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ときめきファンタジー
章 運命の星のもとに

その 真実はときめきと共に

 こちらは倒壊を免れた母屋。
 布団の中で、ジュウザブローは昏々と眠り続けていた。
 彼の容態を診ていた医者が言う。
「よろしくありませんな。どうやら、爆発のときに頭を打ったようです」
「頭、ですか?」
 枕元に座る上品な雰囲気の婦人が聞き返した。彼女がユカリの母親であり、ジュウザブローの妻のアカリだと、コウはユカリから聞いた。。
「おのれ、魔王の手の者めが……」
 右腕を包帯で吊ったタクミが悔しげに呟く。
 アカリが静かに言った。
「タクミさん……」
「は、す、すみません、姐さん」
 彼は恐縮したように押し黙った。しかし、その様子はコウの目には入っていなかった。
「ま……おう?」
 コウは呟いた。そして、頭を押さえる。
「コウさん、傷が痛むのですか?」
 傍らにいたユカリが心配そうに訊ねる。
「い、いや。それよりも……」
 コウはアカリに話しかけた。
「その魔王について、お聞きしたいのですが……」
「……」
 彼女は黙り込んだ。
 脇からユカリが言う。
「お母さま。コウさんはあの時、ご自分の身も省みず、わたくしを助けてくださいました。今度はわたくしたちがお助けする番だと思います」
「……そうでしたね」
 彼女は静かに頷いた。慌ててタクミが口を挟む。
「姐さん! 何処のどいつとも知れないような奴に……」
「ユカリの命を救っていただいたことには代わりありません。それに……」
 彼女は、コウの目をじっと見つめた。
「わたくしは、この目を信じようと思います」
「……姐さんがそこまでおっしゃるなら」
 タクミは引き下がった。
 彼女は立ち上がり、コウに言った。
「コウさん、一緒にいらっしゃってください。タクミさん、主人をお願いします」
「お任せください」
 頷くタクミを残し、コウとユカリはアカリに従って部屋から出た。

 奥の部屋にはいると、アカリはそっと戸を閉めた。そして言う。
「まぁ、コウさんもユカリもお座りなさいな」
「は、はぁ」
「では、失礼いたします」
 二人は、その場に座った。アカリは戸棚を開け、巻物を出した。
「これは、代々我がカグラ家、つまりわたくしの家に伝わってきた古文書です。これに魔王のことが記されています」
 コウはごくりとつばを飲み込んだ。
 アカリは、巻物の紐を解いた。そして、するすると広げる。
 そこにはびっしりと文字が書いてあった。コウはそれを見たが、何とかいてあるのかは判らなかった。
 彼はアカリに訊ねた。
「これには、なんと?」
 アカリは静かに答えた。
「長い話ですが、かい摘んでお話ししましょう。1000年前の話です……」
「……勇者は、こうして聖なる剣をもって魔王を封印することに成功しました。しかし、その時の傷がもとで、彼は命を落としました。そして、役目を終えた聖なる剣もまた眠りについたのです。神は偉大な力を秘めた聖なる剣が無用に使われることを危惧し、その鍵を12に分け、それを世界中に一つずつ置き、それぞれを守護する者を置いたのです」
 アカリは静かに言葉を切り、ユカリを見た。
「ユカリ、ここまではあなたも知っている話ですね」
「はい」
 ユカリは頷いた。
 アカリは立ち上がり、今まで閉めていた扉をそっと開いた。
 穏やかな陽の光が射し込んでくる。
 その光に包まれながら、アカリは言った。
「我がカグラ一族は、その鍵の守り手なのです」
 沈黙を破ったのは、ユカリだった。
「では、わたくしの力は……?」
「ええ。私がかつて持ち、そして今はあなたが持っているその力は、その鍵の守り手として神から与えられた力なのですよ。本当は、もっと後で話そうと思っていましたが……」
 アカリはコウを見た。
「時が来たようですから……」
「は?」
 コウは突然話を振られて、目を丸くした。
「あ、あの、俺が何か?」
「フフフ。いずれ、判りますよ」
 アカリは微笑んだだけだった。
 ユカリが訊ねる。
「そうすると、その鍵というのは……?」
「ええ。12の鍵のうちの一つはわが家に代々伝えられています」
 彼女は静かに答えた。
 その頃。
「あうっ」
 何処とも知れぬ深い闇の中。
 少女のうめき声だけが響いた。
 そして、もう一つの声が。
「まったく、おめおめと戻って来おって。アサヒナの名は伊達か……」
「まぁ、心を操っているのだ。完全に力を引き出せるわけでもあるまい」
 もう一つの、やや甲高い声がなだめるように言う。
 最初の声が、ややトーンを落とす。
「しかし、あの人形を失ったのはまずいぞ」
「たしかに。心と体を離してしまうと、あまり長い間は使えぬからな……。あとどれくらい使えそうだ?」
「そうだな。もってあと2日といったところか?」
「これだけの身体、なかなか手に入るものではないからなぁ。次を探すのも手間だしな」
「しかし、あの方は何故そこまであのコシキとかいう奴にこだわるのだ?」
「……知らぬ方が身のため、ということもある」
「そうだな」
 声が闇に消えたあとも、少女のうめき声だけは、耐えることなく……。
 コウ達が戻ってきてみると、ジュウザブローは意識を取り戻していた。
 彼は、アカリを呼んだ。
「アカリ」
「はい、何でしょうか?」
 アカリは微笑みながら、彼が半身を起こすのに手を貸した。
 彼は訊ねた。
「タクミから話は聞いた。奴に話したそうだな」
「はい」
 彼女は頷いた。ジュウザブローはコウに視線を移した。
「お主、コウ、とか言ったな。ユカリの話では、記憶を失っているとか」
「え、ええ、そうみたいで……」
「お主のその出で立ち、そして何よりその剣からみて、お主が西方から来たのは間違いないようだ」
 彼はコウの剣に視線を移した。
 コウは無意識に剣の柄に手を置いていた。
 不意にユカリが訊ねる。
「お父さま、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「なにかな?」
「お父さまを襲ってきた刺客に、見覚えがあるようでしたね」
「ユウコ・アサヒナと名乗っていた。しかし……」
 彼は腕を組んだ。
 タクミが言う。
「アサヒナ一族といえば、有名な忍びの家系です。しかし、我れらコシキ流と対立があるわけでもありません。それに、忍びがああも堂々と、自分の仕業だと明言していくのはおかしい。影に生きるが忍びのはず」
「あ!」
 コウは、ふと廊下でぶつかった少女を思いだした。そのことを話す。
「おかしいですわねぇ」
 アカリが呟いた。
「あの時間、お手伝いさんは全員台所でお夕食の準備をしていましたのですよ。離れにいるはずがありませんけれど……」
「ええ。それに、なんとなくその娘、そのユウコって人と似てたんです。何処がどうって訳じゃないけど……、雰囲気が……」
「潜入して探りを入れていた、か。あり得ぬ話ではないな」
 ジュウザブローが呟く。
 コウは懐に手を入れた。
「で、その時に、これを落としていったんです……」
 皆が注目するなか、コウは人形を見せた。
 アカリが呟く。
「封魂の外法……ですねぇ」
「ふう……、なんですって?」
 コウは聞き返した。アカリは静かに言う。
「人の心を代わりの器、この場合はこの人形ですね、その中に封じるという邪法です。心を奪われた人は、操り人形となり、思いのままに操られてしまいます」
「そうか、じゃ、あの娘は操られて……」
「しかし……」
 アカリは眉を曇らせた。コウは訊ねる。
「何か?」
「本来、心と体は一体のもの。遠ざけておくと、どちらも死に至ります。彼女がこの人形を持っていたのも、心と体が出来るだけ近くにあれば、それだけ邪法の効果時間も長くなるからです」
「としましたらぁ、今は……」
「彼女は心と体が離れた状態にあるわけだ。としたら、そう長くは持たないな」
 タクミがほっとしたように呟く。
 と、コウがひざを乗り出してアカリに訊ねた。
「何とか、助ける方法はないんですか?」
「!?」
 全員がコウを注視した。
 タクミが吐き出すように言う。
「何を血迷ったことを。敵を助けて何とする?」
「敵じゃないよ。だって、操られているんだろう?」
 コウは反論した。タクミは言い返す。
「同じ事だ! 現に奴のせいでお館様は傷つかれ、我が門弟達の多くもまた傷ついたのだぞ!」
「でも、死んだわけではありませんわ」
 ユカリがにっこりと笑った。
 確かに、道場が全壊するような爆発の割に、誰も死んではいなかった。せいぜいが、倒れてきた柱の下敷きになって骨を折ったくらいなものだ。
「それは……」
 絶句するタクミをよそに、ユカリはコウに向き直った。
「ご心配なく。元に戻す術法なら、わたくしも心得ております。もっとも、その方の身体がないと出来ないことなのですが……」
「治せるんだね? よかった」
 コウは胸をなで下ろした。ユカリが訊ねる。
「それにしても、どうしてあの人のことをそんなに気になさるのでしょうか?」
(もしかして、コウさん、あの人のことを……?)
 ユカリは、不意に胸が苦しくなるのを覚えた。初めての感覚に戸惑う彼女。
(……どうしてしまったのでしょうか、わたくしは……)
 そんな彼女の胸の内など知るよしもないコウは、頭を掻きながら答えた。
「自分でも、よく判らないんだけど……、何となくあの娘のことが気になって……」
「!!」
 ユカリは不意に立ち上がった。コウのみならず、ジュウザブローとアカリも驚いて自分たちの娘を見る。
「ユカリ?」
「申し訳ございません。わたくし、気分が少々すぐれませんので、中座させていただきとう存じます。では、失礼いたします」
 ユカリは深々と頭を下げると、部屋を出ていった。
 ジュウザブローは、やにわに傍らにあった刀を取った。布団の上に半身を起こした姿勢のまま、鞘を払う。
「コウ、その場になおれ! 手打ちにしてくれる!!」
「お手伝いいたします、お館様!」
 タクミも小刀を抜く。
「へ、ち、ちょっと待って……」
「問答無用! 覚悟!」
「あなた、怪我人が無理をなさってはいけませんことよ」
 パシン
 アカリがその手首を軽く叩くと、刀はジュウザブローの手を放れて布団の上に転がった。
「し、しかし、この若造が……」
「コウさん、お風呂にでも入って、ゆっくりしていらしてくださいな。わたくしは、少しこの人とお話しがありますから。タクミさん、案内をして差し上げてくださいね。くれぐれも、粗相のありませんようにお願いします」
「は、はい、姐さん」
 タクミは不承不承頷くと小刀を納めた。それから、コウについてこいという素振りを見せ、先に立って歩き出した。

《続く》

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