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ときめきファンタジー
章 運命の星のもとに

その ガラスのハート

 その夜。
 一同は、道場−コウが危うい目にあったあの広い部屋のことをそう呼んでいた−に集まっていた。末席にコウとユカリも並んでいる。
 やがて、一人の男が駆け込んでくると、中央に座っているジュウザブローに告げた。
「いらっしゃいました」
「うむ。お通ししろ」
「は。し、しかし……」
 彼は、ジュウザブローに耳打ちした。ジュウザブローは、一瞬目を見開いた。
「……かまわん」
「では……」
 男は、再び外に走り出ていった。やがて戻ってくる。
 その後ろから、数人の女性が入ってきた。
 ジュウザブローの周りの男達がざわめく。
「女、だと?」
「聞いていないぞ、そんな話は」
「馬鹿にされてるんじゃないのか?」
「畜生、なめやがって」
 そんなざわめきの中、女性達はジュウザブローの前に進み出た。
 ジュウザブローは立ち上がると、名乗った。
「儂が、トキメキ国将軍家剣術指南役を仰せつかっておるジュウザブロー・コシキだ。お主がヒロショウ国の使者、カール・イシイ殿の名代か?」
 先頭にいた、小柄な赤毛の女の子がにこっと笑った。
「うん、そうよ。あたしが代理のジョブ・リン」
「で、わざわざここまで来られた理由は?」
「うん。あのねぇ……」
 その瞬間、彼女の目が怪しく光った。
「おじさんの命を頂きに来たの」
「なに!?」
「刺客だと!」
 脇に控えていた男達が、その言葉を聞くやいなや、剣を抜いて殺到した。しかし、彼女の動きはさらに素早かった。
 シュッ
 男達が飛びかかったとき、そこに残っていたのは服だけだった。
 一人が叫ぶ。
「上だ!」
「忍びか!」
 赤毛の少女は、黒装束をまとい、高い天井に逆さになって立っていた。
 そのまま嘲るように言う。
「あのね、もう一つ教えて上げるねっ。あたし、ホントはユウコ・アサヒナっていうの。それじゃ、ばいばーい」
「ア、アサヒナだと!? 莫迦な!」
 ジュウザブローが目を見開いた。
 男達は剣を抜いて叫ぶ。
「き、貴様っ」
「卑怯者、降りてこい!」
 コウは、はっとした。全員が天井のユウコを見ている中、彼女の後ろにいた女の子達が何の動きも見せていないことに気がついたのだ。
「ユカリさん!」
「はい、なんでしょうか?」
 ユカリがにっこりと微笑んだ。コウは訊ねようとした。
「あの、後ろの……」
 その瞬間、凄まじい爆発が起こった。

「ううっ……」
 コウは頭を振りながら半身を起こした。自分の上に積もっていた土ほこりがザザーッと流れ落ちる。
 額を冷たいものがつうっと流れる。彼がそれをさわると、ぬるっとした手触りがした。
「血……か。いてて」
 にわかに体中が悲鳴を上げた。少し、姿勢を変えてみる。途端にまた土ほこりが派手にあがった。
「ゲホゲホ」
 そのほこりにむせながら、コウは辺りを見回した。
 道場は、屋根も壁も完全に吹き飛んでいた。辺りは真っ暗で、何があるのかよく判らない。あちこちで微かにうめき声が聞こえるところから見て、何人かは生きているようだ。
「……っ」
 自分の下で、声が聞こえた。コウは驚いて、視線をそっちに向けた。
「ユカリさん!!」
 彼は自分の身体の上げる悲鳴を無視して起きあがると、ユカリを抱き起こした。
 どうやら気を失っているだけのようだ。偶然とはいえ、コウの身体が盾になって衝撃をやわらげたらしい。
「……よかった」
 と、
 キィン
 金属のぶつかりあう、澄んだ音がした。コウは音の方に視線を向けた。
「あれは……」
 二人の人影が、切り結んでいるようだ。片方の小柄な人影は、ユウコだろう。もう一人は……。
「タクミ、さん?」
「なかなかやるねっ」
 飛びすさって、ユウコは息を整えた。
「お館様を、むざむざ殺させはせぬ!」
 タクミは右手で剣を構えながら、言った。左手をだらんと下げているところを見ると、怪我でもしているようだ。
 ユウコはにぃっと笑った。
「でも、片手で何処まであたしの相手ができるかなっ?」
 シャキン
 彼女は、もう1本の剣を抜いた。そして、どっちもやや短めの2本の剣を構える。
「二刀流だと!?」
「いっくよぉーっ!!」
 ユウコは、瓦礫の上を軽やかな足どりで駆け抜けた。そのまま、タクミに飛びかかろうとする。
「タクミさん!」
 コウはとっさに手近の瓦礫の欠片を拾い上げ、投げつけた。
 ガキィン
 鈍い音がした。ユウコが、左手の小剣を回転させてその破片を弾き飛ばしたのだ。
「手出しは無用だ!」
 タクミが怒鳴った。
「そ、そんなこと言ったって、あんた怪我してるじゃないか!」
「ふぅーん。邪魔すんのぉ」
 ユウコは、コウの方を向いた。そして笑みを浮かべる。
「じゃ、ちゃちゃっと始末しちゃおっかなぁ」
「くっ」
 コウは、腰の剣を抜きかけ、はっとした。
 ユウコが目の前にいた。既に、両手の剣はコウに突きつけられてる。
「なかなか、かっこいい顔してるじゃん。邪魔しなかったら、死ななかったのにね」
「く……」
「ナウマクサンマンタ・バサラダンカン」
 ゴウッ
 突然、炎の塊がユウコを襲った。とっさにとんぼ返りして、それをかわす彼女。
「な、なになにぃ?」
「え?」
 コウが振り向くと、ユカリが立ち上がっていた。コウを見て、にこっと微笑む。
「まぁ、コウさん。怪我がなくて、よかったですわぁ」
「お嬢様、その力は、あれのためのもの……。そのような男のために使ってはなりません!」
 タクミが叫ぶ。
「陰陽師なのぉっ?」
 そう言いながら、身構えるユウコ。そのまま突っ込んでくる。
「ユカリさんっ!!」
 とっさにコウが剣を抜いた。そして、ユウコの前に立つ。
「お邪魔あっ!!」
 ガキィッ
 コウの1本の剣と、ユウコの2本の剣がぶつかりあった。勢いで彼女の剣の刃が欠け、その破片がコウの頬をかすめる。
「くくっ」
「えいっ!」
 突然ユウコは回し蹴りを放った。予想してなかったコウは、それをまともに食らって横に倒れる。
「わっ!」
「ええーいっ!」
 倒れるコウを一顧だにせず、そのままユウコはユカリに駆け寄る。
「オン・マリシエイ・ソワカ」
 一瞬早く、ユカリの術が完成した。凄まじい風が巻き起こり、ユウコを吹き飛ばす。
「くっ」
 ユウコは空中で姿勢を整え、綺麗に着地した。辺りを見回す。
 瓦礫の下敷きになっていた男達が、次々と起きあがり始めていた。ユウコは舌打ちした。
「時間、かけすぎちゃったかな」
「おのれっ」
 その隙をついてタクミが斬りかかるが、ユウコはあっさりそれをかわすと、そのままジャンプした。楽々と塀を飛び越えて、闇に消えて行く。
 コウは大きく息をついた。
 ユカリがやってくる。
「コウさん、お怪我はありませんか? ……まぁ、お怪我なさっていらっしゃいますのね。大変ですわぁ」
「いやぁ、これくらい大したことないさ。それより、さっきのは……」
「あ……」
 ユカリははっとして口を押さえ、2、3歩後ずさった。
 ユカリの力、それは普通の人間にはない力だった。
 彼女が母親から、そして母親はさらにその母親から……。脈々と受け継がれる「血」の力。
 その力を知った者は皆一様に彼女を恐れた。
 それほどの力だったのだ。
 いつしか、彼女は微笑みを覚えた。微笑みという偽りの仮面をかぶることを。
(知られてしまいました……。わたくしにこのような忌まわしい力があることを……)
 ユカリは、しゃがみ込んで、両手で顔を覆った。
「ユ、ユカリちゃん!」
「ごめんなさい。でも……、わたくし、このような力があることを知られたくはなくて……。決してあなたを騙そうとか、そう思ったわけではなくて……」
 指の隙間から、涙がこぼれ落ちる。
「ユカリちゃん、大丈夫? 何処か、怪我したの?」
「そう思ったわけではなくて……。はい?」
 ユカリは思わず顔を上げた。頬を涙が伝う。
 コウは、その顔を見て、慌てて駆け寄った。
「どこか痛いの?」
「コ、コウさん……? わたくしが怖くないのですか?」
「へ? どうして?」
 コウは屈託のない笑みを浮かべた。
「どうしてって……」
「どんな力を持っていたって、ユカリちゃんはユカリちゃんじゃないか」
 彼はあっさり言った。
 思わず、ユカリは彼の顔をじいっと見つめた。
「……コウさん……」
「でしょ? あ痛たたた」
 彼は顔をしかめて、頭を押さえた。ユカリは、はっとして彼に駆け寄ると、「ちょっとお待ちくださいね」といって、自分の服の袖を裂いて、コウの頭に巻き付けた。
「あ、ありが……」
 そして、ユカリはそっとコウの頭を抱きしめた。
「ありがとうございます、コウさん……」

《続く》

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