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ときめきファンタジー
第
章 想いのたけを祈りに込めて
その
風のMOMENTS

ナーラの町で、首尾よく聖剣の封印を解く“鍵”の一つを手に入れることが出来たコウ達。
しかし、“鍵”を得た当の本人であるミラ・カガミは、敵に「裏切り者」と呼ばれた。
ということは、ミラは敵の仲間なのだろうか?
そして、窮地に立ったコウ達を救ったアヤコ・カタギリが、驚くべき事を告げる。
何と、コウは世界を救う勇者だというのだ。

「あなたはコウ・ヌシヒト。魔王にさらわれ、生け贄となろうとしているキラメキ王国の王女シオリ姫の幼なじみにして、伝説の勇者なのよ!」
アヤコはピシッとコウを指さして、言い放った。
「お、俺が!? 伝説の勇者!?」
思わず、のけぞるコウ。
「イエス、そうよ」
彼女は頷いた。脇で聞いていたユウコが思わず叫ぶ。
「うっそぉ!! それって、まじまじぃ?」
「アヤコさん、その話、詳しく聞かせていただけないでしょうか?」
ユカリは、アヤコに尋ねた。
「オッケイ、いいわよ」
彼女は気軽に頷くと、話し始めた。
「ちゃんとした自己紹介をしていなかったわね。マイネームイズ、あたしの名前はアヤコ・カタギリ。キラメキ王国の王家に仕える魔術師団の一人なのよ……」
キラメキ王国魔術師団。
騎士団に較べると、ほとんど一般の人の目に触れることはないが、その名は騎士団と並んで尊敬と畏敬の念を持って呼ばれていた。
この国が、西方一の大国の地位を守り続けているのも、そして10年前の内乱が王家派の勝利に終わったのも、すべてこの魔術師団の功績によるものだと噂されている。
アヤコは、その魔術師団の一員なのだという。
「それで、その魔術師団の方が、どうしてコウさんがここにいらっしゃることを突き止められたのですか?」
ユカリが不思議そうな顔をして訊ねた。
「頼まれたのよ」
彼女はあっさり答えた。
「頼まれた、のですか? 一体、どなたに?」
「サキよ。サキ・ニジノ。知ってるでしょ、コウくん」
アヤコはコウに視線を向けた。
コウは頭をかいた。
「それが、実は俺……、何にも覚えてないんだ」
「ホワット? なんですって?」
ジャラーン
思わずリュートで効果音を入れながら、アヤコは聞き返した。
ユウコが言う。
「それが、わたくしがお助けしましたとき、コウさんは海岸で倒れておりまして。それから今までに思い出したことといえば、ご自分のお名前だけ、なんですのよ」
「リアリー? 本当?」
「そうなんだ」
コウは頷いた。アヤコは頭を抱えた。
「オーマイゴッデス。なんてことなの!?」
「アヤコさん!」
彼はアヤコに向かって言った。
「俺の過去を知っているんなら、教えて欲しいんだ!」
「あなたの過去? オフコース、もちろんある程度は知っているわよ。ま、教えてあげてもいいけど、あたしはそういうものじゃないと思うわよ」
アヤコは肩をすくめた。
「あたしが教えてあげたら、それは単なるインフォメーション…知識でしかないわ。ドゥユーアンダァスタンド? あなたの過去は必ずあなたの中に眠っているわ。起きろぉ、起きなさい〜! ……って呼び起こしてあげなきゃいけないのよ」
「それは……」
「その為のサポートならなんだってやってあげるわ! あたしはそのために来たんだものね」
彼女は微笑を浮かべると、リュートを構えた。
「さぽおと?」
「うーん。手伝うって事よ。あ、そうだ。あたしの曲のレパートリーの中に、過去の記憶を呼び覚ますのがあったわ。上手く行くとは限らないけど……」
「お願いします」
コウは頭を下げた。
「オッケイ。いいわよ」
今にも曲を弾き出しそうなアヤコをユウコが止めた。
「チョイ待ち。その前に片づけることがあるっしょ?」
そう言いながら、ミラの方を見やるユウコ。
「……」
ミラは、じっと左腕にはまった腕輪を見つめていた。
黙りこくる彼女にじれたのか、ユウコは短剣を抜くと、ミラに突きつけた。
「あのトカゲ男は、あんたに向かって裏切り者って言ったじゃん。ってことはぁ、あんたはあいつらの仲間だったってことっしょ?」
「……」
彼女は顔を上げた。その表情には、今までに見られなかった必死さが浮かんでいた。
「お願いがあるの」
「へ?」
彼女はコウの前に行くと、その場に土下座して頭を下げた。
「お願い、コウ! 弟達を助けて!」
「……弟?」
「総てを……話すわ」
ミラは、静かに言った。
カガミ家……ミラが産まれたこの家系は、ユカリのコシキ家が代々の剣術家で、ユウコのアサヒナ家が代々の忍者の家系であると同様に、暗殺者(アサシン)の家系であった。
ミラも、その一人として、何の疑問も持たずに人を殺せるように教育を受けてきた。
それが揺らぐのは、彼女が組織によってある富豪の家に送り込まれたときだった。
女中としてその家に入った彼女は、富豪の子供達の世話を任された。6人の子供達は、彼女を姉のように慕い、彼女もいつしか、その子供達に愛情を感じるようになっていた。
幼い頃から感情を徹底的に殺すことを教え込まれた彼女にとって、全身で感情を表現し、彼女になついてくれる子供達は、眩しい存在だったのだ。
彼女は悩んだあげく、組織を裏切った。激怒した組織側は、彼女ごと、富豪達を抹殺すべく、暗殺者を送り込んできた。
ミラは、懸命に彼らと戦い、富豪夫妻は護りきれなかったが、子供達は何とか護り抜いた。そして、なんとか組織の追撃をかわしきり、普通の生活を送っていた。
しかし、破局はある日突然に訪れた。
ミラは、酒場の踊り子として、一家の生計を立てていた。当然、いわゆる夜のお仕事であり、毎日の帰りもかなり遅くなるのだが、彼女の弟達は、必ず彼女が帰ってくるのを待っていた。
その日も、いつものように夜遅くなって家に帰ってきたミラは、家の前で異変に気づいた。
家の明かりが総て消えていたのだ。
(まさか!!)
ミラは、おみやげの包みを取り落とすと、焦燥感に胸を苛まれながら家に飛び込んだ。
「ヒカル! ウツル! サク! アキラ! コウ! キョウ!」
いつもなら、先を争うように飛び出してくる弟達だが、誰一人、ミラの叫び声に答えようとしない。
彼女は、自分の部屋に飛び込み、足を止めた。
そこに置いてある大きな鏡に、一本の短剣が突き刺さっていた。そして、小さな紙切れがぶら下がっていた。
『貴女の弟君達は、我が手中にあり。
我々の指示に従われんことを』
「……組織、じゃない?」
ミラは、その場に座り込んで呟いた。
彼女を追っている組織がやったことなら、今更彼女を使おうとはしないだろうし、弟達をわざわざ連れ去るような手間をかけずに、すぐに殺してしまっただろう。
しかし、弟達の命が彼らの手中にあることに変わりはない。それを考えると、ミラは胸をかきむしらんばかりの焦燥感に苛まれるのだった。
「……その後、指示があったの。コウ、あなたを殺せ、と」
「俺を?」
ミラは頷いた。
「テブイクの町にあなたが来ることはわかっていたわ。だから、私は……」
「そうか。あれはお芝居だったのか」
コウは思い出していた。男に襲われそうになっていたミラを助けたと思っていたのだが、あれは最初から、コウを油断させるための芝居だったのだ。
「でもさぁ」
ユウコが口を挟んだ。
「一度、コウを殺せるチャンスがあったっしょ? あんとき、どーしてやらなかったん?」
「そんなこと、あったの?」
コウは思わず目を丸くして、ユウコに訊ねた。彼女はあっさり頷いた。
「ほらぁ、コウがどっかの女の子を助けて、村人が総出で襲ってきたときさぁ」
「オー。あたしが演奏したときね」
アヤコがポンと手を叩いた。ユカリがアヤコにお辞儀する。
「そういえば、お礼も申しておりませんでしたねぇ。あの時は、大変、お世話になりました。どうもありがとうございました」
「ノーサンクス。お礼は要らないわよ。あたしは演奏したかっただけだしね」
アヤコは肩をすくめた。
ユウコはじっとミラを見つめながら、言葉を続けた。
「あの時ね、あたしはあんたをこっそり見張ってた。コウを殺す気なら、その場であんたを殺すつもりで、ね。でも、あんたはコウを殺さなかった」
「……それは……」
「あたしに気がついてたとしても、コウを殺すことは出来たはずっしょ? 暗殺者は、自分の生死より任務を優先する、でしょ?」
「……」
ミラは視線をコウにちらっと向けた。
「私は、コウを殺せなかった。なぜだか、自分でもわからないの。あなたを殺せば、弟達は助かるのに……」
ユカリは目を細めてにっこりと笑った。
「それは、あなたがコウさんのことを愛しているから、でしょうね」
「愛……? 私が?」
ミラは、驚いたようにユカリに向き直った。
「そんなはずはないわ! 私は……」
「もー、いいわよ」
ユウコがあっさりと言った。何となく、不機嫌に見えたのはコウの気のせいか。
「それよか、事情は大体わかったけどさぁ、コウ、どうすんの?」
アヤコが脇から口を挟んだ。
「ミラさんの弟さん達を誘拐した連中ってのは、間違いなく魔王の手の者達よね。あのトカゲ男達の反応から見て、間違いないわ。そして、魔王の手の者達がいるところなら、わかってるわ」
「!?」
皆、一斉にアヤコを見た。
代表してコウが訊ねる。
「どこなんだ、それは?」
「ジュカンの町よ。ハンカ国の」
「ハンカ国?」
眉根を寄せるコウに、ユカリが助け船を出した。
「トキメキ国の東にある国です。トキメキ国とは、あまり、仲がよろしくありませんのよ」
「ハンカ国はトキメキ国に戦いを仕掛ける気なのよ」
アヤコが言う。
「戦い?」
「ウォーズ、戦争ね。で、裏で糸を引いているのが魔王の手の者ってわけ。で、さっき言ったジュカンの町っていうのは、ハンカ国とトキメキ国の間にある町でね、今ハンカ国はこの町に兵士を集めて攻め込む準備をしてるってわけよ」
「なーる。で、それを指揮してるのが、魔王の手の者ってワケね」
ユウコは頷いた。
コウは立ち上がると、まだ土下座したままのミラに手を差し出した。
「ミラさん、行こう、ジュカンの町へ」
「コウ……」
ミラは顔を上げ、眩しそうにコウの顔を見た。
「私を……信じるっていうの?」
「当たり前じゃないか。ミラさんも、大事な友達だもんな」
にこっと笑うコウ。
ミラはおずおずと手を出した。コウはその手を握ると、勢いよく彼女を引っ張り起こした。
「きゃっ」
弾みで、コウの胸の中に倒れ込むミラ。
ぷにゅ
大きな胸の感触がコウにも伝わった。
「あ……」
「……さっさと離しなさいよ」
ピシッと鉄扇でコウの手を打つと、ミラは彼から離れた。
「まったく、油断も隙も無いわね」
そうぶつぶつ言うミラの顔が、微かに赤く染まっているのに気がついたのは、ユウコだけだった。
ユウコはぷくっと膨れると、コウがさすっていた手を取った。
「ほらぁ、早く行こうよぉ!」
「あ、うん」
コウは頷くと、アヤコに言った。
「そういうワケなんだけど、君はどうする?」
「オフコース、もちろんついて行くわよ」
アヤコはリュートを背負いながら、頷いた。
《続く》

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