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ときめきファンタジー
第
章 想いのたけを祈りに込めて
その
僕はパイオニア

その頃、オカラの砦では。
「……ということで、ちょっと、大変なことになっているようですよ」
ユカリがにこにこしながら、ユウコ達の状況を告げていた。
「それにしても、どうしてそんなことがわかるのかしら?」
ミラが訊ねると、彼女は笑みを絶やさずに答えた。
「術を使いましたから」
「それなら、最初から術を使えばよかったんじゃ?」
コウが突っ込むと、ユカリはまじめな顔で考え込んだ。
「そう言われれば、そうでしたわね」
「……と、とにかく、助けに行かないと!」
コウは剣を掴んで立ち上がった。
「私も行きますわ」
ミラも立ち上がる。
「では、わたくしも、お供いたしましょう」
ユカリはそう言うと、すたすたと部屋から出ていった。
「ユカリさん?」
「こちらにおいで下さいませ」
振り向いてそう言うと、彼女はそのまま出ていった。コウとミラは顔を見合わせ、その後を追った。
砦の中庭に出たところで、ユカリは懐から黄金の埴輪を出し、地面に置いた。
「あ、なるほど」
ポンと手を打つコウ。一方、ミラは怪訝そうな顔だ。
「少し、お下がりになって下さいね。危ないですから」
そう言うと、ユカリは呪文を唱えた。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アニ・ヨウルステイ・ソワカ」
みるみるうちに、黄金の埴輪が巨大化して行く。背中から優美な翼が迫り出し、美しい黄金の鳥に変わって行く。
陰陽師であるユカリのみが扱える、十二の“鍵”の一つである黄金の埴輪。それはユカリの唱える呪文に応じて様々な形に変形するのだ。
「な、なによ、これは」
思わず後ずさるミラ。
「大丈夫ですよ。怖くありませんって。さぁ、お乗り下さいな」
ユカリは微笑んだ。
バサッ
黄金の鳥、鳳凰は羽ばたくと空に舞い上がった。
兵士達が呆気にとられて見送る中、くるりと砦の上を一周し、それからジュカンの町に向かって飛んでいく。
しかし、それを見ていたのは砦の兵士達だけではなかった。
「大変! コウさん、行っちゃうよ。どうしよう、こあらちゃん!!」
砦から少し離れた雑木林の中で、変な生き物を抱いた変な髪型の少女は、鳳凰の背中にコウがいるのをめざとく見つけ、腕の中の生き物に話しかけた。
その生き物は、無言で右手をその鳳凰に向けた。
少女は頷く。
「うん、判ったわ。あれを追いかけろっていうのね、こあらちゃん。そうよね、諦めちゃいけないのよね。だって、私とコウさんは運命の赤い糸で結ばれているんだもの!」
彼女は立ち上がると、走り出した。
「動かないでくれよ。でないと、つまらないことになるぜ」
ユウコの前に立っているのはカツマだった。
酒場であったときにはぼーっとした青年に見えたが、今のカツマは、あの時とはまるで別人だ。全く隙が見えない。
彼女は、舌打ちをした。
「わーったわよぉ。降参降参」
「よし、武器を置いて手を上げるんだ」
「……」
無言で、短剣を床に置くユウコ。後ろに子供達がいる以上、さっきと違ってむやみに煙球を使うわけにもいかない。第一、今のカツマにそんな小細工が通用するようにも見えなかった。
(これまで、かな。ごめん、コウ……)
鳳凰は夜の闇にまぎれてジュカンの町の上空に着いていた。
「さすが早いねぇ」
感嘆の声を上げるコウ。
ミラは風に乱れる髪を押さえながら町を見おろした。
「弟達は……どこにいるのかしら」
と、不意にユカリが言った。
「落ちますね」
「へ?」
ぐらり、と、鳳凰が傾いた。
一瞬、三人は顔を見合わせた。
「落ちる?」
「ここから?」
「はい」
ユカリはにこっと微笑んだ。
次の瞬間、鳳凰はくるくるとキリモミしながら落ちてゆく。
「ひえぇぇぇぇ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
長い悲鳴の尾を引きながら、ジュカンの町めがけ、鳳凰は墜落していった。
ドォォォン
すごい音が響きわたり、辺りがぐらっと揺れた。
「なっ!?」
「チャンス!」
一瞬、カツマの注意が逸れた。その隙を逃さず、ユウコはカツマに肩からぶつかっていった。
「し、しまっ……」
ドォッ
二人はもつれ合って倒れた。
「いててて」
コウは瓦礫の中から身を起こした。そして、胸の中に抱いてかばっていたユカリに訊ねた。
「ユカリさん、大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます、コウさん」
ユカリはにっこりと笑った。
「ちょっと、誰か助けなさいよ!」
ミラの声がする。コウは、慌てて辺りを見回した。
彼女は、瓦礫に半分埋もれて、足だけが見えていた。
「わぁーっ! ミラさん、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄り、コウは彼女を引っぱり出した。
ミラはぐしゃぐしゃになった髪の毛を手櫛ですきながら、ぶつぶつ言った。
「全く、どうして私がこのような目に遭わなければならないのかしら」
「ごめんなさいね。ちょっと、鳳凰が疲れてしまったみたいですねぇ」
ユカリは、悪びれた様子もなく、にこにこしながら言った。
ミラは、言ってもしょうがないと諦めたように溜息をつく。
「今度からは気をつけて下さるかしら?」
「はい。気をつけますね」
何かのんびりした会話を交わす二人を見ていたコウがふと振り向くと、兵士達が駆け寄ってくるのに気がついた。
「まずい! ユカリさん、ミラさん、敵です!!」
二人とも、それぞれ身構えようとした。その時、不意にリュートの音が聞こえてきた。そして、叫び声が。
「ヘイユー! あたしの歌を聴きなさーいっ!!」
「アヤコさん!?」
いつの間にか、瓦礫の山の一番上にアヤコが立って、リュートをかき鳴らしている。
「い、いつの間に」
呟くコウ。
と、見る間に兵士達の目がとろんとし、そしてばたばたと倒れて行く。
「これは……」
「そこまでだ、アヤコ!」
叫び声に、コウは視線を向けた。
身体にフィットした黒い服を着て、髪を後ろに撫で付けた青年が、アヤコを見上げていた。
アヤコの方は歌を止める様子はない。
その青年は、振り向くと、後ろにいた少女に何か話しかけた。
少女は頷くと、右手を軽く挙げた。
「風の精霊シルフィード、私の願いを聞いてちょうだい。あの人の周りの空気の動きを止めて欲しいの」
歌うような調子で、その少女が呟く。
と、アヤコの歌がぴたりと聞こえなくなった。アヤコの口は動いているし、リュートを弾く手も激しく動いているのに、何の音も聞こえないのだ。
「!?」
「覚悟っ!」
その青年は、片手を上げた。その手に光が収束してゆく。
「まずい、ユカリさん!」
「オン・マリシエイ・ソワカ!」
ユカリが術を放つ。緑色の光線が青年をかすめた。
「!? 新手か?」
青年がこっちを見た瞬間、ミラが駆け出していた。慌ててコウが叫ぶ。
「ミラさん!!」
ジュンは、自分の方に駆けてくる、紫色の髪の美女を見て、思わず口笛を吹いた。
「お、美人!」
「ジュン!!」
後ろの少女がとがめるような声を上げたときには、もう遅かった。
バシィッ!
「うがあっ」
青年は、ミラの鉄扇を横殴りに食らって、その場に倒れた。少女が慌てて駆け寄る。
「ジュン! 大丈夫!?」
次の瞬間、アヤコの声がまた聞こえだした。少女の術が解けたのだ。我に返りかけていた兵士達が、また動かなくなる。
「でぇいっ!」
ボグウッ
「がはっ」
鳩尾にもろに肘打ちをくらい、カツマは白目をむいて気を失った。
「ふぅー。やったね! やっぱ接近戦であたしにかなうわけないっしょ」
ユウコは立ち上がると、少年達の方を見た。
「じゃ、行こっか……」
「カツマ!!」
後ろで声がした。ユウコは「あっちゃー」と片手で顔を覆うと、振り返った。
そこにはナツエがいた。顔を上げてユウコを睨む。
「よくも、カツマを……」
「え、ちょ、ちょっと待ちぃ!」
「カツマの仇は取るわっ!!」
ナツエは叫ぶとモーニングスターを構えた。
モーニングスターは、1メートルほどの鎖の先端に、直径20センチほどの鋼鉄の球がついた武器だ。鋼鉄球には、コンペイトウのように無数の尖った突起がでている。
「でぇぇーいっ!」
ナツエは、そのモーニングスターを軽々と振り回した。
(やっばいじゃん。あんなのに当たっちゃうと……まずいよぉ)
ユウコのこめかみを、一筋の汗が流れ落ちた。
「よくも、よくもジュンくんを……」
少女はミラを睨み上げた。
「許さないから!」
「どうするって言うのかしら? おっほっほっほ」
パッと広げた扇で口を隠して笑いながら、ミラは高飛車に言った。
少女は右手を挙げた。
「光の精霊よ……」
何も起こらない。少女は慌てたように手をぶんぶんと振り回した。
「光の精霊! どうしたのよぉ! ひ、か、り、の、せーれーさーん!」
「無駄、ですわ」
ユカリが進み出た。
「どーゆーことよぉ」
「あなた、精霊使いでいらっしゃいますのね。ですから、この辺りの精霊は総て封じさせていただきました」
ユカリは丁重に頭を下げた。
「そ、そんなぁ……」
その場にぺたんと座り込むと、少女はしくしく泣き出した。
「ちょ、ちょっと……」
「うええーん」
コウは、泣きじゃくる少女に駆け寄った。
「ちょっと、泣かないで……」
「コウ! 何考えてるのよ!」
倒れた青年をげしげしと踏みつけながら、ミラはコウに叫んだ。
「敵なのよ!」
「そんなこと言ったって……」
「大丈夫、ですわ」
ユカリがにこにこ笑う。
「わたくしが、見ておりますもの」
「……そ、そう?」
ミラは、何となく毒気を抜かれたように二人を見比べた。
瓦礫の上では、アヤコが叫んでいた。
「イェーイ! 乗ってきたわね。もう一曲行くわよぉ!」
ジリッ
ナツエは一歩踏み出した。気圧されたように一歩下がるユウコ。
「まっずいなぁ」
既に、ナツエはモーニングスターをぶんぶんと振り回していた。下手に踏み込む隙がない。
普通なら持久戦に持ち込むところだが、敵地の真ん中じゃそうもいかない。
「でやややああっ!」
ヴン
すごい勢いで、鉄球が飛んできた。ユウコは危うくそれをかわすと、懐に飛び込もうとした。
「あーまいっ!」
ボコォッ
ナツエの左拳が、ユウコの腹にカウンター気味にヒットした。
衝撃波が背中まで抜ける。
「かはぁっ」
そのまま、ユウコは崩れ落ちた。
ナツエは、ほっとため息をついた。
「カツマ……、仇はとったわ」
「……おい、人を勝手に殺すな」
「え?」
ナツエは思わず足下のカツマを見おろした。
カツマは薄目を開けてナツエを見上げていた。
「い、生きてたの?」
「ご挨拶だな。それより……ナツエ……正直に言うけど……」
か細い、しかし、真剣な声でカツマは彼女に話しかけた。
「なっ、何よ」
思わずナツエの声が上擦った。頬を少し赤らめて、カツマの瞳を見つめる。
カツマは静かに言った。
「見えてるぞ。でも、ピンクは似合わないと思うな」
「え? あ……」
カツマの位置からは、ナツエのスカートの中が見えていた。
みるみるナツエの顔が憤怒に染まる。
「でい」
げしっ
カツマは顔面をふんずけられた。そのまま、猫が踏まれたような声を上げて、動かなくなるカツマ。
「あ、ごめん……ちょっと、カツマ! しっかりなさいよ!」
反応が亡くなったカツマを、慌ててナツエは抱き起こした。
「ナツエ……そりゃないだろう?」
「やかましいっ。下らないこと言ってないで、ちょっと待ってなさい!」
ナツエは右手をカツマの腹に当てた。
「我が名、ナツエ・マリカワの名において願い奉る。かの者の怪我を癒さんことを」
ぽうっとナツエの手が光った。
「!?」
ミラは不意に顔を上げた。
「聞こえる」
「え?」
「呼んでるわ!」
彼女は走り出した。
コウは、まだしくしく泣くメグミを前にして、途方に暮れた顔をした。
町の中は大混乱になっていた。その騒ぎのせいで、一人の少女と一匹の生き物が町にこっそりと入り込んだことに、誰も気づいていなかった。
「コウさん、どこにいるのかな? こあらちゃん、わかる?」
こあらちゃん、と呼ばれたその生き物は、彼女の腕からするりと抜け出すと、走り出した。
「あん、待ってよぉ。こあらちゃん!!」
彼女はその生き物を追いかけて、走り出した。
《続く》

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