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ときめきファンタジー
章 想いのたけを祈りに込めて

その 瞳にDiamond

 深夜になって、二人は行動を始めた。無論、二人とも、目立たない服に着替えている。
 目的の建物は、すでにユウコがその場所を聞き出しており、なんなくその近くまで来ることが出来た。
 それは一見、何処にでもある兵舎のようだった。
 二人はその近くの建物の影に身を潜めて、辺りを観察していた。
「……気配はあるんだけど、何処にいるかまではわかんないな。さすがだね」
「それって、ジュン達のこと?」
 ユウコは頷く。アヤコは腕を組んだ。
「うーん。あたしの呪歌は使えないし」
「え?」
 彼女は、聞き返したユウコに説明した。
「あたしの呪歌の最大の欠点はね、聞こえないと意味を為さないことなのよね。耳をふさがれたらもうアウト、ダメなのよ」
「はぁ。じゃ、やってみっかな。アヤコはここで待っててね」
 言うが早いか、ユウコはダッシュして飛び出した。

 全速で道を横断し、小屋の壁にぺたりと背をつけ、辺りの様子をうかがうユウコ。
 人の気配はない。
 が。
 自分の中に流れる血が、忍びとしての血が、警報を鳴らしている。
「!」
 その警報に従ってその場を飛び退いた瞬間、彼女が今までいたところに何かがきらめいた。
「短剣!?」
 確かに短剣が一瞬だけ見えた。しかし、今は何も見えない。
「……」
 ユウコは目を閉じ、精神を集中させた。
 確かに何かがいる。目には見えないが、気配は感じる。
 近寄ってくる軽い足音。3メートル、2メートル、1メートル……。
 いきなりユウコは目を開け、横っ飛びにそこから離れたかと思うと、手にしていた短剣を投げつけた。
 ザシュッ
「きゃっ!」
 そこにぺたんとしゃがみ込んでいたのは、メグミだった。
 ユウコの投げつけた短剣が、彼女の肩をかすめたらしく、服のその部分がすぱっと切れている。
「へへー。見ーつけた!」
「う、嘘ぉ。どうして? ねぇ、なんでわかっちゃったの?」
 メグミは、思わず聞き返した。
 ユウコはにやーっと笑った。
「教えたげないもんね」
「やだぁ、ね、教えてよぉ」
 甘えた声を出すメグミ。その次の瞬間、ユウコはそこを飛び退いていた。
 ガガッ
 いくつかの小さな火の玉が、今までユウコのいた地面に突き刺さる。
「外したか。思ったより早いな」
 ジュンが舌打ちする。
「なにが、よ。こうなったらぁ……」
 ユウコは、左右を見た。右にジュン、左に立ち上がったメグミ。
 完全に挟まれている。
 それを見て取ったユウコは、肩をすくめ、短剣を地面に落とした。
「しょーがないな。降参、降参」
「意外とあっさりしてるね」
 そう言いながら、その短剣を拾おうと近寄るメグミ。
 ジュンが、はっとして叫んだ。
「まて、近寄るな!」
「遅いっ!」
 ユウコは、袂から何か黒い玉のようなものを掴みだし、足下にたたきつけた。
 ボゥン
 何かが炸裂し、辺りに白い煙が立ちこめる。
「ゲホゲホ。メグミ、大丈夫か?」
 ジュンは咳込みながら、手で白い煙を払った。
「やだぁ、なにこれぇ」
「無事か?」
 やがて煙が晴れてくる。ジュンは地面に座り込んだメグミを見て、思わず吹き出した。
「アハハハ」
「なによぉ」
「だ、だって、さ。お前、真っ白だぜ」
「え? あーっ!」
 メグミは全身白い粉まみれになっていた。慌てて立ち上がって、服を叩くメグミ。
「アハハハハ、あー苦しい」
「もう、今度あったら、みてらっしゃい! くやしぃーっ!」
 メグミは叫んだ。
 ジュンは、頭の粉を払ってやりながら言った。
「とにかく、あいつの始末は、カツ達に任せようぜ。まだ他にも仲間がいるしな」
「んー」
 メグミは不承不承、頷いた。その頭をポンとたたき、そしてジュンは辺りを伺った。
「しかし、アヤコが動かないのが不気味だな……」
「ジュン」
 メグミが彼を見上げた。
「本当に、もうアヤコさんとは何でもないの?」
「お? 焼き餅か?」
「ちっ、違うわよぉ!!」
 メグミは夜目にも判るほど赤くなると、俯いた。
「だけど、アヤコさん綺麗だし……、あたしは可愛くないし……」
「バーカ。お前は、可愛いよ」
 最後のセリフを、メグミの耳元でささやくと、彼女はさらに真っ赤になってジュンの顔を振り仰いだ。
「ホント?」
「ああ、マジさ」
 気取ったように肩をすくめながら、ジュンは答えた。
「嬉しいな」
 メグミはにっこり笑いながら、彼に抱きついた。
「……マイハッピネスイズユアハッピネス」
 アヤコは、建物の影から、そんな二人を見ながら呟くと、そのまま壁に背をもたれかけさせた。
 そして、空を見上げ、小声で言う。
「アイウィッシュ……ユアハッピネス……」
 つうっと、その頬を一筋の涙が流れ落ちた。
「このあたりかなぁー」
 その頃、ユウコは兵舎の屋根裏を歩いていた。
 頭の中で、外から見た兵舎の形と、今の位置を照らし合わせる。
「この下、だね」
 彼女は、ゆっくりと足下の板を外した。
 その下は、座敷牢になっており、2メートル四方くらいの狭い部屋に、少年がすし詰めになっていた。
 ユウコは、こっそりと天井から声をかけた。
「おーい」
「え?」
 一人が顔を上げ、周りの子をつつく。やがて全員が顔を上げたところで、ユウコは訊ねた。
「あんた達、ミラの弟?」
 少年達は顔を見合わせ、やがて一番年上と思われる少年が聞き返す。
「姉ちゃんのこと、知ってるのか?」
「まぁね。それよかさぁ、姉ちゃんに会いたくない?」
 その言葉に、全員の顔が輝く。
「姉ちゃんに会えるのか!?」
「まーね。ちょろっと待っててよ」
 そう言うと、ユウコは顔を引っ込めた。そして、天井裏をずりずりと這って、また板をずらす。
 その下には、二人の男が何やら雑談をしていた。その腰には鍵束がある。
(ラッキーチャーンス)
 ユウコは音もなく飛び降りた。そして前の男の首筋に手刀を打ち込み、後ろの男の鳩尾に蹴りを入れる。
 一瞬で、二人の男達が折り重なって倒れる。ユウコは鍵を取り、ぺろっと舌を出した。
「ちょろいもんよね」
 座敷牢の鍵を開けると、少年達が出てきた。ユウコは数を数える。
「ひいふうみいっと。よし、6人いるな」
「ねえ、姉ちゃんはどこ?」
「これから連れてってあげるってば。黙ってついて来なよ」
 そういうと、ユウコは廊下を歩き出そうとした。そこに、不意に声がかかった。
「そこまでだ、動くな!」

《続く》

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