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ときめきファンタジー
章 運命の星のもとに

その 出逢いはある日突然に

「……んっ」
 少年は、軽いうめき声を上げて、目を開いた。
 まだぼんやりと霞む視界に、天井がうつる。
「……木の、天井?」
 流麗な木目を生かした板を巧みにつなぎ合わせた天井は、彼が見たこともないものだった。
「何だ、ここは!?」
 彼は跳ね起き、自分が布団に寝ていたことに気がついた。
 その布団は、ベッドの上ではなく直接床に敷かれている。その上、その床が石ではなくて草を編んだようなもので出来ているのだ。
 布団の枕元には、こちらは見慣れた服が畳んで置いてあり、その脇に一振りの剣が置いてあった。こっちの剣も見覚えがある。
 改めて自分を見てみると、彼自身もいつの間にか、一枚の布で出来たような服を着ていた。解けないように、腰の辺りを幅のある紐で縛ってある。
「……こ、これは」
 彼は部屋を見回した。
 細かい格子状のドアとも窓ともつかないものから、柔らかい光が漏れている。磨りガラスかと思った白いものは、彼がそっと押してみると、以外にも柔らかな感触を指先に伝えてきた。
「か、紙か、これは。しかし……、ここは一体……」
 と、人影が、その紙をすかして見えた。そして、その窓が横にスライドした。
「あら、気がつかれましたのですか。良かったですねぇ」
 そこには一人の少女が微笑んでいた。長い髪を左右に編み分けた髪型が印象的だ。
 上下が一枚の布を身体に巻き付けたような、袖の袂の長い服も、彼の初めて見るものだった。
「き、君は?」
「わたくしは、ユカリ・コシキと申します」
 その少女は、その場にひざをつくと、丁寧に一礼した。慌てて彼もお辞儀をする。
「ど、どうも。俺は……」
 言葉が途切れた。
 不意に、彼は目を見開いた。
「俺は……誰だ?」
「まぁ……」
 少女は目を見開いた。
「もしかして、何も覚えていらっしゃらないのですか? それは、お困りでしょうね」
「う、うん……」
 彼は考え込んだ。
(俺の名前は? 今までどうしていたんだろう?)
 と、不意に頭の何処かで、懐かしい声がした。

『コウくん……。私、待ってる……』

「コウ」
 彼はぽつりと呟いた。
 ユカリが聞き返す。
「コウ、というお名前なのですか?」
「そうかもしれない……」
 彼は頷いた。何だかそんな気がしてきたのだ。
 ユカリは微笑んだ。
「お名前だけでも、思い出されてよろしゅうございました。これで、お父さまに紹介できますもの」
「お父さま?」
「まぁ、こんなところでお話しするのも、何ですから……」
 彼女は身ぶりで部屋に戻るように促した。そして、自分も部屋にはいると、戸をスライドさせて閉めた。

「珍しいね。木と紙で出来た家なんて」
 コウは部屋の中を見回しながらユカリに言った。
「そうでしょうか? この辺りの家と、そう変わらないと、思うんですけれども」
「じゃ、俺の方が遠くから来たって事になるのかな?」
「そうかも知れませんねぇ」
 ユカリはひざを折った、何となく窮屈そうな座り方で床に座った。コウは、彼女に勧められるまま、正方形のマットレスのようなものの上に座った。
「で、ここはどこなの?」
「ここは、トキメキ国です。トキメキ国のユウエンという町ですのよ」
「トキメキ国……、ユウエンの町?」
「はい」
 彼女は微笑んだ。
(可愛いなぁ……)
 思わず、その微笑みに見とれていたコウだった。
 ふと気がつくと、ユカリがコウの顔を不審そうに見ている。
「わたくしの顔に何かついておりますか?」
「あ、い、いや、なんでもないよ。それより、まだ色々聞きたいことがあるんだ」
「はい。何でも聞いて下さいね」
 ユカリはそう言いながら立ち上がった。
「あ、あの?」
「でも、お腹が空いてはいくさは出来ぬと申しますし、何かお召し上がりになってからでもよろしいかと存じまして」
「そ、そうだね」
 言われて、コウはお腹が減っていることに気がついた。
「では、少々お待ち下さいね」
 ユカリはそう言い残して、部屋から出ていった。
 コウは、今着ている服がどうもすーすーするので、とりあえず自分の服に着替えた。
 それからしばらく待っていたが、何時までたってもユカリは戻ってこない。
「どうしたんだろう? ええっと、たしかこうして……」
 彼は、ユカリがしていたようにドアらしいもののくぼみに指をかけて横に動かしてみた。
「つ〜〜っ!!」
 逆に動かして、指を挟んでしまったのだ。痛みに耐えかねて、コウは慌てて戸を引っ張った。
 バタァン
 勢い余って、戸が外れてしまった。そのまま倒れかかるのを慌てて支えるコウ。
「こ、壊してしまった……。ど、どうしよう!」
 あたふたと辺りを見回す彼。戸がこんなに簡単に外れるなどとは、彼の常識の範囲外だったようだ。
「や、やばいなぁ……」
 とりあえず、戸を壁に立てかけておいて、彼は部屋の外を見た。どうやら、廊下になっているようだ。
 廊下は、部屋の中とは違って、床が板張りになっていた。
 彼は部屋にとって帰すと、枕元に置いてあった剣を取った。
「ここに置いてあるって事は、俺のってことだよなぁ。うんうん」
 勝手に納得しながら、彼は部屋から外に出た。
 コウはきょろきょろ辺りを見回しながら、廊下を歩いていた。
「何だか珍しいつくりだなぁ。ってことは、やっぱり俺、ここの生まれじゃないのかなぁ……」
 ドンッ
 腕を組みながら角を曲がろうとしたコウは、突然突き飛ばされてしりもちをついた。
「あいったぁ〜」
 向こうから声が聞こえて、コウは慌てて立ち上がった。
 角の向こうに、女の子が同じようにしりもちをついていた。ユカリのと同じような、ただちょっと地味な服を着た女の子だ。
「ご、ごめん!」
「もう! 超むかつくぅ」
 その娘は立ち上がると、服をポンポンとはたき、そのまま公とは反対方向に歩いていく。
「……?」
 何となく、公はそれを見送ってから、彼女の来た方向に向かいかけた。
 と、
「おや?」
 足下に、何か落ちている。彼は拾い上げた。
 小さな人形だ。
「あ、あの、落とし……」
 彼は角まで戻ってみたが、さっきの女の子は、どこにもいなかった。
「……おかしいなぁ……」
 首をひねった彼の耳に、女の子の来た方向から、何やら騒がしい物音が聞こえてきた。
「……なんだろ?」
 彼は、懐にその人形をねじ込むと、そっちの方に向かった。

《続く》

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