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ときめきファンタジー
章 別離(わかれ)

その 年下の女の子

 さて、メグミにそんなことが起こっている頃。
 コウ達はそんなことはつゆ知らず、森の中の小道を歩いていた。
 王都キラメキからチュオウの村までは街道があるものの、そこからさらに西にあるグランデンシャーク山には、きちんとした道は存在していない。猟師が狩りのときに使うような細い道しかないのだ。
 次第に道は登りになっていた。
 ザッザッザッザッ
 先頭を歩いていたヨシオは、不意に足を止めた。
 次を歩いていたノゾミが訊ねる。
「何かあったのか?」
「……狼の声が聞こえた」
 ヨシオは耳に手をあてがって、呟いた。
「狼ごとき、私の敵ではないわ」
 涼しい顔でユイナが言う。
「ユミだって、負けないもん!」
 いつも通り、元気いっぱいのユミだった。
「でも、気をつけるにこしたことはないですね。無駄な闘いをすることはありませんから」
「そうね。襲われたら仕方ないけれど、むやみな殺生はよくないもんね」
 ミオの言葉にサキが頷く。
「まぁ、襲われたらその時だな」
 コウは、腰の剣に手を置きながら言った。
 サキがそんなコウに言う。
「コウくん……」
「え? なに、サキ」
「……ううん、なんでもないわ」
「あ、そう?」
 前に向き直るコウの後ろ姿に、サキはそっと呟いた。
(コウくん、村から出てから、ずっと剣に手をかけてるね。……仕方がないことかもしれないけど、でも……)

 やがて日が暮れてきた。一同は森の中にちょうどいい空き地があるのを見つけて野営することにした。
 ミオはヨシオにいった。
「火を、いつもより大きくして下さい。狼のような野生動物は火を恐れますから」
「それには薪が足りないぜ」
「あ、俺取ってくるよ」
 コウが立ち上がった。それに続いてユミが立ち上がる。
「あ、ユミも行くね。いいでしょ、コウさん」
 コウはちらっとみんなに目を走らせた。
 サキは既に料理の下ごしらえに入っている。ノゾミは剣の手入れをしている。
 ユイナは、コウの視線に気づいて顔を上げた。
「なにか用?」
「……行こうか、ユミちゃん」
 とても、薪拾いを手伝ってとは言えないコウだった。一方、ユミは喜色満面で頷いた。
「早く行こうよ! コウさん!」
「あ! この枝も乾いてるよぉ!」
 ユミが枝を振り回しながら駆け戻ってきた。
「ありがとう、ユミちゃん」
 コウはその枝もくわえて束を作ると、立ち上がった。
「これくらい集めたらいいかな。そろそろ戻ろうか」
「……あの、コウさん」
 いつもと違うユミの声に、コウは振り向いた。
「どうしたの、ユミちゃん」
「……コウさんは、誰が好きなんですか?」
 ユミは、単刀直入に訊ねた。
「え?」
「ユミね、コウさんのことが、世界で一番好きなんだよ。だから、コウさんもユミのことが一番好きでいてほしいなぁ」
 顔を赤らめながら、ユミは言った。
「……ユミちゃん」
「ね、コウさん。ユミ、コウさんになら……」
 そう言って、ユミはコウに顔を近づけた。おとがいをそらして、そっと目を閉じる。
「……」
 さすがのコウも、ユミのこの行動が何を意味しているのかくらいはわかった。伊達にヨシオから色々と自慢話を聞いているわけではない。
 ゴクリ
 思わず唾を飲み込む。
「コ、コウさん……。ユミだって、もう、子供じゃないんだよ」
 その姿勢のまま、ユミが呟いた。声が、微かに震えている。
(い、いいのか? 俺はシオリが……。で、でも、据え膳食わぬは男の恥だってヨシオが言ってたし……)
 既に頭の中がぱにくっているコウだった。その目は既に、柔らかそうなピンクの唇から離すことが出来ない。
 コウは、半ば本能的にユミの両肩に手を置いて、引き寄せかけた。
「さ、できたっと」
 サキはナイフを置いて、立ち上がった。そしてみんなに呼びかける。
「用意できたわよ!」
「お、今日は魚か?」
 ヨシオが後ろからのぞき込んだ。サキは笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。チュオウの村で新鮮なお魚をいっぱいもらったから。ほら、キラメキだと、お魚ってみんな干し魚でしょ?」
「へぇ、旨そうじゃないか。どれどれ?」
 剣の稽古を切り上げたノゾミがひょいと一切れをつまみ上げ、ぽいっと口に放り込む。
「あ、ダメよ、ノゾミさん」
「気にしない。うん、旨いな」
 そう言いながらノゾミは辺りを見回した。ヨシオに訊ねる。
「そういえば、コウとユミちゃんはまだ戻らないのか?」
「あれ?」
 言われて、ヨシオは辺りを見回した。
「おかしいな。薪を拾いに行っただけだろう? ミオちゃん!?」
 焚き火の傍らで本を読んでいたミオも、2人は見なかったと首を振った。それから言う。
「そういえば、ユイナさんもいませんね」
「……」
 何となく、無言で視線を交わしあう一同だった。
 バリバリバリッ
 ユミを抱き寄せかけたコウの背後で凄い音がした。
 反射的にコウは振り向いた。
 ドサッ
 そのコウの目の前に、黒く焦げた大きな蛇が落ちてきた。
「うわぁ!」
「どうしたんです……。ひゃぁ!」
 目を開けたユミも、さすがに半歩飛び退いた。
「私に感謝するのね」
「え?」
 視線を上げると、やや離れた木の陰から悠然とユイナが姿を現した。
「ユ、ユイナさん?」
「ツリー・スネーク。木の上で獲物を待ち、頭上から襲いかかってその猛毒の牙でしとめる、別名『森の暗殺者』。その体色は保護色になっているためにほとんど見つかることはない」
 彼女は平然とそう言うと、近寄ってきた。そして無造作にその蛇の頭を掴み上げるとナイフで首を切り落とす。
 ドシュッ
 血が吹き出し、あたりの落ち葉を赤く染めた。
 ユイナがそれを懐の革袋に入れるのを見て、コウはおそるおそる訊ねた。
「あの、それをどうするんですか?」
「研究材料よ。ああ、実験意欲が湧いてきたわ!」
 彼女は不気味な笑みを浮かべながら言うと、すたすた歩いていきかけ、不意に振り向いた。
「それより、そろそろ戻った方がいいわ。暗くなったら戻るのも一苦労するわよ」
「あ、そ、そうだね。ユミちゃん、戻ろう」
「……はぁい」
 不承不承という感じで、ユミも頷いた。

《続く》

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