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ときめきファンタジー
章 運命の星のもとに

その とても言えない秘密があるの

 廊下をしばらく進んでいると、次第に声がはっきりと聞こえてくる。
「やぁぁ!」
「とうっ!」
「えい!」
「……発声練習かな? でも、騒がしい音も聞こえるなぁ」
 彼は声のする方に近寄っていった。
 と、廊下が終わっており、ドアの向こうが広い空間になっている。
 その空間の中で、大勢の男達が木の棒のようなものを振り回している。見た所、剣の練習をしているようだ。
「ふーん」
 なんとはなしに、コウはその様子を見ていた。
 と、練習していた一人がそのコウを見つけた。
「なんだ、貴様は」
「え? 俺?」
 コウは自分を指した。男は頷いた。
「我らがコシキ流道場の稽古を覗くとは。貴様、まさか他流の者か?」
「どうした!?」
「なんだ、なんだ?」
 他の者達も練習を止めて集まってくる。
(うわぁ、やばいなぁ)
 心の中で青くなるコウだった。逃げても逃げ切れそうにもない。
 これまでか、と観念しかけたとき、大きな声がした。
「お前ら、なにをしとるか!!」
「お館様!!」
 彼らは一斉にひれ伏した。動きに取り残されたコウが、一人、目をぱちくりしていた。
 部屋の一番奥から、一人の初老の男が歩いてきた。コウの前に立つ。
「お主、ユカリが拾ってきた若造。気がついたのか?」
「あ、あなたは?」
 思わず後ずさりしかけながら、コウは訊ねた。
「儂は、この道場を預かる、ジュウザブロー・コシキと申す者」
 男はそう答えると、コウの持っている剣に目を止めた。
「やはり、その剣はお主のか。お主が寝ている間に検分させてもらった。異国の剣なれどなかなかの名刀とみたが」
「そ、そうですか?」
「それだけの剣を持つお主も、それなりの腕なのであろうな?」
 男の目が、鋭い光を帯びた。
「い、いえ、俺は……」
「タクミ」
 彼は、コウの言うことを無視して声を上げた。一人の痩せぎすの男が立ち上がる。
「はい」
 ジュウザブローはコウに言った。
「このタクミ・フミは我がコシキ流師範代をつとめている。タクミ、この男と手あわせしてやれ」
「……承知」
 彼は頷いた。そして、コウに視線を向ける。
 鋭い視線を浴びせられ、コウは背筋を冷たいものが走るのを感じた。
「あ、あの……」
「勝負に情けは無用。存分に参られよ」
 彼はそう言うと、すたすたと奥に向かって歩いていった。そして、そこに掛かっていた反り身の剣を取ると、鞘を払った。
 刀身が光を反射して、ぎらりと光る。
 コウは、恐る恐る訊ねた。
「それって、本物の剣で……すよねぇ」
「さぁ」
 ジュウザブローが促すまま、コウは仕方なく進み出た。剣の鞘を外し、おっかなびっくり構える。
 タクミは、その構えを見て驚いた風だった。そして訊ねる。
「ふざけているのか? それとも、俺を嘗めているのか?」
「い、いえ、そんなつもりじゃ……」
「きええっっ!」
 一閃。
「……え?」
 タクミの剣は、コウの喉に突きつけられていた。
 その姿勢のまま、タクミは言った。
「勝負になりませんな」
 腕を組んで、それを見ていたジュウザブローも頷いた。
「そのようだな。儒子、その剣をどこからくすねてきた?」
「そ、それは……」
「それとも、まさか魔王の……。いや、彼奴の手先がこのような未熟者のはずはなし。やはりただの盗人風情か」
 ジュウザブローは呟き、背を向けた。そして言う。
「タクミ、こ奴への詮議は任せる」
「御意」
 タクミは一礼し、さらにコウに剣を突きつける。
「さあ、言え!」
「ちょ、ちょっと待って……」
「まぁ」
 不意に軽やかな声がした。皆、一斉に入り口を見た。
 ユカリがにこにこしながら立っていた。コウがタクミに真剣を突きつけられているというのに、驚いた様子もない。
 彼女はそのまますたすたと部屋の中に入ってきた。ジュウザブローが慌てて声をかける。
「こ、こら、ユカリ。神聖なる道場の中に女子が入ってはならぬと……」
「よろしいではありませんか」
 彼女が微笑みながら言うと、彼は「その、なんだ」とか言いながらも黙ってしまった。
 彼女はそのままコウの前まで来ると、タクミに言った。
「タクミさん、剣を納めて下さいませんか? わたくし、この方にお食事を差し上げなければなりませんので」
「は? し、しかし、このような不逞の……」
「タクミさん」
 ユカリは、静かにタクミを見た。彼は、不承不承頷いた。
「解りました、お嬢様」
 そして、剣を納める。鍔が鞘に当たるパチンという音を聞いて、コウはそのまま、ずるずるとその場に座り込んだ。
「それでは、失礼いたします。皆さんも、お稽古、頑張って下さいませ」
 彼女はにこっと笑うと、コウに言った。
「さあ、参りましょう、コウさん。お食事のお支度が出来ておりますのよ」
「は、はい」
 コウは慌てて立ち上がった。膝をがくがくさせながらもユカリの後に従う。
 2人が出ていった後、皆はジュウザブローの周りに駆け寄った。
「お館様! 如何なさいますか!?」
「お館様!?」
 道場主は、床に座って考え込んだ。
「儂とて一人の父親。娘の幸せを願わぬはずはない……。しかし、ユカリはあれの守り手、そして儂らはそのユカリを守らねばならぬ。あれの母をこれまで守ってきたようにな……」
 彼は、遠い目をした。
「きゃつがもし、ユカリに手を出すようなことがあれば……」
「あれば……?」
 彼は、かっと目を見開いた。
「斬れ」
「御意!」
 皆、一斉に頷いた。

 さて、そんなことはつゆ知らぬコウは、ユカリに案内されて一室に通された。
 そこには、既に朱塗りの膳が用意されていた。
「うわぁ、いい匂いだ」
 コウは目を丸くした。そして、皿に載っている焼き魚を手掴みにしようとした。
「まぁ、そんなに慌てなくても、魚は逃げはしませんわよ」
 ユカリは、コロコロと笑った。コウはきょとんとした。
「あの、何か間違えたのかな?」
「あらあら、お箸の使い方を知らないのですね」
「お箸? あ、この木の棒?」
 彼は膳に添えられていた2本の細い棒を取った。
「これを……こう?」
 ぐさっと魚に突き刺してみるコウ。ユカリはまたコロコロと笑った。
「違いますよ。こうするんですのよ」
 身を乗り出して、コウの手の上から箸を握ってみせるユカリ。
(……柔らかい手だなぁ……)
「は?」
 顔を上げるユカリ。
 コウは慌ててそれらしく箸を持ち直す。
「こうかな?」
「まぁ、上手ですわ」
 ユカリは目を細くして微笑んだ。
 慣れない箸を相手に奮闘しつつ、コウは自分がここに現れたときの話を彼女に聞いた。
 彼女の話によると、彼がここに現れたのは、2日前のことであったようだ。
 その夜、なんとなく胸騒ぎを感じて、ユカリはこのすぐ近くにある海岸に出た。すると、大きな流れ星のようなものが彼女の前の海に落ちたのだという。
 彼女がそっちの方に近づいてみると、コウが海岸に打ち上げられていたという。
 彼女はコウをこの家に連れて帰り、ずっと看病していたのだそうだ。
 ついでに、コウはこの家のことも知ることが出来た。
 この家、コシキ家は代々由緒ある剣術の道場を営んでいるそうだ。トキメキ国の国王にも教えているらしい。
 ユカリはそのコシキ家の宗主ジュウザブローの一人娘なのだそうだ。
「へぇ。で、お母さんは?」
 そう訊ねた時、ユカリは一瞬だけ、辛そうな顔をした。慌てるコウ。
「あ、もしかして、もう亡くなってらっしゃるの?」
「いいえ。生きておりますよ」
 彼女はもう、元のにこやかな顔に戻っていた。
「ふーん」
 コウは、ご飯をかき込みながら頷いた。
「あら、ほっぺたにご飯がついていますよ」
「え?」
「ほら」
 ユカリは手を伸ばして、コウの頬についた米粒を取った。そして、ふと思いだしたようにポンと手を打った。
「そういえば、今宵、お父さまの元に、西方から使者の方が、いらっしゃるとか、仰っていらっしゃいました。もしかしたら、コウさんの故郷からいらっしゃった方々かも、知れませんねぇ」
「うーん。何とか会えないかな?」
「お父さまにお聞きしてみましょうか?」
 ユカリは、コウの食べ終わった食器を片づけながら言った。
「うん。お願いするよ。……俺は……」
「え?」
 コウは、立ち上がり、ドアを横にスライドさせた。
 そこからは小石を敷き詰めた庭があった。
 彼はその庭を見おろしながら、独り言のように呟いた。
「俺は、思い出さなきゃいけない。俺を待っていてくれる人がどこかにいる、そんな気がするんだ……」
 ユカリは、そんなコウの後ろ姿を見つめていた。その表情は、今まで浮かべていた微笑みとうって変わった、切なげな表情だった。
 彼女にはわかっていたのだ。記憶を取り戻したとき、その時が、彼と別れなければならない時だということを。
 できれば、少しでもその時が来るのを先に延ばしてしまいたい。
 一瞬、そんなことを考え、慌てて自分の胸の中で打ち消すユカリ。
(いけません。わたくしは……、わたくしにはそんな資格はありませんもの……)
 彼女は膳を持って、立ち上がった。
「それでは、失礼いたします」
「あ、うん」
 コウは頷くと、庭に向き直り、そして訊ねた。
「ところで、あれは何?」
「え?」
「ほら、あの人形みたいなの、さ」
 彼は、庭の隅の方にある円筒形の茶色いものを指した。いくつかの切れ込みが確かに顔のように見えるし、左右に突き出した細い突起は腕ともとれる。高さは1メートルほどか。
 ユカリは答えた。
「あれは、埴輪です」
「はにわ?」
「ええ。わが家の家宝と、お母さまが申しておりました」
 そう答えると、彼女はそっと部屋から出ていった。
 コウは、首をひねった。見れば見るほど、落ちついたたたずまいの石庭の中で、むしろユーモラスと言えるその埴輪は異彩を放っていた。
「家宝、ねぇ。ま、いいか」
 肩をすくめ、コウは戸を閉めた。

《続く》

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