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ときめきファンタジー
第
章 別離(わかれ)
その
そのままの君でいて

朝食を終えてから、みんなは軽い打ち合わせを行っていた。
ミオは片手にチュオウの村で手に入れたこの辺りの地図を持って説明する。
「グランデンシャーク山の中腹には、誰が建てたとも知れない古い社があるそうです。この山中にメモリアルスポットがあるとすれば、そこがあやしいと思います」
「もし、違ったとしても、何らかの手がかりはあるはずね」
ユイナが口を挟んだ。ミオは頷く。
「そうです」
「じゃ、まずはそこを目指すって事だね」
ノゾミは立ち上がった。
「早速出発しようか」
「ただ……」
ミオが呟いた。
「ただ、どうしたの? ミオさん」
サキが訊ねた。
「あ、はい。ただ、気になるのは、お社は巨人に護られているという話を聞いたんです」
「巨人?」
ヨシオが聞いた。
「ええ。それ以上詳しいことはわからなかったんですが……」
「行ってみればわかるって。じゃ、出発しよう」
ノゾミはあっさりと言った。
ユミが早速コウにまとわりついてくる。
「コウさん、巨人だって。ユミ、怖いなぁ〜」
「そ、そうだね」
どうしても昨日のことを思い出してしまい、まともにユミの顔が見られないコウであった。
ユミは反対ににこにこしていた。
(昨日は惜しかったなー。でも、コウさんだってユミのことが好きなんだってわかったもん!)
その2人を、後ろを歩きながらヨシオが複雑な表情で眺めていた。
次第に山道は急になっていった。
まずミオが息を切らし始める。
サキが後ろについて背中を押してあげていたのだが、とうとう座り込んでしまった。
「ごめんなさい、私、もうダメです。皆さん、先に進んで下さい」
「ダメよ!」
サキが言った。
「ミオさん一人、こんな山道に置いていけるわけないでしょう!」
「でも、私のために遅れることは許されません。時間は少しでも無駄には出来ないんですよ」
「でも……」
「ダメだよ」
コウが言った。
皆、一斉にコウを見た。
「コウさん、でも……」
「彼の言う通りね」
ユイナが冷静な声音で言った。
「私の綿密な計算によると、あなたを欠いた場合、このパーティーの行動能力は著しく減退するわ。あなたは欠くべからざる存在なのよ」
「……」
ミオは視線をコウに向けた。
コウは頭を掻きながら答えた。
「ユイナさんの言ってることはよくわからないんだけど……」
ここで、ユイナがじろっとコウを見たが、彼はそれには気づかずに言葉を継いだ。
「でも、ミオさんが俺達に必要だってのは間違いないよ。一緒に行こう」
「……はい」
ミオは頷いて立ち上がった。その頬が微かに赤らんでいるのに気がついたのは、ユイナだけだった。
(……興味深いわね)
ユイナは心の中で呟き、コウをじっと見つめていた。
次第に道の左右から木が消えて、ごつごつした岩に変わり始めた頃、先頭を歩いていたノゾミは立ち止まった。
「そろそろこの辺りで野営にしようか」
「そうだね」
コウは頷いて、辺りを見回した。そして指をさす。
「あんな所に洞窟がある!」
「ラッキー。ちょっと見に行ってくるぜ」
ヨシオが早速走っていった。
と、
キーキーキー
「うっわぁーっ」
叫び声とともに、ヨシオが飛び出してくる。その後ろから黒い影が飛び出してきた。
「コウモリ!?」
「吸血コウモリです!」
ミオが叫んだ。サキが訊ねる。
「吸血コウモリって事は、血を吸うの?」
「はい。あっ!」
こっちに気がついた様子で、吸血コウモリの群が向かってくる。
ユイナが落ち着き払って呪文を唱えた。
『我が魔力よ、魔界より炎を呼び出し、我を護る壁と成せ!』
ゴウッ
いきなり、コウ達の前に炎の壁が立った。剣を抜きかけていたノゾミが慌ててさがる。
ギャーギャー
次々と燃え落ちるコウモリ。
辺りに肉の焼ける異臭が漂った。ユミが鼻をつまむ。
「くっさーい!」
「そうだなぁ……。サキ! 危ない!」
1匹のコウモリが炎の壁から飛び出して、サキに突っ込んだ。
「きゃあっ!」
「でえいっ!」
バシュッ
間一髪、ノゾミがそのコウモリを斬って捨てた。思わずサキはその場にぺたんと座り込む。
「はぁぁ、びっくりしちゃったなぁ、もう」
ユイナが腕をさっと振ると同時に、炎の壁は消えた。後には黒こげになったコウモリの死体が転がっている。
コウははっとした。
「ヨシオは!?」
「……」
みんな顔を見合わせる中、ユミだけは元気に答えた。
「だ〜いじょ〜ぶだってぇ。おにーちゃんがそう簡単に死んじゃうわけないって」
「お前な、ちょっとは心配しろよ」
後ろから声がした。みんな一斉に振り向く。
「ヨシオ!?」
「あー、びっくりした」
ヨシオは頭を掻きながら言った。
「でも、どうして? ヨシオくん、向こうにいたんじゃ……」
「お、サキちゃん、心配してくれるの?」
「別にぃ」
サキは微笑んで言った。
ユイナが腕を組んで訊ねる。
「それよりも、洞窟の方はどうなの? もうすぐ暗くなるわよ」
「ダメダメ。コウモリの住処みたいで、フンだらけだ」
ヨシオは手を振った。
「しょうがないな。もう少し進んでみようか」
ノゾミが言ったが、地図を見ていたミオが反対した。
「それよりも、少し戻って、安全なところで野営した方がよいのではありませんか? 先に進んでも、条件は悪くなるだけですよ」
「コウくんはどう思う?」
サキがコウに振った。
「どうって言われても……」
コウは考え込んだ。そして言った。
「やっぱり、先の様子が分からない以上、うかつに進むべきじゃないと思うな」
「……そうだな。じゃ、そうしようか」
ノゾミは自説を引っ込めた。切り替えの早い彼女は、今度は先頭に立って下っていった。
少し戻った所に、大きな杉の木が立っていた。一同はその根元で野営をすることにした。
夕食が終わったところで、コウが剣の稽古に立とうとしたとき、サキが話しかけてきた。
「コウくん、ちょっと、いいかな?」
「あ? ノゾミさん」
「あたしはいいよ。じゃ、先に行ってるから」
ノゾミは軽く手を振ると、自分の剣を持って立ち上がり、向こうの方に行った。
コウは訊ねた。
「で、何の用?」
「えっとね、ここじゃ何だから、ちょっと来てくれないかな?」
「え? う、うん」
サキは歩き出した。コウが彼女の後を追いながら何気なく振り返ると、ミオが焚き火の傍らで眠りこけているユミに毛布を掛けているのが見えた。
焚き火から離れたところまで来ると、サキは振り向いた。
コウは立ち止まる。
「で、用って?」
「あのね……」
サキは少し躊躇った後で、ゆっくりと言った。
「コウくん、変わったね」
「え?」
「ゴメンね、変なことを言って。でも、気になったから……」
彼女は俯いた。
「コウくん、最近剣から手を離さないのね」
「え?」
言われてコウは気がついた。今も、剣の柄に手を置いていることに。
「ううん、それが悪いって言ってるんじゃないの。ただ、コウくんが闘いに慣れて、命を傷つけることを何とも思わなくなっちゃう、それが怖いの」
サキは顔を上げた。
「コウくん、あたし、今の優しいコウくんが好きなの。だから、変わってほしくない。その優しさだけは」
「……え? 今なんて?」
「え? あ……」
サキは、暗がりでもわかるほど真っ赤になった。
「や、やだぁ、あたし何を言ってるのかな。もう……。ごっ、ごめんね」
ぺこっと頭を下げるサキ。
コウは言った。
「大丈夫、約束するよ」
「え?」
顔を上げたサキに、コウは微笑んだ。
「俺自身は、何も変わらないよ。これからもずっと、ね」
「コウくん……」
サキは微笑んだ。
「ありがとう、嬉しい……」
《続く》

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