「魔王を倒すには、それ相応の武器が必要よ」
 ユイナは言った。
「武器?」
「ええ。伝説の勇者が魔王を倒すときに使ったという、聖剣“フラッター”がね」
「“フラッター”!?」
 コウが聞き返した。ユイナは頷く。
「そう。そして、“フラッター”は、今は“伝説の樹”の根元に眠っているわ」
「それは、勇者が永久の眠りについたという場所ですね。でも、何処にあるのかは、誰も知らないという……」
 ミオは唇を噛んだ。
 ユイナはふふんと笑った。
「誰も知るはずはないわ。あそこは、この世じゃないから」
「!?」
 3人は一斉にユイナを見た。
 ユイナは説明を続ける。
「異次元、あの世、神の世界、何とでも好きなように呼べばいいけど。次元の位相が私たちの世界とは異なる世界にそれはある」
「どうやっていけばいいのか、御存じですか?」
「メモリアルスポット」
 ユイナはあっさり言った。3人が同時に聞き返す。
「メモリアルスポット?」
「そう。いにしえの魔術師達が、その知恵を結集して作り上げた、異次元への扉よ。この世界に一つしかない、ね。ただし……」
 彼女は言葉を切り、青空を見上げた。そして、言う。
「メモリアルスポットは、12に分けられ、封印されているの」
「12に!?」
 ミオが驚いて聞き返す。
「誰がそんなことを?」
「誰でもない。強いて言えば、神、かしらね」
「神様がそんなことをするなんて、信じられないわ」
 僧侶であるサキがきっぱり言う。ユイナは肩をすくめた。
「そんなことは、どうでもいいんだけどね。とにかく、勇者が“伝説の樹”の根元で永久の眠りについたとき、メモリアルスポットは12のかけらになって、世界中に飛び散ったといわれているわ」
「世界中!? そんなことしてたら、間に合わないんじゃないの!?」
 サキが悲鳴を上げる。
 コウは立ち上がった。
「でも、やらなくちゃならないんだ」
「コウくん……」
「たとえ、世界中をまわることになっても、やらなきゃ、シオリは助けられない」
(……シオリ姫が、羨ましいな。こんなに想われてるなんて……)
 サキは頭を振って自分の思いを消すと、笑顔になった。
「がんばりましょう!」
「ありがとう、サキ」
「私も、微力ながらお手伝いさせていただきます」
 ミオが微笑みながら言う。コウはミオにも笑顔を向けた。
「ミオさんも、ありがとう」
 それを見ていたユイナは、ふっとため息を付いた。
「無駄な事はしない主義だけど、今回は手助けしてあげるわ」
「え?」
「私も一緒に行ってあげるわよ」
「!?」
 3人は顔を見合わせた。
 ユイナはニヤッと笑った。
「あなた達と一緒に行けば、いずれは魔王と対決出来るしね。私に黙って世界を征服するなんて56億7千万年早いことを思い知らせて上げるわ。ふふふふふふ」
 思わず、ちょっと離れてしまった3人を前に、ユイナはしばらく含み笑いを浮かべていた。
 翌朝。
 コウ達が旅立ちの支度を整え、村の出入口で待っていると、村人達を引き連れてユイナがやってきた。
「待たせたわね。もう少しお待ちなさい」
 ユイナはそう言うと、振り向いて、村人達の先頭にいる格幅のいい中年男に言った。
「じゃ、行くわ」
「もう一度お考えなおしにはなられませんか?」
 その男は懇願するように言った。どうやら彼がチュオウの村の村長らしい。
 彼女は両手を上げると、呪文を唱えた。
『我が意に添わぬ者、この結界を越えし時、その身体朽ち果て、永遠に冥界を彷徨いし亡者とならん』
 ピシッ
 微かな音がした。ユイナは村長に言った。
「これで、しばらくは変な奴は入ってこないわ」
「ありがとうございます。お名残惜しゅうございますが……」
「心配しなくても、そのうちに世界が私の支配下に納まるわ。そうなったら、この村は私の直轄領にしてあげる」
 ユイナは笑みを浮かべると、コウ達に向き直った。
 ミオが訊ねる。
「それで、何処に行けばいいのでしょうか?」
「そうね。一番近い欠片がある場所は……」
 ユイナはコウ達の背後を指した。そこには、白い雪を頂いた山が連なっている。
「あの山ですか?」
 コウが訊ねると、ユイナは頷いた。
「そう。あのグランデンシャーク山に、メモリアルスポットの一つが眠っているといわれているわ」
「よし、行こうぜ、みんな」
「私に指図するつもり?」
「……行きませんか?」
「それでいいわ」
 ユイナは満足げに頷いた。
 コウ達は、歩き出した。
 村外れの大木。
 その下を話しながら通るコウ達を、大きな枝に腰掛けたノゾミが見おろしていた。
「……コウさん……。シオリちゃん、私、どうすればいいの?」
 彼女の小さな呟きを、そよ風がさらっていった。

《第2章 終わり》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次章予告