喫茶店『Mute』へ
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ときめきファンタジー
第
章 想いのたけを祈りに込めて
その
恋愛の才能

倒れたコウの身体の上に、ミラがかがみ込んでいた。
その脇から、ユウコが叫ぶように彼女に訊ねる。
「コウは大丈夫なの!?」
「うるさいわね。ちょっと静かにしていただけないかしら?」
ミラはユウコに言い返すと、左の腕にはめた腕輪にそっと触れ、何事か念じた。
腕輪が柔らかな光を放った。
そして、コウがゆっくりと目を開ける。
「……あれ? 俺は……」
「ばかばかばかっ! もう、超ウルバカなんだからぁ!」
ユウコが、コウの胸をぽかぽかと叩いた。彼は驚いて彼女を見る。
「ユウコさん、泣いてるの?」
「もう、泣いてるわけないっしょ! 汗よ、汗」
そう言いながら、ユウコは目じりを拭った。
ユカリがにこにこしながら言う。
「まぁ、とにかく、ユウコさんの村から奪われました“鍵”も、取り返すことが出来まして、何より、ですねぇ」
「え? 違うよ」
あっさりとユウコは言う。
「は?」
ワンテンポ置いて、ユカリが聞き返した。
ユウコは小剣を日にかざしてみながら答えた。
「これ、あたしの村にあったものとはちがう“鍵”よ。あたしの村にあったのは、指輪の形をしてたもん」
「じゃあ、別のところからヒデさんが取っていらっしゃった“鍵”なんですねぇ」
彼女は倒れているヒデを見ながら呟いた。
「……君達は……一体……」
カツマが訊ねた。そこで初めて、彼女達は彼らが興味津々と言った面もちでこっちを見ていたことに気がついた。
「あっちゃぁー、聞かれてたかぁ。忘れよ、忘れよ」
「忘れられるわけないでしょ!」
「やっぱだめ、かぁ」
ナツエにきつい反撃を受けて、ユウコはぺろっと舌を出した。
そこに、ジュンが走ってくるとカツマに言った。
「おい、とにかく、早くここから逃げようぜ。そろそろ奴等も体勢を立て直すはずだ」
「オッケイ」
カツマは頷くと、コウを見た。
「コウ、っていったね。動けるかい?」
「え? あ、はい」
コウは立ち上がった。カツマは頷いた。
「それじゃ、俺とナツエが後ろを詰める。君達は先頭に出てくれ。ジュン、メグミちゃん、コウ達のフォロー頼む」
「判ったよ、カツ」
「頑張ってね、カツマ君、ナツエちゃん」
それぞれに言葉をかけると、ジュンとメグミは前に進み出ると、包囲しようとした兵士達に威嚇の魔術を放った。
ドォォン
大きな音と派手な炎に兵士達が思わずたたらを踏む。
「今よ!」
メグミが叫ぶ。コウは立ち上がると、皆に言った。
「よし、行こうぜ!!」
カツマ達とミラの弟達、合計10人を加え、総勢15人になった一同がオカラの砦に戻ってくる頃には、夜は白々と明け始めていた。
ミラは弟達を寝かしつけてくると言って、彼らともども与えられた部屋に戻っていった。そして、残りの者達が食堂に集まった。
「さて」
とりあえず、コックが出してくれた朝食を平らげた後で、カツマが口を切った。
「説明してくれるかな?」
「オッケイ、いいわよ」
アヤコが立ち上がると、背中のリュートを降ろして渋い顔をする。
「あっちゃぁー。ガットが切られちゃったんだっけ」
彼女のリュートの弦は総てヒデに切られていた。
「困ったわねぇ。もうガットの予備がないのに」
「弦がないのですか? 少々、お待ち下さいね。代わりの物があるかも知れませんから、聞いて参ります」
ユカリがそう言うと、食堂を出ていった。
アヤコは肩をすくめ、話し始めた。
「鳴り物は我慢するか。じゃ、まず、1000年前の話から……」
「……ってわけで、コウが新しい勇者ってわけ」
アヤコが話し終わる頃には、既に太陽は高く昇っていた。
途中から顔を強ばらせていたカツマが、静かに呟いた。
「……シオリ姫がそんなことになってたなんて……」
ナツエも、微かに頷く。
その二人を見比べ、ユウコが訊ねた。
「カツマとナツエってシオリ姫となんかあったん?」
「……」
二人は黙り込んだ。代わりに、ジュンが肩をすくめながら言った。
「カツマは、キラメキ騎士団の出身だからな」
「え?」
「リアリー、本当に?」
皆、一斉にカツマを見た。彼は慌てたようにジュンに言う。
「おい、そのことは……」
「コウ達は、本当の事を総て話してくれたんだぜ。俺達もそうするべきじゃないのか?」
ジュンは静かに言った。
「……わかったよ」
カツマは不承不承頷いた。傍らで、ナツエが複雑な表情を浮かべていた。
「簡単に言うとな、カツマはシオリ姫に手を出そうとしたせいで、キラメキ騎士団を除名させられたんだ」
「!?」
皆、驚いてカツマを見る。
ナツエが立ち上がるとすごい形相でジュンを睨んだ。
「違うわよ! カツマが手を出そうとしたんじゃなくて……」
「もう、いいよ」
カツマはナツエの服を引っ張って座らせると、淡々と言った。
「悪いのは、はっきりしなかった俺なんだし」
「でも……、シオリ姫の方から声をかけてきたんでしょう?」
「……確かにシオリ姫は美しくて聡明な方だ。正直言って憧れてた」
カツマはそう言うと、コウを見た。
「だから、シオリ姫に特別に目をかけて貰った事はとても嬉しかった。でも、違ったよ」
「……違った?」
「シオリ姫は、結局、俺に誰か違う人を重ねていたんた。とても好きなのに、側にはいない誰かを。そして、俺も……そうだったのかも知れない」
「……」
ナツエは、机の上に置かれているカツマの手に、そっと自分の手を重ねた。
カツマは、言葉を継いだ。
「コウ、君は記憶を失ってるんだってね」
「ああ、そうなんだ」
「……思い出して欲しい。君を心の底から求めている人がいるんだから」
カツマは静かに言った。コウは頷いた。
ちょうど、そこにユカリが戻ってきた。手には糸のような物を何本か持っている。
「アヤコさん、これは使えないでしょうか?」
「ホワット、何?」
アヤコはユウコからそれを受け取り、引っ張って指ではじいてみた。
「オッケイ。よさそうね。使わせて貰うわ。ところで、これは何なの?」
「トキメキ国の楽器で、シャミセンというものの弦ですのよ」
「オー、シャミね。グッドグッド」
そう言うと、アヤコは手早く弦を取り替え始めた。
そこにミラが入ってくる。
「みんな、待たせたわね。おーっほっほっほ」
「……俺、あの人はちょっと苦手かも知れない」
小声でジュンが呟く。その隣で、メグミはくすくす笑っていた。
コウは彼女に訊ねた。
「これから、どうするんですか?」
「……」
ミラの顔から笑みが消えた。
「そうね。……弟達も取り戻すことが出来たし、今度こそ、田舎でのんびり暮らすわ」
「寂しくなるな。もう一緒に旅が出来なくなると」
コウは呟いた。その言葉に、ミラは顔を上げた。
「コウ……私……」
「え?」
「……いいえ、何でもないわ。それじゃ、失礼」
そう言うと、彼女はくるっと振り向き、部屋から出ていった。
何となくそれを見送るコウの脇腹を、ユウコが肘でどついた。
ドゴッ
「痛っ。何を……」
「超ドンカン!!!」
ユウコは怒鳴りつけた。目を白黒させるコウ。
「は?」
ジュンがコウに言った。
「彼女、期待してたんだぜ。コウが、『一緒に行こう』って言ってくれるのを」
「へ? 一緒に行きたいんなら、そう言えばいいのに……」
コウはそう言った瞬間、後悔した。部屋中の女の子が、一斉にすごい目つきでコウを睨んだのだった。
「お、俺、言ってくるよ」
そう言うと、コウは立ち上がった。
部屋から出ていくコウを見送りながら、カツマは呟いた。
「しかし、あんな奴だったなんて、なぁ。シオリ姫も大変だよ」
「あんたが言える立場か」
思いっきりナツエに足を踏まれるカツマだった。
弟たちの眠る部屋に戻ると、ミラは椅子に座り、顔を手の中に埋めた。
「私……。でも、この子達を捨てては行けないわ……」
「姉ちゃん」
不意に声がして、ミラは顔を上げた。
弟たちがベッドから起きあがって、彼女をぐるっと囲んでいた。
「こら。寝なさいって……」
「姉ちゃん、あの男と一緒に行きたいんだろう?」
「……ヒカル……」
「行けばいいよ」
「俺達に構わずにさ」
「……ウツル、サク……」
「俺達、自分たちのことはもう出来るしさ」
「姉ちゃんも、自分に正直に生きなくちゃね」
「……アキラ、キョウ……」
最後に、弟の一人が笑いながら言う。
「俺と同じ名前ってのはちょっと気に入らないけど、あいつ、なかなかいい奴みたいだしね」
「……コウ」
ミラは全員を抱きしめると、その姿勢のまま、訊ねた。
「お姉ちゃんのわがまま、聞いてくれるの?」
「ああ」
全員が頷いた。ミラの頬を、涙がはらりと落ちた。
ミラは、廊下の壁にもたれて、鉄扇を手の中でクルクル回していた。
ふと、人の気配を感じて顔を上げる。
「……コウ」
「ミラさん……。来て、くれないかな?」
コウは言った。
一瞬、ミラに輝くような笑みが浮かび、すぐにいつもの表情に戻る。
彼女はその表情のまま、言った。
「どうしても?」
「う、うん」
「まぁ、どうしても、と言うのなら、着いていってあげてもよろしくてよ。おーっほっほっほ」
高笑いを上げながら、ミラは心の中で呟いていた。
(ありがとう、みんな……)
数日後。ユウエンの町のコシキ道場前。
「お姉ちゃん、必ず帰ってきてねぇ」
「頑張れよ」
「あなた達も、身体に気をつけてね」
ミラは、一人一人を抱きしめて、別れを惜しんでいた。
コウは、アカリに深々と頭を下げた。
「本当に、すみません」
「いいえ。困ったときはお互い様、と言うではありませんか」
結局、ミラがコウ達と旅を続けている間、ミラの弟達は、コシキ道場で面倒を見て貰うことになったのだ。
「それじゃ、俺達はそろそろ出発するから」
カツマは、荷物を背負い上げた。
彼らは、キラメキ王国に戻るのだという。
彼はコウに訊ねた。
「コウは、本当に、まだキラメキ王国には戻らないのか?」
「ああ。ヒデの持っていたはずの“鍵”を捜さなくっちゃならないし、それに、俺自身の記憶も戻ってないしな」
コウはそう言うと、カツマの手を握った。
「それじゃ、またいつか会おうぜ」
「そうだね」
カツマは頷くと、「そうだ」と呟き、背負い袋の中を探った。そして、小さな箱を出す。
「これさ、ずっと前にシオリ姫に頂いたものなんだけど……。お前が持ってる方が、相応しいからさ」
「え?」
コウは、その箱を開けてみた。その中には、小さなアミュレットが入っていた。
「これは……」
「早く思い出せよ、コウ。それじゃ!」
そう言うと、彼らは西へ向かって歩き始めた。
「……」
コウはじっと、その銀色のアミュレットを見つめていた。
《6章終わり》

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