喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

ときめきファンタジー
章 想いのたけを祈りに込めて

その 君色想い

 3日後。
 一同はトキメキ国とハンカ国の国境にあるオカラの砦に到着した。
 普通の旅人なら通れるはずもなかったのだが、最前線のこの砦を護る守備兵達はコシキ流の剣術を学んだ者が多かったので、皆はユカリの口利きで特別に砦に入れてもらえた。
 砦の城壁の上からは、ジュカンの町が遠くに見える。
 コウは手すりにもたれながら言った。
「これからどうする?」
「とにかくさぁ、あの町の様子が全然わかんないんだよねぇ」
 ユウコが貰った果物にかぶりつきながら言った。
「誰かが潜入して、様子を探る必要がありそうね」
 とアヤコ。
「でも……」
 コウは一同を見回した。
「俺と、ユカリさん、ユウコさんは魔王四天王のヒデに顔を知られてるし、ミラさんが行くのは論外だろう? かといってアヤコさん一人で見てきてってわけにもいかないし……」
「あたし、変装して行ったげようか?」
 ユウコがにこっと笑った。
「変装?」
「そ。ちょっとしたもんなんだからぁ」
「そうねぇ」
 アヤコが腕組みをして何か言いかけたとき、不意に下が騒がしくなった。
「何かあったのかな?」
「ねね、行ってみよーよ!」
 そう言いながら、もうユウコは走り出していた。コウは苦笑して後を追った。

 砦の、トキメキ国側の門のところに、兵士達が集まっていた。
 コウは一人に訊ねた。
「何かあったんですか?」
「ああ。この砦を覗き込んでいた女を捕まえたんだってさ。敵のスパイかも知れない」
「スパイ?」
 コウが首を傾げたとき、兵士達の間から声が聞こえてきた。
「ごめんなさい」
「怪しい奴め!」
「縛ってしまえ!」
「痛っ! こいつ、噛みつきやがったぞ!!」
「やめてぇ! こあらちゃんは悪くないのっ!」
「あの声は……」
 コウは兵士達をかき分け、最前列に出た。
 そこには、兵士達の間を走り回る小さな熊みたいな生き物と、それを止めようとしている粗末な身なりの少女がいた。
「君は!」
「え?」
 少女は、コウを見た。その頬がみるみるバラ色に染まる。
「コ、コウさん……」
「やっぱりあの時の……」
「私、私……。や、やっぱりダメェ!」
 その少女は、兵士を振り解くと、そのまま砦の外に走り出していった。虚を突かれ、兵士達が思わず見送る間を、熊みたいな変な生き物が駆け抜け、少女の後を追って行く。
「……なんだったんだ?」
 思わず呟くコウだった。その脇にいつの間にか来ていたユウコが、彼に訊ねる。
「ねぇ、コウ。あの娘、ひょっとしてコウを追いかけてるんじゃない?」
「まさかぁ」
 肩をすくめてコウは答えた。
「そんなはずはないよ」
「そっかなぁ」
 ユウコは腑に落ちないという顔をして、少女が消えた方向を見ていた。
 翌日。
「どう?」
「へぇ」
 皆、口をぽかんと開けた。
 真っ赤な髪の色を緑に染め、シースルーの白い衣装を身にまとったユウコは、くるっと回って見せた。
「ちょっとしたもんっしょ?」
「まるで別人じゃないか。すごいや」
 コウはパチパチと拍手した。
 アヤコは満足げに頷いた。
「オッケイ。じゃ、あたしが楽器を弾いて、ユウコが踊るっていう旅芸人で通りそうね」
「それでいこー。あたしのことは、旋風の踊り子って呼んでねっ」
「それじゃ、お願いするわね」
 さすがにいつもの高飛車な様子は影を潜め、神妙にミラは二人に頭を下げた。
「へへーん。このユウコ様に、まっかせなさい」
 ユウコはそう言うと、コウに駆け寄った。
「コウ!」
「え?」
 チュッ
 一瞬、コウの頬に熱いものが触れた。
 ユウコは、にこっと笑った。
「んじゃ、行ってくるね」
「あ、ああ」
 コウは、頬に手を当てながら、門を出て行く二人を見送った。
「コウさん、そんなに気持ちがよかったんですか?」
 ユカリが、完全ににやけているコウに訊ねた。目がマジだった。
「マイネームイズ、あたしはアーヤ。この子はぁ」
「エリスでーす」
 ユウコはにこっと笑い、兵士に投げキッスを送って見せた。
 兵士は相好を崩して笑った。
「いいぞ、通ってよし」
「あっりがとぉ! おじさん」
「おいおい、お兄さんと呼んでくれよ」
 彼は、笑いながら門を開けた。アヤコとユウコの二人はジュカンの町の中に入った。
「ふーん。そんなにかわんないのね、トキメキ国と」
「そう直ぐに変わるわけでもないわよ。でも、兵隊は多いみたいね」
 二人は小声で会話を交わしながら、通りを足早に歩き、やがて酒場を見つけた。
「ここにする?」
「そーね。ちょっとうらぶれてっけど、商売する気はないし、ま、いっかな」
 ユウコの言葉に頷くと、アヤコはドアを開けた。
「ハァイ、やってる?」
「ん?」
 無愛想な老人が二人をじろっと見た。
 アヤコが笑みを浮かべながら、彼に近寄る。
「あの、すみません。あたし達、旅芸人なんですけど、ここで商売させてもらえませんか? 稼いだお金は、3割さしあげますから」
「……勝手にしな」
 老人はそう言うと、またグラスを磨きに戻った。
 ユウコが小声で言う。
「無愛想なじいさんねぇ」
「ノンノン。気にしないの」
 アヤコは肩をすくめると、リュートを構えて調律を始めた。
 夕方、だんだん酒場はにぎわい始めていた。
 無愛想な老人の店にしては、客の数が多い。
「そろそろ、かな」
 ユウコはアヤコに聞いた。彼女は頷いた。
「そうね、まずは軽く、行ってみましょう」
 アヤコはリュートをつま弾き始めた。

  覚えているかい?
  懐かしいあの時を
  君と一緒に笑いあった

  君と一緒なら
  すべてが輝いていた
  それが幻だってわかったときには
  もう遅すぎたけど

  でもまだ終わりじゃないさ
  だってそうだろう?
  僕と君の夏はこれからさ

 アヤコが歌い終わると、酒場のあちこちから、拍手が聞こえてきた。
「やるね、アーヤ。次は、あたしの出番だよっ」
 そう言うと、ユウコは手を振った。
「こんにちわー。エリスでーす」
「おお!」
「めんこいなぁ」
 酒場の男達は喜んで拍手した。
 ユウコは、アヤコに合図する。アヤコは頷くと、今度はアップビートな曲を弾き始めた。
 それにあわせて、くるくるとめまぐるしく回転するように踊るユウコ。
 男達は、最初は呆気にとられていたが、だんだんノリ始めた。
 そんなこんなで、かなり盛り上がってきた頃。
 酒場のドアが開いて、一組の男女が入ってきた。
 先頭の青年が振り向いて、連れの女の子に言う。
「だから、俺が色目を使ったんじゃないって」
「もういいわよ、ジュン」
 その少女はそっぽを向いて答えた。
 ビィーン
 異様な音がし、ユウコはびっくりして踊りやめ、アヤコを見た。
 リュートの低音弦が一本切れていた。しかし、アヤコはそれに構おうとせず、入ってきた青年を見つめていた。
「……ジュン」
 と、その男も、アヤコを見て、立ち止まった。
「……」

《続く》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く