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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その しようよ

「どういうことなのかしら。説明していただける?」
 ミラが、居丈高にクロークの男に詰め寄った。
 後ろでこそっとユウコがサキにささやく。
「こーゆーことやらせたらさ、あのおばさんの右にでるのはいないっしょ?」
「そうかもね」
 サキはくすっと笑った。
 一方、クロークの男はそれどころではなかった。
「は、はい。ですから、先ほども申し上げたとおり、オキタ様のご一行は、昨日ここをお発ちになられまして……」

 ユイナは、瞬間移動の術の出口を、ドーメイストの大穴の麓にあるルーゴの街にあるホテルに設置していた。そのホテルに、“鍵”と思われる“ドーメイストの星”を発掘したコーゾ・オキタとユーゾ・オキタの親子が宿泊していたからだ。
 ところが、戻ってきてみると、王都キラメキの商業ギルドのギルドマスターでもあるコーゾ・オキタは、次の商談のために旅立った後だと言うのだ。
 無論、その一人息子のユーゾ・オキタも共にこのホテルを後にしていた。
 ユミが、コウの顔を見る。
「コウさん、どうしよう?」
「うーん。とりあえず追いかけるか、それとも、次の“鍵”を探すか……」
 コウは腕組みした。
 今、コウ達の元にある“鍵”、すなわち“メモリアルスポット”は全部で8つである。ミオのロケット、アヤコのリュート、ユカリの埴輪、ノゾミの長剣、ミラの腕輪、ユウコの小剣、メグミのムク、ミハルの指輪がそれだ。
 つまり、残りの“鍵”は4つあるのだ。今彼等が追っている「星」を除いても3つある勘定になる。
「3つのうち、二つのある場所は、ある程度わかってんだ」
 ヨシオが指を立て、ミオが頷く。
「カイズリア湖とノウレニック島、でしたね」
「うーん」
 コウは唸った。
 一方、カウンター越しにミラはクロークの男に詰め寄っていた。
「で、オキタさんはどちらに行かれたのかしら?」
「は、はい。スライダの街です」
「スライダ?」
 コウ達の方を見ていたノゾミがいきなりクロークの方を振り返った。一方、アヤコは天を仰ぐ。
「オーマイガッ!」
「スライダって、キラメキ海岸のスライダ?」
 コウが聞き返す。ミラは黙って男に視線を向けた。
「そ、そうです」
「スライダかぁ。懐かしいなぁ」
 ノゾミが、本当に懐かしそうに呟く。その彼女にユミが訊ねた。
「ノゾミさんってスライダにいたんですか?」
「ああ。あそこで何年か修行してたからなぁ。よく沖の無人島まで泳いだもんだぜ」
「そっか! 海かぁ」
 ユウコがくふふと笑った。
 サキがはっとする。
「そういえば、アヤちゃんってかみゃ……」
「ノンノン。なんでもないのよ。おほほー」
 サキの口を後ろから塞いで、アヤコが笑ってみせる。
「むーっ、むーっ!」
「サキ、カモン、こっち来て」
 そう言いながら、アヤコはサキをロビーの隅の方に引きずってった。
「海だ海だ! うぉーうぉー!! ユミ、泳ぐの大好きなんだ!」
 ユミが歓声を上げる。それを見て、クロークの男がはっと気づいて訊ねる。
「あなた、ユミ・サオトメさんですか?」
「は、はい。そうれすけど」
 ユミは突然呼ばれて振り返った。
 彼は封筒を出した。
「ユーゾ・オキタ様からメッセージをお預かりしております」
「は、はい」
 ユミは封筒を受け取ると、乱暴に破いて開けた。
「あ、中の手紙も破れちゃったぁ」
「バカだな、お前は」
「ユミ、バカじゃないもん!」
 バキィ
 ヨシオの腹に回し蹴りを叩き込み、思わず身体をくの字に折って呻く彼のことは無視して、ユミは手紙を広げた。
 ミオが訊ねた。
「何と書いてあるのですか? もしよろしければ、教えていただけないでしょうか?」
「んーっと、んーっとぉ……」
 ユミは困ったような表情をして顔を上げた。ミオを手招きして呼ぶと、その耳に囁く。
 ミオは、思わずユミの顔を見直した。
「そうだったんですか?」
「だって、ユミお勉強苦手なんだもん」
 そう言って、ぺろっと舌を出すユミ。ミオは溜息を一つついた。
「仕方ありませんね。それでは、代わりに読みます」
 コホンと咳払いすると、ミオは手紙を読み始めた。

  
 ユミさんへ

 急に父さんの都合でここを離れなければならなくなった。
 ユミさんやそのお友達のみなさんとの約束を守れなくなって、本当に申し訳ない。
 とりあえず、父さんには星と輝石を交換するってことは話しておいた。
 僕たちは、スライダの街に10日ほど滞在している。スライダの街では、ウオウタという宿に泊まる予定だから、そこを訪ねてきてくれればいい。
 それでは、この文がユミさんの目に入ることを祈りつつ。

ユーゾ・オキタ


「ユーゾくん、律儀なのねぇ」
 サキが呟いた。そのサキにコウが訊ねる。
「ところで、さっきアヤコさんがどうとか言ってたけど、何だったの?」
「えっと、ごめんね。それはちょっとわけがあって言えないの」
 サキはちらっとアヤコに視線を送ってから、ひきつった笑いを浮かべながら答えた。
「そ、そうなの?」
「うん。あ、あたし、ちょっと用事あるから」
 そう言って、サキはミオに駆け寄っていった。
 それを思わず見送っていたコウに、ミラが近づいてくる。
「どうやら、そのスライダとかいう街に行くしかないようね」
「そ、そうだねぇ」
 コウが頷くと、ミラはぐっとコウに顔を近づけた。
「で、スライダの街とはどういう所なのかしら?」
「あ、あたしもそれ聞きたいなっ!」
 そのミラの頭を上から押しつぶすようにしながら、ユウコが叫んだ。
「ちょっと、その手をどけなさいよ!」
「あ、ごめんねぇ」
 ちっとも悪気なんか無いんだよという顔でしらっと謝るユウコに、ミラはむっとした顔で何か言い返そうとした。慌ててコウが割って入る。
「そうだよね。トキメキ国から来た人は知らないもんね。よし、説明しよう」
「そうしていただけると、とても、助かりますものねぇ〜」
 ユカリがにっこりと笑った。

 ユウコ、ユカリ、ミラ、ミハルのトキメキ国出身の4人を集めてコウは説明した。
「スライダの街っていうのは、キラメキ王国の最南端にある街で、その南の海……えっと、何ていったっけ?」
「サイス海、ですよ」
 後ろからミオがフォローを入れる。
「そうそう、そのサイス海に面してるんだ。今みたいな季節には、そこに泳ぎに行く人ですごく賑やかなんだよ」
「リゾートタウンってわけね。超楽しみぃ!」
 ユウコが歓声を上げた。ミラがじろっと見る。
「何を考えてるの? 私たち、遊びに行くわけではなくってよ」
「ちょっとくらい楽しみがあったっていーじゃん。ねぇ、コウ!」
「あ、それはその、まぁ、なんだぁ」
「じゃ、決まりね!」
 ユウコがきっぱりと言った。なおも渋ろうとするコウの頭に、いきなりヨシオがヘッドロックをかける。
「うわぁ」
「あったりまえじゃん。たまにはみんなでリゾートしようぜ!」
「へぇー。ヨッシー、話わかるじゃん」
 ユウコがにこっと笑う。ヨシオはへらへら笑いながら、腕に力を込めた。
「い・い・よ・な?」
「あ、ああ。判ったからはずせ!」
「おっしゃ!」
 ヨシオは小踊りした。
 今まで黙って一同を見ていたユイナが歩み寄ってくる。
「相談は終わったの?」
「え? あ、ああ」
 コウが頷くと、ユイナは笑みを漏らした。
「それじゃ、出発するわよ」
「スライダの街に?」
「他の何処に行くのよ」
 ユイナはバカにしたように言うと、すたすたと奥の部屋に向かって歩き出した。
「あの、出口こっち……」
 言いかけたコウを、彼女は今度こそあきれ果てた口調で切り捨てた。
「本当に血の巡りが悪いわね」
「え?」
「これだから愚民は……。いい? スライダの街はいずれ私の直轄地になる予定なのよ。だから、あそこにはいつでも行けるように既に魔法陣を設置してあるというわけ」
「それじゃ、スグに行けるんだ」
「そういうことね」
 ユイナが腕を組んで、心なしか誇らしげに言うと、ほぼ全員が歓声を上げた。
 こうして、コウ達は一瞬にして海辺のリゾートタウン、スライダの街に移動した。
 スライダの街と、ルーゴの街の間は、普通に歩くと8日はかかる。つまり、ユーゾ達がここに着くまで、コウ達ははからずも1週間ほどの暇を持て余すことになった。
 後の伝説に『勇者の休息』と歌われることになる1週間がこれである。

《続く》

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