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ときめきファンタジー
第
章 妙なる調べ 光となりて
その
BAD COMMUNICATION

夜が明けた。
結局あれから眠れなかったコウは、腫れぼったい目をして皆に挨拶した。
「おはよぉ」
「どうした、その顔は。顔を洗ってしゃきっとしてこい」
タクミに言われ、「あいー」と答えてコウは外に出た。
小屋から少し降ったところに谷川があるのは、昨日のうちに確認してある。
バシャバシャ
「ふぅー」
顔を洗うと、少しだけすっきりした。
コウは顔を上げようとした。
と、
「きゃあっ」
ドシン
いきなり後ろから体当たりされたコウはそのまま前のめりにつんのめり、小川に顔を突っ込んだ。
バシャァン
派手に水しぶきが上がる。
「あっ、ご、ごめんなさい」
「ぶえ?」
顔を上げると、そこには粗末な身なりの少女がいた。緑色の変な髪型をしている。
「ほ、本当に御免なさい。それじゃ!」
その少女はくるっと振り向くと、そのまますたたたっと走っていった。
「ちょ、ちょっと待って……うわっ」
ドボーン
川縁はコケがはえていて滑りやすい。コウはつるっと足を滑らせ、今度は川に落ちてしまった。
すぶ濡れになって帰ってきたコウを見て、ユウコが「超ださー」と言ったのは言うまでもない。
「で、これからどうします?」
着物を囲炉裏の火で乾かしながらコウはタクミに訊ねた。
「そうだな。とりあえずここにいてもらちがあかぬ。それに、ヒデが異形の者どもを連れて襲ってくるかも知れぬ事を考えると、人里離れたこの地は不利というものだな」
タクミは顎に手を当てた。
「でも、何処に行っても、わたくしたちがこの“鍵”を持っている限り、狙われるのではありませんか?」
とユカリ。
ユウコは黙ってその会話を聞いていたので、コウは話を振ってみた。
「ユウコさんはどう思う?」
「あたし? うーんっとね」
ユウコは少し考え込んだ。
「やっぱ、こっちからあいつを誘い込んで、叩いてやるのがいいんじゃないかな?」
「誘い込む?」
「ん」
ユウコは頷いた。
「かんっぺきな罠を張って置いて、あいつをそこに誘い込むってわけ。餌は“鍵”があるっしょ?」
「しかし、奴を完全に倒せるという保証はない。倒せなかった場合、お嬢様の持つ“鍵”すらも奴の手に落ちかねないぞ」
タクミが反論すると、ユウコはぶーっと膨れた。
「あっそ」
そのまま、一同は沈黙した。
「タクミさん、あの人に相談してみませんか?」
ユカリが不意にタクミに言った。
「あの人? ああ、テブイクの」
タクミは頷いた。
「確かに、彼女なら何かいい方法を知っているかもしれん」
「テブイク?」
コウは首を傾げた。一方、ユウコは一瞬、コウに視線を走らせて眉をしかめた。
「あんまり、行きたくないなー。っていうか、連れていきたく無いっていうかぁ、何って言うかぁ……」
「は?」
「な、なんでもないっしょ。行こっか」
ユウコは立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。詳しく説明してよ」
「行けばわかるよ!」
彼女はそれだけ言うと、勢いよくドアを開けて出ていってしまった。
コウは、視線をタクミに向けた。
「タクミさん?」
タクミは苦笑しているだけだった。
あ、出てきた。
あんな事しちゃって、怒ってるんだろうね。
川に突き落としちゃうなんて……。
だって、足が滑ったのよ。
……言い訳したってしょうがないよねぇ。
え?
こあらちゃん、追いかけろって?
う、うん。
そうよね。あきらめちゃダメよね。
ミハル、ファイトォ!
3日後、コウ達はテブイクの町についた。その間、幸いなことに、心配していたヒデ達から攻撃を受けることもなかった。
「ここが、そうなんですか?」
コウは町の入り口に立っている朱塗りの大きな門を見上げて言った。
その門の前に立っている男と話していたタクミが戻ってくると、コウに言った。
「話はついた。入るぞ」
「は、はい」
コウが頷くのを見て、彼はユカリに一礼した。
「では、お嬢様。しばしお待ちを」
「はい。ごゆっくり、してきてくださいね」
「いえ、私は妻子のある身ですから」
タクミはそう言うと、門番の男が開けた門をくぐって中に入って行く。
「コウ、早く帰って来なよ」
ユウコはむっとした顔を崩さずに言った。
「?」
コウは、その場で立ち止まっているユウコとユカリを見て、とまどった。
「ユウコさんとユカリさんは?」
「テブイクの町には、女性は入ることが出来ませんので、ここでお待ちしております」
ユカリは一礼した。いつも通りに微笑んでいるものの、その目が笑っていないように感じられたのは、コウの気のせいだろうか?
一方のユウコはあからさまに不機嫌な様子で、歯をむき出してコウを怒鳴りつけた。
「いいからさっさと行って来ればいいっしょ!?」
「あ、あのぉ」
「どうした? 早く来い」
タクミが門から顔を出して、コウを呼んだ。
「あ、うん。じゃ、行って来るよ。二人とも、気をつけてね」
コウはそう言って、タクミの後を追いかけた。二人が中に入ると同時に、門が重々しい音を立てて閉じられた。
「あ、お兄さん! ちょうどいい娘が入ったんだよ。寄っていかない?」
「そこ行くお兄さん! いまならサービスタイムだよ!」
「うちの娘はみんないい娘だよ!」
「ちょっとぉ、寄っていってよぉ」
通りの左右には大勢の男女が出て、呼び込みの声が喧しい。
何度も袖を引っ張られながらも、コウは必死になって「すいません、すいません」をくり返してタクミを追っていった。
タクミは、懐手をして、通りを一直線にすたすたと歩いて行く。
やっとの事で、タクミに追いついたコウは、後ろから訊ねた。
「タクミさん、これは……」
「見ての通り。この町は娼館街。男の欲望を満たすだけにつくられた町だ」
彼はそう言うと、視線をあげた。
通りの一番奥にある、ひときわ大きな館に、その視線は据えられていた。
「ユウコさんが怒るわけだなぁ。……あ、待って下さいよぉ!」
コウは、また歩き出したタクミを追った。
ああーっ!?
あの人、この街に入っちゃったよぉ
ひ、ひどい。
そんな人だったんだ……。
あんまりよ。乙女の純情をもてあそぶなんて。
……ううん。きっと、何かの間違いよ。
あの人はそんな不潔な人じゃないもの。
私、信じてるわ。何か深い理由があるんだって。
絶対に信じてるんだもの!
「いらっしゃいませ」
コウとタクミがその館に入ると、緩くウェーブのかかった長い黒髪の美女が一礼して二人を迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、タクミ様、そして、コウ様」
「ど、どうして俺の名前を!?」
コウは目を丸くした。
美女は微かに微笑んだ。
「私には、わかりますもの」
「え?」
「マイどの」
タクミが切り出そうとしたが、彼女はそれを遮った。
「タクミ様、このようなところで立ち話も何ですから、奥へどうぞ。それと、コウ様」
「は、はいっ」
コウは思わず直立不動になって答えた。
「この町は、欲望に忠実な町。それだけを覚えていて下さいね」
「は、はぁ……」
「では、お二人とも、こちらへ」
彼女は先に立って、廊下を歩き始めた。
コウはタクミに視線を向けたが、彼が履き物を脱いで廊下に上がるのを見て、慌てて自分もそれに従った。
「タクミ様は、こちらのお部屋へ。コウ様はこちらへ」
彼女は、廊下を隔てた左右の襖を指した。
「同じ部屋じゃないんですか?」
思わず聞き返すコウ。
彼女はくすっと笑みを漏らした。
「まさか。そのような無粋はいたしませんわ。どうぞお入りになって、お待ち下さい」
「は、はい」
コウは、襖を開けて中に入った。
中には、布団が一組延べてあり、そして枕が二つあった。
「……」
思わず、一瞬わくわくしてしまうコウだった。
さて、その頃町の外では。
「あー、遅いなぁ、コウ達」
「ユウコさん。さっきから10分おきにそれを言っていますよ」
ユカリが言うと、ユウコはきっと彼女を見た。
「あんたは気になんないの? コウがあの中でその、色々やってるかもしれないって」
「気にならない、といえば嘘になりますわ」
ユカリは相変わらず、おっとりと答えた。
「でも、覚悟は出来ておりますもの」
「覚悟?」
「はい。いざとなったら、コウさんをこの手に掛け、そしてわたくしも後を追います」
ユカリは、一瞬だけ笑みを消して言った。
その瞬間、ユウコはぞくっと寒気を感じていた。
(外面似菩薩、内面似夜叉……かぁ)
「は? 何か、おっしゃいまして?」
「あの、えーっと、ね、……コウ、遅いねぇ」
「これで、18回目ですよ、ユウコさん」
そういうユカリの笑顔を横目で見ながら、ユウコは祈るような思いでいた。
(コウ、変な事してたら死んじゃうよ……。何もしないで帰って来なよぉ)
《続く》

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