喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

ときめきファンタジー
章 想いのたけを祈りに込めて

その 風の翼

 アヤコは不意に立ち上がった。そしてリュートはそのままにして、その男に歩み寄る。
(こりゃ、雰囲気からいって、昔の男ってやつかなぁ。修羅場だぞぉ)
 ユウコはこっそりとその後を追った。

 アヤコは、青年の前まで来ると、笑みを浮かべて言った。
「ソーレイト、お久しぶりね」
「そう、だな」
 ジュンと呼ばれたその青年は、決まり悪げに頭をかいた。
 その脇にいる少女は、表情を堅くして、二人を見守っていた。
「どうして、こんな所に?」
「俺達は傭兵だからな。雇われるあてがあれば、何処へでも行くさ。それより、君こそどうしてこんなところに? だって君は……」
「ビーサイレント、黙って」
 アヤコは、彼の口に手を当てた。
「とにかく、ちょっと外で話さない?」
「俺はいいけど……メグミがいるし……」
「あたしならいいわよ」
 メグミ、と呼ばれた少女は言うと、テーブルにさっさと座った。
「ジュンは積もる話があるでしょ?」
「そうそう。この子はあたしに任せて、話を付けて来なって」
「ユ、エリス」
 言い間違えかけ、慌てて訂正するアヤコ。
 ユウコはメグミの向かい側に座りながら、にっと笑った。
「心配無用。行った行った」
「う、うん。じゃ、任せたよ。ジュン」
「お、おお」
 青年を伴って、アヤコは外に出ていった。
 それを見送ってから、ユウコはメグミに笑いかけた。
「あたし、踊り子やってるエリスっていうんだけどぉ、メグミちゃんっていうの?」
「うん。メグミ・ジュウイチヤ」
 その少女は頷いた。その拍子に、髪の毛につけている大きな黄色いリボンが揺れる。
「なかなか可愛いリボンしてんじゃん」
「あ。これ? そうかなぁ」
「そうじゃんかぁ。何処で買ったの?」
 もう一組の男女が酒場に入って来た頃には、ユウコ改めエリスとメグミはすっかり意気投合していた。
 入ってきた男女を見て、メグミが手を振る。
「あ、ナツエちゃーん! こっちこっち!」
「こら、大声出さないの。恥ずかしいじゃないの」
 といいながら、もう一人の大柄な少女が近寄ってきた。胸に聖印をつけているところから見ると、僧侶のようだ。
 その後ろから、その少女と同じくらいの背の青年が歩いてくる。腰に剣をつけ、革鎧を着込んでいる。
 メグミが、彼等を紹介した。
「あ、こっちの女の子がナツエ・マリカワ。で、こっちがカツマ・セリザワ。二人ともあたしの仲間なんだよ。ナツエちゃん、カツマくん。この人はエリスちゃんっていって、踊り子なの」
「エリスでぇす。よろしくっ」
「あ、どうも」
 なんとなくおどおどした感じで頭を下げるカツマ。一方、ナツエは「よろしくね」と握手した後、辺りを見回した。
「で、ジュンは?」
「……あたし、知らないもん」
 途端にメグミはぷくっと膨れてそっぽを向いてしまった。
 ユウコは笑って言った。
「あたしの相棒となんか因縁があるみたいでさぁ」
「因縁?」
「相棒って?」
 カツマとナツエが同時に訊ねた。
 メグミが膨れたままぽつっと言う。
「アヤコちゃんよ」
「アヤコ? アヤコ・カタギリなの?」
 ナツエが目を丸くしてユウコに訊ねた。ユウコは頷いた。
「なーんかそんな名前だったね。あたしはいつもアーヤって呼んでるし、第一知り合ったばっかなんだ」
 嘘は言っていない。
「よりによってばったり出くわすとはなぁ」
 カツマが頭をかいた。
 ユウコは興味津々に訊ねた。
「ね、ね、知り合いなの?」
「まぁ、ね」
 ナツエは苦笑気味に答えた。
「あたし達、傭兵になる前はね、キラメキ王国にいたんだ。知ってる?」
「まぁね。遠い西の彼方にある国っしょ?」
「ええ」
 彼女は頷くと、話し始めた。
 カツマ、ナツエ、ジュン、メグミの四人は、凄腕の傭兵団「マーセナリィ・カルテット」として知られていた。
 なかでも、黒魔術を操るジュン・エビスタニの名は、つとに有名だった。巷では、その腕は『チュオウの魔女』ことユイナ・ヒモオに勝るとも劣らぬと噂されていた。
 アヤコは、そのジュンと同じ師について魔術を学んだ、いわば兄弟弟子なのだという。
 何があったのかは、彼等は詳しく話さなかったのだが、どうやらジュンはアヤコとメグミのどっちを取るか、という話になってメグミを取ったという事らしい。
 そして、アヤコはキラメキ魔術師団に入り、ジュン達は傭兵となってキラメキ王国を去った。もっとも、彼らが傭兵になったのは、それだけが理由というわけでもないようだったが、彼らはそのことは話さなかったし、ユウコも無理には突っ込んで聞かなかった。
 話が弾んできたところで、ユウコは不意に訊ねた。
「で、カツマ達は、ハンカ国に雇われたん?」
「まぁ、そんなところだけど……」
 カツマは頭をかいた。
「でも、俺達は、単に警護に……」
「カツマ!」
 ナツエが小声で、叱るように言うと、カツマは慌てて口を押さえた。
 ユウコは頭を振った。
「大丈夫よ。あたし、何も聞いてないモン」
「ありがとう、エリスさん」
 カツマは笑ってユウコの手を握った。
 ユウコはこっそりと心の中でベロを出した。
(警護ってことは、当たりかもねー)
 その頃。
 アヤコとジュンは路地裏にいた。
「……あの時……」
 アヤコは、壁に寄り掛かると、空を見上げた。そして言葉を継いだ。
「あの時、どうして約束を破ったの?」
「……俺は……」
「嫌い嫌い嫌い! 約束すっぽかすなんて最低! ユーネスティ!」
 アヤコは叫んだ。
「ア、アヤコ! ちょっと待ってくれよ!」
 ジュンは、慌てて彼女をなだめるかのように肩に手を置こうとした。
 彼女は、するっとその手をかわし、ぺろっと舌を出した。
「……なーんてね」
「え?」
 アヤコは大きく伸びをした。
「あーっ、すっきりしたわぁ。ビフォア、前から言ってやりたかったのよ、あなたにね」
「……おいおい」
 ジュンはそのままずるずると地面に座り込んだ。
「……頼むよ、おい」
「冗談よ、冗談」
(でも、ちょっとだけ冗談じゃないの)
 アヤコは最後のセリフを心の中で呟いた。そして、ジュンの手を取って引っ張り起こした。
「で、その後、メグミちゃんとは上手くやってるの?」
「やってるって、おまえなぁ」
 ジュンは呆れたように夜空を見上げた。
「ま、俺達は、相変わらずだよ。カツとナツエも喧嘩ばっかりしてるしな」
「リアリー、本当に?」
 アヤコはおかしそうに笑った。
 それから、不意に笑いやめると、ジュンに訊ねた。
「一つだけ、教えてくれる?」
「何を?」
「あなた達、ハンカ国に雇われているのね」
「……そういうことか」
 ジュンは納得したように頷いた。アヤコは顔をしかめた。
「頭のいい男は嫌われるわよ」
「かもね」
 彼は頷くと、先に立って酒場に戻っていった。
 アヤコは、しばらく黙ってその後ろ姿を見送っていた。
 メグミやカツマと楽しく話していたユウコは、ドアの所でアヤコが手招きしているのに気がついた。立ち上がると、3人に言う。
「ちょっちごめんね。お手洗いに行ってくんね」
「早く戻っておいでよぉ」
 手を振るメグミに頷いてみせると、ユウコはトイレに入った。そしてトイレの窓から外に出ると、大きく回って酒場の入り口に戻る。
「どうだった? 昔の恋人との再会は。燃え上がる恋の炎?」
「ファッキュー! 莫迦なこと言わないでよ。それよりも、アワーパーパス、あたし達の目的はばれちゃったみたいね」
「……ドジ」
 じと目でアヤコを見るユウコ。アヤコは両手をあわせた。
「ソーリー、ごめん。でも……」
「いいわけ無用。とにかく、こうなった以上さぁ、時間がたてば立つほど、警戒は厳重になるっしょ? とすれば、あたし達だけで救出をするしかないね。まだ警戒が薄い今のうちに」
「オッケイ、わかったわ」
「それにしても、腕利きの傭兵を雇うほど、守りに力を入れてるって、どういうことなのかな?」
 ユウコが首を傾げた。
 アヤコはあっさり答えた。
「あたし達が絶対に奪回しに来る。それがわかってるのよ」
「そういうことかぁ」
 納得したように頷くユウコ。
「コウの性格、読まれてるんだねぇ」
「イエス、そうね」
 アヤコは頷き、ユウコの顔を見た。
「でも、そこがいいんでしょ?」
「あによ、それ」
 微かに頬を赤らめるユウコ。
 アヤコはそのユウコの背中をポンと叩いた。
「それだけ、コウに魅力があるって事なのね」

《続く》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く