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ときめきファンタジー
章 別離(わかれ)

その 魔族の騎士

「ちくしょうめ、あのガキどもが!」
 1度目はノゾミの必殺技「大海嘯」に、2回目はユイナの魔法によって追い散らされた野盗達は、チュオウの村に程近い街道脇の森の中でくだを巻いていた。
 一人が革袋から酒を飲みながら言う。
「今度こそ、目に物見せてやるぜぇ」
「もうやめねぇか? 先生も殺られちまったんだぜ」
 もう一人がおずおず言うが、酒を飲んでいた男はじろっと彼を一瞥した。
「へっ、腰抜けがぁ」
「相手はガキばっかりなんだぜ」
 別の男が、ナイフをもてあそびながら言った。
 反対した男が言い返す。
「でも、あの女剣士、とんでもない技を使いやがるし、魔法使いだって……」
「あれは、俺達がちょっと欲を出したからだ。あの女達を捕まえようってな」
 酒を飲んでいた男は答えた。
「今度は、女だろうと何だろうと、殺す。そうしないと、腹の虫がおさまらねぇ」
「でも……」
「おい!」
 一人の男がそこに走ってきた。野盗達のうちの一人がチュオウの村の近くまで偵察にでていたのだ。
「あのガキども、村を出たぜ」
「で、いつ頃ここに来そうだ?」
「いや、それがあいつら、キラメキには戻らないつもりみたいで、逆方向に向かったぜ」
 見張っていた男が頭を掻きながら答える。
「逆方向って、何もないんじゃ……」
「いや、あいつらが話してるのがちらっと聞こえたんだけどな、どうやらあいつら、グランデンシャーク山に行くつもりらしいぜ」
「何だって、そんなところに……。まあ、いい……」
 言いかけて、男は不意に黙った。仲間にも静かにという身ぶりをする。
 彼の視線の先には、森の中をとぼとぼと歩く栗色の髪の少女の姿があった。

(シオリちゃん。私、どうしたらいいの?)
 森の中をとぼとぼと歩きながら、メグミはそればかり胸の中で呟いていた。
(まさか、シオリちゃんの言ってた人が、コウさんだったなんて……)
 と、
 ガサッ
 茂みの方で、葉の擦れあう微かな音がした。
 メグミの長い耳がぴくっと動き、彼女は振り向いた。
「だ、誰か……いるんですか?」
「あたり」
 茂みの中から男が立ち上がった。
「きゃっ!」
 メグミは身を翻して、逃げようとした。
 バサッ
 突然、頭上から網が降ってきて、メグミに覆い被さった。そして、周囲から男達が姿を現した。
「や、やめて下さい……」
 メグミは、網の下敷きになったまま、怯えた目で男達を見上げた。
 男達は顔を見合わせて、にやっと笑った。
「上手くいったな」
「まずは、こいつで前祝いといこうぜ!」
「おお!」
「へへっ。壊れるまで可愛がってやるぜぇ」
「エルフの女か。楽しみだな」
 身をすくませて震えるメグミの華奢な身体を、にたにた笑いながら見おろす男達。
 と、不意に声がかかった。
「それくらいにしておきたまえ」
 メグミが視線を上げると、そこには一人の青年が立っていた。
 長い金髪を無造作に束ね、そして黒い鎧を着て、長い剣を腰にたばさんでいる。
「なんでぇ、てめぇは!」
「か弱い少女を大勢で寄ってたかって。人間としての誇りはないのかね。まぁ、所詮は庶民ということか」
「何だと!」
「てめぇ、偉そうに!!」
 男達は一斉に青年に向かってナイフを構えた。
 青年は肩をすくめた。
「無知とは恐ろしいものだな。この僕に立ち向かおうとは」
「黙れぇ!」
 男達が一斉に飛びかかろうとした。
 その瞬間、青年は右手を高く上げた。
 ヴーン
 蜂の羽音のような微かな音が聞こえたかと思うと、男達の姿は、まるで最初から存在していなかったかのように消えていた。
 メグミは身を強ばらせていた。
 (今の……魔法……)
 青年は、微笑みを浮かべながらメグミに近づいてくると、ひょいと網を取って、脇に捨てた。そして訊ねる。
「大丈夫かね」
「あ、あなたは、一体……」
 メグミは座ったままじりじりと後ずさりした。
 青年は優雅に一礼した。
「失礼。僕はレイ。君に協力して欲しいことがあって、ここまで来たんだよ。メグミ・ソーンバーム・フェールドさん」
「!!」
 メグミは目を大きく見開いた。
「ど、どうして、その名を……」
 レイと名乗ったその青年は肩をすくめた。
「なに。僕のお爺さまに教えてもらったのさ。偉大なる魔王に」
「や、やっぱり、あなたは魔族の……」
 トン
 メグミの背中が木に当たった。それ以上さがる事はできない。
「さ、来てもらいますよ」
「わ、私になにを……」
「なぁに、餌になってもらうだけですよ。コウ・ヌシヒトを殺すための、ね」
「!!」
 メグミは声にならない悲鳴を上げた。
 レイは一歩踏み出した。
 と、風もないのに周囲の植物がざわざわと蠢き始めた。
 と思った瞬間、
 シュルルルル
 蔓草のようなものが一斉にレイめがけて伸びる。そして、彼の腕に、足に次々と巻き付いてその動きを封じた。
 レイは、むしろ楽しげに呟いた。
「植物の精霊、ですね。メグミさん、君が精霊使いとは知りませんでしたよ。しかし、これはむしろ好都合というもの」
 メグミは、木を背中にがくがくと震えていた。その顔は蒼白になっている。
 シュルシュル
 次々と緑色のロープがレイを呪縛してゆく。
 と、レイは目を閉じ、そしてかっと見開いた。
 バシィッ
 一瞬にして、レイを呪縛していた緑色のロープが燃え上がり、炭化して地面に落ちた。レイ自身にはその炎は何の影響も与えていない様子である。
「あ……」
「では、来ていただきましょう」
 レイはその右手を、怯えて立ち上がることすら出来ない様子のメグミの額に当てた。
 すっと、彼女の瞳から焦点が失われ、とろんとした目つきになった。
 そのまま、彼女はかくんとその場に崩れおちた。
 彼は、その傍らにしゃがみ、囁いた。
「君は、忠実なる魔王の下僕。そうだね?」
「……はい」
 メグミは頷いた。そして、のろのろと身を起こす。
「私は……、忠実なる魔王様の下僕です……」
「なら、やることは、わかっているはずだね」
「はい。魔王にあだなす勇者、コウ・ヌシヒトを……」
 そこで言葉を切ったメグミが、がたがたと震えだした。
「コウ……さん……」
「ちっ。まだ抵抗するのか。エルフだけあって、魔法に対する抵抗力があるようだな……。それとも、それだけコウという男への想いがあるという事か……」
 レイは舌打ちした。そして、右手の手袋を外した。
 剣を握るとは思えない、繊細な白い指をメグミの額につけ、すばやく何か模様を描く。
 ボウッ
 レイの指の軌跡が妖しく光った。それは魔の紋章……。
「あうっ……」
 メグミは、激しく身体をのけぞらせ、そしてがくりとうなだれた。
 レイが訊ねる。
「君のやることは……?」
 不意に、風が渦を巻き、木の葉を舞い散らした。
 メグミは、答えた。
「コウ・ヌシヒトの抹殺、です」
「よし、行け」
「はい」
 メグミは立ち上がった。そして、一陣の風と共に、姿を消す。
 レイは、笑みを浮かべた。
「しかし、お爺さまもまだるっこしい真似をなさる。僕を行かせてくれれば、コウなどという奴、一撃で倒してみせるのに……」
「レイ様」
 いつの間にか、レイの後ろに人影があった。
「どうした? ソトイ」
「そろそろ、お時間でございます」
「ん。わかった」
 レイは頷いた。そして、歩き去っていった。
 ソトイは、それを見送りながら、心の中で呟いた。
(何故魔王様が、あなた様とコウを直接逢わせないのか。それは、あなたが……)
 メグミは、森の中を疾走していた。
 彼女が目指すのは、グランデンシャーク山。コウ達が、メモリアルスポットの第1の欠片を求めて登ろうとしている山である。

《続く》

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