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ときめきファンタジー
章 ユイナの涙

その SELF CONTROL

 スライダの街で、メモリアルスポットの一つ、“ドーメイストの星”を首尾良く手に入れたコウ達は、残るメモリアルスポットを求め、二手に別れることにした。
 北のカイズリア湖に向かうミオ達と、そして、南のノウレニック島に向かうコウ達。

 ノウレニック島は、スライダの街から船に乗って3日ほどで着く比較的大きな島だ。スライダの街の港からは定期航路で結ばれている。
 ミオ達との別れをすませたコウ達は、早速チケットを買って、ノウレニック島行きの船に乗り込んだ。舳先から艫までは、ざっと30メートルはある、3本マストの大型貨客船、つまり貨物と乗客の両方を運ぶ船だ。
「コウと二人で船旅なんて、ロマンチックだよね」
 ミラやユミといったライバルがいなくなって、ユウコはコウにべったりとくっついていた。
「そ、そうかい?」
「モチ! あたしさぁ、こういうの夢だったんだぁ」
 コウの右腕を抱え込んで、ユウコは微笑んだ。
「え?」
 ちょうどその時、銅鑼がジャンジャンと打ち鳴らされた。出航の合図だ。
 ゆっくりと帆が風をはらんで膨らむ。そして、船は岸壁を離れる。
「こうして、好きな人と船に乗るのが」
「何て言ったの?」
 人々の別れを惜しむ声が騒がしく、コウにはユウコの言葉が聞き取れなかった。
 ユウコは顔を上げた。その頬が赤らんでいる。
「ん……。なんでもないって」
「は、はぁ……」
 コウは腑に落ちない顔をしながら、ユウコを見てドキリとした。
(ユウコさんって、こうしてるとすごく可愛いなぁ……)
「コウくん」
 不意に後ろから声を掛けられて、コウは慌ててユウコを振り解いて振り返った。
「あん」
 残念げな声を上げるユウコ。
「なななな、なにかなぁ?」
 特にやましいことをしていたわけでもないが、焦りまくってるコウに、サキが笑顔で訊ねた。
「ねぇ、コウくん。もうすぐお昼よね? 何か食べたい物はある?」
「え? ああ、もう昼か」
「そうよ。船の上だから、あまり大した物は作れないんだけど、厨房を貸してもらう約束できたから」
 サキはそう言うと、コウの顔を覗き込んだ。ちょっとうろたえ気味に、コウは答えた。
「そ、そう? あ、俺、別に好き嫌いは無いから……」
「そうなんだ。それじゃ、コウくんにおいしいって言わせてみせるから、楽しみにしててね」
「あ、うん」
「出来たら、持ってくるね!」
 そう言うと、サキは身を翻して、甲板から降りていった。
 何となくそれを見送るコウの後ろで、ユウコは腕を組んでいた。
「うむー。サキも侮れなくなってきたなぁ〜」
 アヤコは、船尾に腰掛けて、“ファイヤーボンバー”をつま弾いていた。
「アヤコさん」
 呼びかけられ、手を止めて顔を上げると、ユカリがにこにこ微笑んでいた。
「あら、ユカリじゃないの。どうかしたの?」
「別に、なんでもないのですが、甲板を散策いたしておりましたら、アヤコさんの演奏が、耳に入って参りましたので。お邪魔させていただいても、よろしいでしょうか?」
「オッケイ、いいわよ」
 アヤコは頷くと、再び演奏を再開した。いつもの激しいビートの曲ではなく、スローなバラード調の曲。
 曲が終わって、アヤコが顔を上げると、いつの間にか彼女の回りには客や手すきの船員達が輪になって集まっていた。そして、皆が拍手する。
「うまいモンだぜ」
「ああ。さぞや名のある吟遊詩人だぜ、きっと」
「サンキュー、ありがとう!」
 アヤコは頭を下げ、投げキッスを送った。
 一人の厳つい船員が、ユカリの方に言った。
「よう、嬢ちゃんは歌わねぇのかい?」
「あ、ユカリは……」
 アヤコが言いかけたが、ユカリはにっこりと笑った。
「歌っても、よろしいですよ」
「おお、そいつは楽しみだぜ」
 パチパチパチ
 皆が拍手する。ユカリはアヤコに言った。
「それでは、伴奏をお願いしても、よろしいでしょうか?」
「それはいいけど、ユカリ、大丈夫?」
 アヤコは調弦しながら訊ねた。ユカリはこくりと頷いた。
「たぶん、大丈夫だと思いますよ」
「ならいいけど。で、何の曲やるの?」
「そうですねぇ」
 ユカリは小首を傾げて考え込んだ。それからアヤコに言った。
「“幽玄雪夜”はできますか?」
「ユカリのお母さんが演ってくれたあの曲ね。メイビー、出来ると思うわ」
 アヤコは頷いた。
「では、それでお願いします」
 ユカリは言うと、皆の方に向き直った。
「それでは」
 アヤコがリュートを奏でる。その短調のメロディに乗せ、ユカリは口を開いた。

  雪の中 星明かりに照らされ
  小鳥は震え 小さなその身体を 冷え切らせる
  その中には 小さな命が 暖かく燃えているのに

  今にきっと 春が来る
  それだけを 信じ続けて
  小鳥は一羽 雪野の中
  命を燃やして 待ち続けている

  雪が解け 春になる
  小鳥は再び翔び立っていく
  大空に希望を燃やして
  明日に向かって

  新しい子はまた 試練の時を迎える
  毎年繰り返される
  永遠の輪廻

 澄み切った透明な声が、甲板の上を流れていった。
 アヤコが最後の弦を微かに鳴らすと、みながほうっと溜息をつき、そして拍手した。
「すげぇうまいじゃん」
「まったく。何か俺、じーんときちまったぜ」
「あ、泣いてやがんの、こいつ」
「うるせぇ。てめえだって、目頭を熱くしてたくせに」
 アヤコは、にこにこしているユカリの肩を叩いた。
「ヘイ、ユカリ。マーベラス、見事な歌ね」
「お恥ずかしゅうございます」
 ユカリは一礼した。
 アヤコは首を振った。
「ノーノー。お世辞じゃないわよ。来年のキラメキ王国吟遊詩人大会の歌唱部門に出てみない?」
「なになに、どうしたの?」
 人垣をかき分けて、ユウコが顔を出した。アヤコが説明する。
「ユカリに歌ってもらったのよ。そうしたら、巧かったからみんなでびっくりしてたところよ」
「へぇー。じゃあ、あたしもちょろっと歌っちゃおうかな」
 ユウコは笑いながら言った。アヤコが目を丸くする。
「ユウコも歌えるわけね。オッケイ、やりましょう」
「よーし。この、ユウコ・アサヒナさまが歌っちゃおう!」
「おおーっ」
 皆が拍手する中、ユウコは歌い始めた。

 コウはデッキの手すりにもたれて、海を見ていた。いつしか、メモリアル大陸は水平線の向こうに消えていた。
「なんだか、のんびりしちゃうなぁ」
 彼はほっと溜息をつきながら呟いた。
 船尾の方からは、時折拍手や歓声が聞こえてくるが、海はそれさえも飲み込んで、静かにたゆたっていた。
 と、彼は少し離れたところで、ユイナが同じように海を見ているのに気がついた。
 彼は歩み寄っていった。
「やぁ、ユイナさん」
 コウが声を掛けると、ユイナはびくっとした。そして声の方を見ると、むっとしたように言った。
「私を驚かせようとしたのなら、あなた、死ぬわよ」
「そんなことないって。なにか、考えてたの?」
「……別に」
 ユイナはそれだけ言うと、また海の方に向き直った。
 コウも、海に視線を向けた。
 どれくらい時間がたっただろう。
 コウは流石に海を見るのに飽きてきた。
「じゃ、ユイナさん。俺、船室に戻るよ」
 そう言ったが、返事はない。
「……ユイナさん?」
 コウは彼女の顔を覗き込もうとして、ぎょっとした。
 ユイナの頬を、一筋の涙が流れ落ちた。
「……」
 何か、見てはいけない物を見てしまったような気がしたコウは、そろりそろりと後ずさりすると、そのまま昇降口に歩いていった。

《続く》

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