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ときめきファンタジー
章 想いのたけを祈りに込めて

その Good-bye Tears

「……これまでか」
 リュウ・フジサキは、折れた剣を捨て、近くの魔物の死体に突き刺さっていた剣を抜いた。
 口元に自嘲気味な笑みが浮かぶ。
「ケン、お前の鍛えた剣だったらもっと戦えたかもな」
 既に、彼の周囲は魔物の死体が折り重なるように倒れており、そして彼の鎧も魔物の返り血で緑や赤の斑模様になっていた。
 しかし、そんな彼に、魔物の一団が殺到して行く。
 フジサキは身構えた。

 キラメキ騎士団で組織された魔王討伐軍は、王都キラメキから出撃後、順調に北上を続け、約1カ月の後、メモリアル大陸最北の港町であるスゾクの町に到着した。そこで船を集めて、さらに北にあるという、魔王の座す“呪われし島”に攻め入ろうという計画だった。
 しかし、スゾクの町に到着し、一行の気が緩んだまさにその時を狙い、魔王の軍が襲い掛かってきたのだった。
 たちまちのうちに総崩れとなった騎士団の騎士達、そして何の関係もない町の人達をも、魔物達は容赦なく殺していった。
 だが、そのような状況下で、油断していなかった部隊がフジサキの率いる精鋭部隊だった。
 彼らは町の人を逃がすことに全力を尽くし、そして自らの身体を盾として関係のない人々を守った。
 スゾクの町の南の出口には、大きな橋が架かっていた。
 フジサキ達が人々を守りながらここにたどり着いたとき、既に彼の部隊の人数は半減していた。
 フジサキは、その橋のたもとで、生き残った部下達に言った。
「お前達は、先に行って町の人達を守ってくれ!」
「隊長は、どうなさるのですか?」
「俺は……」
 彼はちらっと、こちらに向かって殺到してくる魔物の群を見た。
「俺はあいつらをくい止める」
「隊長お一人で!?」
「無理です! いかに隊長といえど……」
「我々も、残って戦います!!」
 部下達は口々に叫んだ。
 フジサキは、黙って部下達を見回した。
 彼らは一様に激しい闘いを切り抜け、傷を負っている。
「……わかった。お前達に、最後の命令を与える」
「はっ」
 皆、一斉に頷いた。
 彼は、静かに言った。
「あの町の人達を護りつつ、王都に撤収しろ」
「!?」
 騎士達の間から、声にならない声が上がる。
 長い間、フジサキの副官を務めてきた騎士が、反対の声を上げようとしたが、フジサキはそれに被せるように言った。
「これは、命令だ。そう言ったはずだ」
「た、隊長……」
 フジサキは、魔物達の方に向き直り、剣を構えながら言った。
「これから、魔の力はますます増大していくだろう。ここで倒れるのは俺一人で十分だ」
「で、でも……」
「早く行け!!」
 彼は、騎士達に背を向けたまま、怒鳴った。
「は、はい。行くぞ!!」
 副官は、そう言うと先頭に立って橋を渡って行った。騎士達は、みな歯を食いしばるような表情でその後に続いた。
 皆が渡り終わって振り向いたとき、フジサキは彼らの方を見て、叫んだ。
「皆、生きて帰れよ!!」
「隊長!!」
 その叫び声に答え、彼は軽く手を挙げると、剣を構え、振り上げた。
 轟っ!!
 次の瞬間、地響きと共に橋が崩れ落ちた。
 フジサキは、それ以上魔物達が人々を襲うことを出来なくした代わりに、自らの退路をも断ったのだった。
「隊長ーーっ!!」
 騎士達の悲痛な叫び声の中、フジサキの姿は魔物の群の中に消えていった。
「ちっ」
 フジサキは腰を落として剣を構えた。
「フジサキ流奥義、シャイン・クラッシュ!!」
 ヴィン
 剣から放たれた光輪が、ゴブリン鬼をなぎ倒した。しかし、剣もその負荷に耐えかねたように砕け散った。
 と、
「おーい、フジサキ!!」
 声が聞こえ、彼は振り向いた。
「カジ!? どうしてここに!?」
「無事だったか、フジサキ」
 小柄な影が駆け寄ってきた。小柄とはいえ、見るからにたくましいその身体は筋肉の塊のようだ。右手に大きな斧を持ち、そして胸には聖印がかかっている所を見ると僧侶らしい。
 彼はカジ・フライド。ドワーフの僧侶であり、フジサキの友人でもある。今回は討伐軍の従軍僧侶として、特に志願してフジサキ達と行動を共にしていた。
 ドワーフは、岩妖精とも呼ばれる。エルフと同様に、人間にきわめて近い種族であるが、エルフが森を住処とし、自然を友として暮らすのに較べ、彼らドワーフは大地と共に生き、そしてあらゆる鉱物を友としてきた。外見上は無骨な小男に見える。
 どちらかと言えば、偏屈で頑固者が多いが、裏を返せば誠実で律儀な者が多い。そして鉱物を操る技術に長けている。その関係上、人間との付き合いもけっこうあり、エルフよりは人間達の間に溶け込んでいるといえよう。
 カジは辺りを見回しながら、彼に言った。
「もう、俺達だけみたいだな」
「……お前、どうして……」
「ちょっと、逃げ遅れただけさ」
 彼は肩をすくめて見せた。
「お前……」
「それより、皆は無事か?」
「ああ。出来る限りは、やったつもりだ」
 フジサキは頷いた。
 カジは、迫り来るオーガー(身長2メートルに及ぶ大型の鬼)の群を睨みつつ、フジサキに言った。
「今だから言うけど、俺な……シオリ姫に憧れてたんだ」
「カジ?」
 一瞬、フジサキはそこが戦場であることも忘れ、カジを凝視した。
「お前……」
「わかってる。俺はドワーフだし、しかも姫の3倍は生きてる。叶うことのない想いだって事くらいわかってるさ。でも、好きになっちまったもんは、どうしようもない」
 彼は戦斧を握り直し、呟くように言った。
「3年前だったか。姫が初めて王城に戻られたときだった。一目見たその時から、俺の心は彼女に奪われてた。身分も年もかけ離れていても、この想いは止められなかったんだ。フジサキ、こんな俺を軽蔑するか?」
「……」
 フジサキは無言のままだった。
 カジは寂しげに笑った。
「これで、俺も安心して死ねる。一人でこの想いを抱いて死ぬ気にはなれなかったけどな」
「カジ!?」
「うおおおぉぉぉっっ!!」
 彼は雄叫びを上げると、戦斧を振り回しながら、オーガーの群の中に突っ込んでいった。慌ててそれを追おうとするフジサキ。
 しかし、はたから声が掛かった。
「キラメキ騎士団団長、リュウ・フジサキ様ですな?」
「!?」
 フジサキは、右の方に視線を向けた。
 そこには、場違いとも言える黒い礼服に身を包んだ男が立っていた。
 彼は丁寧に一礼した。
「私は、魔王四天王の一人、ユキノジョウ・ソトイと申します。魔王様の命により、あなたのお命を頂きに参りました」
「魔王、四天王?」
「はい。それでは、失礼いたします」
 ソトイはばさっと礼服の上着を脱ぎ捨てた。その下からは筋肉のたくましい上半身が現れる。
 フジサキは、再び傍らの剣を拾い、構えた。
 ソトイが地を蹴り、飛びかかっていった。フジサキはその手をかいくぐり、容赦ない斬撃を浴びせた。
 ザシュッ
 その一撃は、ソトイの脇腹を深々とえぐった。致命傷とまでは行かないが、戦闘能力は奪ったはずだ。
「その程度、ですか?」
「なにっ!?」
 フジサキは向き直って驚愕した。
 見る見るうちに、ソトイの腹の傷が癒えてゆくのだ。
 彼は何もなかったように平然とフジサキに言った。
「それでは、こちらから参ります。はあああっっ!」
 彼が気合いを込めると同時に、彼の右拳が光り始めた。
 チュオウの村で、ユミを一撃で倒した、あの技である。
「はっ!!」
 気合いと共に、光が打ち出された。
 フジサキは、とっさに剣を振る。
「シャイン・クラッシュ!!」
 打ち出された光の輪が、ソトイの放った光の玉と相殺し合い、消える。
 ソトイは感心したように呟いた。
「さすがは、キラメキ騎士団の隊長ですね。しかし、次のは、かわせますか?」
 そして今度は、彼の両手が光り始める。
 フジサキは唇を噛んだ。彼の手にした剣は、折れこそしていないが、ひびが入っている。とてももう一度シャイン・クラッシュを撃てるとは思えない。
「くっ」
 フジサキは、剣を捨てた。ソトイはそれを見て、構えを解いた。
「意外と潔いですな」
「そうかな?」
 彼はにやっと笑った。
 ソトイは、はっと気づいたように彼を見る。
「こ、この闘気は……」
「ああ。騎士には、己の総てを賭けても、相手を倒さねばならん時があり、そしてその方法がある。俺の命の総てを燃やし、今、貴様を倒す!!」
「ば、バカな!!」
 その瞬間、その場で大爆発が起こった。極限まで高めた闘気をフジサキが解き放ったのだ。
 ソトイの身体はその光の中に飲み込まれていった。

(コウ……。シオリを、我が娘を、任せたぞ……)

 ちょうどその時、海を隔てた“呪われし島”の魔王の居城。
 大広間の中央に立てられた水晶の柱。うっすらと赤い色に染まっているその柱の中には、シオリ姫が封じ込められている。
 魔王は、そのシオリと向かい合うように立ち、低い声で何やら呟いていた。
 黒魔術の使い手であるユイナなら、その言葉が呪文の詠唱であることがわかっただろう。しかも、遥か昔の禍々しき呪文であることも。
 と、
 堅く閉じられたシオリの瞳から、つうっと光るものが流れ落ちた。それと同時に、彼女の身体を包む水晶の赤みがわずかに増した。
 魔王は呪文の詠唱を止めると、満足げに頷いた。
「シオリ姫よ。感じとったのだな、お主の父の死を。実の父以上に慕っていた義理の父の死を。その姫の哀しみが、怒りが、憤りが、我が新たなる魔力の糧となる。ふふふ」
 最初は低く、そして、次第にその笑いは哄笑に変わっていった。

《続く》

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