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ときめきファンタジー
第
章 スラップスティック
その
言わなきゃわからない

キィッ
ユイナが扉を開けると、南国の強い陽射しが燦々と降り注いでいた。
「うわぁい!」
歓声を上げて、ユミが真っ先に飛び出し、皆も続々とそれに続いた。
「ああっ」
強烈な陽射しに目がくらんだのか、ミオがふらふらと倒れかかり、慌ててコウが支える。
「だ、大丈夫?」
「は、はい。すみません」
ミオは青い顔をして謝った。それを見て、ユウコがふらっとコウに倒れかかる。
「ああっ。あたしもちょっと立ち眩みがぁ」
「嘘つくな」
あっさりコウに身をかわされ、地面に倒れてしくしく泣くユウコであった。
ちょうどリゾートシーズンということもあって、普通なら面倒な入市手続きなども簡略化されており、彼等はあっさりと市内に入ることが出来た。
「さて、どうする?」
コウは通りを歩きながら皆に訊ねた。
ユウコが言う。
「とりあえずさ、どっかに宿を取ってぇ……」
「取って?」
「それから、泳ぎにいこー!」
「おーっ!!」
数人が歓声を上げる。
コウは頷いた。
「まぁ、いっか」
一行は、とりあえず手近な所にあった宿屋に飛び込んだ。
ドアを開けると、そこは食堂になっていて、机を拭いていた主人とおぼしき男が顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
「えっと、ここは宿もやってるよね?」
ノゾミが代表して訊ねる。
「ええ、やっております」
「それじゃ、男2人と女12人、部屋別で頼める?」
「ええ、大丈夫……」
と、彼が言いかけたとき、素っ頓狂な声がした。
「カッちゃん!?」
「え? ……ユウコ!?」
その男は、次の瞬間、磨いていたテーブルをひっくり返すと、そのままとんぼ返りしてカウンターの裏に飛び込んだ。そして身を隠したまま言う。
「とうとう、ここもかぎつけたのか。しかし、何処まで追って来るんだ、貴様らは」
「ちょ、ちょい待ち!」
「しかし、とうとうユウコが抜け忍狩りに来るとはな」
「待ちいって言ってるっしょ! あたしは、抜け忍狩りに来たんじゃないし、第一もうアサヒナ一族は滅亡しちゃったんだから」
「何だって!?」
「マジマジ」
ユウコは頷いた。それから笑う。
「第一、老い先短い叔父さんをいちいち追いかけてるほど、あたしも暇じゃないモン」
「本当か?」
彼はカウンターの影から顔を出した。
彼女は肩をすくめた。
「マジだってばぁ」
「ねぇ、ユウコさん、お知り合いなの?」
サキがユウコの肩をつついて訊ねた。彼女は頷いた。
「うん。あたしの叔父さんで、カツヤ・アサヒナってんの」
「ええっ? でも、ユウコさんって、トキメキ国の人でしょ? どーしてその叔父さんがスライダで宿屋をやってるの?」
「なっがーいワケがあるんだ」
ユウコは笑うと、カウンターに駆け寄った。
「それよか、カッちゃん。最新流行の水着って何処で売ってるか知ってる?」
「んじゃ、行ってくんねぇー」
手を振って、ユウコ達は出かけていった。
宿屋に残されたのは……。
「男ってこういうときは悲しいよな」
「そうかも知れないなぁ」
この二人である。
「よし!」
不意にヨシオが立ち上がった。
「俺、ちょっと行って来るわ」
「どこへ?」
「へへっ。男のロマンを求めにさ! コウも来るか?」
「男の……ロマン?」
「ったく、しばらく見ないうちに女の子を何人も引っかけてくるから、ちょっとは成長したかと思えば、相変わらずの朴念仁だな、お前は」
「ぼく人参?」
「ようし。このヨシオ・サオトメさまが男のロマンを叩き込んでやろう。さっさと来いよ!」
ヨシオはコウをずるずると引っ張って、外に出ていった。
それを見送って、カツヤはグラスを磨きながら呟いた。
「まだまだ、若いなぁ……」
街の雑踏の中、ヨシオはぐいぐいとコウの腕を引っ張りながら歩いていた。
「おい、ヨシオ! ヨシオってば!!」
コウが何度目かの声を掛けたところで、彼は振り返った。
「大声出すなって! 気づかれたらどうするんだよ」
「誰に……、もしかして、魔王の手の者か!?」
思わず小声になって辺りを見回すコウに、ヨシオは呆れたように肩をすくめた。
「バーカ」
「莫迦とは何だよ。大体、何をしに行くんだ?」
「しょうがねぇなぁ。いいか、ちょっと耳貸せ」
ヨシオは、コウの耳に何事か囁いた。思わず飛びすさるコウ。
「の、のぞ……」
「しぃーっ!!」
慌てて叫びかけたコウの口を塞ぐヨシオ。
「いいか? みんなは水着を買いにいったんだぜ」
「ああ、そうだけど……」
「水着を買う前に、まず何をすると思う?」
「え?」
言われて、コウは少し考えて、ポンと手を打った。
「そうか」
「判ったか!?」
「ああ。店員さんと話するんだろ? だけど、そんなの俺達が見に行くこともないんじゃないか?」
「だーっ!」
ヨシオはそのまま街路に倒れ伏した。
「お、おい、どうした?」
「……なんでもねぇよ」
彼は、そのまま呟いた。
「ここかぁ、カッちゃんの言ってた店って」
ユウコは顔を上げ、にまぁっと笑った。
「じゃ、みんな、行こー!」
「おー!」
ユミが勢いよく叫んだ。その肩を、メグミがちょんちょんとつつく。
「どったの?」
「私、やっぱりいいです」
メグミは、もじもじしながら言った。
「ええーっ!? だめだよぉ、そんなのじゃ」
「そうそう。ちゃんとコウくんにアピールしなくっちゃね!」
ユウコがウィンクすると、彼女の脇を通って逃げようとしていたアヤコの服をはっしと掴んだ。
「アヤコ、何処へ行くのぉ?」
「あ、えっと、そう、ちょっとリュートの弦を買おうかなって……」
慌てて言い訳するアヤコに、サキが気遣わしげな視線を向けた。
「アヤちゃん……」
「そんなのあとあと、さ、行こっ!!」
そのまま、ユウコはアヤコをずるずると店に引きずり込んでいった。
「あっれぇー。ヘルプミー!」
「聞こえない聞こえない」
彼女らに遅れること数分、ヨシオとコウはその店の前に来た。
コウは看板を見上げた。
「水着の店か。やっとわかったぜ」
「わかったか!?」
「俺達も水着を買いに来たんだろ?」
「……お約束ありがとう」
ヨシオはコウの肩を叩くと、そのまま店内に入っていった。
「お、おい、待てよ!」
慌てて、コウもヨシオの後を追った。
「これ、どうかな?」
「ちょっと派手かもねぇ」
ユウコ達は、互いに水着を身体に当てあっては、きゃいきゃいと騒いでいた。
ユカリがビキニのブラを掲げて不審そうな顔をしている。
「これは、何に使うのでしょうか?」
「あにやってんのよぉ。それは胸に付けるの」
「でも、このような小さな物では、肌が出てしまいますねぇ。それとも、この上になにか身につけるのですか?」
ユカリは小首を傾げた。ユウコは額を押さえた。
「もう、好きにして……」
「サイズがないですって?」
一方、ミラはむっとした顔で店員に詰め寄っていた。
女子店員はメジャーを片手にぺこぺこと頭を下げていた。
「申し訳ありません。お客様の胸のサイズでは、当店に置いてあります水着では、その、入るものが……」
「まったく。楽しみにしてきましたのに、どうしていただけるのかしら?」
「しょ、少々お待ち下さい。支配人と相談して参ります」
彼女はもう一度頭を下げると、奥に駆け込んでいった。
ミラはフンと鼻を鳴らした。
「まぁ、私のような成熟した身体には、そこらに売っているような物では似合わないのだけれどもね。おっほっほっほっほ」
高笑いを上げるミラを、周りの客達は思わず遠巻きにして見守るのだった。
「これなんか、いいんじゃないのぉ?」
「そ、そうでしょうか?」
ユミは、若草色のワンピースをハンガーから外すと、メグミに当ててみた。
「うん、いいと思うよぉ」
「そ、そうですか?」
「そうだよ。ちょっと試着してみたらぁ?」
「し、試着?」
「うん。着てみるってこと」
ユミは、片手に水着を持ち、もう片手でメグミを引っ張って、試着室に連れてきた。
鏡張りのスペースに、メグミは目を丸くした。
「ここは……、何ですか?」
「試着室だってばぁ。はい、これ」
ユミはメグミに水着を押しつけ、カーテンを閉めた。
「あ、あの……」
「早く着てみてよぉ」
カーテンの外からユミが声を掛けた。メグミは頷くと、草色のチュニックに手を掛け、鏡を見た。
「は、恥ずかしい……」
服を脱ごうとしている自分の姿を見てしまい、メグミは真っ赤になってしまった。
「あら、ミオさんは水着を選ばないの?」
水着を持って試着室に行こうとしていたサキは、ミオが微笑みながら騒ぐみんなを見ているのに気づいて訊ねた。
ミオはちょっと肩をすくめた。
「私は、体が弱いので……」
「あ、そうか。ごめんね……」
ストッ
謝ろうと頭を下げたサキの短い髪をかすめて、ミオの脇にあった柱に何かが突き刺さった。
「きゃっ!」
ミオは顔を柱に向けて、何が刺さっているのかを見た。
それは、細い短剣だった。よく切れそうな刃が、ミオの顔を映す。
「……ああっ」
ミオは、そのまま崩れ落ちるように倒れた。
「きゃ、ミオさん!」
慌ててサキはかがみ込むと、彼女を抱き起こそうとした。
「サキちゃん、ごめんよっ!」
「え?」
その頭上を、ヨシオが身軽に飛び越えて走っていく。サキは思わず彼の後ろ姿を見送りながら、目を丸くした。
「ヨシオくん? どーして?」
「待てぇ!!」
ビュン
サキの頭上を、また数本の短剣が飛んでいく。
彼女は振り向いた。
「ユウコさん?」
「あんにゃろー、乙女の敵めぇ」
白のビキニのブラを胸に当てて左手で押さえ、下はというとペパーミントグリーンのスキャンティだけというはしたない姿で、ユウコは荒い息をついていた。
右手には、柱に突き刺さっているものと同じ細い短剣……忍者が使う投擲用の手裏剣である“くない”が数本握られている。
「ちぇ、逃げられたかぁ」
「ど、どーしたの?」
サキは目を丸くしてユウコを見た。
ユウコは口惜しそうに言った。
「覗かれたぁ」
「覗かれたって、ヨシオくんに?」
「そ。どーせ見せるんだったら、見物料取れば良かったなぁ」
「……そーゆーものかなぁ?」
「そーゆーもんなの」
きっぱりと言いきるユウコだった。
「えっと、ユウコ・アサヒナは83・59・85と。うーん、なかなか美味しそうなサイズじゃん」
カラフルな水着の掛かったハンガーの陰に隠れながらメモを取るヨシオ。
「おまえ、いつか死ぬぞ」
コウは呆れながらヨシオに言った。
「なぁに、これで死ぬんなら、男子の本懐ってモンだぜ」
ヨシオはにやっと笑うと、メモをポケットに納めた。それから中腰になって辺りを伺う。
「お、ユカリちゃんが試着室に入るぜ! チェックだチェック!!」
「……」
不意に、コウはトキメキ国のユカリの実家で、彼女に背中を流してもらったときのことを思い出した。
お湯に濡れた白い湯浴み着にくっきりと浮かび上がる、意外に豊かなボディライン……。
ツツー
「お、おい、コウ。鼻血出てるぞ」
「え? あ」
コウは慌てて鼻を押さえた。
ヨシオは一言だけ言った。
「むっつりスケベ」
「そんなことあるかい。第一お前はどうなんだよ」
「俺は堂々としてるからいいの」
「こそこそ覗いてどこが堂々としてるんだ?」
「覗きはロマンだって言ってるだろう? ああーっ!!」
いきなりヨシオは叫んだ。
「な、なんだ?」
「ほら見ろ。ごちゃごちゃ言ってるうちに、ユカリちゃんが出ちゃったじゃないか」
「……おまえなぁ」
《続く》

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