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ときめきファンタジー
第
章 妙なる調べ 光となりて
その
Don't Leave Me

コシキ流剣術師範代タクミ・フミは、腰の剣に手をかけ、ヒデと向かい合った。
「久しぶりだな、ヒデ」
「タクミか。やはり、貴様とは腐れ縁のようだな」
ヒデも同じ構えをした。
辺りに緊張感がみなぎる。
ピシャアッ
稲妻が走った瞬間、二人は同時に動いた。
キィン
二人の剣が交錯し、そして、再び左右に分かれる。
ヒデは口元に微かに笑みを浮かべた。
「腕は落ちていないようだな、タクミ。見事だ」
ピシッ
微かな音がして、ヒデの剣にひびが入り、そして刀身が砕けた。
「貴様こそ……」
タクミはがっくりと片膝をついた。しかし、その姿勢から闘気をみなぎらせてヒデを睨み上げる。
ヒデは哄笑した。
「旧友に免じて、今日の所は引き上げてやろう。また、会おうぞ。はっはっはっは」
彼は笑いながらマントを頭の上に翻した。次の瞬間、彼の姿は消えていた。
タクミは身を起こすと、コウの所にやってきた。
「タクミさん、どうして……?」
「こんな事だろうと思ってな」
彼は静かに言うと、脇腹を押さえて微かに顔をゆがめた。
コウは彼の足下に赤いものが広がりつつあるのに気がついた。
「タクミさん、怪我を?」
「大したことはない。それより、お嬢様は無事か?」
「え? あ、うん。息もしてるし、気を失っているだけみたいだ」
コウはユカリの顔をのぞき込みながら答えた。
「そうか。……」
タクミはほっとしたように、剣を地面に突き刺すと、それにすがって身を支えた。
コウははっとして辺りを見回した。
「ユウコさんは!?」
ユウコは、ぼうっとそこに立ちつくしていた。
大きく見開いた赤い瞳には、なにも写ってはいなかった。
「ユウコさん、大丈夫かい?」
そういいながら駆け寄ったコウは、ユウコが何の反応も示さないので、思わず両肩を掴んで揺さぶった。
「ユウコさん!」
「え? あ、コウ……」
彼女はぼんやりと視線をコウに向けた。
「……どうしたんだよ、一体……」
「う、ううん。なんでもないよ。さ、とりあえずどこかで雨宿りしなくっちゃね」
ユウコはそう言うと、歩き出した。
「ユウコ……さん……」
「彼女の言うとおりだ。もう、ここにいる必要はあるまい」
自分の傷を服の袖で縛っていたタクミが、立ち上がる。
「ここにあった鍵は、おそらく奴が奪いさったに違いない」
「奴って、さっきの……。タクミさん、あいつを知ってるみたいでしたね」
「……その話は、後にしよう。すまんが、お嬢様を頼む」
「あ、はい」
コウは頷くと、まだ気を失ったままのユカリを背負い上げた。
森の中に、ちょうどいい小屋があったので、一同はその中に入った。
コウが火打ち石で囲炉裏に火をつけると、小屋の中が明るくなった。
「炭焼き小屋か」
タクミは呟いた。
「炭焼き小屋?」
「ああ。木を切って、それを炭にするための小屋だ」
言われて、コウは小屋の隅に、薪がうず高いくらいに積み上げられているのに気がついた。
「ううん……」
ユカリがうめき声を上げ、目を開けた。
「あらぁ? わたくし、一体どうしたのでしょうか?」
「気がつかれましたか、お嬢様」
タクミが覗き込む。ユカリは彼の顔を見て、目を丸くした。
「あら、タクミさんじゃありませんか。どうしてこのようなところに?」
「それ、俺も聞きたいです」
コウがそう言いながら板の床に座り込む
「そうだな……」
タクミは、剣を傍らに置き、その場に座り込むと話し始めた。
ユカリとコウが旅立った直後に、その報はもたらされた。
トコウスの村が、異形のものに襲われて全滅したというのだ。
ユカリの父親であり、コシキ流剣術師範のジュウザブローは、慌てふためき、自分がユカリを連れ戻しに行くとまで言ったが、まだ床を離れることが出来ないため、師範代のタクミが代わって彼らを追ってきたのだ。
「それに、俺はこのあたりには詳しいから」
「そうでしたわね。確か、ミヤコさんはヤシキの村のご出身でしたものね」
ユカリがにっこりと笑い、タクミは赤面した。
コウはびっくりした。
(この人でも、こんな顔するんだなぁ。ミヤコさんって、前に言ってた奥さんの事かな?)
ユカリは続けた。
「たしか、ミヤコさん、お子さんが産まれるとかで、ご実家の方にお戻りになられているのでは、ありませんでしたか?」
「はい。ですから、お嬢様をお連れするついでに、あいつらも連れて戻ろうかと思いまして……」
「まぁ。ここに来る途中で、お寄りになられましたか?」
「いえ。お嬢様の安全を確かめる方が先ですから」
「そんなことは気にしなくてもよろしゅうございましたのに」
不意に、それまで黙って聞いていたユウコが脇から口を挟んだ。
「あのヒデって奴、何者なの?」
「そうそう。俺もそれ聞きたいです」
コウも頷いた。
タクミは顔を引き締めた。
「師範以外に俺が負けたことは2度しかない。その2度が、あいつなんだ」
「そういえば、聞いたことがありますわ」
ユカリが思い出すように、頬に手を当てながら言った。
「毎年、トキメキ国の王都トキメキで行われる御前試合で、タクミさんが準優勝に終わったことが2回あったと。その時のことですのね」
「そうです」
タクミはユカリに軽く礼をした。そしてコウ達の方に向き直った。
「それがヒデだ」
ヒデ・ローハン。生まれは不明だが、名前からトキメキ国の西にあるハンカ国の出身ではないかと言われている。
トキメキ国ではコシキ流剣術と双璧を為す剣術、ガリョウ流の師範代である。いや、あった。
タクミが初めて彼に会ったのは4年前の御前試合だった。そして、彼は敗北した。
「……完膚無きまでの敗北だった。あの時、左腕を折られ、両足も切り落とされた」
「そうでしたわねぇ。確か、その時に施術師だったミヤコさんと初めてお逢いになられたのでしたわね」
「あ、いや、それはともかく」
微かに赤くなって、タクミは咳払いした。
「次の年の御前試合でも、俺は負けた。そして、3年目にしてやっと、奴に勝った。奴はその翌日、出奔して行方知れずになった……」
「そして今や、魔王の部下となった……というわけですか」
「ああ」
「ガリョウ流……、ヒデ・ローハン」
ユウコが呟いた。その瞳は、囲炉裏で燃える炎の色を写して、真っ赤に見えた。
夜更け。
コウは、不意に目を覚ました。
「ん……?」
人影が、そっとドアを開けて外に出ていったような気がしたのだ。
コウは起き上がると、自分もドアを開けて、外に出た。
「うっ、ううっ」
微かに嗚咽が聞こえた。
コウは足音を忍ばせて、そっちに歩いていった。木々の隙間から、月が辺りを照らしているので、歩ける程度には辺りが見える。
大木の根元に、少女がうずくまっているのが見えた。嗚咽は、そこから聞こえてくる。
「……ユウコ、さん」
コウは、そっと声をかけた。
「……コウ」
彼女は振り向いて、コウを見上げた。
コウは、どきっとした。月明かりを反射して、緋色の瞳がきらめいていた
「あ、あの、何て言っていいのか……」
「コウっ!!」
その次の瞬間、ユウコはコウに抱きついていた。
豊かな胸の感触を感じる。
「わわっ」
「コウっ、あたし、あたしぃ……」
そのまま、ユウコは大声を上げて泣き出した。
コウは、どうしていいやらわからず、ただぼうっと突っ起っているだけだった。
「ごめんね。変なところ見せちゃったね」
しばらくたって、ユウコは落ちついたようで、二人は大木の根元に並んで座っていた。
ユウコは照れたように頬を染めて、いつもより少し早口になっていた。
「さっきのは二人だけの秘密にしようねっ」
「ひ、秘密?」
「そーよぉ。だって、こんな歳になって一人で泣いてるとこ見られちゃうのって、超恥ずかしいんだぞ」
「そ、そうなの?」
「そーなの。あ、それよかさぁ、今度二人でどっか遊びに行かない?」
「あ、遊び?」
なんかどもってばっかりだなと思いながらコウは返事をした。
「そ。この辺りだとぉ、キョウゼの町なんかがいいなぁ〜。すっごくおもしろい賭場があるんだよ」
「そ、それはぁ」
「なんだぁ、コウって賭事はやらないのぉ? おもしろいのになぁ」
そう言いながら、ユウコはそっとコウにもたれ掛かった。
「ねぇ、コウ……。あたし、あたしさぁ」
「え?」
「なんっていうのかぁ、……コウってさぁ、普通の男の子とどっか違うよね」
「そうかなぁ。あ、記憶喪失だしなぁ」
「……そうじゃないよ」
「え?」
「もう、超ニブなんだからぁ」
ユウコはむっとした顔をして立ち上がった。
「え? え?」
うろたえるコウ。
彼女は、そんな彼を見下ろして、一転笑顔に変わった。
「ま、いっか。そんなとこが、ナイスなのかもね」
「はぁ?」
「じゃ、あたしもう寝るね。あ、寝てるところを襲っちゃダメだぞぉ」
「ば、莫迦なこと言うなよ!」
真っ赤になって怒鳴るコウに、笑って「じゃ、おやすみぃ」と言うと、ユウコは小屋に戻っていった。
「……よくわかんないな、あの娘は」
コウは呟くと、立ち上がった。そして、何となく月を見上げた。
真っ白な月が、何かを思い出させるかのように輝き、彼はしばらくそれに見入っていた。
そのため、彼はそんな姿を見つめる視線には気づかなかった。
誰なのかしら、こんな夜更けに、こんな所にいるなんて。
でも、すごくかっこいい。
月の光を浴びて、凛々しく立っているその姿、どこかの国の皇子様みたい。
ううん、きっと皇子様なの。あたしだけを迎えに来てくれた皇子様。
そんなあなたを見ているだけで、胸がどんどん高鳴っちゃうの。
お、お話ししたいな。
でも……。
どうしよう、こあらちゃん。
え? 勇気を出してどんと行けって?
うん、わかった。どんと行けばいいのね?
《続く》

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