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ときめきファンタジー
第
章 スラップスティック
その
第7の鍵

ドサッ
ユカリが、ゆっくりと倒れた。
レイはふっと笑った。
「アルキーシもダーニュも、世話をかけさせてくれる。だが、これで終わりだ」
「みんな……」
コウは呻いた。
メグミ、サキ、アヤコ、ユウコ、ミラ、ノゾミ、ユカリ。彼を助けようとし、彼をかばって、次々と倒れた少女達。
彼の目に、じわりと涙が浮かんだ。悔し涙が。
(俺には、何もできねぇのか、何も……)
「ハハハハハ。無様なものだな。勇者とは名ばかりか」
笑うと、レイは剣を振り上げた。
「死ね!」
コウは、レイを見上げた。
「……」
一瞬、ほんの一瞬だが、レイはためらった。そして、そのためらいに気づいたとき、ためらいは戸惑いに変わる。
(なんだ、今のは……)
と、不意に静かな声がした。
「もう……やめて下さい」
その声に、レイは視線を上げた。
緑色の瞳が、じっと彼を見つめていた。
レイが鋭い視線を向け、ミオは一瞬ひるむように俯きかけたが、胸元のロケットを握りしめ、魔皇子をみつめ返した。
(シーナさん、お願い! 私に勇気を貸して下さい)
「ミオ・キサラギ、か」
レイは静かに、しかし圧倒的な威圧感を漂わせながら言った。
「君は聡明と聞いている。今、僕に刃向かうことの愚は判っているはずだが」
「わかっています」
彼女は静かに頷いた。
「私が貴方に刃向かっても、何にもならないことを。私よりもずっと力を持つ皆さんでも、貴方には傷一つ負わせられなかった。そのような貴方に、何の力も無い私が抵抗するのは無意味です。でも……」
ミオは、一瞬目を閉じ、そして、言った。
「それでも、何もしないではいられないんです」
「何故だ? 何故なんだ!?」
レイはいらだったように叫んだ。そして、ミオに剣の切っ先を突きつける。
「答えろ、ミオ・キサラギ!」
「それは……」
彼女は一瞬目を伏せた。
「私……」
(私には……、それを言う権利があるのでしょうか……?)
と、彼女の耳に、何処からともなく声が聞こえてきた。
『ミオさん、おいらがついてるよ』
(シーナさん!?)
『おいらはいつも、ミオさんのそばにいるからさ』
(……ありがとう、シーナさん)
彼女は顔を上げると、静かに言った。
「私がコウさんを、……愛しているからです」
その瞬間、ミオが掴んでいたロケットが輝いた。
重々しく声が響く。
『娘よ。汝が心のうちに秘めし勇者への想い、とくと確かめた。汝にメモリアルスポットが一、“智”の象徴を託す』
「“鍵”か!?」
レイは、光から目をかばいながら後ずさった。
「!?」
ダーニュの目にも、その光が映った。
「まずい! “鍵”だと!?」
「行くなら行きなさい」
ユイナは肩をすくめた。彼は、一瞬迷ったが、剣を納めた。
「すまんな」
「いいえ」
そう答えると、ユイナは背を向けて走り去るダーニュを見送っていた。
ロケットから放たれる光が、ミオを包み込む。
その光の中、ミオはゆっくりと目を開けた。
彼女の手の中には、前からあったように、一冊の本が開いている。
「サジョックの魔導書……」
彼女は呟くと、はっと気づいた。
右手で握りしめていたロケットの形が変化している。もっと長細い、棒のような物になっているのだ。
そう、それは、彼女が使い慣れたもの。ペンの形になっていたのだ。
「もしかして」
彼女は、本にはさんでおいた紙片を抜き取り、その上をそのペンでなぞった。
棒の軌跡が、淡い光になって紙片の上に残る。
「普通のペンではうまくいかなかったけど……これなら……」
彼女は呟いた。
光が納まってゆく。
ミオは、何事もなかったかのように立っていた。
ふっと笑みを漏らすレイ。
「危惧した僕が愚かだったな。“鍵の担い手”、恐れるに足らず!」
「そう、言い切れますか?」
ミオは、右手に紙片を持って、微笑んだ。
「何を!!」
言いざまに、レイは剣を振るった。
同時に、その紙片を投げつけるミオ。
みるみる、その紙が膨れ上がり、レイの剣を包み込んだ。
ボキン
異様な音が響き、そして紙は元の大きさに戻って、はらりと落ちた。
その脇に、剣の刃が落ちる。
「莫迦な! 剣を紙切れで折っただと!?」
「その剣は、もう使えませんよ」
ミオは涼しい顔をして、レイを見つめた。
「おのれ!」
レイは右手を突き出した。雷光が走る。
「無駄ですよ」
ミオは左手で別の紙片を翳していた。雷光は、総てその紙に吸い込まれて行く。
「なっ! なら、これでどうだ!」
黒い魔力弾を放つレイ。
ミオの左手の紙は、それもあっさりと吸い込む。
「無駄、と言ったはずです」
「ならば!」
レイは衝撃波を放つが、それすらも、紙に吸い込まれてしまう。
「くっ……」
「レイ様!」
ダーニャが駆け寄った。そして囁く。
「ここは、お引き下さい」
「だが……」
「まだ、機会はあります」
彼はそう言うと、剣を掲げた。その剣から水が迸る。
レイは、コウに視線を向けた。
「コウ! 今度逢ったときが、貴様の……」
そこで、何故か口ごもると、レイは取り繕うように言った。
「とにかく、今は見逃してやろう、庶民達よ。はっはっはっは」
水が竜巻のように舞い上がり、そしてそれが消えたとき、二人の姿も消えていた。
「コウさん!」
「コウさぁん!」
ミオと、駆けつけてきたミハルがコウに取りすがった。
コウは必死になって身を起こそうともがいた。
「み、みんなを……」
「ちょっと、待って下さいね」
ミオは、紙片にロケット変じたペンでさらさらっと何かの模様を描いた。そして、その紙をコウの額にぺたっと張り付けた。
「お?」
なんだか、身体の痛みが少しずつ引いてきたようだ。
「これ、すごいや」
「でも、サキさんの治癒術とは違って、一時的な効果しかないんです」
別の紙を出して、同じ模様を描きながらミオは言った。そしてミハルにその紙を渡す。
「すいません。皆さんにも、これを」
「ミオさん、それ、ユミにも効くのか?」
ユミを抱きかかえたヨシオが、歩いてきた。彼の腕を伝って、ユミの血が流れ落ちている。
「はい。とりあえず、ですが」
「生物の新陳代謝を一時的に麻痺させるわけね」
ユイナが歩いてきた。
「そうです」
どんどん紙に模様を書きながら、ミオは頷いた。そして、ヨシオに差し出す。
「さぁ」
「すまねぇ」
ヨシオは、ユミをそっと横たえると、その額にその紙を貼った。
「ん……。あたし……」
サキはうっすらと目を開けた。とたんにヨシオの顔がどアップで飛び込んでくる。
「きゃぁーっ!」
ばちぃん!
反射的に平手打ちをしてしまって、サキは慌てて起き上がった。
「ご、ごめんなさい、ヨシオくん」
「い、いひゃ、いい」
頬を押さえながらヨシオは答えると、サキの肩を掴んだ。
「それより、ユミが!」
「ユミちゃんがどうしたの!?」
ヨシオの様子で大方の見当がついたサキは、立ち上がると、額に張ってあった紙を無意識にひき剥がす。
とたんに全身に痛みが戻ってきた。
「あいたたぁ」
「ダメですよ、剥がしたら」
ミオが、紙をぺたんと貼る。
サキはミオの顔を見た。
「この紙、ミオさんが?」
「ええ。それよりも、ユミさんを」
「そ、そうね」
「早く早く!」
ヨシオがユミの傍らから叫んだ。
「うん、わかったわ!」
サキは駆け寄ると、膝を突いて傷を調べた。
「剣で刺されたんだ。あの野郎め」
ガツッ
ヨシオは拳で地面を殴りつけた。
サキは首を傾げた。
「へんねぇ」
「何が?」
「この傷……。身体の真ん中を突き抜けてるんだけど、そんなに深い傷じゃないの」
「え?」
サキは小さく呟いた。手に白い光が灯り、それに従って傷が塞がり、ユミの頬に血の気が戻ってくる。
そうしながら、サキは続けた。
「体の中には、心臓や他の重要な器官があるの。でも、この傷は、そのどれも傷つけてない。見事なくらい、そういう部分は避けてるのよ。……っと、これでよし」
「どういうことだ?」
「つまりね、この傷を付けた人は、ユミちゃんを殺そうとしてなかったってこと。勿論、偶然ってことはあるかも知れないけどね」
そう言うと、サキはウィンクした。
「でも、きっと偶然よね。じゃ、あたし他の人の治療もしないといけないから」
彼女は立ち上がると、他の人たちの所に走っていった。
ヨシオは腕を組んで考え込んだ。
「……偶然、だよなぁ……」
これ以上魔王達の追撃を受けないうちに早く次の鍵を手に入れようと相談し、一同はとりあえず動けるくらいに回復したところで先に進んだ。
そして、夕方になり、ユイナが立ち止まった。
「ここでいいわ」
「え?」
後ろを歩いていたコウ(ちなみに、ちゃっかりユウコが肩を貸している)が聞き返した。
ユイナは杖で円を描きながら答えた。
「ここから転移するわ」
「じゃあ、魔法の使えない範囲からは抜けたんだね?」
「そういうことね」
そう言うと、ユイナは大きめの魔法陣を描き、トンと地面を杖で突いた。
ぼうっと魔法陣が淡い光を放つ。
「よし。さぁ、みんなこの魔法陣に入りなさい。一気に転移するわよ」
ユイナはそう言うと、いそいそと中に入る皆から視線をそむけて、ゾウマの山を見つめた。
その唇から、呟きが漏れた。
「……さよなら」
「ユイナさん、みんないいよ!」
コウが叫んだ。ユイナは振り向くと、呪文を唱えた。
「申し訳ありません、おじい様」
レイは平伏していた。
北の城、魔王の間。
魔王は振り向きもせずに言った。
「なぜ、コウと直接刃を交えたのだ?」
「僕は……」
「レイ、おまえはしばらく休むがよい」
「は?」
思わぬ言葉に、立ち上がりかけたレイの両脇を、いつの間にか現れた黒い鎧の男達ががしっと掴む。
「なんだ、貴様! 離せ!!」
「話は終わりだ」
魔王はそう言うと、軽く手を振った。それに従って、黒い鎧の男達はレイをそのまま引きずるように、外に出ていく。
「無礼者! 離せ! 僕はレイだぞ! 離せぇっ!!」
レイの叫び声が段々小さくなり、聞こえなくなる。
魔王は、水晶に包まれたシオリ姫に視線を向ける。
「シオリ姫よ。勇者はどうするかな? もう一人の姫を……。くっくっくっ」
《続く》

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