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ときめきファンタジー
章 運命の星のもとに

その 第2の鍵

 中庭に飛び出した途端、コウはそれを見た。
 身の丈5メートルはありそうな、そして二つの頭を持つ人型の化け物。
 すでに、辺りはそいつが振り回す両拳でかなり破壊されていた。
「ど、どうしよう」
 来てみたものの、特に策もなかったコウは、慌てて辺りを見回した。
 と、右の頭がコウに気づいた。
「お、ガキがいるぞ」
 左の頭が、やや甲高い声で言う。
「役に立ちそうにもないな。殺してしまおう」
「そうだな」
 ノッシ、ノッシと近づいてくる巨人。
「う、うわぁぁぁ!」
 コウは慌てて逃げ出した。
 バリバリバリ
 廊下を破壊しながらそいつは追ってくる。
 と、廊下の曲がり角の向こうから、タクミが走ってきた。
「バカ! こっちにはお館様や姐さんがいらっしゃるんだぞ!」
「だけどぉ……」
「ちっ」
 タクミは右手で剣を構え、そのまま突っ込んだ。
「でぇぇぇぇい!」
 ザシュッ
 ものの見事に、その一撃が右の臑をえぐった。
「どうだ!? ……なんだって?」
 みるみる、その傷が治ってゆく。
 左の頭が得意げに言う。
「貴様らごときの技では、この私は倒せるわけがない」
「うぬぬっ」
 タクミは歯ぎしりしながら剣を構え直す。
 と、右の頭が不意に鼻をひくつかせた。
「匂うぞ、あの女の匂いだ」
「ああ、あの役立たず、か?」
(ユウコちゃんのことか!)
 コウははっと気づいた。
「失敗は残して置くわけにはいかないな」
「あの方のお気に障るかもしれぬ」
 そいつはどしどしと歩き出した。
 慌てて、コウはそいつの前に駆け出しながら、剣を引き抜いた。
 タクミが叫ぶ。
「無駄だ! 剣は効かない!!」
(確かに足には効かなかった……。でも、他に手はないんだ!!)
 コウは駆け寄りながら、思いきり水平に剣を振るった。
「でぇぇい!」
 ドスッ
 剣は中程まで食い込んで止まった。と、見る見るうちに傷が再生していく。剣を食い込ませたまま。
「わわっ! この、返せ!」
 慌てて引っ張り抜こうとするコウ。
 と、ひょいっとつかみあげられた。
「小うるさいガキだ」
「殺してしまえ」
 二つの頭が喋った。そのまま、右手にコウの頭を、左手で足を掴んで、左右に引っ張る。
「や、止めろ!」
 コウは懸命に叫ぶが、無論双面鬼が言うことを聞くわけもない。
 全身を、ちぎれるような痛みが走った。

「!!」
 ユカリは立ち上がった。
「ユカリ?」
 アカリが止めようと手を伸ばす。ユカリはその手を逆に掴んで止めた。
「お母さま、わたくし……」
 つかの間、見つめ合う親娘。
 アカリは静かに頷いた。ユカリはにこっと微笑み、一礼して部屋を出ていった。
「あ、あたしも行く!」
 布団の中でユウコがもがいた。
「いけません。ユウコさんはまだ寝ていなくては」
「あいつが来てるんしょ? こんなにしてくれたお礼をしないと」
「だめですよ」
 アカリは布団の上からユウコを押さえつけようとした。
 シュッ
 ユウコは、何処から出したのか、短剣をアカリに突きつけた。
「邪魔するなら、刺すよっ!」
「ユウコさん……」
「あたしは、まだあいつに礼だって済ませてないんだからねっ!」
 そう言うと、布団をはねのけて、立ち上がろうとするユウコ。
「あ、あららっ?」
 バランスを崩して倒れかかるところを、アカリがそっと押さえた。
「おばさん?」
「良いですよ。行きましょう」
 アカリは頷いた。
「……ちょーださいんだけど、肩貸してくれない? 上手く歩けないんだぁ」
「はいはい。わかってますよ」
 アカリは微笑んだ。
「ぐわぁぁぁ」
 コウは叫びを上げた。全身がきしんでいる。
「ほれほれ」
 双面鬼は、さらにコウの身体を引き延ばそうとした。
 と、不意にその右腕で炎が爆発した。
「むうっ!?」
 そこに立っていたのはユカリだった。
「コウさんを、お放しくださいませんか?」
 丁寧な口調はいつも通りだが、化け物を見上げるその瞳は怒りに燃えている。
 化け物は悠然と笑った。
「そんな術がこの俺に通用すると思っているのか?」
「後で殺してやるよ」
 ミシミシッ
 嫌な音がした。コウは「ぐわぁっ」と叫び、そのまま動かなくなる。
「コウさんっ!!」
 ユカリは両手を組み合わせて呪文を唱える。
「オン・マリシエイ・ソワカ・ダンバヤハッタ・ウン」
 キィン
 彼女の眉間の前に光が集まる。そして、一条の光線となって化け物の胸を貫いた。
「『摩利支天来光槍』、いかなるものをも貫く神の槍、か。だが、通用しねぇなぁ」
 双面鬼は二つの顔でニヤッと笑うと、無造作に手をひねった。
 ポタッ
 コウの身体から血が流れ落ちる。
「あ、あ……」
 ユカリは、その場にしゃがみ込んだ。
「わたくし……、わたくしの力……。どうして、……好きな人も守れない……そんな力はいらない……」
 床に、ぽたりと滴が垂れた。ユカリは拳を握りしめ、叫んだ。
「コウさんを守れる力が、欲しいんです!!」
 グワッ
 庭の方から光が射してきた。ユカリは反射的にそっちを見た。
 庭の隅に置いてあった埴輪が光輝いているのだ。
「まぁ……」
 そっちの方から、厳かな声が聞こえる。
『娘よ。汝の勇者を想いし心、とくと確かめた。汝にメモリアル・スポットの一つ、“心”の象徴が我を託す』
 シュバッ
 光が収束し、ユカリの胸元に突き刺さった、反射的に胸を押さえるユカリ。
「あらぁ……」
 その手の中に、堅いものがあった。彼女がその手を開くと、そこには庭にあったのと同じ形をした、5センチほどの黄金の埴輪があった。
「……」
 彼女はこくりと頷いて、化け物をきっと見上げた。
「なんだと?」
「今のは何だ?」
 出来事についてゆけず、うろたえる化け物。
 ユカリは、床にその埴輪を置くと、両手を組み合わせた。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アビラウンケン・ソワカ」
 カッ
 黄金の埴輪像が一瞬輝いた。かと思うと、みるみる形を変え、巨大化して行く。
 そこには、金色の巨大な人間のような姿のものがあった。目も鼻も口も、何もないのっぺらぼうの姿をしたもの。大きさは化け物とほぼ同じくらいか。
「な、なんだぁ?」
 その異様な姿に驚いた化け物。その一瞬の隙をつき、黄金像は拳を振るった。
 がしぃっ
「おうっ」
 左の顔面を殴られ、双面鬼は2、3歩後退して顔を押さえた。当然、コウは放り出される。
「お、おのれぇ!」
 無言で間合いを詰める黄金像。そして、息継ぐ暇も与えずに、左右の拳を繰り出す。
 ボゴッ、ガスッ
 双面鬼も殴り返してはいるが、黄金像には何のダメージも与えていないようだ。
「うぐうっ」
 さらに飛び下がって間合いを取る双面鬼。
 その目に、手で印を組んだままのユカリが写る。
「そうか、あの小娘を殺れば、あの忌々しい奴も止まるか!」
「お嬢様!!」
 タクミが叫ぶが、ユカリは微動だにせず、じっと印を組み続ける。
(コウさん……)
「死ねぇ!」
「死ぬのは、そっちよっ!!」
 ザシュッ
 短剣が銀色の尾を引いて飛び、双面鬼の4つの眼に突き刺さった。大きくのけぞる双面鬼。
 アカリに肩を借りたまま、矢継ぎ早に4本の短剣を投げつけたユウコは、荒い息をつきながらもにっと笑った。
「ざーまみなって。借りは返したよっ」
「ぐおおおっ」
 顔面を押さえる双面鬼。どうやら眼だけは再生が出来ないようだ。
 それを見て、ユカリは印を組み替え、呪文を唱える。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アミハッタヤナウン・ソワか」
 黄金像が、両腕を交差させた。その瞬間、すさまじい光が放たれた。
 その光線が、双面鬼を飲み込む。
「グワァァァァァ」
 光の渦の中で、双面鬼の悲鳴が聞こえていたが、やがて、小さくなって消えていく。
 ドォン
 爆発が起こり、その煙が納まったとき、双面鬼の姿はそこには無かった。
 ユカリは組んでいた手を解く。と同時に黄金像は見る間に縮み、元の小さな黄金の埴輪像に戻った。
 床に落ちたそれには見向きもせずに、ユカリはコウに駆け寄った。
「コウさん!!」
「あ、ちょっと待てぇ!」
 ユウコも、アカリの肩を振り解いて駆け寄る。そして、コウを抱き起こしているユカリの反対側から、コウの怪我の様子を見始める。
「何をなさるのですか?」
「そっちこそコウに馴れ馴れしいじゃん!」
「そんなことは、ありませんのよ」
「なに言ってんだかぁ!」
「まあまあ……」
 二人の娘の様子を微笑んでみていたアカリは、身をかがめて、足下に落ちている黄金の埴輪像を拾い上げた。
 彼女は知っていた。ユカリが、そして、カグラ一族が、一人の若者によって、長き呪縛から解き放たれたことを。

《続く》

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