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ときめきファンタジー
第
章 妙なる調べ 光となりて
その
破れぬ夢をひきずって

失われた自分の記憶。その記憶の手がかりとなるかもしれない、聖剣を封じる十二の鍵。それを求め、コウは、陰陽師のユカリ、忍者のユウコと共に旅立った。
3人が向かったのはトコウスの村。ユウコが、自分の故郷でもあるこの村に、鍵のうちの一つがあると言ったからだ……。
ユウエンの町を旅立って、1週間。
3人は、トコウスの村にたどり着こうとしていた。
トコウスの村は、他の町や村とは隔絶された山の中にあるという。
コウ達はユウコの案内で、そのトコウスの村に続くという道を辿っていた。既に最後に人の住んでいるところを通過してから2日が過ぎていた。
ユウコの話では、今日中には着くということだったが、コウは意味もなく胸騒ぎを覚えていた。
そして、その日の天気もコウの嫌な予感を後押しするかのように、どんよりとした今にも降り出しそうな曇り空だった。
先頭を切って、ユウコは軽やかに細い山道を駆け登っていった。途中で立ち止まると、振り向いて手招きをする。
「ほら、早く、早くぅ」
「ま、待って、くれよぉ」
ぜいぜいと息を切らしながら、コウは山道を登っていた。すでに完全に顎が上がっている。
その後ろから、こっちは対照的に笑みを崩さないで、ユカリがゆっくりと登ってきていた。
ユウコはわざわざ駆け戻ってくると、コウの背中を押し始めた。
「ほら、この峠を越えたら、トコウスの村が見えるんだからぁ」
「と、峠って、どこだよぅ」
コウは前に続く道を見上げた。上り坂はまだまだ続くように見えた。
ユカリが後ろから声をかけた。
「コウさん、頑張って、くださいね」
「ユ、ユカリさんまで……」
コウは情けない顔をしながらも、歩き続けた。
それから小一時間後、コウの目にもやっと峠が見えてきた。
「あ、あれが、峠?」
「そーよ。さ、もう少しだぞ」
ユウコは、コウの背中を押すのにも飽きたようで、今は横から声をかけてるだけである。
「はいはい」
コウは気合いを入れ直して、登っていった。
そして、一同は、やっと峠のてっぺんまでやってきた。
そこから道は急な下りになっていた。そして、トコウスの村はその谷底にあるようだった。
いや、正確には、「あった」ようだった。
「!?」
ユウコが悲鳴にならない悲鳴を上げて立ちすくんだ。
「こ、これは……」
コウは絶句した。
ユカリだけが、のんびりと言った。
「燃えてしまっているみたいですねぇ」
彼女の言うとおり、かつて家があったとおぼしき辺りは、黒く焼けこげた残骸だけが残っている。
「くっ!」
ユウコが走り出した。
「ユウコさん!!」
コウが止めようとしたが、彼女はあっと言う間に坂道を駆け下りていき、視界から消えた。
「……ユウコさん」
「コウさん」
ユカリが静かに言った。
「行ってみましょう」
「う、うん」
コウは頷くと、ユカリと一緒に山道を降りはじめた。
村にはいると、様子はいっそう凄惨を極めていた。
「うっ」
コウは思わずその場にうずくまって胃の中のものを吐き出した。
「これは、酷いですねぇ」
ユカリは眉をしかめて辺りを見回していた。
そこかしこに死体が転がっていた。
人間のものもあったが、明らかに腕が4本あったり、角が生えていたりといった異形のものの姿も同じくらいの数があるようだ。
少なくとも、生きているものは何もいない。
コウは口を拭って、青い顔をしながらも辺りを見回した。
「ユウコさんは?」
「あ、おりましたわ」
ユカリが指をさした。
ユウコは、ひときわ大きな家の残骸の前にうずくまっていた。
彼女の前には、一人の男が倒れていた。
コウは、後ろから近づくと、声をかけた。
「ユウコさん」
ユウコは、俯いたまま、呟いた。
「……好きじゃなかったよ。あたしの顔を見るたびに、お前はアサヒナ家の跡取りなんだって、我が名を継ぐのはお前なんだって、そればっかりしか言わなかった。……優しい言葉なんかかけてもらったことはなかった。……それでも……それでも」
ポタッ
空から水滴が落ちてきた。
「それでも、あたしの親父だったんだ……」
その言葉に誘われたように、雨が降りだした。たちまち、冷たい水が辺りの血を洗い流してゆく。
と、不意に声がした。
「おや、まだ生きているものがいたか。それとも、外から迷い込んできたか?」
「誰だ!?」
コウは振り向いた。
そこには、人影が一つ。
身の丈2メートルは優に超える巨体に黒いマントをまとったその男は、低い声で名乗った。
「我が名はヒデ。魔王様に仕えし四天王が一、影のヒデ」
「魔王の!?」
コウは腰の剣に手をかけた。同時にユカリも身構える。
ピシャァッ
稲妻が走り、辺りを一瞬白く染めた。
コウは、身体が震えるのを押さえられなかった。剣にかけた手が、がたがたと震える。
「お、お前が、この村をこんなにしたのかっ!?」
「だと言ったら?」
ヒデはからかうような口調で言った。
「ち、ちくしょう!」
コウは剣を抜いた。
キィン
澄んだ音がしたかと思うと、コウは自分の剣が消えていることに気がついた。
手がじーんとしびれている。
「え?」
ヒデの手に、いつの間にか剣が握られている。細い反り身の剣。
「な、なにが?」
「……抜刀術、ですわ」
コシキ流剣術の師範を父に持つユカリがそっと呟いた。
抜刀術は居合いともいう。いわゆる“抜き打ち”である。
剣を鞘の中で走らせることにより、通常よりも早い振りを可能にする。達人になると、その剣先の速度は目で見切ることが不可能とまで言われている。
もっとも、居合いの術は一撃必殺で、その一撃をかわされると後が無いという致命的とも言える欠点があるのだが。
「どうした? 剣を拾うまで、待ってやってもいいんだぞ」
完全にバカにした口調でヒデは言うと、剣をもとのように鞘に収めた。
「くっ」
コウは素手のまま、気圧されたように2、3歩下がった。
と、二人の間にひょいっと何かが落ちた。
金色に光る小さな人形のようなもの。
「何の真似……」
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アニ・ヨウルステイ・ソワカ」
ユカリがコウの後ろでそっと呟くと同時に、人形が光り輝く。見る見るうちに巨大化し、背中からは翼がせり出す。
一瞬の後には、そこには美しい黄金の鳥がいた。
陰陽師であるユカリだけが操ることが出来る、十二の“鍵”のうちの一つである。
ユカリが叫ぶ。
「鳳凰よ!」
クルルルー
一声高らかに鳴くと、黄金の鳥はそのままヒデに飛びかかった。
とっさに剣を抜き放つヒデ。
カァン
軽い音を立てて、剣がはじき返される。
「ま、まさか、これはメモリアルスポット!?」
驚愕しながらも飛びすさるヒデ。
その背中から、一つの影が飛びかかった。
「ユウコさん!?」
「よくもっ!」
ユウコは、両手に短剣を持って、ヒデの背中に突き刺そうとした。
その瞬間、彼のマントがまるで生き物のようにユウコの短剣にからみつく。
「!?」
とっさにユウコは短剣を離し、飛び下がった。
「いい判断だな」
ユウコを見て呟くヒデ。そのマントの中からボリボリッという音がしたかと思うと、短剣がバラバラにへし折られて、地面に落ちる。
「くっ」
ユウコは唇を噛んで、さらに間合いを取った。
ヒデに、さらに黄金の鳥が襲い掛かる。
彼はその鳥の攻撃をかわしざまに、マントを被せた。
「はうっ!」
不意にユカリが苦しげな声を上げた。慌てて振り向くコウ。
「ユカリさん!?」
「も、戻って……」
そう呟くと、ユカリはその場に倒れた。と同時に、マントの下にあった鳥のシルエットが崩れ、小さな埴輪が転がり落ちる。
「ユカリさん!!」
コウは慌ててユカリに駆け寄ると、抱き起こした。
ヒデは笑った。
「思わぬ所で、もう一つのメモリアルスポットが手にはいるとはな」
「く、くそっ」
コウは気を失ったユカリを抱いたまま、歯がみした。
ユウコも隙さえあれば飛びかかろうとしていたのだが、
「ちっ。隙が、無い……」
彼は埴輪を拾い上げようとした。
カァン
軽い音がして、埴輪が弾き飛ばされ、コウの足下に転がってきた。
「誰だ?」
ヒデは向き直った。
「魔王の手先め。“鍵”は貴様などには渡さん」
つぶてを投げつけて埴輪を弾き飛ばしたその男は静かに言った。
「タクミさん!!」
コウは叫んだ。
《続く》

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